男は脇役 ※ただしイケメン
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教室に並べられた机は縦に5人分×横に6列。つまり生徒は30人いるという事になる。
足を踏み入れた直後から向けられている27人からの怪訝な視線を受け流しながらミサキは自分の席を探す。
「これは……入学試験の成績順かしら? あるいはレベル順かも。ミサキさんは多分――」
「……後ろの方、かな」
名前の書かれたプレートが机の右上に置いてあるようだ。首席入学であるリオネーラの席は言うまでもなく入り口側の先頭。着席した彼女に軽く頭を下げ、ミサキは教室の奥へと歩を進める。
生徒の何人かはミサキが近くに来ると距離を取ろうとするが、あくまで意識を向けるだけに留めて余裕を見せる者も数人いる。わかりやすく言えば「仮に彼女が魔人だろうと恐れる程の存在ではない」と高を括っている者が数人いるのだ。
まぁ、高を括るも何も実際ミサキは人畜無害なレベル1の人間族なのでそれは正しいのだがひとまずそれは置いておいて。彼らが高を括っている理由は勿論、ミサキの席順だ。
現時点で空いている席は29番目か30番目の席。魔人の少女がどちらの席にせよ自分よりは弱い、と、そう考えているのだ。
「……私達が最後だと思っていたんだけど」
呟きながら、ミサキは30番目の席に腰を下ろす。勿論その呟きに返事はない。
(いや、そもそも入学式の時点で何人いたのか……数えておけばよかったな)
結局、担任らしき男性教師が入ってきてもミサキの前の席は空のままだった。
「おらー、席に着けー」
「あの先生は……まさか」
ミサキの隣の席の少女が呟く。有名な人なのだろうか? ミサキが視線を向けると、隣の少女は身体ごと明後日の方を向いてしまったが。
そう、身体ごと、だ。隣の少女は身体が異様に小さく、薄い羽根が背中にあり、椅子ではなく机の上に座っている……俗に言うフェアリー、妖精族であった。ちなみに服は着ているので健全である。
健全である。
「あー、全員揃っているな。正確には最初からずっと一人足りないが、そこはどうやら今日は間に合わないようだから気にするな」
いかにもファンタジー世界にありそうな鉄の胸当てを装備した、筋骨隆々とした壮年の男性教師がミサキの前の席に視線を遣りながら語る。……間に合わないって何だろうか。
「さて、まずは自己紹介だな。俺の名はボッツ。校長共々偽名で申し訳ないが、気軽にボッツ先生と呼んでくれ。少なくとも一年間は俺が担任だ、よろしくな」
「先生、あなたほどの人が何故偽名を使うのですか?」
リオネーラの列にいる男子生徒が手を挙げ、問う。
「む、俺を知っているのか?」
「知らない人はいませんよ。大戦当時、身体能力に劣る人間族の兵士を一晩で鍛え上げ、立派な戦士として多数輩出したと言われる“鬼教官”ヒートマンでしょう?」
「ほう……」
その名を知らない人が確実に約一名いるが、確かに彼女以外の皆は少なくともその名前は知っていた。
一言で言えば彼は大戦期の英雄、というやつだ。
「よく知っているな」
「憧れですから」
「ふむ。まァ俺はそのヒートマンとやらの事はまるで知らん別人だが、恐らくその名が独り歩きしているのが気に入らんのだろう。人間、名前を変えて再出発したくなる時だってあるものさ」
別人らしいが、つまりはそういう事である。お察しください案件である。
「……そうですか」
「さて、俺の自己紹介は終わった。次はお前らだ。丁度レベル順に座ってもらっている事だし、前から行こうか」
「はい」
成績順ではなくレベル順の方だったらしい。しかしどちらだろうと関係ないとばかりにリオネーラは立ち上がり、小さな身体で皆からの視線を受け止めた。
「リオネーラ・ローレストです。レベルは50、歳は15歳です」
おお、と僅かにどよめきが上がる。ボッツも楽しそうに口元を歪めている。
「ウェルチ村出身のハーフエルフですが、卒業時も首席で卒業したいと思っています。よろしくお願いします」
「……いい自己紹介だが、「ハーフエルフですが」なんて言わなくてもいいだろう。今更ハーフエルフだからって差別する奴も居るまいよ」
「……そうですね、失礼しました」
「いや、構わん。お前が優秀な生徒である事に違いはない」
苦言こそ呈したものの、結局ボッツは後続にプレッシャーをかけるリオネーラの自己紹介を気に入ったようだった。
なお、この世界でハーフエルフを見下す風潮があったのは遥か昔の事である。それ以外の種族間の差別や偏見も、大戦で同盟を結んだ事によりほとんど無くなったと言っていい。それを知らないリオネーラではない。
(……そう、種族間の差別なんてもう無いようなもの。優れた人の集まるこんな都会なら尚の事。でも、それでも無いとは言い切れない。……そうでしょ、ミサキさん)
リオネーラはミサキに目をやる。
しかし、しっかりと目が合ったにも関わらず、ミサキ本人はその視線の意味するところに気づかなかった。
否、気づけるはずがないのだ。ミサキはこの世界の差別や偏見の歴史について知らないから――なんて話ではなく、単にミサキが空腹で倒れていた間の出来事だから。
(倒れているミサキさんを誰も助けようとせず、遠巻きに見ているだけ。あたしだって……正直、悩んだ。怖かった。見た目だけでそう判断してしまった。……ひどい話よね)
それは遥か昔にあった差別や偏見と何が違うというのか。リオネーラはそう考え、自分を責めていた。
要するに彼女は、差別の中に生きてきた歴史を持つハーフエルフでありながらミサキに偏見を持った自分が許せなかったのだ。そんな自分にケジメをつけなくてはならない。その結果がさっきの自己紹介。
……なんともまぁ、クソ真面目で律儀な事だろうか。
はっきり言ってミサキの外見は不幸な事にこの世界の何処であっても明らかに浮くものであり、魔人の伝承はこの世界では知らぬ者のいない昔話である。よって彼女の、皆の反応は「仕方ない」で済ませても許されるものだというのに。
まったくもって生き難そうな性格をしている。しかし首席で入学する程の強さもある。それがリオネーラという少女であった。
「よし、次の奴!」
「……ユーギル・L・アールバレー。レベルは40。強さ以外に興味はない」
リオネーラの後ろの男子生徒はそれだけ言って座ってしまった。強さだけを求めていると言うその視線は前の席のリオネーラを見つめている。
しかしさすがに今のは自己紹介としてはあっさりすぎるようで、ボッツがフォローを入れる。
「お前はアールバレー出身の獣人だな。あー、知っているだろうが、獣人は出身地をラストネームにする種族だ。もっとも獣人に限らず、少数人数の種族はこういう風に名乗るのが多いのだがな」
「へえ……」
「………」
「………」
「知っているだろうが」と前置きされた説明に相槌を打つと近くの人から変な目で見られるらしい。ミサキは学習した。
「ユーギル、お前は18歳か。その若さでレベル40も十分将来有望だぞ」
「だが、まだ上がいる」
「この学院で強くなればいい。お望みなら毎日レベルは計ってやれるからな。前後の席の奴とのレベル順に変動があった場合、両者の同意の上でならば席順も変えてやる」
「……わかった」
ボッツとの会話中もほとんどリオネーラしか見ていないユーギルだったが、リオネーラは全く意に介さず涼しい顔をしていた。
ちなみにミサキは始めて見る獣人という種族に若干テンションを上げていた。
(頭部は犬そのものにしか見えない……それ以外、発声器官などが人間と同じ仕組みになっているとか? あと、鼻が高くてリオネーラさんにぶつかりそうなんだけど……)
別に目を輝かせて熱い視線を送ったりしているわけではないので、周囲の人は誰一人としてミサキが若干テンション上げている事には気づかない。
それどころか暗く淀んだ真っ黒な瞳で見つめているわけで、逆に闇のオーラを感じてしまうかもしれない。もちろん錯覚だが。
ユーギル本人も視線にまるで気づかなかったのは幸いと言える。自分よりレベルが下の者にまるで興味がないのだろう。
そうこうしている間にも淡々と自己紹介は進み、ミサキはある傾向に気づく。
(……クラスの前の方には獣人が多い。そして後ろの方になるにつれ人間族が増えていく)
人間の知性と獣の身体能力を併せ持つ獣人はシンプルに強い。よってレベルも高くなるのは必然だった。とはいえあくまで傾向であり、三、四番目の生徒などは獣人ではなかったりもするのだが。
そしてもうひとつ。その三番目の生徒のレベルは30で、そこから下はほとんど大差ない団子状態。中には同じレベルの者も結構いる。よってレベルだけで言えばユーギルとリオネーラがそれぞれ頭ひとつ、ふたつ飛び抜けている構図になっていた。
もちろん、ミサキのレベルも頭ひとつ飛び抜けている。下向きに。
「……れ、レベルは、7、です……よろしくお願いします……」
ミサキの二つ前の席の、イマイチ性別のわからない気弱そうな子の自己紹介が終わった。
前の席の子はよくわからないが間に合わないらしいので、次は必然的にミサキの番になる。彼女がのんびり腰を上げると、ユーギル以外の全員の視線が注がれた。
(別に何も面白い事は言えないんだけどな……)
彼女に恐れや緊張はなかった。生前から基本的に落ち着いた性格だった上、転生なんてものまで経験したのでクソ度胸もついたのだろうか。
「………ミサキ・ブラックミストです」
……恐れや緊張こそ無いが、この名前を口にする恥ずかしさは僅かにあったりする。
「13歳の人間で、レベルはまだ1です。色々なものを見て、聞いて、学んでいこうと思っているので、よろしくお願いします」
「……レベル1だって? マジで?」
「何かの間違いじゃ……」
「いや、きっと何か隠してるんだよ」
「どうやって? レベルを計ったのはこの学院なのよ?」
「じゃあ誰かの陰謀だ……学院ぐるみの陰謀だよ……」
何故か周囲が騒ぎ始めてしまった。ミサキとしてはレベル1なのをバカにされるくらいの軽い反応を望んでいたのだが。レベル1なのは事実だし。
なのに、事態は逆方向へ向かった。ミサキの望みの逆方向へ、事実の逆方向へと。こういうのも過大評価と言うのだろうか。
結局のところ、それほどにミサキの外見は異端で、それほどに魔人という存在は恐れられており、そしてそれほどにレベル1は不自然なのだ。自称女神の言った通りに。
(あの自称女神の人の忠告は正しかった、か)
忠告されてなお突き進んだのだから、これは自分の責任だ。ミサキはそう考え、それ以上何も言わず着席した。
しかし、外見の件については私の意志を尊重してくれたのに、何故レベルの時だけは忠告してくれたのだろうか?
……と思考に耽りかけたが、自称女神との会話を思い出す。
確か、パラメータの総合力を示すレベルという数値はこの世界では本当に重要で、たとえ1の差であろうともその開きは絶対的なものだ、とかなんとか言っていたような――