牛丼食べたい
「……話は変わるけどさ。ミサキ、お昼どうするの? 食べに行く?」
「……ん、うん。どこかで食べるか買うか。リオネーラは?」
一緒に部屋を出た身である。少なくとも弁当を持参している可能性は低いと踏んでいたが一応尋ねておく。昨日のようにパンを携行している可能性もあるし。
「あたしも同じ。どこか行きましょうか」
(無かった)
「……どうかした?」
「……別に。ここで私が自分のお金を持っていれば、昨日の借りを返せたのに、って思って」
「そんなのいつでもいいわよ。教頭先生に借りたお金の方が高額なんだしそっちを先に返さないと。紙幣なんて使ってるとこ初めて見たわよあたし」
「……私も昨日初めて使った」
この世界での紙幣は日本で言う一万円札と同じ階級――つまり最も高価な貨幣――のようで、昨日購買部で使ったらお釣りは沢山の硬貨で返ってきた。
だが物価と照らし合わせると紙幣は一万円ではなく十万円くらいの価値はしそうだ、とミサキは推測している。前世の物価はうろ覚えだが釣り銭の量と照らし合わせても一万円相応ではないのは確かだ。
13歳の少女が十万円を持ち歩く事などまず無いので、初めて使ったというのは一応嘘ではない。
余談だが大量の釣り銭の全てを持ち歩くのはガリガリで筋肉痛なミサキには重くて無理なのでいくらかは部屋に置いてある。今日はしっかり鍵をかけたし問題はないだろう。
「紙幣は面白い取り組みだとは思うんだけど多分流行らないとあたしは思うのよ」
「……紙幣って最近出来たの?」
「そうよ。ドワーフのお陰ね。紙幣の原版にあの細かい模様を刻むのは器用なドワーフにしか出来ないんだってさ」
「へぇ……」
教科書があった時点で明らかであるが、印刷技術もそれなりに進歩している世界のようだ。書物がそれなりに安く買えそうで読書好きのミサキとしては嬉しい限りである。
「……それで、どうして流行らないと?」
「紙幣はハンターや旅人の間でウケが悪いのよ」
「……商人ではなく?」
「大金を扱う商人にはウケは半々ってところかしら。硬貨を大量に持ち歩くより軽いからね。そうねぇ……旅人よりハンターで考えた方が理由はわかりやすいかも?」
そう言われてもミサキは異世界人である。前世にはハンターなどいなかったのでわかりようがない。とはいえせっかくなので白旗は上げず頭を使って考えてみる。
ハンターという単語と昨日の教頭の説明から、狩り等の『クエスト』で生計を立てている者、という推測までは出来る……が、そこから先は自信の持てる考えが浮かばない。
「……紛失しやすいから……ではないか、財布もあるし」
意外にも財布という概念も存在していた。ミサキも昨日購買部で購入したが、あくまで紙幣と硬貨を同時に持ち歩けるというだけでスペースの殆どが硬貨用であり、形も前世と比べて歪であったが。
「そうね、お金を財布で整理して持ち歩く習慣はだいぶ広まってるわ。でもハンターには意地でも硬貨袋で持ち歩く人もいるから目の付け所はいいかも。ちなみに財布も紙幣と同じ時期に出てきた文化です」
「へぇ。……今答え言わなかった?」
「……そう?」
「……意地でも硬貨袋で持ち歩く人がいる、という事はそれが意地を張るに値する一種のステータスだという事。つまり、紙幣を一枚差し出すより硬貨をジャラジャラ言わせてたほうがハンターは『箔がつく』」
「……正解。ちぇっ、口滑らせちゃったな」
「でも、その理由がわからない。『昔からそういうもの』なのだとすれば納得するけど」
「そうね……まず、単純に音と大きさで人の目につきやすいから。これを前提とした上で、大量の硬貨の入った重い袋を持ち歩けるのは腕っ節アピールになるし、それだけ稼げる実力があるという表れでもあるし、ついでに泥棒に対する威嚇にもなる」
コソ泥如きの目につこうと関係ない、そう言い張れるだけの力を持った優秀な人間です!と主張して歩いているようなものであり、ついでにその姿は周囲から見れば泥棒を威嚇する『正義の味方』に見えなくもない、という事だ。
つまりドデカい硬貨袋を持ち歩くだけで一般人からは尊敬の目で見られ、評価が高まるという事。そういう評価は次の依頼に繋がるのだ。場合によってはギルドを通して指名される事もあるらしい。
「……なるほど、ハンターとしての示威になるわけだ。音もしないし重くもない、目立たせにくい紙幣ではこうはいかない、と」
「そうそう。一方の旅人の方はそういうのは必要ないけれど、そもそも小金を稼ぎつつ小金を使って旅する人達だから紙幣をそもそも使わないの」
「……ハンターよりシンプルでわかりやすくない?」
「……言われてみればそうね。で、でもほら、あたし達もゆくゆくはクエスト受けたりするらしいし、ハンターの考え方の方が身近かも……よ?」
「まぁ、確かにそもそも論の旅人のケースより、相応の理由のあるハンターのケースの方がウケの悪い理由として説得力はあると思う」
「そ、そういう事よ、うん」
「………」
「………」
「……財布、取ってくる」
目が泳ぎ始めたリオネーラを尻目に自身の席に戻ると、前の席のドワーフの子が話しかけてきた。
「あ、あの、サーナスさん、どうでしたか?」
「……謝罪は受け入れてくれたけど決闘は取り消さないって」
「そ、そうですか……大丈夫なんですか?」
そう聞かれるのは二度目である。流石のミサキも聞き返しはせず、財布を捜しながら答える。
「……勝てないと思うけど、私にも勝ち目のあるルールにするとは言ってくれた。……よし、あった」
荷物の底にあった財布を取り出し、上着のポケットに入れれば準備万端。
(……よく考えたら無用心すぎるな私。ちゃんと肌身離さず持ち歩こう)
「……装備を整えに行くんですか?」
「? お昼ご飯だけど」
「の、暢気に食べてる場合なんですか!?」
「……? だってお昼だし……今食べないでいつ食べるの」
「ま、まあそっか……じゃあ食べてから何か対策を練ったりするんですよね?」
「……レベル差がありすぎるし、決闘のルールもわからないから練りにくいと思うけど……練った方がいい?」
「あ、あれぇ? 練らないんですか? じゃあ今から何をするんですか?」
「だから、お昼ご飯……」
「あっ、そ、そうですよね! ……で、そのあとは?」
「……何かした方がいい?」
「え、ええぇ?」
前の席の子の考え方では戦いを前にして何の手も打たないというのは有り得ないようで、対策とまではいかずとも何かするだろう、と思って(思い込んで)の食い下がりである。譲歩までしてもらったのなら尚更何もしない訳がない、と。
勿論最初から諦めているなら話は別だし、実際ミサキの物言いだけは諦めているようにも聞こえるのだが、彼女にはミサキが不思議と決闘を嫌がっているようには見えなかったのだ。痛い目に遭う事がわかっているはずなのに、嫌がっているようには見えなかったのだ。
かといって積極的に勝ちを狙うようにも見えず……理解出来ないものを目の前にして混乱した彼女の思考は振り出しに戻り続ける。ミサキの問いに答える余裕なんてない。
一方で、混乱させた張本人な上にコミュ力に欠けるミサキがそのあたりを察せるはずも無く、
(この子、どうしてこんなに食い下がってくるんだろう? 食後の事が問題なのかと思いきや質問には答えをくれないし……となると私がご飯を食べるのがそんなに問題? いや、もしかして……)
「……貴女も一緒に食べる?」
そんな頓珍漢な事を言い出すのである。
何が「もしかして」なのか小一時間問い詰めたい。
「リオネーラ――クラス長も一緒で、三人になるけど」
「えっ? えっと、あ、じゃあ迷惑でなければ……?」
彼女の方も彼女の方で、混乱した頭のまま流されるように申し出を受けてしまった。危なっかしい。
「じゃあ、行く?」
「あ、は、はい…………??」
(……これで良かったのかな? あ、リオネーラの意見を聞いてなかったな……)
(……あ、あれぇ? なんでこんなことに??)
「……なんかいかにも悩みを抱えてますって感じの二人が首をかしげながら微妙な距離感でこっちに歩いてくる……何なの……」
頑張れリオネーラ、君が居ないと多分話が回らないぞ。




