お嬢様口調書くのめんどくさい
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授業の終わりを告げる鐘の音と共にイケメンボイスの鳥先生は去り、昼食の時間が訪れる。ミサキは憂鬱な気持ちとそれが反映されていない無表情で席を立ち、サーナスの席へ向かった。
「サーナスさん」
返事を待たず、サーナスが顔を上げた時点で頭を下げる。
「ごめんなさい。貴女を怒らせるつもりは無かった」
「なっ、何ですの急に」
「さっきの休み時間の事。子供と言って怒らせてしまったけれど、貴女を挑発する意図は私には無かった」
「……わたくしに恐れをなしたのですか? 今更謝っても決闘は取り消しませんわよ」
「わかってる。怒らせてしまったのは事実なのだから決闘は受ける。謝っているのは私の自己満足に過ぎなくて、貴女にどうこうしろと言うつもりは無い。気にしないで」
悪い事をしたら謝る。相手に信じてもらえなくても、相手が矛を収めなくても、それでも悪い事をしたのだから謝る。
相手の動向など一切関係ない、自分の中で完結している謝罪。だからこそ、それが臆病風に吹かれた者の言い逃れ・言い訳ではない事はサーナスに伝わった。
「……面白い人ですわね。まぁだからといって決闘は取り消しませんけど!」
「うん、わかってる」
「……決闘は取り消しません……が、誰かに立ち会ってもらって貴女にも勝ち目のある公平な勝負にしましょう。ルールを細かく定めて」
「……いいの?」
「魔人の禍々しき伝承はエルフ族にも伝わっています。むしろ長寿なエルフ族が語り継いで広めた説さえあります。魔人と同じ外見を持つ貴女が内に秘めているモノが何か、エルフたるわたくしが見定めてあげましょう」
「……だから、私は何も秘めてない。ただの人間」
正確には『受け流し』のスキルだけは内に秘めているが、そういう意味ではないだろう。秘めるというとなんというかもっとこう、魂とか才能みたいなフワッとした概念的なものの話の筈だ。
ただの人間だった前世を全て引き継いでいるんだから、そういうものには絶対に縁が無い。ミサキは自信を持って断言できる。
(……いや、前世での死因は身体から取り除かれているようだし、そもそも転生は全て女神任せだった訳だから私の知らない所で他にも何か手が加えられている可能性はゼロではないけど……)
ちょっと自信がなくなってきた。
「何も無い人はそんな規格外なレベルの上がり方はしませんわ。絶対に貴女には何かあります」
「そ、そう……?」
わりと自信がなくなってきた。
「それをわたくしが見定めると言っているのです。決闘がいつになるかはわかりませんが今はお昼を食べて、首を洗って待っているといいですわ。それでは」
「……どこへ行くの?」
「お昼を食べた後、決闘の体裁の整え方をボッツ先生にでも相談してみますわ」
「それは――」
「わたくしから申し込んだ決闘です、そのくらいはわたくしがやりますわ。では後程」
「いや、あの……行っちゃった」
昼食に向かうと言っている人を強く引き止める事はミサキには出来なかった。その結果、ただでさえ問題児とおちょくってくるボッツに更に弄りネタを与えてしまう危険性と……ついでに手の中にサーナスの手袋が残されたわけだが。
「……これ、いつ返せば?」
◆
「……ミサキ、大丈夫なの?」
リオネーラに遠巻きに見られている事には気づいていた。ついでにドワーフの女の子にも。
ドワーフの子の方はまだ自分の席で視線だけを送っているが、リオネーラは席が近い事もありすぐに立ち上がって話しかけてくる。
「……大丈夫、と言うと?」
「決闘なんて危ないでしょ……勝てる見込みはあるの?」
「それは向こうが提示するルール次第。まぁ、レベル差もあるし筋肉痛もあるし勝てないとは思うけど」
「……ごめんね、あたしのせいで。あたし達のくだらない争いに巻き込んじゃって」
「……決闘を挑まれたのは私の失言のせい。リオネーラは関係ない」
悲痛な面持ちのリオネーラを責める事なんてミサキには出来ないので、巻き込まれた事自体についての言及は避けた。
実際の所、失言せずにただ巻き込まれただけで終わればサーナスと友達になれたかもしれないし、二人の間の架け橋になれたかもしれない……と後悔している面もある。
ラブ&ピースの精神の地球で育ち、和を以て貴しと為す日本で生きてきたミサキは相手が悪人でさえなければ仲良くしたいし仲良くして欲しいと思っているのだ。
(気難しそうなサーナスさんと普通に友達やれるかは自信ないけど……実際怒らせてしまったわけだし)
それでも自分の事を恐れていなかったり、謝罪を受け入れてくれたりとミサキにとって嬉しい一面を持っている人ではあったのだ。
少なくとも悪人ではない。だからこそ出来る事ならリオネーラに変に絡むのもやめて仲良くして欲しい、とも思っていた。
もっとも、理由もわからないまま仲良くしろなどと押し付けがましい事を言うつもりも無い。
「……リオネーラはなんでサーナスさんに勝負を挑まれてるの?」
「悪い事をした覚えはないんだけどねー。サーナス自身の言ってた通り、誇り高きエルフが魔法でハーフエルフに負けてる事が許せないんじゃない?」
「……種族としてのプライド、か。異文化交流も大変だ」
「その割には何故かくっだらない勝負も挑んでくるけどね……。でも勝てれば何でもいいのかと思いきやあたしの降参は受け入れなかったりするのよね。それに卑怯な事はせず、自分の力だけで勝負を挑んでくるところは嫌いではないのよ。疲れるけど。すっごい疲れるけど」
プライドが理由である事に違いはないようだが勝負の内容は問わず、しかし妙なところでこだわりがある。ちぐはぐなその姿はあの子が言ったように子供っぽくも見えるし、あるいはもっと他の理由を秘めているようにも見える。まだ、決め付けるには早い。
一番の精神的被害者であるリオネーラが理解を示してくれているうちに(あるいは我慢できているうちに)、外野のミサキがしっかりと真相を見極めたいところである。昨夜頼まれもしたし、出来る限りの事はしようとミサキは誓った。
「もしかしたら、あたしの才色兼備っぷりに純粋に嫉妬してるのかもねー!」
「それはありそう」
「……冗談よ? あたしそんな事言うほど思い上がってないからね? ものすごい真顔でものすごい即答で頷くのやめて?」
コミュ力に欠ける少女に冗談は通じにくいので気をつけよう!
この回で初めて保存エラー吐いてビビりました、何がいけなかったんだろう




