体育の時間の前になるといつもお腹痛くなってた
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(――さて。たぶん決闘は放課後だろうとは思うけど……)
エミュリトスも含めた三人での特訓を終え、午後の授業が始まろうかという頃、ミサキは思案に耽る。
(特訓の手応えはまあまあ。魔力を多少消費してしまったけど、精神力でもある魔力は時間経過で回復するって習ったし、このくらいなら大人しくしてれば放課後までには元に戻る筈だとリオネーラが太鼓判を押してくれたから大丈夫)
レベルが上がっているので魔力量――所謂MPにもいくらか余裕はあると思われるのだが、どうせなら万全の状態で挑みたいというのが人間の心理だろう。
まぁ筋肉痛が酷い時点で万全のコンディションとは言えないが、それはそれ。むしろそのせいであまり動けない分、魔法関係くらいはベストな状態に持っていっておきたい、とも言える。
だが、こうして先の事をしっかり計画しているにも関わらずミサキの表情は晴れない。そもそも年中曇り空ではあるがそれは別として、まだ他に懸念事項があるからだ。それは――
「うーっし、席につけ。俺の授業の時間だ」
それは次の授業がこの、既に全員大人しく着席してるのに「席につけ」とのたまう脳筋教師の時間だから。
「お前ら、午前中は全部座学だったようだな。だが残念ながら俺の授業ではそんな楽は出来んぞ」
(やっぱりか……)
昨日今日と授業を経て、ボッツは戦闘術などの運動全般――前世で言うところの体育――を担当する教師だろうと予想出来た為、大人しくしていられるかはかなり怪しかったのだ。
「……と言いたいところだが、今日の授業では昨日のように当事者以外は楽できる形式にしようと思う。面白い話を小耳に挟んだんでな、それに乗っかろうという訳だ」
「………」
ニヤニヤと笑うボッツと目が合った。嫌な予感しかしない。
「今日のテーマは……決闘、だ」
◆
「あー、そもそも何を以って決闘と呼ぶかだが、まァ大体予想つくよな。『互いの合意の上で行われるルール有りの一対一の勝負』なら大体決闘だ。昨日の試合は俺からの強制だったから別、と」
ボッツの思いつきで今回の授業は決闘となり、その一番手という事でサーナスとミサキはグラウンドの中央に立っている。
というか見世物のように突っ立たされたままボッツの説明が始まっている。順番逆だろ普通。
「……申し訳ありませんわ、ミサキさん。先生にはただ相談しただけなのですが、こんな大事になるとは……」
「いいよ……サーナスさんは悪くない」
サーナスは責任感から行動しただけである。ミサキとしては相手を選んで欲しかったと言えなくもないが、行動自体は正しい為責める事なんて到底出来ない。
むしろ気分と思いつきで授業内容を変えるボッツの方が問題と言える。相変わらず二人を放置して語り続けているし。
「まァ決闘とは言うが授業としては模擬戦の括りだ。というか俺の授業は全て模擬戦だ。俺はお前らに戦い方を叩き込む為にここにいる」
「……ボッツ先生。何故そんなに模擬戦ばかりするんですか? 世界は平和になったのでは?」
ミサキが生意気にも取れる言葉で問う。放置されて腹を立てたから……というわけでもなく、コミュ力の無さ故。つまり素だ。いつも通りだ。
しかし確かに、平和な世界ならば戦いの特訓などは無意味……とまでは行かなくとも優先順位はかなり落ちる筈なのだが……
「俺が戦い方しか教えられんからだ」
「うわあ」
「なんてことですの」
「というのは冗談だが……魔人、お前はそもそも勘違いしているな」
「魔人じゃないです」
「世界は平和になんてなっちゃァいない。校長は建前上平和と言ったが、単に一つの大きな戦争が終わっただけだ。戦争をしてない時代でも争いは絶えねぇ、相手は人だけとも限らんしな。だから戦う為にも守る為にも戦士には常に需要がある。わかるだろ?」
「……理解しました。ありがとうございます」
種族の垣根を超えて手を結び、敵とも和解してもまだ平和とは程遠い、それがこの世界の現状。少なくとも血みどろの争いからは遠い世界で生きてきたミサキだったが、彼女はそんな現状をすんなりと受け入れた。
彼女が割といろいろ割り切れる性格だというのもあるが、守る為の戦士にも需要がある、と言われたのも大きい。彼女は人助けがしたくて、尚且つ強くなりたいとも思っている。なら何も問題はない。
そもそも最初の質問もただの純粋な疑問であり模擬戦を嫌っての事ではない。というか嫌う理由がない。戦う事は強くなる近道なのだから。
「まァ世間知らずな奴にありがちな勘違いだが、世間知らずだからこそこの学院に入学してきたってヤツも結構いるはずだ、気にするな」
「……私以外にもそんな人が?」
「やっぱりお前もそのクチか。隣見てみろ」
言われるまま隣――サーナスを見るとすごい勢いでそっぽを向かれた。
「……サーナスさん?」
言いながら、そっぽを向いた方にミサキが回り込む。するとそれに合わせて同じだけサーナスも回る。
もう一度ミサキは回り込む。
同じだけサーナスも回る。
もう一度回り込む。
サーナスも回る。
もう一度――
「……何やってるんですかねあの二人」
「少なくともあの場はどこからどう見ても平和ね」
皆に見られてる中で、グラウンドの中央でアホな行動を取るミサキの度胸を称える友人二人であった。
「っていうかミサキさんって、見た目は恐ろしいし喋り方は素っ気ないですけど……行動はこう、何と言うか……」
「変よね。突拍子もないっていうか予測不可能っていうか」
「……リオネーラさんも案外バッサリいきますね」
「悪い意味じゃないんだけどね。エミュリトスもあの子を見てればそのうちわかるわよ、いい子だっていうのは。見ててハラハラはするけどね」




