( ˘ω˘)スヤァ…
「……おほん。裏の掻き方は上手かったですが 残念ながらエルフという種族に魔法での不意打ちは通じませんわ」
「……どうして?」
「魔法に長けしエルフは、近くの魔法を探知して反射的に防御するよう鍛えられますからね。もはや自動防御と言っても過言ではない位に」
「……!」
エルフは種族を挙げてそういう鍛え方をしているが、無論他の種族にも同じような鍛え方をする人は一定数いる。物理ではなく魔法で戦おうとする人達――魔法使いタイプの人達だ。彼らが魔法攻撃力だけでなく魔法防御力にも優れるのはこういう鍛え方をして防御技術を磨いているからという面もあるのだ。
どのくらい正確に探知し、的確に防御できるかはもちろんその人の才能と鍛錬、経験で差が出るが、最低でも不意打ちの魔法に対してだろうと即座に反応し身構える位は出来ないと魔法使いとして大成は出来ないと言われている。
マナを探知出来る人がいるというのは教頭から聞いて知っていたミサキでも、魔法まで直接探知し、それに反応して防ぐという芸当には驚きを隠せない。
一方、驚きどころか憤りを隠せないのは当然、外野のこの子である。
「自動で防御だなんて結局ズルっこいじゃないですか! バリアフィールドと大差ないですよ!」
「こ、これはわたくしなりに特訓した結果身につけた技ですわよ!? 結構がんばったんですのよ!?」
「くっ、ま、まぁそれはそうですけど、でも――」
でも結果だけ見ればさっきと状況は何も変わらないじゃないか――と吠えようとしたエミュリトスの肩を抑えたのはリオネーラだ。
「……さすがに努力まで否定しちゃダメよ。ミサキに肩入れしたい気持ちはわかるけどね」
「………そう、ですよね。ごめんなさい……」
理由もわからないままミサキに肩入れしていた彼女は、その一言で大人しく矛を収めた。理由がわからないから感情の矛を貫き通す事も出来なかったのだ。
もっとも、言い分はリオネーラの方に分があるのでそれは正しい判断である。努力してレベル50にまで上り詰めた彼女の言葉は重い。
そんな努力の少女ことリオネーラは、エミュリトスが素直に頭を下げたのを見ると今度は声を潜めて彼女だけに語りかける。
「……それに、言うほどズルではないわ。ミサキの攻撃は本当にギリギリ当たる寸前だったし。サーナス自身も驚いたと言っていたしね。自動は言い過ぎ、ただの見栄よ」
「そう、なんですか?」
「目に見えて動揺してたじゃない。……案外憎めないところもあるのかもね、サーナス」
「………」
それはミサキが相手だからじゃないか、とエミュリトスは思う。リオネーラの言う通り『変』だけど『いい子』なミサキだからではないか、と。
しかしそんな事を論じるつもりもなかったので口にはしなかった。今大事なのはこの勝負の行く末だ。
「……でもミサキにとって厳しい勝負なのには変わりないわ。さっきのエアーによる不意打ちは完璧なタイミングだった。あれ以上のものは望めないし、サーナスも警戒してるでしょうし……」
「不意打ち自体がもう狙えない、という事ですか」
「厳しいわね。レベルで劣るミサキの勝ちの目は不意打ちにしか無かった。それが防がれ、警戒されてる今……」
「……勝てるとは思えない、と」
「……そこまでは言わないわ。まだやりようはある。でもレベルの低いミサキが最適解を導き出せるかどうかと言われると……」
「っ……」
戦場での判断は知識と経験に裏打ちされる。レベルの低いミサキがそのどちらにも欠けているのは明白だ。
更に言うなら相手よりレベルが低い時点で出来る事は非常に限られてくる。選択肢自体が少ないのだ。
……だからこそ、ミサキが次の行動を決めるのも結構早かった。
自身の持ち物を確認するかのように全身をまさぐり、ちょっとモゾモゾした後、頷く。
「……よし」
「何に対しての「よし」なんですの?」
「……一通り考えてみて、これが最後の攻撃になるだろうから気合を入れてみた」
「はあ、そうですか……ノリの掴み辛い人ですわね。まあいいでしょう、次はわたくしの番と思っていましたが、最後の攻撃だと言うのなら全身全霊で凌ぎ切って見せますわ」
「あ、それなら私はサーナスさんの後でいい。勝手に決めてごめん」
「あ、いえ、ですから最後の攻撃だと言うのならわたくしが防御側でいいんですって。気にしないでくださいまし」
「でも、実際さっきからなんとなく交互に攻撃してたし。その流れを無視した私が悪い」
「ですからそういうのとは関係なく、わたくしとしてはミサキさんの都合を尊重したいと――」
「でも――」
「ですから――」
「でもでも――」
「ですからですから――」
「……俺の知ってる決闘はこんな和む譲り合いはしないんだがなァ。早くしろよお前ら」
譲り合いの精神は日本人の美徳である……とカッコイイ事を言いたいところだが、サーナスは日本人じゃないしそもそもお互いの善意を潰し合う譲り合いでは誰も得しないので美徳とは言い切れない。
例えるならあれである、狭い道で人とすれ違った時に同じ方向に譲り合ってしまうあれである。恥ずかしいやつである。
よって、ボッツのからかい半分の焚きつけを受けて若干恥ずかしさを感じたサーナスが強引に話を進めてしまうのも致し方ない事なのである。
「ええい、わたくしはテコでも動きませんからね! 好きに打ち込んでくるといいですわ!」
「……仕方ない。じゃあ……《ファイアーボール》!」
ファイアーボールを正面に、サーナスの顔面を狙って放つ。それは当然サーナスのバリアーに防がれ、爆ぜる。
そんな事はここにいる誰もが予想済みだ。ファイアーボールがサーナスの視界を奪う直前にミサキは筋肉痛の脚に鞭を打って駆け出す。
顔面でファイアーボールを受けた経験のあるミサキならそのタイミングを計り損ねる事はない。
(痛っ……)
脚はやはり痛む。が、なんとか距離を詰める事には成功し、もう少しで剣の射程というところにまで踏み込めた。
今はこれでいい。もう少しだけ持てばいい。そう自分に言い聞かせ、彼女は制服の上着を――ブレザーを脱ぎ去り、投げ付ける。
「んなっ!?」
ファイアーボールが爆ぜて視界が開けた直後に目の前にブレザーがあったらそりゃ驚く。
それを抜きにしても二連続での目隠し・目晦ましの戦術はサーナスの想定外だった。プライドの高い彼女からすれば小賢しすぎて想定外だった。
反応が遅れる。それでもサーナスはブレザーをどうにかバリアーで受け止めた。反射的に受け止めたに過ぎなかったが、その反応速度は賞賛に値する。
しかし彼女の視界はブレザーで覆われてしまった。そして恐らくミサキは自分に肉薄している。そんな状況で、それでも彼女は冷静に使う魔法を見極めていた。近距離戦になる事は想定済みだったからだ。
目隠しを引き剥がしつつ、周囲の安全を確保する。そんな事が可能な魔法。自分を中心にして周囲に突風を巻き起こす護身用の魔法。予定通りにそれを彼女は唱えようと――
「《エアー》!」
「………はあ!?」
サーナスが素で素っ頓狂な声を上げたのも無理はない。外野からも同様の声が多く上がった程である。
エアーを唱えたミサキは、あろう事かバリアーに張り付いて目隠しとなっていたブレザーを自ら真上に、空高く打ち上げたのだから。
ミサキ程度のレベルの魔法で空高く打ち上げられたのは、ひとえに服という物が風の影響を受けやすい形状と素材だからだ。しかしだからこそ、そんな物を高高度に打ち上げても何の布石にもならない。
何がしたいのかわからず、誰もが呆然と空を見上げる。だが、それが危険だという事に即座に気付いたサーナスはやはり優秀だった。
(違う! これは、この意味不明な行動はそれ自体が囮! 目晦まし! ミサキさんから目を逸らしてはいけない!)
気付いて視線を正面に戻した時、既にミサキはそこにいない。
どこから回り込んでくるのか読めない。今、気配を消して斬り付けられたら終わる。周囲を魔法で薙ぎ払おうにももう間に合わないだろう。せめてブレザーに気を取られてさえいなければ……
と、サーナスが一瞬でそう後悔と覚悟をする程に完璧な奇襲になった。
……筋肉痛さえ無ければ。
「…くっ」
視界の隅で、黒髪が揺らめく。それを見逃すサーナスではなかった。
「左ッ!」
「……はぁぁああっ!」
筋肉痛に加え、魔力も尽きかけていたのだろうか。中途半端にしか回り込めず、それどころか体勢まで崩していたミサキ。サーナスに捉えられた事に気付いた彼女は、らしくない叫び声をあげながら倒れ込むように地面スレスレに斬りかかる。
「がんばれ、ミサキさんっ……!」
ミサキの振るった剣がサーナスに伸びる。当たるか、防がれるか。その刹那を待ちわびる外野も息を飲む。
そしてその結果は。
ミサキの剣は――届かなかった。
「く……」
「……その頑張りに敬意を表して、少し強めにいきますわよ……《エアブラスト》ッ!」
攻撃をバリアーで防がれ、完全に姿勢を崩して倒れ込んでいるミサキにそれを避ける術は無い。
「っ……!」
苦し紛れに構えた剣は、果たして防御の意味を成したのか。
確かなのは、サーナスのエアブラストによってミサキは全身を切り裂かれ、地に転がり伏したという事だった。
「ミサキさんっ!!!」
エミュリトスが叫び、リオネーラが顔をしかめ、他の外野も目を背ける。
状況を見ても、ミサキの姿を見ても疑う余地はない。今の攻撃は完璧に直撃しており、完全に致命傷だった。
だが、決闘は終わらない。ボッツが試合終了を告げないのだ。その理由はただ1つ。
「………ま、だ……負けて、ない……!」
全身を切り刻まれ、倒れ伏し、身体を動かす事すらままならないにも関わらず、ミサキが勝負を諦めていないからだ。
「……見上げた闘志ですわ。貴女はレベル差を恐れないんですのね。残念ながら真に見定める事は叶いませんでしたが、やはり貴女には何かがあります……」
高威力の魔法が直撃したにも関わらず意識も闘志も保っている……そんなミサキの秘めたるポテンシャルは恐ろしく高い。
サーナスはそう認め、再び敬意を表し、最後まで戦い抜いた戦士にトドメの一撃を放とうとする。いや、トドメと言っても殺す気までは無いけど。
まぁとにかく、サーナスは決闘を終わらせる一撃を放とうとしていた。満身創痍で身動きできないミサキはどうにか顔だけを上げ、その姿を見上げる。
そして、つぶやいた。
「………当たる」
「はい? 一体何が当だッ!? いててっ!?」
こつん、と。
そんな音がいくつか響いた。気がした。
「い、一体何がこの高貴なわたくしの頭目掛けて落ちてきたと言うんですの!?」
別に高貴がどうとか関係ない気がするがともかくサーナスは落ちてきた物を確認する為に地面を見る。そこにあったのは……多数の金貨や銀貨。まぁ、要するに硬貨だ。
打ち上げられたミサキのブレザーのポケットに入れてあった財布、そこから飛び出し、こぼれ落ちてきたものである。昨日教頭から借りた紙幣で買い物をした結果、大量の硬貨がお釣りとしてそこに入っていたのだ。
先程体をまさぐりモゾモゾした時に財布の紐を緩めておくことで、全てが失敗した時の運任せのプランBとして用意しておいたものだった。たくさんあるからどれか当たればいいなぁ、と考えて。
(……『投げ銭』ならぬ『落とし銭』かな……)
正義の味方がお金を武器にするという発想には誰もが大なり小なり驚かされたものではなかろうか。前世ではドラマ版しか見れず、原作小説を読めなかったのは読書好きなミサキの小さな心残りだったりもする。
まぁ、それはそれとして。
「……ミサキの勝ち、ね。そうでしょ、先生?」
「ああ。この決闘は魔人の勝ちだ。そうと決まればいい加減治療してやるか――っと!?」
自分の事かのように誇らしげなリオネーラと、呆けているサーナスを尻目に回復魔法を使おうとしたボッツだったが、その脇を走り抜けてミサキの傍らに座り込んだ影があった。
「ミサキさん、今回復します! しっかりしてください! 《ヒール》!」
「……エミュリトス、さん……」
「あなたの勝ちです……すごいです、本当に勝っちゃうなんて! 信じられない、わたしには到底出来ない――」
「――ありがとう……勝てたのは、貴女のおかげ……」
「……へ?」
番狂わせに誰よりも興奮していたエミュリトスだが、予想だにしないその言葉に面食らい、言葉を失った。
回復魔法こそ絶やさなかったが、頭の中は混乱していて他に言葉も出てこない。そんな彼女の様子を気にかける余裕もないミサキは、更に一方的に会話を打ち切る言葉を口にする。
「……疲れたから、寝る……」
「………へ?」
それだけ告げた直後、安らかな寝息を立て始める。大怪我をしているので無理もないのだが、実に素早い寝つきであった。
「…………あ、はい、おやすみなさい……?」
どんだけ高く飛んだねんお前




