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異文化交流(物理)


☆☆



『レベルという数値はこの世界では絶対なのです……この世界を作った私だからこそよく知っています』

「……そうなんですか」

『そうなんですか、じゃないです! そうなんです! そんな世界に何の庇護もないままレベル1で降り立とうだなんて自殺行為です!』

「……そう言われても……誰だって最初はレベル1です」

『そういう問題じゃないです! っていうかなんか貴女、さっきから感情の起伏に乏しくないですか!? 見てて危なっかしいです!』

「……そう言われても……自分では普通のつもりですが……」

『……決めました、やっぱり貴女にひとつだけスキルを与えます。転生させた人をすぐ死なせたとあったら女神の名折れですから。嫌と言っても無理矢理与えます』

「えー……」

『えーじゃないです! そもそも人助けがしたいのでしょう? それなのにレベル1だなんて矛盾してると思いませんか? それで一体誰が助けられると言うんです?』

「……それは確かにそうですけど」

『そういう意味でもスキルを与えないといけません。レベル1でも多少の無茶が出来るようになるスキルを。大丈夫、死なない為だけのスキルですから、これを活かしてどんどんいつまでも学んでくださ――』

「不死ですか?」

『………』

「不老不死ですか?」

『……そのつもりでしたけど煽られたので変えます。今更後悔しても遅いんだからね!!!』

「……いや、別に煽ったつもりは……」

『知りませんもん! もう知りませんもん! いいですか! そんな貴女に与えるスキルは――』





(思えば終盤のキャラ崩壊っぷりが酷かったな……)


 ミサキ自身は思い返してゲンナリしていたが、傍から見れば会話が素で煽りになる彼女のコミュ力の無さも相当酷いものである。

 ついでに自称女神についても、この世界を作ったとか人を転生させるとか、行動(と外見)だけなら本当に女神っぽいのだが……子供っぽい面も目立つのは何故なのか。


(にしても……不老不死、か。ちょっと惜しい事をしたかもしれない)


 ミサキとて、そういうものに憧れる気持ちがないわけではない。望みを永遠に叶え続けられる、即ち永遠に人助けが出来る存在。それは素晴らしいと思う。

 しかしそれでも『別人としての第二の人生』ではなく『生前の自分の続き』としてここで生きたいと最初に願ったのだ、ならば人並みの寿命で充分だ、とも思う。少なくとも今は。

 記憶も外見も全てを引き継いで、しかしレベルや知識、スキル等のプラスアルファは求めない。そんなミサキに善意からとはいえよりによって不老不死なんてものを与えようとした自称女神は、残念ながら彼女の心理をまるで理解していなかったとしか言い様が無いだろう。

 最終的に押し付けられたスキルが不老不死のように世界の(ことわり)を超越するようなものではなさそうな上、攻撃的なものでもなかった事だけがミサキにとって救いだった。


(私の命を心配してくれたのは確かだし、あれ以上拒むなんて私には出来ない。望みの為には生き延びないといけないのも事実だし)


 『死因』を取り除いてくれた事には感謝しているし、必要に迫られたならこのスキルも使ってせいぜい心配をかけないように長生きしよう。……ミサキがそんなことを考えたちょうどその瞬間、ボッツの声が響く。


「さァて、自己紹介も終わった事だし異文化交流の第一歩を踏み出すぞ。まずは殴り合いだ! 血と汗と涙を流す模擬戦といこうじゃないか!」

「……えっ」


 レベル1、命の危機を感じるの巻。



◆◆



 レベル順に一列に並び、グラウンドへと移動する。移動中、ミサキの前にいるレベル7の性別不詳の子がまるで刃を首筋に当てられているかのような顔で後ろを気にしていたが、ミサキにそれを気にしている余裕はなかった。

 何せ誰と当たろうとも最低でもレベルに6の開きがあるのだ。レベル差が絶対の世界でこれは確実に致命的。どう足掻いても勝てないどころか、死ぬほど痛い一撃を貰って瞬殺されるだろう。

 最も、新参のミサキが勝てないのは当然だし彼女としても覚悟の上だ。でも死ぬほど痛い瞬殺はなるべく避けたい。戦う事になってしまった以上、少しでもこの模擬戦で経験を積んでレベルを上げておきたいからだ。

 では経験を積むためにはどうするか。スキルを使う――のは無しとして、出来る限り攻撃を回避し、とにかく逃げ回り、相手の動き・武器の振り方などを見て学び、時には技術を盗む。これしかない、そう彼女は結論付けた。


(見てて不様な試合になるんだろうな……まぁ仕方ないか)


 感情の起伏に乏しいと言われたミサキではあるが、彼女なりに憂鬱ではあった。

 とはいえそれも自ら望んだ事だし、学ぶ為に必要な不様さだと割り切っているので抵抗はない。

 ないが、それでも――


「――あたしの勝ちね」

「……ぐっ、流石だ」


「そこまで! 勝負あり!」


(……それでも、ああいう強さには憧れるな)


 最初に組まれたカード、リオネーラ対ユーギルは一瞬で決着がついた。

 目にも留まらぬ速さで接近したユーギルを、リオネーラがそれ以上の速さで斬り払い、叩き伏せた。それだけ。

 試合としてはそれだけだったが、見ていた生徒は圧倒されており言葉を発せずにいる。全員が全員、神速と呼ぶに相応しいユーギルの突進に反応できる気すらしなかったし、それを破ったリオネーラの強さなどもう理解の届く領域ではないといった感じだ。剣を振るったのが辛うじて認識できただけ。


(ユーギルさんのあの速さは獣人故なのか、あるいは純粋にレベルの高さが可能にしているのか……それとも魔法を使っていたとか? うぅむ……)


 ミサキは必死に分析しようとしていた。しかしいかんせん知識も経験も不足している。


(リオネーラさんの方も同じ事が言える。レベルの高さだけでユーギルさんのあの速さを上回ったのか、それとも先読みしていたのか、はたまた魔法を使っていたのか……剣のおかげ、ではないのは確かだけど)


 剣は刃の潰れた訓練用の物が準備されているため、リオネーラの自前の剣の性能が凄かったという可能性だけは潰えている。でもわかるのはそれだけだ。


(それ以外が全くわからない。レベルが違いすぎて参考にならない……これじゃ人助けなんて夢のまた夢だ……)


 レベル1では理解できるはずもない領域の戦い。

 レベル1でも理解できる絶望的なまでの自分との差。


 そんなものを見せ付けられて、ミサキは思う。


(……早く、強くなりたいな)


 読めなかった漢字が読めるようになるのが楽しかった。

 解ける気がしなかった問題が解けた瞬間が好きだった。

 気づけば目標が遠い程やる気が出るようになっていた。


 自分の成長がわかりやすく実感出来るから、ミサキは勉強が大好きなのだ。

 座学ばかりだった前世とは勝手が違うだろうが、目の前の問題をひとつずつ片付けていく事に違いはない。やるべき事は山積みだろうが、だからこそ楽しみでもある。


 ……どれだけ自分は強くなれるのだろう。今度の自分はどこまで行けるのだろう。あぁ、楽しみだ……



 ――ミサキが無意識に浮かべた野心的な笑みに、ボッツだけが気づき、胸騒ぎを感じていた。





 模擬戦のマッチメイクの仕方はこれまた単純にレベル順になっている。レベルが一番高いリオネーラと二番目のユーギルが当たり、次は三番目と四番目、その次は五番目と六番目……といった具合だ。

 実力の近い者同士で戦う、それはお互いの力を引き出すという意味では理に適っており、必然的に接戦になりやすい……のだが。


(なんか……変だな)


 何組かの試合を見てきて、ミサキは違和感を覚えた。恐らくは他にも何人か違和感を覚えた人もいただろう。レベルの近い者同士の戦いらしく接戦なのだが、何かが足りない、と。

 ちなみにボッツとリオネーラは答えに辿り着いている。ユーギルはそもそも弱い者に興味がないため戦いを見ていないが、見ていれば気付く筈だ。


「決着! そこまで!」

(今の決め手は剣同士で何度も切り結んだ果ての一瞬の隙をついた袈裟斬り……レベルが低くなってきているからか、私にも動き自体は見えてきている)


 その前の試合は炎の魔法『ファイヤーボール』の撃ち合いになったが、片方が疲弊した隙に体術が決まり決着。その前は小柄な獣人の子が回避に徹し、相手の一瞬の隙を突いて拳で一撃。

 勉強熱心なミサキは今までの試合を全部しっかり見て覚えていた。レベルの近い者同士のため接戦ばかりであったが、ちゃんと流れも覚えている。よって気づいた。


(……もしかして『接戦すぎる』のか。ユーギルさんのように全力をぶつけて一瞬で勝負を決めようとする人がいない。誰もが相手の出方を窺って、その果てに隙を突いて倒している)


 もちろん、どちらの戦い方が正しいか、という話ではない。どちらも戦い方としてはアリだ。

 それでも違和感を覚えた理由は、最初の二人以外の()()()()()そんな戦い方をしているからである。ユーギルのように最初から全力を出す戦い方をする者がほとんどいないのだ。


「誰もが相手との力の差を測る事にばかり躍起になっているな。最初の二人の格の違いに()てられて自分の力が信じられなくなっている。無論、敵を知るのは戦いの基本だ。それが出来てるという意味では優秀な連中と言える」

「………」


 いつの間にか隣にボッツがいた。汗臭い。ボッツ自身は特に運動していないはずなのだが。


「だがこれでは優秀というよりそれしか知らないお坊ちゃま集団のオママゴトにしか見えんな。見ていてつまらんだろう? 魔人の少女よ」

「……魔人じゃないです」

「ハハッ、そうか、レベル1の人間だったな!」


 魔人と呼びながらも彼に恐れている様子は全く無い。彼はわかっていて絡んでいるのだ。煽っているのだ。

 そのコミュニケーション能力――コミュ力の間違った使い方がミサキには不快だった。自分を魔人と煽りに来た事も、そして自分を煽る為とはいえ真剣に戦っている皆を「つまらん」と吐き捨てるように言った事も。

 だが、それだけだ。不快ではあったが、その煽りに乗るつもりはない。


「で、レベル1の人間サンはどんな戦い方をするつもりだ? 誰が相手だろうとレベルの開きが6以上あるこの状況では――」

「……勝てないでしょうね。でも負けても何かを学べればそれで良いと思います」

「奴らと同じ戦い方をするつもりか? お前では無理だ。相手の実力を探っている内にお前の体力が尽きるのがオチだ」

「お構いなく。元より勝つ気はありません」

「……そうかよ」


 溜息と共に一言だけ呟き、ボッツは去っていった。勝つ意思どころか闘争心のまるで無い――煽りにすら乗らないミサキの事を理解できないといった感じだ。

 格上の相手に勝つつもりならばユーギルのように一撃に賭けた戦い方をするべきである。ボッツはミサキを煽る事で勝ちに執着させ、そう戦うよう仕向けようとしたのだが見事に失敗した。

 その背中には落胆が見て取れるが、ミサキは全く気にしていない。自分で言った通り元より勝つ気など無く、経験を積む事だけを目的としていたのだから。

 それに、読書を好む彼女は煽りに乗って愚かな結末を迎えた人を沢山知っていた。それでなくとも彼女は元々現代人である。しょうもない煽りはそれなりに見てきたので耐性があるのだ。


 だが、一連の出来事が不快ではなかった訳ではない。煽りに乗らなかったからといって与えられた不快感が無かった事になる訳ではない。よって彼がいずれ何らかの報いを受ける事をミサキは願った。

 ミサキが前世で読んできた物語では性格の悪い奴はだいたい何かしらのしっぺ返しを受けていたものだし、受けなかった場合は読後感がモヤモヤしていたものだ。


 悪には罰を。人の行いには相応の報いを。 

 勧善懲悪の物語を好んで読んでいた少女が辿り着いた境地であった。

 


(……ボッツ先生が深爪で一週間くらい苦しみますように)



 ……どうやらその程度の不快感だったらしい。


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