まったく人をイライラさせるのがうまい女神だ
「――という訳で私の本題に入ってもいいですか?」
『友達らしい言葉遣いをしてくれたらいいですよ』
「………」
『………』
「………本題に入っていい?」
『はい! いいですよ!』
女神、満面の笑みである。友達らしいやり取りになってきた嬉しさと、あとミサキの声とローテンションな喋り方が彼女の個人的な好みドンピシャな事もあっての笑顔である。そもそも一番最初に「言葉遣い」と言ったのもそれが理由だし、ぶっちゃけ敬語で喋られるのも苦手だったりする。神なのに。
勿論ミサキにはその笑顔の理由はわからない。それどころか自分は敬語を崩したのに年上が崩さないとはどういうことだ、とか考えていたりするのだが、さすがにこれ以上話が逸れるのも嫌なので口には出さなかった。
「……私が転生者だという事を、友達に明かしても大丈夫?」
『大丈夫ですよ、別にペナルティはありません。まぁ信じてもらえるかどうかは別ですけどねー』
先述した通り、この世界に他に転生者はいない。世界で最初のケース。そんなものを信じろと言われて信じる方が難しいだろう。だが、
「わかった。言っていいなら言う。信じてもらえるかは関係ない」
『まあそういう子ですよね、ミサキさんは』
そういう子なのである。
言いたいと思った。言っていいと言われた。なら言う。彼女の思考はそれだけで完結しているのだ。
とはいえ、もちろん信じてもらえるに越した事はないと思ってもいるが。しかし事情が事情なので信じてもらえなくてもそれで友達を責めたりはしない。
当然だ、ミサキは彼女達と友達関係を続けたいと思っているのだから。
……そして女神も、ミサキが『そういう子』なのを好ましく思っている。
『せっかくですから何かお手伝いしましょうか? 私が顔を見せるのはルール上難しいですが、ミサキさんの話に合わせて神らしい奇跡を起こすとかそれくらいなら出来ますし。魔人の伝承と同様、神の存在も知れ渡っているので説得力が出ますよ?』
洋風の文化を持つファンタジー世界では、多くの場合宗教は大きな力を持っている。
この異世界も例外ではなく、ここにいる女神を崇める宗教も前述の通りちゃんと存在する。神々の頂点、世界神である彼女を崇める宗教は最大勢力と呼んで差し支えない。
実物はなんか微妙に残念な女神であるが、その宗教自体は世界神というその存在の偉大さとそれに反する教義のユルさ、来るもの拒まずの教会の姿勢から自然と信者が多くなった、と言われている。
そんな世界で女神の逸話として語られる奇跡が仮にミサキの隣で起きた場合、その場にいるであろう二人がその宗教か最悪逸話だけでも知ってさえいれば説得力は格段に増す。その神の息のかかった転生者だ、という説得力が。
つまり、出来れば信じて欲しいミサキにとってこれはかなりのオイシイ話だと言える。ミサキは悩むことなく返事をした。
「今はまだいい。自分の力で成せる事なら自分でしたいから」
まぁ、そういう子である。
『くっ、ミサキさんの事だからそう言われるかもとは確かに考えてましたけど! それにしても神からのサービスを即答で拒みますか普通! せっかくの無料オプションサービスなのに! 月額制じゃないのに!』
「……神から、というのは関係ないし、値段も関係ない。私がどう思うかが問題」
『……そうですね、スキルを拒むような子ですもんね……。いや、あれは人生に関わる大きな問題ですから仕方ないとしても、今回くらい小さな事ならそんなにハッキリ断らなくても……貸しにしたりなんかしませんよ?』
今回はミサキの命に関わるような問題ではない為、女神としては仕事抜きの、心の底からの善意で申し出たつもりだった。それをにべもなく断られて地味に落ち込んでいたりする。言葉にこそしなかったが初めての友達に対する善意だったという事もあり、断られた精神的ダメージはそこそこあったのだ。
だがミサキとて特別冷たく言い放ったつもりはない。あくまで他の友達と同様に、いつも通りに言ったつもりだ。
「……そちらにそのつもりはなくても私は借りだと考えるから。私がこういう考え方をする奴だっていう事は、友達相手にこそハッキリ言っておかないといけない」
『あー……ま、まぁ、友達故の本音のぶつかり合いだと言うのなら仕方ないですね、うん』
女神、「友達」って一言が出た瞬間に態度を180度変えてきた。なんかテレテレしてる。気色悪い。
だが、視線を伏せて二の句を継ごうとしていたミサキは運良くその表情を見ずに済んでいた。
「……まあ、既にいろんな人にたくさん借りを作ってる私が言っても説得力は無いかもしれないけど」
『そんなことないです! ミサキさんの誇り高き意思を私は尊重します!! なんといっても友達ですから!!!』
「あ、ありがとう……?」
台詞と同時に鼻息荒く手を握られ、ミサキはぶっちゃけ若干引いた……が、励ましてくれたっぽいのもわかるので一応礼は言っておいた。珍しくコミュ力が立て続けに仕事をしている。
そして勿論、礼を言われた女神のテンションも立て続けに上がっていく。ゲージがモリモリ溜まっていく。フィーバー状態である。
『ふふーふ、今の私は機嫌がいいですよー、他に何か質問あったら答えられる範囲でモギュっと答えちゃいますよー?』
「……じゃあ、いくつかいい?」
『どぞどぞー』
聞いてみたい事自体は恐らく考えればいくらでも出てくる。だがパッと出てくるのはやはり今日の出来事に関連した事柄だ。それでもいくつかあるが。
「……まず、今日レベルを測ったあの円錐台だけど――」
『あーあれですか、あれは私が作って置いておいたやつですよ。この世界のシステムを作ったのは私なんですから、そのシステム内でのパラメータが測れる機械も私が作っておくのが道理ってものです。無いと不便でしょう?』
「……まぁ、そうだけど」
一つ聞こうとしたら質問の途中で十くらいの答えが返ってきた。どんだけテンション有り余ってるんだ。
『というわけで説明書付きで世界中に均等にいくつかバラ撒いておきました。クーリングオフも受け付けますし保証期間も無制限です! お電話一つで即日修理!』
「……へぇ」
『ちなみに上限が255なのは完全に私の趣味ですね、ミサキさんの世界を覗いていた時にコンピュータの美しさに魅了されちゃいまして。魔力でああいうのを再現する機械を作り上げてみたいなーと思ってたんですよずっと。まぁ実際こうして作れちゃった訳ですが。プログラム見てみます? 結構こだわってるんですよこれ。あーでもミサキさんが見てもわからないですかね。とりあえず自分で言うのも何ですが凄いんですよ』
「………そう」
十で終わりじゃなくて二十くらい(余計な情報も含めて)語られたが求めていた答えは大体手に入った。一方的な語りの中で勝手に手に入ってしまった。でも熱の入った語りはまだまだ続く。その光景はまるでヲタクのアツい語りを延々と聞かされる一般人の如し。
『あ、でもこれ魔力だけで作れるわけじゃありませんよ。魔法が使えれば作れるというわけでもないです。そこはミサキさんの世界の技術を参考にしつつ神の力でちょちょいっと、ね。だからあの機械はこの世界の人では再現不可能なんですよ。私が神の力を使って楽をした部分を人の数の力で補う事は出来ますが、そもそも参考にするべきミサキさんの世界の技術がこの世界には存在しないんですから』
「……へー」(←興味が無い訳ではないが疲れてきた)
『そんな訳であの機械はこの世界の研究機関でロストテクノロジーとしてこっそり研究されてたりもするんですが、いくら研究したところで無駄なんですよねー。実際はオーバーテクノロジーなんですから。彼ら、研究に熱を入れるあまり壊しかけた事もあるんですよ? まぁ保証が効いてるので直してあげましたけど、本来なら目玉が飛び出て戻ってこない程の額を請求されてもおかしくはないって事は理解して欲しいですよね。私の血と汗と涙の結晶を壊したんですからね』
「………」(←疲れた)
『まぁ彼らもその後は反省して丁寧に扱ってはいるようなのでそれはいいです。何が言いたいかというと結局神たる私が何かしらの形で力を貸さない限りこの世界ではコンピュータは生み出される事はないでしょう、という事ですね。もちろん魔力でコンピュータを再現したあのレベル測定器も作れない。嗚呼、残念ですねぇ』
「……何かしらの形、って?」
少し引っかかりを覚えたので、気力を振り絞って聞いてみる。
コンピュータが好きと言っておきながら、彼女の管理するこの世界ではそれが生み出される事はないと言う。世界を好きに出来る筈の神が、それを残念だと言う。
果たしてそれは本心なのか。それはミサキには掴めなかったが、「その気になれば智慧を与えられる」とでも言いたげな口ぶりなのが引っかかったのだ。先程は「神は理由なく人に接する事は禁じられている」と言っていた筈なのに。
『ふふ、言いたい事はわかりますよ。奇跡という『現象』を起こす場合とは違い、知識を与えるのなら人と接する必要があります。そして私のような神が直接人と接しちゃうと怒られます。ここでミソなのは『直接』というところですね、つまり間にワンクッション挟めばいい』
「ふむ」
『例えば私の言葉を御使いを通して伝える事で直接ではないと言い張る『パシリ作戦』とか。あと先程も少し言いましたが、あくまで特定の誰か向けではなく教会や神像に向けて発した私の独り言を人が勝手に受け取った、という形にする『お告げ作戦』とか」
「……神聖なはずの神の御使いと天のお告げが屁理屈の道具にされている……」
あまり知りたくなかった現場の裏事情である。
一応、神が人々に知識を授けるという行為自体は神聖で正しい行いなのが救いだろうか。
『更に、言葉ではなく文字で伝えるという作戦もあります。文字ならどうやっても間接的になるので。例えば出所不明・作者不明の古い本として紛れ込ませ、それを読んだ人に知識を与える、とかですね』
「……それってもしかして」
ミサキの脳裏に蘇る、中身スッカラカンの極めて不愉快な本。もしかしてあれも――
『いやいや、ミサキさんが今日見つけた本全部が私が紛れ込ませた物だとは言いませんよ? そうじゃないとも言いませんけど』
「どっちなの……」
『まぁまぁ落ち着いてください。別に此方の世界でも貴女の世界と同じような作品が自然と生まれていても不思議ではないでしょう?』
「……それは確かに。否定は出来ない」
『まぁ今日ミサキさんが読んでた本は私が書いたんですけどね!』
「……………………」
『初めてですよ……この私にここまで冷たい視線を送る人間は……』




