転んでも安心。そう、ジャージならね
「――じゃあ、次はわたしの秘密を明かす番ですね」
「えっ、エミュリトスも何か隠してるの?」
「はい。センパイほど大した事ではないのでパパッと言っちゃいますけど……」
それでも誰かに聞かれたい話ではない。誰もいない今のうちに言ってしまわなくてはならない。
今日もいつの間にか装備していた腕輪、それを外しながらエミュリトスは言う。
「実はわたしはこのブレスレットでレベルを誤魔化しているんです。これを付けると腕力がガタ落ちする代わりに回復魔法の効力が上がるんですよ」
「……え。なにそれ、そんな装備聞いた事もないわよ?」
「でしょうね。だって作ったわたしも何がどうなってこんな効果が付与されたのかよくわかってませんからね! えっへん!」
ドヤ顔で胸を張るエミュリトス。しれっと言っているが、それはリオネーラからすれば非常識な言葉だったようで、
「じ、自分で作ったの? そんな奇妙な効果の付与されたブレスレットを……?」
「……リオネーラ、それはそんなに凄い事なの?」
「凄いかと言われれば凄いわよ、少なくともあたしは聞いた事もない効果だもの。あのね、こういう装飾品の効果っていうのはね――」
リオネーラ曰く、アクセサリーというものは以前見たペンダントのように状態異常を防ぐタイプとパラメータを増減させるタイプに大別される。後者の場合でも基本は増加するものであり、減少する場合も他の何かのパラメータが桁違いに増加するプラスの効果とセットになっているのが常。
このブレスレットの場合、そのプラス効果が回復魔法の効力増加なのだろうけど、それでもパラメータに反映される魔力そのものではなく回復魔法の効力に限定される効果なんて聞いた事も無い、との事だった。
「それに、そのアクセサリーはレベル測定器の目を誤魔化したって事でしょ……? 教室のやつも、入学時のやつも――あぁ、そうか、だからパラメータ測るの嫌がってたのね?」
「あはは、そういうことです。いつ何が起きてバレるかわかりませんしね……」
あのレベル測定器は割と高性能で(女神が作ったらしいから当然といえば当然なのだが)、アクセサリーや武器防具でパラメータが増減してる分もちゃんと見抜いて素のレベルを、そしてパラメータも測れるタイプはそちらもちゃんと素の数値を弾き出す代物らしい。
レベル至上主義、ひいてはパラメータが最重要視される世界なのだからそれは当然と言える。そしてそんな中でレベル測定器の目を欺いてパラメータ(とレベル)を減少だけさせるアクセサリー……それは世界のシステムに背いているとも言える、なんかちょっとズルいやつである。
「レベル測定器を騙せるなんて……いいのかしら、悪用出来そうだけど……」
「わたしも割と後ろめたかったんで……だからお二人に明かしたんです。何かわたしが悪い事に使いそうだったら止めてください」
「もちろん友達として止めるけど……ミサキはどう思う?」
「……道具なんて使う人次第。エミュリトスさんが悪用しなければ済む話。今までだって悪用してないようだし」
「それはもちろんです! っていうか、わたしの頭ではどう悪用すればいいのか思いつきません……」
後ろめたさはあるし、悪用できる可能性があるのもわかる。しかし方法までは思いついていない。そんな程度には良識があり頭も回り、しかし悪知恵は働かないエミュリトスであった。
「なら、今のままでいいと思う。……エミュリトスさんが望むなら、笑い飛ばしてもいい」
ミサキも悪事や悪人を嫌う少女ではあるが、可能性だけで否定に走るほど頭が固い訳でもない。精々注意喚起する程度である。っていうか現代人の目で見ればエミュリトスがやっている事は今のところはただの縛りプレイだし、ついでにミサキはそんなエミュリトスに回復してもらった身である。強く言うつもりはさらさら無かった。
「ありがとうございます、センパイ。そのお言葉だけで充分です」
「………」
それでも学校を騙しているのは確かなので、変なトラブルの元にならなければいいが、とは思うのだが……そこまでして彼女がブレスレットを装備している理由がわからない事には何とも言えず、あとついでになんか笑顔を拒否されたように聞こえてしまって微妙な気分になり、ミサキは口を噤んだ。
「にしても、そんな効果が存在するなんてね……それはもはや『特性』と呼べるかもしれないわ。結構なレア装備って考えていいんじゃないかしら。それが偶然の産物でなければもっと素直に褒められたんだけど」
「へえ……」
ミサキもエミュリトスの器用さは知っている。ペンダントやブレスレットを作れるだけでも充分凄いと思っていたが、しかしここにきてそれ以上に凄い人である可能性が出てきた。
もっともリオネーラの言う通り、狙って作れなければそれはあくまで可能性止まりではあるが。
「もう一回確認するけど、魔力そのものが上がるのではなくて回復魔法の効力だけが上がるのね? そして落ちるのも腕力だけ? まぁ、腕力は攻撃力に一番密接に作用してるから結果的にレベルが下がるのはわかるけど」
「はい。まぁ腕につけてるから腕力が落ちてるってだけかもしれませんが。何なら試しにつけてみてもいいですよ? どうぞ」
「ん、うーん……せっかくレベル上げたのに一時的とはいえ下がってしまうのはなんかヤだなぁ……回復魔法も別に得意じゃないし……」
差し出された腕輪をやんわりとリオネーラは拒み、受け取らなかった。宙ぶらりん状態になったその腕輪はなんとなーくミサキの手に渡る。
興味深そうにいろいろな角度から眺めたりしているミサキをちょっとの間微笑ましく眺めた後、二人は会話に戻った。
「ところで、「誤魔化してる」って言い方をするって事は、エミュリトスはレベルを低く見られるのはイヤじゃない――むしろ嬉しかったりするの?」
「そうですね、レベルという物差しでしか人を見ない連中が苦手でしたから」
(……イヤな思い出でもあるのかしら。あまり触れない方がよさそうね)
ひたすらレベルを上げてきた身でありながら、嫌な顔ひとつせずエミュリトスの胸中を伺い、気を遣う。自然とそんな事が出来るのがリオネーラである。
それに反してひたすらレベルを上げてきた人の前で気まずくなりそうな発言をしてしまうエミュリトスは自然と口を滑らせていくスタイルとでも言うべきか。相変わらず危なっかしい。しかしそこはリオネーラ、エミュリトスが気づくよりも早くごく自然と話の流れを変えてみせる。
「……ということは、ブレスレットのない今のエミュリトスは結構な腕力があるわけね? ドワーフらしく」
「まあ、ドワーフですしね。ハンターとして戦える程度にはありますよ」
「……力比べ、してくれない?」
「……手加減してくれるなら」
ニヤリ、とお互い好戦的に笑い、さてどうやって比べるか、という話になる。
裏庭には当然それっぽい設備も道具も何もない。いろいろ準備を整えている時間も恐らくない。
よって結局地面にうつ伏せになり、上半身をやや起こして右腕の肘を立て――要するに寝転んだ姿勢での雑なアームレスリングをする事となった。
正確にはアームレスリングは台の上でやるのでどちらかといえば腕相撲なのだろうが、多分当人達に言っても通じないので便宜上アームレスリングという事にしておく。
「いくわよ……」
「……はいっ!」
声を合図に、グッと同時に腕に力を込める。
力と力がぶつかり合った瞬間、手加減すると約束した筈のリオネーラは表情を変えた。押されかけ、僅かに慌てた表情と共に腕に力を込め直す。
「……やっぱり。手加減なんて必要ないじゃない。ズルい事してくれちゃって……」
「あはは、ドワーフですからね、腕力だけは強いんですよ……もっとも、今ので倒せなかった以上、もう勝ちの目はありませんけど……」
「どうかしら、楽しい勝負になりそうだけど……?」
「ご冗談を……もう、だいぶ、限界ですよ……」
腕はギリギリと音を立てつつも膠着状態を保っているが、表情はまるで真逆だ。
結果はもう見えている。エミュリトスの負けだ。後はそれが遅いか早いかの違いしかない。そして、仮に今すぐ負けたとしても彼女は文句なしに善戦したと言えるだろう。腕力だけの勝負とはいえレベル50を驚かせたのだから。
そんな好勝負の決着の時は着々と近づきつつあり――
「――あふっ」
「「……えっ」」
近づきつつあったのだが、なんか間の抜けた声と共に隣にミサキが倒れこんできた事によりお流れとなった。
「……ミサキ、何やってんの?」
「……エミュリトスさん、ごめん……」
「え、いや、何があったんですか、センパイ……?」
急に謝られても何がなんだかわからない。それはリオネーラも同様で、二人は未だアームレスリング(雑)の姿勢そのまま、手を握り合ったまま動けていない。
そして、隣に倒れこんできたミサキもそのまま動かない。
「……興味本位で……」
「はい……」
「……さっきの腕輪を……」
「腕輪を……?」
「……脚に付けたら……立てなくなった……」
「………」
「………」
「………」
「なるほど、腕力じゃなくて脚力を低下させる事も出来るのね。すごいわねそれ」
「そ、ソウデスネー」
「………」
「………」
「……ミサキってたまにアホよね。それとも異世界人ってみんなこうなのかしら?」
「……あ、あはは……」
地球人に対する深刻な風評被害をバラまきつつある我らが主人公であった。
「……たすけて」




