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マジメな回


◆◆



 ――今日からクエストが解禁されるという事で、教師陣の授業も昨日よりはそれを意識したものになっていた。

 ディアンの授業では回復効果を持つ薬草――ハーブの知識を沢山叩き込まれた。これらは俗に『採集クエスト』と呼ばれる比較的安全なクエストでよく集めてこいと依頼される物だからだ。

 それでなくても回復効果を持つ役立つ草である、いずれ街の外に出るなら覚えておいて損はない知識……どころか必須の知識と言える。


 続くゲイルの授業では俗に『討伐クエスト』と呼ばれるものの相手となる事の多い『魔物』についての話となった。

 魔物の外見、歴史、種類、凶暴性、過去の被害、そして共通する対策など……討伐クエストが比較的危険と呼ばれる所以を彼は真面目に、重々しく語る。

 そして最後に、


「生態には明らかになっていない部分が多いが、それでも奴等が危険な事には変わりない。生き物を見かけると見境無く襲ってくるからな。襲われたら躊躇わず全力で戦え。勝てそうにない相手なら見つかる前に逃げろ」


 それが最善だ、と、そう告げて締めた。


(……さすがファンタジー世界、殺伐としてきたな……言葉が通じず、見境無く襲ってくる相手だからしょうがないけど)


 言葉が通じる相手であれば話し合えばいいし、言葉が通じずとも馬や牛のように敵意が少なく共存できる生き物ならやりようはある。

 だが魔物はそうはいかない。魔物の出現以前から人に害しかなさない『害獣』はいたが、それらはまだ『ケモノ』だった。魔物は明らかな『バケモノ』である。

 そして、化物共は場所にもよるが未だに人に害をなし続けている……という事。

 戦士には常に需要がある、というボッツの言葉に秘められた重みを実感し、早く強くなりたいという思いをますます強めたミサキであった。





 そうして午前中の授業が終わり昼食を食べに向かう、その直前。リオネーラと合流する前に、エミュリトスが小声で話しかけてきた。


「センパイ」

「何?」

「……わたしがパラメータの数値化を嫌う理由、ですけど」

「……うん」

「……実は、ちょっとだけ隠し事をしてるんです、わたし」

「隠し事……」


 そう言われ、ミサキは少しだけ胸の奥が痛んだ。

 異世界人である彼女自身が隠し事の塊であるから、だ。


(転生した、なんてわざわざ言う必要もないだろうから黙っていたけど……言っていい事なのかどうかわからないのも事実)


 それは確かに事実である。女神からも良いとも悪いとも何も言われていない。だが、その事実は現実から目を背ける為の言い訳の材料にもなっていた。

 ミサキはなんだかんだで根っこは善人である。隠し事自体を嫌悪するほど精神的に子供でもないが、隠し事なんてしないで済むならしない方がいいと考えるタイプだ。

 だからこそ、自分が隠し事をしているという現実に気づかされると胸が痛む。エミュリトスの言葉でちくりと痛む。そして、彼女の言葉はまだ続いている。


「バレたら結構怒られそうなんですけど、でも優しいセンパイとリオネーラさんには明かしておきたくて」

「………」

「なんとなくセンパイの方が笑い飛ばしてくれそうな気がして、先にセンパイに明かしたいと思うんですけど――」

「待って」


 思わず話を遮った。

 隠し事をしている自分を無邪気に慕い、信頼してくれている目の前の子がそうさせた。胸の痛みが、罪悪感がそうさせた。

 これが隠し事の話題でなかったらこうはならなかっただろう。相手が隠し事を明かそうとしなければこうはならなかっただろう。こうも感情的にはならなかっただろう。


「……センパイ?」

「……ごめん、エミュリトスさんは覚悟を決めて話してくれているんだろうけど……私にそれを聞く資格はない」

「……資格、ですか?」

「私にも、隠し事がある……そして私はそれを明かせるかわからない。それなのにエミュリトスさんの隠し事だけは聞くなんて不公平だから」


 エミュリトスの決意を遮り、自分にも隠し事がある事を告白し、その結果恐らくは彼女を失望させて……元々抱いていた罪悪感と合わせてミサキの胸中は申し訳なさで一杯になった。

 一杯になって溢れ出すその痛みは、さすがに表情に出る。普段無表情なミサキが見せた苦悶の表情。それを見たエミュリトスは――


「……センパイはマジメですね」


 優しく微笑み、言葉を返した。


「わたしの隠し事は、わたしが自分の為に明かしたいだけなのに。楽になりたいだけなのに。不公平とかそんなの、センパイが気に病む必要は全く無いのに」

「それでも――」

「わかっています。それでセンパイが苦しむと言うのなら、わたしは話しません。話せるわけないじゃないですか」

「……ごめんなさい。ありがとう」


 こういうところはやっぱり歳上だなぁ、とミサキは思う。

 どちらかが折れれば話がすんなり進む場面で、優しく静かに自分が身を引く。迷わずその判断が出来るのは、やはり素敵な大人だ。


 きっと彼女も同じなのだ。隠し事なんてしないで済むならその方がいいと思っている。隠し事をしていると胸が痛むから、楽になりたいから明かそうと思ったんだ。

 なのに、こちらの事を気遣って身を引いてくれた。同じなのに彼女だけが身を引いた。それが優しく素敵な大人の判断でないなら何だというのか。


 ……その判断に、報いなくてはいけない。向けられた優しさに報いたい。そう思った。


「……一日だけ待って欲しい。私の隠し事を明かしていいかどうか……一日だけ時間が欲しい」

「……無理はしないでくださいね?」

「……うん。ありがとう」


 一日しっかり考えよう、異世界人で転生者である事を明かすかどうか。

 ……とはいえ、恐らく自分は明日明かすのだろうな、とも思う。彼女の優しさに報いる方法は、もうそれしか残っていないような気がするから。




(……そろそろ終わったかしら? 何かマジメな話してたみたいだけど)


 リオネーラは空気の読める子。





「今日はオルトロスープにしようかな」


「やめなさい」「やめましょう」


「……はい」



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