本を食べる二次元キャラなら稀によくいる
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最終的にディアンの指示により、広大な図書館の大量の蔵書を二手に分かれて北からと南から、昇順と降順でそれぞれ確認していく事になった。
昇順組がディアンとレン。降順がミサキ&エミュリトスの姉妹とその保護者リオネーラ。妥当な分担である。妥当すぎて面白みがまるでない。
(……それにしても、結構な量だなぁ……)
ミサキは嬉しさ半分で圧倒されていた。
ひとつの建物として独立したこの図書館。一階建てでこそあるが、その中に所狭しと並べられた本の数にはミサキでなくとも圧倒されるだろう。
規則的に並べられた書架でジャンル別に綺麗に整理できるようにはなっているものの、その書架もミサキでは最上段にまるで手が届かない程に背が高い。それだけ多くの本が収納できるという事だ。
しかしこうも高いと不便すぎないか、と周囲を見回すと踏み台らしき物が置いてある。背の低い種族はこれでがんばれと言う事か。それでもドワーフ族なんかは届かない気がするが。
「……っていうかこれ、五人じゃ終わらないんじゃないの……?」
同じように書架を見上げながら隣でリオネーラが呟いた。顔は向けず、見上げたままミサキは言葉を返す。
「……壮観」
「確かに壮観は壮観だけど、こんなに必要なの……?」
「リオネーラ、必要のない本なんてこの世にはない。どんな本でもそこから得る物は必ずある」
「あ、は、はい、そうですか」
キッパリ言い切ったミサキに気圧されるリオネーラ。彼女はミサキの瞳の奥に燃え盛る熱意の炎を見た――なんて事は別に無く、
「要らない本でも最悪重石代わりになる」
「それ一番怒られる使い方じゃない?」
「いざという時のティッシュの代わりにも」
「それ一番悲しまれる使い方じゃない?」
「あとは……食べると美味しい」
「美味しい!? 本って美味しいの!? っていうか食べた事あるの!?」
「……冗談だけど」
「……ミサキは真顔で冗談言うからわかりにくいのよ」
正確には何をするにも滅多に表情が変わらないせいでわかりにくい、が正しいが。実際、どうにかツッコミ(っぽい何か)を入れて追い縋っていたリオネーラもどこからが冗談なのかまではわかっていなかったりする。
一方のミサキもこうやってハッキリ言われた事でようやく自分の冗談がわかりにくい事を自覚し、大事な場面で冗談を言うのは止めておこう、と胸に誓うのだった。
……念の為に言っておくが、ミサキの言った事は全部冗談である。本好きらしからぬ冗談にも聞こえるがそこはミサキのジョークセンスの問題だ。
どんな残念なセンスを持っていようと本好きは本好きであり、本を重石代わりにしてカップ麺を作ったり頁を一枚ちぎって鼻をかんだりした事は神に誓って一度も無い。紙だけに。
「……でも、覚えたページを食べる暗記法はあったと聞く」
「ホント?」
「……語り継がれているのは確かだけど嘘か本当かはわからない。普通に考えたら勿体無いし身体にも悪いし。本当だとしても気持ちの問題だと思う、背水の陣のようなもの」
「はいすいのじん……って?」
「……『背水の陣』と書く。戦の時にあえて川を背にして陣を敷き、自らを追い込む事でその軍は死力を尽くして戦い、勝利を掴んだ……という故事から転じて同じような状況の事をそう言う」
「……ふーん、なるほどね。同様に、覚えたページは食べてしまうという取り返しのつかない状況なら記憶力も上がるってワケね」
そういうこと、と同意しながらミサキは以前と同じ小さな疑念を再び抱いた。同時にリオネーラも別の小さな疑念を抱いていた。
(やはり、この世界には諺は無い? いや、まだ断定は出来ないか。背水の陣は故事成語だから対応する故事が存在しないだけかもしれない)
(そんな故事あったかしら? まあ、あたしはそこまで故事に明るいわけでもないけど。それにミサキなら変なところで変に詳しくてもおかしくはない、か)
しかし何も起こらなかった!
「にしても、本を食べる暗記法かぁ……言葉だけ聞いたらなんかミサキならやりかねないって感じの突拍子の無さがあるわね」
「やらないけど?」
自分が変人と見られている自覚の無いミサキは素早くツッコミを入れたが、リオネーラは真顔のままだった。
「――はーい、お喋りしてないで始めますよー」
図書館にディアンの声が響く。見れば三人とは反対側――北側の壁面に備え付けられた書架でレンは何かの紙を見ながら既に作業を開始しているようだ。
その何かの紙をエミュリトスから受け取りながら、リオネーラは声を張り上げる。
「先生ー、これ今日中に終わるんですかー?」
「運び込まれた時点で大雑把には並べてあるのでー。今日やるのは最終確認でーす。その紙と照らし合わせて並び順と冊数を確認していってくださーい」
「あ、そうだったんですか。わかりましたー」
ミサキも受け取った紙に目を通す。ビッシリと書き連ねられた本のタイトルのあまりの量に若干目が痛くなるが、逆に言えばこれだけ読める本があるという事。
目の前に広がるのは本という名の宝の山。仕事をしながら良さそうな宝を見繕い、終わったら借りて帰ろう。気分はトレジャーハンターか鑑定士だ。
そう考えるとかつてないほどのやる気が溢れてきたので、ミサキは早々に作業に取り掛かろうと仲間に声をかけるのだった。




