身体のとある部分が大きいからといって器も大きいとは限らない
★★
――寝る前に少しエミュリトスと話をした際、ミサキは一つだけ意図的に、明確にとある言葉を口にした。
彼女が今日一日考えると言った問題。自分が異世界人であるという事を明かすか否か。それを「聞いてみる」と、ミサキはあえて口にしたのだ。
もちろんエミュリトスは疑問に思った。もう夜なのに、寮から出て行く事は許されない時間なのに「聞いてみる」とはどういう事なのか、と。
尋ねてみようかとも思った。しかしミサキがすぐに話題を変えたのでそれは叶わない。口にした、それだけで既にミサキの目的は達成されているのだから。
もっと言えば相手が気を利かせてくれるという確証があるなら口にする必要さえなかったのだが、流石にそこまでは確証が持てずミサキは安全策を採ったのだ。
結果、彼女は今この場所にいる。三度目になるこの場所に。転生する時に居た場所。気絶して倒れた時に居た場所と同じところに。
勿論目的は一つ。『聞いてみる』為だ。その為にここに立っている。そして、ここに立てているという事は、転じて目的の相手を『呼び出せた』という事を意味する。
その目的の相手――スタイルのいい女性の姿をした神――は、わざとらしく空中からフワフワとゆっくり漂ってきてミサキの目の前に降り立った。
『はいはいはい、お呼びですかーっと』
「……お久しぶりです、女神様」
『うわ、そんな堅苦しい挨拶しないでくださいよ。私と貴女の仲でしょう? ね?』
「……どんな仲ですか?」
『素で聞き返されると傷つくのでやめてください』
「……ごめんなさい」
謝りこそしたが、女神の言い分に納得した訳ではない。転生させてもらい、スキルを与えてもらい、心配をかけてしまった、そんな言わば上位の相手にフレンドリーな仲でしょと言われて戸惑わないミサキではない。
が、意外にも女神側は本気でフレンドリーな関係を望んでいるようだ。
『仲のいいお友達が何人か出来たようですけど、彼女達より私の方がミサキさんとの付き合いは長いんですよ?』
「……早くに出会ったというだけであって時間的には短いと思いますが」
その本気っぷりがコミュ力ポンコツに伝わるかはまた別の話である。
『そういう屁理屈はいいんです。私とミサキさんは古い付き合い。はいリピートアフタミー?』
「……あの、お察しだとは思いますが大事な話があるんです。本題に入っていいですか?」
『ダメです』
「ええ……」
『ミサキさんのそういう空気を読まないところ、見てる分にはかわいらしくて好きですが自分に降りかかるとなると話は別です。私も意地を通させてもらいます。それが漢の生きる道ッ!』
「………」
こういうところで律儀にツッコミを入れるのはミサキのキャラではなかった。そんな事してる暇があったら自分が折れて話を合わせた方が最終的に早く済みそうだな、と計算できるキャラである。空気を読んだ訳ではなくあくまで計算し妥協したに過ぎない。
「……復唱すればいいんですか?」
『ダメです』
「ええ……」
『本題はその後なんです。私とミサキさんは古い付き合い、なのでミサキさんは私にももっとフレンドリーな言葉遣いをする必要があります』
「……ありますか?」
『あるんです! 私の気持ちの問題なので、私があると言ったらあるんです!』
女神の言う「気持ち」とは要するに、ポッと出のクラスメイトにはタメ口なのにそれより前からの付き合いである自分に敬語を使われるのはなんか嫌!という事である。年上という条件は同じなのに自分だけ未だに敬語なのが嫌なのだ。
彼女はそれに仲間外れにされている感じを覚え、もっと言えばクラスメイト達に嫉妬の感情まで抱きかけている。女神なのに実に器の小さい事である。
だがミサキはそれに気づかない。前述した通り女神の本気っぷりは伝わっていないし、上位の存在である神が嫉妬したり、それどころかただの一人の人間と仲良くしたがるだなんて夢にも思っていないから。
(敬語を使えとムキになるならわかるけど、逆はわからない……。気持ちの問題と言っていた、という事は……実はこの女神は私より年下? いや、流石に無いか)
『せっかくだからついでに脅させて貰いますけどね、ミサキさん、私に聞きたい事があって来たんでしょう? だったら私のご機嫌は取っておいたほうがいいんじゃないですか? ふっふっふ』
「……ふむ」
前もって脅しだと断りを入れるような脅しを脅しとして受け止めるのは難しいが、一応言っている事は筋が通っている。
こうして顔を見せてくれた時点で質問に答える気があるという事を意味しているようにも思えるものの、自分の方が立場が下なのはミサキにもわかるので素直にご機嫌取りに走る事にした。とりあえずおだてておこう。
「よっお姉ちゃん、今日も若くて美人だねえ」
『ワハハ! 嬉しい事言ってくれるじゃないかい! 一個オマケしとくよ! 今後とも当店をご贔屓に!』
「………」
『違うんです』
「……商店街のオバちゃん」
『違うんです』
『っていうかミサキさんのおべっかもおかしいでしょう!? 引っ張られちゃったじゃないですか! なんで下町のおっちゃん風なんですか!? 相変わらず声に抑揚は無かったですけど』
「……今まで他人に媚びへつらった事がないので、どうしても創作物の知識になってしまって」
礼儀は気にするし他人に敬意は払うし頭を下げて教えを請う事もある、しかし必要以上に媚びたりはしないし駄目な事は駄目と言う。ミサキはそういうキャラである。っていうかそもそもミサキはまだ13歳なのでそんな露骨に媚びへつらうような経験なんて無かった。
『あのドワーフの子がここにいたら「センパイカッコイイ!」とか言いそうなセリフですね』
「……今更ですけど、しっかり見てるんですね、私達の事」
神という時点でそういうものだろうとミサキも思っていたので今まで言わずにいたが、今回は話の流れで口にした。たとえ今更と言われようとも。まぁ自分で言っちゃってるけど。
『今更ですねぇ』
結局言われた。
『まぁ、はい、そうですね。しっかり見てるから言ってるんですよ、フレンドリーな関係を望むと。貴女とそのお友達のような』
「……フレンドリーな関係って、それはもうフレンドでは?」
『まぁ、そうですけど』
「………え?」
『あれ? もしかして伝わってませんでした? あっ、だから「ありますか?」とかトボけてたんですか!? トボけたと思ってましたが素でしたか!? このニブチン!』
なんか勢いよく罵倒された。
だが罵倒されたミサキにだって言い分はある。まず第一に、言葉尻を捕らえるような言い分ではあるが、先程は女神はフレンドリーな『言葉遣い』と言っていた、というのがある。関係と言ったのは今が初めてだ。
そして第二に、こちらは先程も述べた先入観の問題なのだが、
「……私の中では神が友達を欲しがるなんて有り得ない事だったんです」
神という上位の存在がそんな事を考えるだなんて本当に夢にも思っていなかったのだ。人の方から神と友達になりたがるとか、あるいは人間離れした力を一切持たない身近な(悪く言えば神らしくない)神相手であれば、頭の回る彼女はその可能性にも思い至ったかもしれないが。
しかしこの神、どうにもどこか抜けているというか幼いというか迂闊というか、そんな雰囲気があるわけで。ミサキがそこまで考慮出来ていたならニブチンとは言われなかっただろう事もまた確か。
『神が友達を欲しがっちゃいけないんですか! 神だからダメなんですか! 神差別ですか! 酷い! 訴えてやる!』
「……すみません。でもそれなら神様同士で友達になればいいのでは?」
『神様同士って滅多に会わないんですよ。嘘かホントか知りませんけど狭い日本でも年に一回、10月にしか会わないんでしょう? もっと広い、世界を管理する神同士ともなるともっと疎遠になっちゃうんですよ』
成程、確かに説明はつく。世界中に目を配っている神同士ともなると忙しくて都合もなかなか合わないだろうし、そもそもそんな責任重大な神同士が出会う事が必ずしも良い影響を与えるとは限らない、神にも世界にも。だとするとあまり会わない方がいいのかもしれない。
「……『世界を管理する神様同士』が会わないのはわかりました。ではこの世界には他に神様はいないんですか? 宗教毎に別の神様がいるはずですし、土地に祀られている神様というのもいるはずです」
『居ますけど、それらの神の最上位に位置するのが世界の管理者たる私ですよ? 神の偉大さを知っている神が、最上位の神と友達なんてものになってくれると思いますか?』
「…………思いません」
現代日本で例えるなら、社会の大変さを知っている中小企業の社長が総理大臣に友達になろうと言われるようなものだろうか。
まぁ、フツーに怖い話である。恐れ多すぎて裏を警戒してしまうタイプの怖い話である。実際には何も無くとも警戒を解くには相当な時間がかかりそうだ。
『そういうわけで神は孤独で寂しいんです。と、そこでミサキさんに白羽の矢が立ったってわけですよ』
「……神に捧げる生贄の人間という事ですか」
『人助けを是とするミサキさんでも生贄は嫌ですか?』
「……それしか方法がないなら仕方ないと思います。出来れば生き延びてもっと人助けしたいですけど」
『じゃあ他の方法を採りましょう。私と友達になれば万事解決です。私もやりすぎてワンちゃんに退治されたくないですし。ね?』
会話が一周してちゃんと戻ってきた。これが神の力だ。
だがそんな神の力を目の当たりにしても怯まないのがミサキである。彼女はまだ頷かず、あくまでマイペースに最大の疑問をぶつけていく。
「……何故、私なんですか?」
それは別に自分を卑下しての疑問ではない。ただ、彼女はちゃんと自分の周囲の人達を尊敬している。そんな尊敬できる人達より先に自分に声がかかる理由に心当たりがないのだ。
強いて言えば転生者だから、くらいか。転生者が優れているという意味ではなく、異世界の人という意味で。だがそれにしたって確信は持てない。自分以外に転生者がいないと断言できる材料は無いのだから。
よって、ミサキの中の疑問は疑問のまま。だがそんな疑問に女神はいとも簡単に答えた。
『だって私、女神になってこのかたミサキさんとしか話した事ありませんし』
「…………そうですか」
『はい。厳密には私も崇められる神なので信者にお告げをしたり、その信者が亡くなった場合に魂の前に姿を見せたりはしますが、会話と言えるほどの長話まではしません』
あれ、そういえば最後にお告げをしたのはいつだったっけ? とか言っていたのは聞かない事にする。
『それと一応、ミサキさん以外の人もこの場所に招待出来ない事はないのですが……神が大した理由もなく直接生きている人と接する事は基本的には禁じられてるんですよ。まぁ私達最上位の神の間での取り決めなんですけど』
「私は……もしかして、転生者だから許されている?」
『そういう事です。最上位の神の名の下に目をかけて転生させたのですから、死なせてしまったら神の名折れ。そうならないように干渉する事は割と許されています』
(……成程、スキルを与えてくれたのもそれが理由か。そして、そんな干渉――会話をしたのは私が初めて、と)
という事はこの世界には他の転生者はいない、という事になる。今も昔も。
女神自身はそれを伝えるつもりはなかったのだが、ミサキからすれば本題にも多少関わる大事な事だ。しっかり頭を働かせ、言葉の裏を読んだ。
そうやって考えを巡らせた結果、自身の疑問に対する答えとして女神の言葉は筋が通っている、と認めつつある。
『まぁそれでも建前上理由が必要にはなるんですけどねー。でも逆に言えば適当な理由さえあれば転生者とは割と簡単に接触できます。必要書類さえ揃っていれば書いてある内容はコピペでも許される、みたいなアレですねー、ふふ』
「そうですか……」
『……ふむ』
一方の女神側も、ミサキが何を考えているかまでは読めずともここが勝負所だというのは感じ取っていた。
そう感じたなら後は迷わない。ミサキを逃がしたくはない。口にこそしなかったが、予想外の行動ばかり取るミサキの事を女神は面白い存在として気に入っており、出来れば今まで以上に堂々と近くで――友の距離で眺めていたいと思っている。
今回の雑談は全てがそこに起因すると言っても過言ではないのだ。よってここで全力を出す。出し尽くす。
『とにかく、そういうわけで最初からミサキさん以外に選択肢が無いのです。というかミサキさんが始めての選択肢です。お願いします! 私を助けると思って! 人助けだと思って! 神だけど!』
全力を出し尽くした結果、神が人間相手にジャンピング土下座した上に殺し文句まで持ち出して友達になってくれと乞う、出来れば見たくなかった光景が飛び出した。
「………」
流石のミサキもそんな光景にドン引きした――なんてことはない。彼女の返事は最初から決まっている。土下座する女神の前に屈み込み、優しく言う。
「……友達になるのに人助けだなんて大層な理由付けは必要ないです」
『……そ、それじゃあ?』
「拒む理由は最初からありません。これからよろしくお願いします。神様と友達なんて名誉な事ですし。後で皆に自慢しよう」
人の土下座なんてずっと見ていたいものでもない。顔を上げてもらいたくて、なけなしのコミュ力を振り絞っておどけるように(しかし抑揚の無い声で)ミサキは言う。
その想いが通じたのか、女神は顔を上げ……口を開く。
『そういう俗っぽい事言うミサキさんはなんかヤだなぁ』
「上げて落とすにしても早すぎる」
珍しくコミュ力を発揮したらこのザマである。
まぁ、こういう雑な扱いも友達らしいといえばらしいのだが……頑張った結果がコレなのはちょっと腑に落ちないミサキであった。




