ワルカイックスマイル
「……それで、なんであんなもの書いたの。本に対する冒涜とさえ言えるあんなものを」
本好きとしてそう問わずにはいられなかった。
先程質問は無いかと言われた時点で一応あのあたりの本の事も尋ねてみたいと思ってはいたのだが、今はもうそんなの関係なく完全に勢いだけで問い詰めている。
『そ、そこまでですか……あの、純粋に善意だったんですよ? ミサキさん魔人っぽい外見ですし、「ダークメガフレア!ゴバァァァァン!」とか言いたくなった時に役立つかなぁって』
「役立つ前に腹立った」
『せっかく書いたのに……つらい……』
バッサリである。とはいえ流石は女神と言うべきか、ミサキの口撃を一発喰らったくらいではまだまだめげない。
『くぅ、こんな事なら縦読みネタでもねじ込んでおくべきでしたか……全部繋げて読むと「えむしっているか、めがみはゆりしかたべない」になるとか』
「……「え」や「む」で始まる効果音って何?」
『……「エンペラー!」とか「ムッシュ!」とか?』
「……効果音らしさがまるで無いけど」
皇帝!閣下!と叫んだところで何が起こるというのだろうか。逆に見てみたい。
ちなみに百合の球根が食べられる事をミサキは知っていたので後半には特にツッコミはしなかった。それよりも言うべき事は他にある。
「というか、そもそもファンタジー世界で効果音を自分の口で言う機会がまず無いと思う」
『全否定された……つらたん……』
ドカーンとかボガーンとか口にするのは現実世界の小学生のじゃれ合いくらいであろう。
それすらもわかっていなかったのだとしたらこの女神は相当なポンコツだという事になるが……
『ぐすん』
(あ、これ本気のやつだ……)
女神のマジっぷりにミサキもマジで戦慄した。超マジで。
とはいえ、女神も一応は(不愉快だったけど)善意だったらしいし、マジなやつのようだし、流石のミサキでもこれ以上責めるのは可哀想に思えてきた。話を逸らしてあげる事にする。
「……それで、コンピュータ関連の知識を広める予定でもあるの?」
『……え? ああ、そんな話でしたっけ。うーん、真面目な知識本として書いても下地のないこの世界では理解できる人がミサキさんくらいしかいないでしょうし……』
(そもそもこの人に真面目な本が書けるのだろうか)
ミサキの中で女神の扱いが雑になってきているが、これでも神である、恐らくは書けるだろう。頑張れば。断言まではしないでおくけど。
『うーん、いっそラノベにしましょうか。架空の技術という事にして。それならこちらの世界でも読まれるかもしれませんよね』
「ラノベ……ライトノベルだっけ」
ラノベの存在自体はミサキも知っている。あまり読めなかったので詳しくはないが。口ぶりから察するに間違いなく女神の方が詳しい程だ。
(っていうかこの女神、ライトノベルもだけど早太郎も知っていたしコンピュータ好きだしどれだけ私の居た世界に詳しいんだろう)
『あ、いっそミサキさんのいた世界と同時出版しちゃいましょうか。タイトルは『神は8ビットで世界を作る』で。これは売れる!』
「……売れる……かな?」
『このタイトルは著作権フリー素材にしときますので使ってくれてもいいですよ? っていうかミサキさんが書きません? 読書好きだったんでしょう? いい線いくと思うんですよね』
「それは……興味がない、と言えば嘘になるけど」
物語というものに慣れ親しんだ人が、そこから転じて自分だけの物語を作る事に興味を持つのは別におかしな話ではない。
「……でも今はそれどころじゃないし、異世界の知識を広めかねない本の作者として名が知られるのは面倒そう」
『そのへんは現実的で慎重なんですね』
「……まずはいろいろ学んで、友達に借りを返す為の力をつける。それが最優先」
『……そうですか。頑張ってくださいね、応援していますよ』
律儀なミサキの言葉に、彼女は笑顔で、女神らしい慈愛の微笑みで返す。
言外に会話の時間の終わりを告げるその微笑に、しかしコミュ力の低いミサキは空気を読まずもう一つだけ言葉を投げかけた。
「……貴女にも、返さないといけない。私に第二の人生をくれた貴女にも」
『……え』
女神にとって完全に予想外な、理解できない言葉を。
「……大きすぎる借りだから、どうやって返せばいいかわからないけど。何か望みがあったら教えて」
『えっ、いや、あれは……仕事ですから。そう、女神としての仕事の一環でやった事ですから……貸しとか借りとかそんなのではないし、善意でもないので……』
「……悪意だったとでも?」
『いえ、もちろんそんな訳はないですけど……』
実際には善意と言い張ろうと思えば余裕で言い張れる程度には善意である。
神の特権の一つ、『転生』。それをミサキに使ってあげたいと思う程度には女神はミサキに同情していたから。同情からチャンスを与える、その行動を善意と言い張ろうと思えば当然言い張れるだろう。
ただ、それでも彼女には転生が絶対の正解だとは言い切れなかった。前世の常識が通用せず、基本的に全てが自己責任の世界に、一人ぼっちで転生させる……それが絶対に良い事だとは言い切れなかったのだ。
普通に輪廻の輪に戻っていた方が平和で幸せな人生を送れていた可能性は大いにある。そうとも言い切れないが、そうでないとも言い切れない。良くて50:50の賭け。
確実にプラスになるとは到底言い切れない、むしろ分が悪くさえ見える賭け。そんなものに誘う事が善意である筈が無い。――女神はそう考える。
だから彼女は『仕事』だと思うことにした。選択肢を提示するだけの仕事。相手に自分の意思で道を選んでもらうだけの仕事。そこには善意も悪意も無い。
勿論、転生を選んだなら生きて貰う為にスキルを与える等のアフターサービスもこなすけれど、それだって神に『転生させた責任』があるからだし、出来る事も神の決まりごとの枠の中に限られる。だからやはり仕事なのだと、そう考えていた。
それなのに――
「じゃあ、感謝してる。仕事だったとしてもそれは変わらない」
――それなのに目の前の子はこんな事を言うのだから正直困る。そんなに真っ直ぐに感謝されてもそれを受け止める場所が無いのだから正直困る。
「だから、いつか何かの形で返す。必ず」
――否、違う。仕事上での感謝なら仕事上の自分として受け止めれば済む話だ。
なら何故困っているのか。何故、受け止める場所が無いと思ってしまったのか。それは――
『……いいえ。友達になってくれた、それだけで充分に返してもらっていますよ』
あの時の自分と今の自分が違うから。目の前の女の子が変えてくれたから。もうそれだけで充分すぎるからだ。
先程の様に友達としてサービスをしてあげたくなるくらいに充分すぎるからだ。これ以上を求めるなんて罰が当たるだろう。たとえ神といえど。否、神だからこそ。
「……そう?」
『ええ。それでも不満でしたら私から望む事は一つです。貴女が思うままに楽しく、真っ直ぐに生きる姿を私に見せてください。貴女を転生させた神として、貴女の友として、それが一番嬉しい「お返し」です』
「……なるほど」
悩み、考え、自分の中だけで結論を出した女神の思考をミサキは読み取った……訳ではない。そんな事は到底出来ない。
ミサキはただ、言われた事を言われたままに受け取っただけである。つまり、今の言葉を友からのある種の挑戦として受け取った。そして――
「わかった、そういう事なら見てて。喜ばせてみせるから」
言われるまでもないその挑戦に対し、自信満々の挑発的な笑みで返した。
『………………』
「まだ聞きたい事もあるけど、それについては次でいい。それじゃあ、また」
見せてと言われた。ならば早く帰って見せてあげるべきだ。ミサキはそう考え、女神の顔色もロクに伺わずに背を向け、去った。いつの間にか去り方もマスターしているなんて恐ろしい子である。
さて、そういうわけでこの空間には女神一人がポツンと残されたわけだが……
『………………ハッ!? べ、別にそのワルそうな笑みがカッコイイだなんて思ってないんですからね! っていないし!?』




