なおパラメータには反映されない模様
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夕食も入浴も終えた後の、正しく一日の終わりと言えるこの時間。それはミサキにとっては待望の本に浸る事が出来る時間、なのだが……
「……じゃあ、私は今から本を読むから。寝る時は教えて」
「えー!」
だがエミュリトスにとってはそうではない。敬愛する先輩と心置きなく会話できる時間なのだ。「寝るまで会話しない」と言われたも同然の宣告をされて黙っていられる訳が無い。
なお、そんな不満の声を挙げられたミサキの反応はというと、
「……何か駄目だった?」
「えっ、いや、その……」
「………?」
本気で首を傾げているあたりがなんかもうアレである。駄目である。
とはいえ、エミュリトスとしてもミサキの邪魔をしたい訳ではない。図書館での出来事から読書が好きらしいのは察しているし、もしかしたら本が絡むとミサキは怖い人になるのではないか、という懸念もある。
そして何よりも、ミサキの邪魔をした結果彼女に嫌われるという可能性を一番恐れていた。本来なら彼女の言う事に無言で従うべきなのだと考えてさえいる。だから本気で邪魔をしたい訳ではない。邪魔をする事が目的ではない。
「えっと、その、本を読むのがダメってわけじゃないんですけど……その、せっかく同じ部屋なんですし、少しでいいのでわたしとの時間も作って欲しいなーって……」
彼女は単純に寂しいから構って欲しいだけである。
最初に言った通り、敬愛する先輩と心置きなく会話がしたいだけなのだ。
「……そっか、一緒に暮らすって事はそういうものなのか……」
「あっ、いえ、『そういうもの』みたいなルールの押し付けではなくて、これは単なるわたしのワガママです……図々しくてごめんなさい」
これが個人主義な人の集まったルームシェアであればこうはならず、互いに不可侵の領域を設けて線引きのしっかりした共同生活をするだろう。
だが彼女達は違う。仲良しなのだ。ミサキは個人主義的な面も持つが、エミュリトスという友達を大切にしたい気持ちも持っている。
だからまぁ、多少難しい問題になってくる。ミサキの趣味の時間を邪魔する権利がエミュリトスにあるとは言えないが、同様にエミュリトスが楽しみにしている時間をミサキが個人的都合で無視する権利も無い訳だ。
重ねて言うが、ビジネスライクなルームシェアとは違い彼女らは仲良しなのである。ルームシェアというよりは友達の家に泊まってる感覚なのである。例えるなら今のミサキは友達の家に泊まりに来て漫画ばかり読んでるようなものに近い。
もちろんそれでも嫌な顔をしない心の広い友達もいるだろうが、友達に放置されて嬉しい人など滅多にいない訳で。こうして面と向かって言ってもらえた事でミサキも自身の行いが友としての礼を欠いたものだったのではないかと思い始めた。
彼女は反省し、少し考え、折衷案を口にする。お互いの得となるであろう折衷案を。
「……じゃあ、一緒に読む?」
「えっ」
違う、そうじゃない。
っていうか仲良く一緒に読むにしても百科事典では無理がある。絶対楽しくない。
「え、えーっと、お気持ちは嬉しいのですが、それではセンパイが集中できないんじゃないかなーと……」
「……確かに、近くに人がいて集中出来るかと聞かれれば怪しい」
集中出来ないと勉強にならないし、かといって集中すればエミュリトスへの対応が疎かになるだろう。この案は無理がある。あと二度目になるが百科事典という前提の時点で無理がある。
(しまった、これってもしかしてセンパイと物理的にも近づくチャンスだったのでは……!?)
エミュリトスもなんか変なところで後悔しているが、何度も言うようにそもそも最初から無理があるので杞憂である。考えすぎである。
「……じゃあ、読書は早めに切り上げる事にする。そこから寝るまで一緒にいよう」
「っ、は、はい! ありがとうございます! ごめんなさい、ワガママ言っちゃって……」
「ううん、私の配慮が足りなかった。気にしないで。エミュリトスさんに嫌われたくないし」
「ぐふっ……センパイは何と言うか、思った事をストレートに言いますよね……」
「? 言葉ってその為のものだと思うけど」
「ええと、それはそうなんですけど……」
着飾らない言葉は心に響く。他ならぬエミュリトスの警戒を解いたのもミサキのストレートな言葉なので、それ自体は長所だとエミュリトスも思ってはいる。
だが心に響きすぎるのも問題だとも思っている。ライバルが増えるのを危惧しているのもあるし、自分に向けられた言葉も過剰に受け取ってしまいそうになるから。
そして意外にもミサキも自身の言葉に問題がある事は認識していた。もっとも、それはエミュリトスの認識している問題点とは別なのだが。
「……悪い所があったら言って欲しい。リオネーラにもエミュリトスさんにも、サーナスさんにも誤解させてしまったから。言葉足らずなんじゃないかとは思ってるんだけど」
リオネーラに剣を抜かせ、エミュリトスを泣かせかけ、サーナスを怒らせ……ミサキは自身が言葉でのトラブルに事欠かない事を地味に気にしていた。こうして改めて見ても酷いコミュ力の無さである。意外にもとは言ったが、流石に気にしない方がおかしいかもしれない。
そして、地味に気にした結果辿り着いたその答え――言葉足らずなのではないかという疑念――はまぁだいたい正解である。
だがしかし、被害者と言えるエミュリトスでもそれを指摘できるかと言われれば別だ。
「ええっと、確かにちょーっとだけ言葉足らずな時もありますけど……そんなセンパイのシンプルで真っ直ぐな言葉が嬉しい時もあるんです」
「……そうなの?」
結果だけ見れば被った損害なんて微々たる物で、得た喜びの方がかなり大きかったりする。そうでなければこうして一緒にいないだろう。客観的に見てもミサキの周囲に少しずつ人が集まってきているのがその証拠と言える。
とはいえ、ミサキ自身は気づかないし自覚もないのだが。
「だから、その、わたしの勝手な意見ですけど、変に気を遣ってもしセンパイのそういう良さまで無くなっちゃうと悲しいなって思います」
「……そう。ありがとう、そう言ってもらえるとちょっと嬉しい」
そう言ってミサキは僅かに笑った――ようにエミュリトスには見えた。
「ッ……!」
恥ずかしくて思わず視線を逸らしてしまう。当然すぐにめちゃくちゃ後悔した。珍しい笑顔ならもっとよく見ておくべきだったし、そもそも笑顔だったかどうかの確証すら持てない一瞬しか見れなかったから。
後悔し、慌てて視線を戻すもそこにあるのはいつもの無表情。すべては手遅れだった。
「……エミュリトスさん? どうしたの?」
否、むしろミサキが表情を元に戻してしまった(かもしれない)のもエミュリトス自身の不自然な行動のせいな(のかもしれない)のだ。手遅れどころではなく、全てが自業自得。取り消せない己の過ちを目の当たりにして、彼女はただただ後悔し続けた。
「……センパイ、時間を巻き戻す魔法ってありませんかね」
「……ごめん、そこまで魔法に詳しくないからわからない……。でも何故?」
「いえ、なんでもないです……しばらく一人にしてください……」
そんな事を言ってよろよろとベッドに倒れこむエミュリトス。ミサキとしては理由もわからず落ち込まれて気がかりではあったが、一人にしてくれと言われたなら従うしかない。
言葉を着飾らないミサキは、基本的に相手の言葉もそのまま受け取り相手の意思として尊重する。それが悪い方に転ぶ事もあると知ってはいるのだが、その見分け方はまだ彼女にはわからない。
まぁ今回はそれで正解だったようで、その後ミサキが読書を終えようか悩むくらいの時間が経った頃にはエミュリトスはいつもの調子を取り戻していた。
それを見てミサキは安堵した――が、直後のエミュリトスの「ハンターらしく次の機会をじっと待つ事にする」という呟きの意味までは理解できなかった。理解できなかったが聞き返す事も出来なかった。エミュリトスから謎の気迫が漂っていたから。
(同じ失態はもう繰り返しませんからね……覚悟しててください、センパイ……!)
(……何か寒気が)
人は失敗から学び成長する生き物である。エミュリトスの中で何かのレベルが上がった瞬間であった。執念とか忍耐力とかたぶんそんなのだけど。




