にくにくしいおとこ
◆
「オラァ、何処だゲイル!!!」
職員室のドアはボッツに蹴り壊されるという悲劇に見舞われる事となった。享年一ヶ月弱。あまりにも短い人生ならぬドア生であった。
「ボッツ先生、修理代は給料から引いておきますよ」
ついでにボッツも教頭により減給という悲劇に見舞われた。教員生活4日目にして減給確定というのはもはや問題児ミサキの事を笑えない域である。が、彼は自分の事は棚に上げるステキな性格なので全く気にしない。
「構わねぇよ、それよりあのクソ鳥野郎を出せ!」
「またですか……そちらに」
彼ら二人を知る教員の間ではこのじゃれ合いも恒例行事である。とはいえ快く受け入れられている訳ではないのは露骨に面倒臭そうな教頭を見れば明らかだ。生徒達はまた教頭に同情した。
そして、そんな露骨に面倒臭そうな教頭が指差した方向、職員室の奥からゲイルが歩いてくる。こちらも露骨に呆れた表情をしながら。
「貴様、授業はどうした。教師としての本分を全うする事も出来んとは、愚かな奴め」
「テメーのせいだろうが! つーか、これも授業の一環だ。おい魔人、出番だぞ」
「……魔人じゃないです」
背中を押されながらもミサキは否定する。なんか久しぶりに否定した気がするが、人の目の多い職員室だとなんとなく否定しておいた方が良さそうな気がしたが故である。
とはいえ、ミサキの視界外の職員室の隅でディアン含む数名の職員がビクビクしているあたり、否定の意味はあまり無さそうだが。っていうかそもそも魔人呼びを否定して意味があった事など今まで一度も無かった。
「む? ミサキ・ブラックミストか。どうした?」
(なんか久しぶりにフルネームで呼ばれた気がする)
未だにラストネームに慣れておらず、呼ばれて微妙にむず痒さを感じる。とはいえこれは慣れるしかない問題であり、今はそんな事よりもここに来た用件をどう伝えるかの方が重要だ。
さて、ここからどう切り出すか。本来であれば少々難しいところだが、そこはミサキである。
「……ゲイル先生。確認ですが、授業内容について、ボッツ先生に意図的に嘘を教えましたか?」
相変わらずド直球で切り込んでいった。疑っていると受け取られる事を恐れもしない安定のクソ度胸である。
背後の生徒達は数名息を飲み、言われたゲイルも一瞬だけ目を丸くしたが……すぐに不敵に微笑みながら言い放つ。クチバシが笑みの形に曲がる所をミサキは初めて見た。
「悪いが記憶にないな。そこのバカがついに脳まで筋肉に侵食されただけではないのか?」
「オイ騙されるなよ魔人。俺とこのクソ性格の悪いクソ鳥のどっちを信じるかは考えるまでもないだろう?」
ハッキリ言って性格の話ならクソクソうるさいボッツより真面目に授業をするゲイルの方が万倍信用は持てるのだが、流石に今回は反応を見る限り嘘をついているのはゲイルの方である。
というか、ゲイルはあえてバレバレのシラを切っている。ミサキではなくボッツをイラつかせる為に。ミサキにもそのくらいはわかった。
よってその事に対して腹を立てたりはしない。それ以前にそもそも彼女は無理矢理巻き込まれただけであり、腹を立ててやる義理すらない。さっさと要件だけ告げて終わらせる方向に舵を切る事にした。
「……意図的でなくとも伝達に齟齬があったのかもしれません。ゲイル先生、貴方が教師の本分は授業と先程仰ったのと同様、生徒の本分も授業です。そんな大切な授業が滞りなく行えるよう、教師の間でも目を光らせておいて貰えませんか」
直接ゲイル個人を糾弾はせず、しかしわかりやすく生徒の立場として不快を示す。ついでにもっともらしい解決策も提示しておき、あくまで『提案』という体を取る。
頭の回るミサキが早期決着を望んだ結果、そんななかなかに小賢しい物言いになったのだった。
「ハッ、お前も案外いい性格してるじゃないか、魔人よ。期待通りの働きだ」
「……何かトラブルが起きたとしても同志が助けてくれるので」
「……ふむ、成程な。ボッツに担ぎ上げられたのか」
そんなミサキの立場をゲイルは一発で見抜き、
「はい」
「オイ素直すぎんだろ魔人」
同様にミサキも一発で白状した。
まぁ、明かすなとは言われていないし一目瞭然でもあるし好んでその立場に居るわけでもないので何らおかしなやり取りではない。
そして、それだけのやり取りでゲイルは結論を出した。
「ふむ……ミサキ・ブラックミストよ、さっきも言った通り俺には身に覚えがない。が、もしかしたらこの肉の塊相手だ、気づかぬ内に口が滑ったのかもしれん。人間相手ならともかく、肉の塊が相手だからな」
「はい」
「オイ誰が肉の塊だ。魔人もツッコめよ」
「どちらにせよお前の言い分はもっともだ。今後授業が妨げられる事の無いよう、俺も教師として気を配る事を約束しよう。それで良いか?」
「……充分です。ありがとうございます」
シラを切った事を(見え見えだったけど)暗に認めつつ、こちらの言い分を受け入れて貰えた。それは言葉の裏に込められた気持ちも全て伝わったという事であり、ゲイルはそれに謝罪したと同義。よって今後同じような事は起こらないだろう。ミサキとしては充分満足のいく結果である。
それはもう、ここに来た意味など全部無くなってしまうくらい充分に。ボッツの溜飲も下がっただろうし、戻ってチーム戦の授業をする事になるのだろう――そう思い、ミサキは踵を返す。
「……?」
しかし、続く足音は無い。
「オイオイ、どこに行くんだ魔人、まだ帰るには早いだろ。俺とお前は授業を妨害されたんだぞ? 生徒全員が時間を無駄にしたんだぞ? その分何か得るモンがないと釣り合わんだろうが」
「……言質を得ましたけど」
「コイツの言葉なんざ信用出来るか、裏に何を秘めてるかわかったもんじゃねぇ。そういうのを勘ぐるより殴る方が精神的に良いと俺は学んだ。つまりこの場も殴っておくべきだ」
「……要するに何が何でも殴りたいんですね」
「殴りに行くと最初に言っただろう? そしてこれは授業の一環だとも言った。チーム戦の、な」
「……つまり?」
一応尋ねてみたが、ボッツの返答が何であれ意味する所はわかりきっている。ミサキの悲劇――面倒事はまだ終わっていない、という事だ。
「今から俺のチームとゲイルのチームに分かれて戦う。そして俺のチームが勝ち、俺はゲイルをブン殴る。それが今日の授業だ」
「フ、いいだろう。貴様が無様に負ける姿からも生徒は学べる事があるだろうからな。付き合ってやる」
(……犬猿の仲だなぁ……)
遠い目をして眺めるミサキであったが、片方は鳥だしもう片方もゴリラと呼んだほうが近い体躯である。
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