もやしでうんち
★★
女神を(結果的に)ガン放置してミサキが起床すると、その気配を察して同室の少女も目を覚ました。
「……ふぁ……センパイ? お早いですね」
「……うん。決めたから。後は善を急ぐだけ」
「……? 善? 決めたって何を――あ、もしかして」
勿論、今のミサキにとって一番大事な事を、である。
何はともあれ――
「あ、そうだ……おはよう、エミュリトスさん」
「あっ、お、おはようございます!」
何はともあれ、今日もまた新しい一日が始まる。
「……私はエミュリトスさんにもリオネーラにも明かすつもりだから、出来れば二人に同時に明かしたいと思う。でもエミュリトスさんは違うんだったっけ」
「あ、いえ、気にしなくていいですよ。昨日の時点ではそう思ってましたけど、センパイがそんなに真剣に向き合ってるんですから、わたしも派手にブチかましたいと思います」
「……そう? じゃあ、リオネーラの所に行こうか」
「はい!」
ランニングは明日から。昨日そう約束してあるため、リオネーラとは裏庭で集合する手筈になっている。
大事な友達に――秘密を明かす親友に待ちぼうけを食わせるわけにはいかない。エミュリトスは愛用のパジャマからラフなシャツに着替え、ジャージのままのミサキは顔だけ洗い、急いで部屋を出た。
寮の正面玄関から出て建物の外周をぐるっと回り、裏庭へ辿り着く。
そこには半袖にハーフパンツという動きやすい格好で準備運動をしているリオネーラの姿が既にあった。ちなみに昨日も同じ格好をしていた。
「おはよ、ミサキ、エミュリトス。もうちょっと遅くても良かったのに」
「おはようございます!」
「おはよう。既に準備運動してる人にそんな事言われても」
「わたし達が来るの遅かったらきっと先に走ってましたよね」
「これは、あれよ、本番の前のウォームアップに備える為のウォームアップみたいな」
それは無限ループではないだろうか。
「……ところでリオネーラ、あとで時間を作って欲しい。ちょっと真面目な話がしたいから」
「……なるほど、それで早く来たのね。わかった、早めに切り上げるわ」
直前までアホな話をしていたにも関わらず、察しのいいリオネーラは神妙な、しかし優しげな顔で頷いてみせる。
昨日の二人の様子の件もあったし、それでなくても面倒見の良い彼女が頷かない理由はないのだ。そして、理由も聞かず一切の躊躇も無しに頷くそんな彼女の姿はミサキにとってもエミュリトスにとっても本当に頼もしく信の置けるものだった。
「ありがとう」
だが、それでもミサキの抱える事情は信じてもらえるかはわからない。
いくらリオネーラが善い人でエミュリトスが自分を妄信しているといっても限界はある。彼女達を疑う訳ではないが、転生なんて普通じゃ到底受け止め難い事情なのも疑いようがないだろう。
とはいえ、その辺りの苦悩についても昨日の時点で既に結論は出ている。だからミサキは悩まない。やると決めたのだから悩まない。真っ直ぐに生きる、そう決めているのだから。
そんな感じで、ミサキを含んだ三人は準備運動の後すぐにランニングを始めた。
『真面目な話』をするタイミングは別にトレーニングの先でも後でもどちらでも大差はない。ここに来た時点でリオネーラが既に準備運動をしていた為、なんとなく後に回しただけだ。
だが、その判断をミサキはすぐに後悔する事となる。
「………………ぐへぇ」
リオネーラのペースについて行くのは無理だと最初からわかっていた。昨日の走りを見てわかっていた。それならせめて、とエミュリトスの方と同じペースで走ったところ、ヘバった。僅か一周で。
ちなみにリオネーラには三回抜かれた。
「せ、センパイ? 無理せず歩きましょう、ね?」
「………………そう、する…………お先に……どうぞ……」
「は、はい……センパイもお気をつけて……」
(何にだろう……)
心の中だけでツッコミつつ、ミサキは思い上がっていた自分を恥じる。
(エミュリトスさんを肩車できるくらいには筋力はついている、よって少しは走れる……と思ってたんだけどな)
そんな事は全然なかった。だがこれは相手が悪かったとも言える。山暮らしのドワーフ族な上に方向音痴のせいで無駄に歩き慣れしているエミュリトスの足腰は相当に鍛えられているのだから。
(それに、想像以上に息が上がる……)
二度の模擬戦の時は脚はほとんど動かさず、動かしても短時間・短距離だった。今回こうして長時間全身を動かしてみて見えてきたのは持久力の無さ。瞬発力は多少あるとしても持久力に欠けていたのではやはりまだまだ体力不足と言わざるを得ない。今後も走り込みを続けるべきなのは確実だ。
(まぁ、それでも前世……少し前と比べれば格段に元気なわけだけど。女神には本当に感謝しかないな――)
とかそんな事を考えていたらまたリオネーラに抜かされた。
(……今日は軽く流すだけにしとく、って言ってたのに……)
マラソンの授業で置き去りにされた時みたいな気持ちに(勝手に)なりつつ、ミサキはぜぇぜぇ言いながらヨタヨタと裏庭を歩き続けた。これはこれでゾンビのようである。
◆
「――で、マジメな話があるってコトらしいけど……」
「ぜぇ……ハァ……ごふっ……」
「えっと、あの、センパイは今ちょっとお取り込み中でして」
「あぁ、うん、ちゃんと待っとくから大丈夫よ」
意地で最後の一周だけちょっとペース上げて歩いてみた結果こうなった。
一応言っておくが、この三日だけでミサキに体力がついているのは確かである。よく食べよく寝てよく動く、そんな異世界生活によって前世以上のペースで身体が作られてはいるのだ。不自然なほどに。
ただ、それでもミサキの身体はまだガリガリな部類に入る。それに加えて一緒に走ってる二人のスペックもおかしい訳で、無謀にもそれに合わせようとすればそりゃこうなるってもんである。まぁ現代人から見ればファンタジー世界の住人は誰も彼もがかなりタフでもあるのだが。
「しっかし、リオネーラさんはやっぱり身体能力高いですねえ。パラメータ見てわかってましたけど」
「エミュリトスだって息一つ切らしてないじゃない」
「わたしはゆっくり走りましたし、山暮らしのドワーフですし。それに息切れはリオネーラさんにも同じ事が言えるじゃないですかーイヤミですかぁー?」
「そんなつもりじゃないけど……まぁそうね、わりと頑張って鍛えてきたからね、褒められて悪い気はしないわね」
「じゃあ笑っときましょう。ね?」
「そうね」
「「あっはっはっはっは」」
「……………」
「……あの、ミサキ、その角度からの視線はね、本気で呪われそうで怖い」
「ひいぃ」
疲れ果てて膝をついた状態からの死にそうな上目遣いなのだが、まぁ恨みがましく見えても仕方ない。井戸から這い出てきっと来るような感じに見えても仕方ない。
「別に……そんな……つもりじゃ……」
「あぁはいはい、わかってるから。ミサキもこれから鍛えればすぐにこれくらい走れるようになるから。とにかく今は呼吸整えなさい」
先程の二人の雑な会話に悪意なんてなかったのと同様、ミサキの視線にも悪意なんてない。リオネーラの言った通り、走った後にあんな暢気な会話をするくらい余裕のある二人が羨ましかっただけだ。
(……リオネーラには敵わないな)
流石のコミュ力である。一方でミサキの視線に未だ怯えている後輩もいたりするのだがそこには触れないのが優しさだろう。
ミサキは目を閉じ、呼吸を整える事に集中することにした。
運動音痴をうんちって略するのは個人的にはどうかと思うけど美少女なら許される




