風属性はテクニカル、火属性はパワーなイメージがあるよね
◇◇
――というわけで、イケメンボイスの鳥先生の授業の要点(というか印象深い点)を思い出してみよう。
「――貴様ら、席につけ。授業を始めるぞ。俺の名はゲイル。嫌いな物はボッツだ、以後よろしく頼む」
(((……何故好きな物を言わずに嫌いな物(?)だけ言ったのだろう)))
挨拶もそこそこにそんな事を言い出す鳥先生、ゲイル。どうやらボッツとは仲が悪いようだ。
それはさておき、そんな彼の授業はディアンの授業を基礎とするなら応用、発展、あるいは予備知識の分野になるとのこと。あとは地理や歴史等も彼の受け持ちだとか。
見るからに肉体派のボッツや元旅人という経歴を持つディアンとは違い、どうやら学者や教授に近いインドアな頭脳派タイプの人らしい。
「試しに簡単な授業をしてやろう。そうだな、今日はディアン先生から魔法の基礎を習ったはずだが……ではこの世界で最初に使われたとされている魔法が何か、知っているか?」
その問いに答える者はいない……が、教壇からは答えに辿り着きそうな者の目星がついたようで、彼は一人を指名する。
「リオネーラ。うろ覚えでも構わない、言ってみろ」
「……確か風属性の魔法だと聞いた事があるような気がします」
「フッ、正解だ。ちなみに使われた魔法はただ風を起こすだけの魔法。他に何の効果も持たない魔法『エアー』だ。では次、それを使った種族は?」
この問いには数名が手を挙げた。ゲイルはその中でも飛び抜けて元気に手を挙げた生徒に目をつける。
「サーナス、答えは」
「はい。勿論エルフですわ!」
「良し、その通りだ。エルフは知識と魔法の祖と言われているくらいだからな、当然と言える」
「ふっふっふ」
サーナスは自慢気にリオネーラを見るが、まぁ前の席のリオネーラが後ろを向いている筈もないのでその視線は当然空振りする。残念でもないし当然。
「ぐぬぬ……」
「……そして、そんなエルフがマナという概念を見つけ出し、魔法を研究し、風を起こすだけだった魔法も徐々に進化していった。例えばこのように――」
言いながらゲイルが手の平を窓の外に向けて魔法を唱えると、鋭く舞った風が外に生えた草を切り裂き――
◆
「あの時ゲイル先生の使った魔法は『エアスラスト』ね。風魔法の基本型と言われてるわ。一番簡単なのはそれこそ『エアー』だけど」
ファイヤーボールの時と同様、ある程度の攻撃能力と見栄えの良さを兼ね備えた魔法が入門用・基本型と呼ばれる傾向にあるようだ。それだけ魔法が戦いに使われてきたという事でもある。
ミサキもこの後に戦いを控えた身だ、覚えるべきはエアーではなくエアスラストの方だろう。何よりリオネーラが言うのだから間違いない。
「……エアスラストを覚えれば、サーナスさんに少しは抗えるって事?」
「レベル差は如何ともしがたいから、これだけで戦える!って意味ではないわね。でもせっかく見せてもらったんだから学びたいでしょ?」
「うん」
「そ、即答ですか……」
ミサキの知識欲を上手く刺激してくるリオネーラであった。
そもそもを言えば授業でゲイル含む教師陣が教えればいいのだが、魔法を使えない生徒がいる以上、今はまだ積極的には教えづらいという事情があったりする。
魔法は誰でも使えると言われ続けてはいるものの、『誰でも簡単に使えるようになる』方法は未だに見つかっていないのだ。魔法研究の目下の課題である。
もっとも、仮に誰もが魔法を使えるようになったとしても今度は『得意属性』の概念があったりもするのだが……基本型の魔法程度なら大体問題ないのでリオネーラも今は言及しなかった。
「使える魔法は多いに越した事はないわ。特にミサキは昨日のやり取りでファイヤーボールしか使えないと思われてるから、エアスラストを覚えておけば不意がつける……かもしれない」
「昨日のやり取りって――あ、いや、なんでもないです」
「私がリオネーラにファイヤーボールを習った時の話。魔法が使えない状態から、皆の前で」
話の腰を折ってしまう事に気付いたエミュリトスが発言を撤回しようとしたが、無神経な親切心からかそれとも今回は空気が読めなかったのか、ミサキは答えてしまう。勿論答えられたエミュリトスは恐縮する。
「す、すいません……納得しました。って、つまりミサキさんは一日で魔法を覚えたんですか? すごいですね……」
「……リオネーラの教え方のおかげ」
「ミサキの才能もあると思うけどね、魔法の。エミュリトスは魔法使える?」
「私は回復魔法だけですね……っていうかすいません、私のせいで話が逸れました。戻しましょう」
「ん、そうね。とりあえずミサキはエアスラストを覚える方向で今から特訓、という事でいい?」
「……うん、お願い。あと出来ればエアーも」
「まぁ、ミサキが望むならいいけど。無茶はしないようにね?」
「大丈夫」
リオネーラの心配には昨日の顔面ディフェンス事件と今日の筋肉痛の二つの意味が込められていたりする。
だが恐らくどちらも知らないであろうエミュリトスがこの場にいる事を考慮し、彼女は長く話を引っ張ることはせず話題を変えた。
「恐らくサーナスも風魔法を使ってくるわ。そういう意味でも風魔法がどういうものかを知っておくのはいいかもね、自分で使ってみる事で」
「……自分で使ってみる事で見えてくる利点や欠点もある、と」
「そういう事」
「なんかだんだん対策っぽくなってきましたね」
サーナスが風魔法を使うという予想に誰も疑問を呈しないどころか同意や確認すらしない、もはや周知の事実のような扱いであるが彼女の性格から考えれば当然である。
エルフである事に誇りを持っているっぽくて、しかし彼女は視野が狭く勢い任せ。そんな所で丁度エルフと風魔法の関係が授業で取り上げられた……となれば後はお察し、という訳だ。
「ま、いくら対策が練れてもやっぱりレベル差がキツいんだけどねー……」
「……後はルール次第」
「サーナスがどれだけミサキに配慮して歩み寄ってくれるか……良心に期待するしかない、か」
「すっごく無理そうですね」
「可愛い顔してバッサリ言うわね」
「……私は割と歩み寄ってくれるんじゃないかと思ってるけど」
「ミサキには甘い可能性もあるけど、絡まれてウンザリしてる身としてはエミュリトスと同意見かなー」
「………」
「………」
絡み方がウザいのはどうしようもない事実なので、遠い目をしたリオネーラに物申せる人は居なかった。
「……特訓しようか、ミサキ」
「……お願いします」




