絶対誰か先に使ってる名前だと思ったのにググっても意外と出てこない
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三人は横一列に並んで歩き、学校内の食堂――要するに学食――に到着した。カウンターの奥に厨房があり、反対側に机と椅子が並ぶよくある造りである。強いて言えば厨房の中が見えないように仕切られている点は少々珍しいかもしれない。
しかし、それも他人に恐れられる容姿を持つミサキからすればむしろありがたくある。見えないという事はこちらの姿も見られないのだから。三人はメニューをしばし眺めた後、思い思いの物を声を張り上げ注文した。
座席の方にはクラスメイトの姿がいくつか見えるものの、今の時点では1クラスしかない為、席に座れないほどごった返すという事はまず無さそうな様子。
しばし待ち、注文した料理が完成した順に座席へ向かう。最初に料理を受け取った少女、リオネーラが抱えるのはパスタと野菜サラダにスープというシンプルな組み合わせ。『パスタセット』を注文した結果だ。
パスタにはオリーブオイル、スープにはコンソメが使われており、要するにペペロンチーノとコンソメスープである。サラダには特に何もかかっていないようだ。
「あたしが一番乗りか。うーん、席は……端の方にしますかね」
ミサキが距離を置かれる可能性を考慮して端の席を取る、目立たないながらも優しい気遣いである。もちろん自分だけ先に食べるなんて事もせず、静かに二人を待つ。
二番目に料理を運んできたのはエミュリトスだった。抱えている皿には……何か太い肉体を持つ生き物を丸焼きにした後に輪切りにしたような、まぁ要するにマンガ肉みたいなのが乗っている。
リオネーラが隣の椅子を引いてくれたので、若干萎縮しながらエミュリトスはそこに腰を下ろした。リオネーラとしても彼女といろいろ話してみたかったのだ。
「何だったっけ、それ」
「リトルコカトリスの肉です。これ好物なんですよ」
「そっか、ドワーフの住んでる山の方にはそういう害獣が多いんだっけ」
「はい、多いからこそ対策も確立されてて、今となってはドワーフの間では普通に食用みたいな扱いなんですよね。まさかここにもあるとは思いませんでしたけど」
「これも校長先生の言う異文化交流って事なのかしらね」
「料理作る人達は大変そうですね……いろんなメニューを覚えないといけなさそうですし」
「でも根っからの料理好きな人かもしれないわよ」
「まぁ、そうかもしれませんね」
世間話と失礼の無い範囲での憶測の会話で時間を潰していると、ようやくミサキの料理が完成したようだ。学食内をぐるりと見渡し、並んで座る二人の姿を認めて向かいに座ろうと歩き始める。
……なんか小さな動物の生首が3つ浮いた赤黒いスープを抱えて。
「……何だったっけ、それ……」
「ケルベロスープ」
「ケルベロスープ」
「ケルベロスープ」
「……面白そうだから注文してみたはいいけど食欲が湧かない」
何故に異世界生活二日目、初めての学食で冒険したのだろうかこの子は。
「ケルベロス、って確か伝承上の生き物よね。三ツ首の犬。魔物の一種ではないかと言われているけど目撃例は無いそうよ」
「ここにいるけど」
「………」
「………」
「……目撃例が無いと言う事は、これは本物のケルベロスではないという事?」
「そうね、っていうかこれどう見てもライオンとヤギとヘビの頭だし」
ケルベロスは基本的に犬である。一応ヘビ要素はニアピンしているが、そのラインナップだとむしろキマイラだ。愛犬家に気を遣っての事だろうか。
「あ、案外作り物なんじゃないですかそれ。本物のライオンとかの頭にしても小さすぎますし……」
「確かにね。どちらにしても悪趣味だけど……」
「……エミュリトスさんの言う事を信じる」
「……? ミサキ、何を――」
リオネーラの問いかけを他所に、ミサキは一瞬の躊躇の後、ヘビの頭にフォークをブッ刺した。
リオネーラは顔をしかめ、エミュリトスは「ゔえっ」とか言って顔を背けたが、ミサキだっていい気分はしない。一瞬の躊躇もその証である。
しかし行動は正解だったようで、フォークを刺されただけでヘビの頭は不自然なほどサラサラとまるで崩壊するようにスープに溶けてその色を濃くした。
「……全部こうやって溶かしてから食べるのかな」
「そうかもね。……こらミサキ、無言で生首をこっちに向けないの」
「ひえぇぇ目が合ったああぁぁぁ」
「……刺す瞬間に見られてるといい気分がしないから」
「あたし達だって視線合わせたくないわよ」
「試しに刺してみる?」
「ひいぃ」
「嫌に決まってるでしょ……ホント悪趣味な料理ねこれ。これも異文化交流の一部なのかしら……どこの種族がこんなの食べてるんだろう……」
仕方ないといった感じでミサキは生首を厨房の方に向け、ザクザクと両方にフォークを刺した。すぐに二つの生首は溶け、スープがドロリとした見た目に変わる。
リオネーラは興味半分、エミュリトスは恐ろしい物を見るような顔で見守る中、ミサキはスプーンでそれを掬い、口に含む。
(……ビーフシチューみたいだ)
今まで気づかなかったがよく見ると小さな肉もいくつか入っていた。具が小さく少ないものの味はほとんどビーフシチューである。
「……意外と悪くない」
「うえぇ、ホントですかぁ…?」
「食べてみる?」
「結構です……」
「……あたしはちょっと気になるかも」
「食べる? はい」
肉も乗せてスプーンに掬い、リオネーラに向けて差し出す。皿の方を差し出されると思っていたリオネーラは少し面食らい、次に顔を少し赤くしたがそれを二人に勘付かれぬよう素早くスプーンに食らいついた。
「……あ、本当だ案外いける」
「うえぇ……」
「……食べてみる?」
「……やっぱり遠慮しときます……」
「ま、どれだけ味が良くても趣味の悪さは否定できないからね……あたしも次注文しようとは思わないし」
「……私も今回限りかな」
「そうよね……あ、ミサキ、お返しにあたしのパスタ食べてみる?」
「いいの?」
「勿論よ、はい」
仕返しとばかりにフォークにパスタを巻きつけて差し出したリオネーラだったが、ミサキは顔色一つ変えず食らいついたので彼女はひそかに頬を膨らませる事となった。
「……うん、おいしい」




