自主トレって要するにデイリーミッション
「――センパイ、朝ですよー」
「ん……」
身体を揺すられて目を覚ましたミサキが朝一番に目にしたのは、嬉しそうにこちらを見下ろす年上の後輩の顔だった。
昨日とはまた違う朝の訪れ。異世界生活三日目の始まりだ。
「よく眠ってたので起こすのも気が引けましたけど、そろそろ起きないと朝食に遅れます」
「……うん、ありがとう。おはよう、エミュリトスさん」
「いえいえー、後輩として当然です! おはようございます!」
「………」
たぶん目覚めの世話は後輩の仕事ではないと思うけれど本人が嬉しそうなのでツッコミはしないでおく。
昨日は信奉するだとか敬愛するだとか重い言い方をされたが、こうして話している限りでは許容範囲の関係に思えて内心ミサキはホッとしているのだ。いたずらに掘り返して地雷を引き当てる事もあるまい。
(年上の人を後輩扱いするのは慣れないけど……先輩扱いされるだけなら、まぁ)
それが彼女の望みであるうちはそれに応えよう、と思う。それが彼女の『助け』になるのなら叶えてあげたいし、密かな憧れでもあったし、win-winの関係と言える……はずだ、多分。
(……年齢に対する感覚の違いも、私が異世界人だからなのか、それとも……日本人だから? どちらも、かもしれないけど)
内心に小さな疑問を抱えつつ、ミサキは洗面所に向かったエミュリトスを尻目にベッドから出てカーテンを開け放つ。
朝日の差し込む部屋の窓からは寮の裏の空間が見えるようになっている。遊び回れるくらいには開けて地面も整っている、裏庭と呼べる空間だ。
その裏庭を……何かがすげぇ速さで疾走して周回していた。
「……?」
すげぇ速さとは言ったものの、目にも止まらない速さという程でもない。よく見ればそれがミサキのよく知る人物と酷似している事くらいはわかる、っていうか本人だわアレ。
それでもその速さは前世で言えばオリンピックで金メダルを通り越してドーピングと決めつけられるレベル……すら軽く凌駕しているが。ともあれ、窓を開けてその人に声をかける。
「……リオネーラ、何してるの?」
「え? あら、ミサキ、おはよう。走り込みしてるだけだけど?」
「……そう。おはよう」
なんでもない事のように言われたが、脚を止めた瞬間の土煙はとんでもない量だった。
「……自主トレーニングってやつ?」
「そうね。昨日と一昨日はサボっちゃったから、元のペースに戻していかないと」
「流石はレベル50」
「ふふっ、もっと褒めていいのよ。まぁ二日サボった身だけどね」
このストイックさは間違いなく彼女の強さの秘訣の一端なのだろう。となると、彼女と同じくらい強くなりたいミサキも黙って見ている訳にはいかない。
「……よし。私も走る」
「ミサキはまだまだ細いし、最初は歩くくらいにしといた方が……っていうか筋肉痛はもう大丈夫なの?」
「……大丈夫みたい」
言われて初めて気づいたが、逆に言えばそれくらい治っているという事でもある。前世ではもやしっ子だったのに……と驚くミサキだったが、
「まぁミサキは若いしね」
「……そう言うリオネーラだって15歳でしょ」
とりあえずリオネーラにそう言われたので若さのおかげと納得したのであった。
もっとも……
(ホントはエミュリトスの回復魔法のお陰かもしれないけど。でもそうなるとあの子にもミサキ同様不可解な点が出てくるし……憶測で変な事は言わない方がいいわよね)
当のリオネーラが心からそう思っているかと言われると、また別なのだが。
「センパイ、誰と話して――あ、リオネーラさん」
「おはよ、エミュリトス」
「おはようございます、何してるんですか?」
「朝の走り込みをしてたとこ。そしたらミサキも走るって言い出したんだけど……」
「センパイが走るならわたしも走ります!」
「うん、それは別に良いんだけど……もうすぐ朝食の時間よ?」
「………」
「………」
エミュリトスもミサキも走る気マンマンではあったのだが、その言葉はあまりにも重かった。
「まぁ、ミサキがご飯よりランニングを優先するならあたしも付き合うけど……」
「……どうします? センパイ」
「ご飯優先」
即答である。
◆
「――食直後の運動は身体に良くないし、ランニングは明日から」
「なんか見苦しい言い訳にも聞こえるけど……間違ってはいないし、そもそも食後にそんな時間はないしね」




