とりあえず何にでもパーフェクトとかアルティメットとか付けちゃう
「――レディー……ファイッ!」
「ッ……」
「………」
ボッツの掛け声と同時に身構えたミサキとは対照的に動きを見せないサーナス。攻撃と防御、どちらの素振りも皆無だ。
「ミサキさん、先手は譲りますわ。わたくしは貴女を見極めると言いましたからね」
「……そういえばそうだっけ。じゃあ、まずは様子見で……《ファイヤーボール》!」
それは誰がどう見ても悪手だった。「様子見」だなんて余裕ぶっていられる相手ではない。せっかく先手を取れるのだ、持てる全てを使って一撃で勝ちに行くのが王道だろう。
だがそんな事はミサキもわかっている。わかった上で『レベルが上がってファイヤーボールがどれくらい強くなったのか』を見ようと――様子見しようとしたのだ。
(……なんとなく火は大きくなってるような気がしないでもない……? 5上がったくらいじゃ見た目はあんまり変わらないか)
もしかしたら威力は変わっているのかもしれない。だがそもそもレベル1当時の威力も知らないし、今のファイヤーボールだって余裕綽々のサーナスに当たるとは到底思えない。
そう誰もが思った通り――
「――《バリアフィールド》!」
ミサキの魔法はサーナスに当たる直前に何か球状の物体に当たったかのように弾けて広がり、消えた。昼休みにリオネーラから聞いた防御魔法――『防壁』の魔法だろう、と推測する。
「……バリアー……の、上位魔法?」
「ふっふふ、どうですか? 目を凝らせば見えるでしょう? わたくしの周囲、全方位をカバーする鉄壁の防壁……『パーフェクト・バリア・フィールド』が!」
よく見れば、確かに何やら薄く光を反射する球状の壁がサーナスを覆っている。シャボン玉の中に入っているような絵になっているが、硬度は比べるべくもないのだろう。
「あれは『バリアフィールド』の魔法ね。フィールドって言うだけあって自分の周囲を全て包めるから、方向の限られるバリアーの完全上位互換の魔法よ、ミサキの推測通り」
「……「パーフェクト」って言ってましたけど?」
「カッコつけたかったんじゃないの。どこからどう見ても普通のバリアフィールドよ。あたしなら普通に突破できるし。っていうか詠唱の時はパーフェクトって言ってなかったし」
「ああ……そういうことですか……」
決闘中の二人には届かない声で好き放題言っているリオネーラだったが、次に発した言葉は深刻そのもので、聞くエミュリトスを焦らせるには充分なものだった。
「……でも、今のミサキには間違いなくあれを突破する手段はないわ」
「えっ!?」
「防御魔法の威力に先生は制限をかけなかった。よってレベルで大きく劣るミサキの攻撃力じゃあの防壁を破れない。不意を突いたり裏を掻こうにもあの魔法は全方位を防ぐし……」
「つ、詰んでるじゃないですか!」
「一応、サーナスがあれを解除するよう仕向けるか魔力切れを待つという手はあるわ。でも防御魔法は基本的に消費魔力は少ないし、同時に他の魔法が使えないというわけでもないから」
「……適当に攻撃を振っておけば、サーナスさんが魔力切れを起こす前にミサキさんの体力が尽きる、と?」
「そう。そもそもレベル差が大きい時点で持久戦で負けはありえない。サーナスもそれはわかってるはずだから何をどう仕向けてもバリアフィールドだけは意地でも解除しないと思う」
「やっぱり詰んでるじゃないですか!!」
決闘中の二人にも届くくらいに声を荒げるエミュリトス。
元々レベル差がありすぎる時点で詰んでいるようなものなのだが、曲がりなりにもルールを定めて公平な勝負にするという話だった以上、こんなに早くこんな形で『詰み』になるのは納得いかない様子だ。
「サーナスさんそれはズルすぎますよ! 先生! こんな試合でいいんですか!?」
……いや、それだけが理由ではない。所詮は他人の決闘である。それだけの理由で食って掛かったところで彼女に何の得も無いはずなのだ。
なのに彼女は食って掛かる。後先考えずに食って掛かる。自身もその行動を疑問に思いながらも、止まらない。
(……なんでこんなにムキになってるんだろう、わたし)
「わ、わたくしはルールの中で戦ってるだけですわ。大体、見極めると言った以上、ある程度は間近で防御して受け止めないといけないわけでしてゴニョゴニョ」
「確かに試合としてはつまらんが、これは決闘だからな。誇りを賭けている以上、相手の誇りをへし折るのも戦術だ」
「でも公平に勝ち目のある決闘って触れ込みだったじゃないですか! これのどこにミサキさんに勝ち目があるんですか! とんだ欠陥ルールですよ! 考えた人はどこのバカですか!」
「考えたのは俺だよ!」
「じゃあ先生がバカなんで――」
「お、落ち着いてエミュリトス。言いたい事はわかるけど、先生を罵倒したところでミサキの状況は良くならないわ!」
「もご、むぐぐ」
リオネーラが間一髪口を塞いだ事でボッツに直球で暴言をぶつけるという事態はギリギリ回避された。いや、まぁ、ほとんど言ってしまっているようなものだが。
「ったく、俺をバカ呼ばわりする暇があったらルールの抜け穴を見つけたサーナスを褒めてやったらどうなんだ」
「むぐむぐ(ズルい手段なので嫌です)」
「あたしも嫌です。頭が回るとは思いますしズルいとまでは言いませんけど褒めるのはなんか心理的に嫌です」
「傷つきますわよ」
他のクラスメイトも無言である。一応、サーナスの戦い方まで否定しているのはムキになっているエミュリトスだけであるが、それでもサーナスを褒める人はいなかった。
……一人を除いて。
「私は凄いと思ってる。相手を一切傷つけず心を折る、残酷とも優しいとも取れる戦い方……私は全く思いつかなかったから、本当に凄いと思う」
戦いとは無縁な世界で生きてきて、その上今も圧倒的強者に挑む弱く小さき挑戦者という立場のミサキは本当に思いつきもしなかった。
守り抜いて勝つ。それもまたひとつの戦い方。強くなればこんな勝ち方も出来るんだ、と、新たな可能性を見せ付けられてミサキは若干テンションが上がっていたのだ。
「えっ……む、むぅ、ありがとうございます……ですわ」
外野からはまるで褒められなかったが対戦相手からだけは本気で褒められるというおかしな構図になり、サーナスは若干の居心地の悪さを感じていた。
ミサキはコミュ力は低いがその言葉はいつだって本気ではある。サーナスにもそのくらいは伝わる。圧倒的不利な立場のはずの彼女からの本気の賞賛が。そりゃ居心地も悪くなろうというものだ。
「……はぁ。わかりましたわ。パーフェクト・バリア・フィールドは使いません。普通のバリアーに変更いたします」
「……いいの?」
「確かにズルいと言われればズルい気もしてきましたし……その代わり、あくまで使う魔法の変更・入れ替えという扱いにしてくださいまし。つまり、わたくしが使える魔法はあと二種類残ったままで」
「わかった、私はそれでいい。ボッツ先生?」
「甘っちょろい話だが……ま、当事者同士が納得してるならそれで構わんさ」
「ありがとうございますわ」
「ありがとう、サーナスさん。それと……」
応援してくれる二人を見やる。エミュリトス、リオネーラの順に。
「エミュリトスさん、抗議してくれてありがとう。リオネーラも味方してくれてありがとう」
「礼を言われるほどの事は言ってないけどね、あたしは」
困ったように笑うリオネーラ。一方のミサキも本来なら微笑みを向けても許されるシチュエーションなのだが、生憎ミサキの表情筋はほぼ死んでいるので今回は視線を向けるだけに留まった。
そしてもう一人、この場で一番感情的になっているエミュリトスだが、
「……勝ってくださいね、ミサキさん」
真面目な顔でそう告げた。
ミサキ自身に勝つ気があまり無いのは彼女も承知の上である。それでも彼女はそう告げた。
(……理由はわからない。わたし自身は戦うからには勝ちたいと思っているけど、それをあの人に押し付けたい訳でもないのに……なのに何故、あの人に勝って欲しいんだろう。ついつい肩入れしてしまうんだろう……)
それは彼女にとって初めての感情だった。……まぁ、身も蓋もない事を言えばそれは「友達だから」の一言で解決するのだが、彼女はそれには気づかない。友達が少なかったので。
一方そんなエミュリトスの言葉を受けたミサキは、エミュリトスが困惑していたのと同じくらいの時間をかけて何かを思案し、真面目な顔で口を開く。
「……わかった。出来る限り勝ちに行く」
「……えっ?」
「ほほう、わたくしに勝てるビジョンが見えたとでも?」
「それは見えてないけど。でも、勝つ為に何をするかは決めた」
「では見せてもらいましょうか。ですが次はわたくしから行かせてもらいますわよ! エアスラスト!」
「見えてないってば――ッ!」
僅かに反応が遅れたものの、風の刃の軌道を見極め、どうにか剣で防御する。
昼休みにエアスラストを『理解した』事で、これが物理的な攻撃である事はわかっていた。ならば後は昨日リオネーラから習った防御の基礎に忠実に防げばいいだけだ。
「ほう、やりますわね。涼しい顔して防ぐだなんて」
(痛い……8割減でもこの威力……確かに直撃すれば2発耐えられるかも怪しいし、それ以前に何度も防げる気さえしない……)
ミサキの表情筋が死んでいるせいで勘違いされているが、防いだ手は痺れ、腕は痛みを訴えている。防げばいいだけとは言ったし実際防いだのだが、流石にノーダメージとはいかなかった。
一応言っておくが彼女の防御法が間違っていた訳ではない。リオネーラの教えはこの上なく正しく、ミサキはその教えに忠実に、正確に動いた。それでも覆せないだけの力量差がそこにあったというだけの話だ。
だが、そんなのは最初から分かりきっている事である。
(それにしても……前世で『かまいたち』は気圧差で起こる現象じゃないと聞いた時にはガッカリしたものだけど……魔法ならそれも可能、か)
自分の常識が覆される。その感覚は恐ろしくも、楽しい。
明らかな力量差を前にしても異世界体験をエンジョイしているミサキはやはりどこか暢気で、もっと言えばマイペースだった。
「表情から考えが読めない人ですわね……何を企んでるのですか?」
「……魔法ってすごいな、って思ってるだけ」
「はあ……まあ、昨日初めて使った人からはそう見えるのでしょうね」
無から有を生み出し、前世では有り得ない現象を起こす、そんな魔法。ワクワクしないはずがない。
いつも通り顔には出ないが、いつも通りワクワクしているのだ、ミサキは。
「だから……いろいろ試したくなる。《エアスラスト》!」
「っ!」
ミサキがファイアボールしか使えないと思い込んでいたサーナスは若干不意を突かれた。が、流石は高レベル。難なく右から迫る風の刃にバリアーを合わせる。
「……? 何ですの、この感触……というか、音?」
防いだ風の刃は、どこかザラついた刃のようにサーナスには思えた。
それはミサキが地面から切り上げるような形になるようエアスラストを発動させ、風の刃に砂塵を乗せるように狙ったから。攻撃力が上がるかと思って狙った小さな企みである。
昼休みに覚えてみてわかった事だが、この魔法、攻撃力が非常に低い。サーナスやゲイル、リオネーラ程のレベルがあれば別だろうが、ミサキのレベルでは草や葉を一枚切るのが関の山だった。
不可能を可能にする魔法とはいえ、所詮は風、しかも入門用の下級魔法という事である。大きすぎるその欠点をどうにかして補えないものか、とミサキが考えるのはそこまでおかしな事ではない。
実際は思った程の効果は無かったが、サーナスは戸惑ってくれているので結果オーライだ。その間に矢継ぎ早に魔法を繰り出す。
「《エアー》!」
「なっ!?」
ミサキが攻撃能力のない魔法を唐突に――それも思考の合間に――唱えた事によりサーナスは完全に虚を突かれた。しかもその魔法の発動地点はサーナスの真後ろの地面、完全な死角である。
その狙いは、風を起こし地面の砂塵を、あわよくば石つぶてをサーナスに向けて巻き上げて攻撃として使う事。攻撃と受け取れるなら何でもいいという言質はとってある。
二重に裏をかいた攻撃。先読みしていない限り、そうそう反応出来る物ではない。
「ッ、《バリアー》!」
……はずなのだが。
「……いけるかと思ったのに」
「……ふ、ふふ。甘いですわ」
サーナスは防いだ。自身は前を向いたまま、背後に防壁を発生させ砂塵や小石の全てを受け止めていた。
「す、少し驚きましたが……バリアフィールド無くともわたくしに死角無し! ですわ」
「パーフェクト・バリア・フィールドじゃなかった?」
「そういう細かいツッコミは要らないですわ」
「……ごめん」
いつも通り、素である。
バトル恥ずかしいので早めに次投稿して終わらせたい




