珍しく勘がいいと思ったらこれだよ
さて。
クラスの最下層であるミサキとドワーフの女の子のそんな奇妙な様子を他所に、クラスの頂点であるリオネーラの席では引き続き水掛け論(というか押し問答)が行われているのだが……
「さぁ、勝負です!」
「いやよ、あたしに何の得も無い……あたしの負けでいいから変な絡みはやめてくれない?」
「そんなのでわたくしが満足するとお思いですか!」
「だったらあたしも満足できる勝負内容にしなさいよ……昨日から早口言葉勝負とか荷解きの速さ勝負とかしょうもないものばかりじゃない」
(((予想以上にしょうもねぇ……)))
聞いている全員の心がひとつになった瞬間である。あのユーギルでさえも同じ事を思った。もっとも彼は好きで聞いていた訳ではなく席の近さ故に巻き込まれているだけの可哀想な被害者なのだが。
っていうか、そんな可哀想な環境に放り込まれて彼が黙っているはずもなかった。
「……くだらん勝負ゴッコなら他所でやれ、女」
「……わたくしにはサーナスという名がありましてよ、ユーギルさん」
「弱い奴の名など知らん。覚える必要も無いだろう」
「あら、流石は強さ以外に大切なものの無いミスター野蛮人」
こちらは割とギスギスした煽り合いになっている。ユーギルからすれば目の前で騒がれて本気でウザく思っているし、サーナスからすれば自分の勝負に水を差す邪魔者なのだから仕方ないといえば仕方ない。
「少なくとも『勝負』をするなら大切なのは強さだと思うがな。ゴッコ遊びしか出来ん弱者にはわからんか」
「ふん。己の盲信するものしか見えていないその視野の狭さ、滑稽ですわね」
少し前に自身がミサキに視野の狭い人と認識された事を彼女は知らない。
「それではいずれその慢心につけ込まれますわよ。ね、リオネーラさん?」
「なんでそこであたしに振るのよ。あたしだって無敗という訳じゃないし、自分なりに日頃から注意してるつもりだけど?」
「「つもり」なだけで本質を忘れているからですわ。下を見て得られるものは多い。強さに、勝利に繋がるものも。だから貴女もそのうちその思い上がりを後悔することになるでしょう。予言してあげますわ、うふふ、おほほほほ!」
サーナスは何やら偉そうな事を語りながら、何か変なテンションで笑いながら、何故かミサキの方へと近づいていった。
「……まあ、そんな事は置いておいて」
「……?」
サーナス自身以外の誰一人として状況が掴めないまま、ミサキの前に手が差し出される。
「ミサキさん、わたくしとお友達になりませんこと? 貴女は何かを秘めている……きっと大きな存在になりますわ」
「……いや、何も秘めてないけど……」
「まあ、否定したいのであればそれでも構いませんわ。でもお友達にはなってくれますわよね?」
「………」
買い被られている部分は否定したが、友達になろうと言ってもらえた事自体はミサキにとって嬉しかった。一部を除いて恐れられっぱなしなのでそう言ってもらえるだけでかなり嬉しいものなのだ。例え相手が性格にかなり難のある人だろうと嬉しくはあるのだ。
ただ、やっぱり相手の性格にかなり難があるため簡単にその手を握り返す事は出来なかった。さっきまでの彼女の振る舞いから嫌な予感がしていたのだ。
「……サーナスさん、ひとつ聞いていい?」
「はい、何でしょう?」
「……これはリオネーラとの『勝負』には関係ないよね?」
「ぎくっ」
「私がこの手を取った瞬間「貴女のお友達は貴女よりもわたくしを選んだのよ~」とか言ったりしないよね?」
サーナスの真似をしてる部分、全然似てないどころか声に抑揚がなくてむしろ気持ち悪い事になっている。
が、サーナスが青い顔をしているのはミサキのモノマネが気持ち悪いからではないようだ。
「……し、しませんわそんなこと。するわけないじゃないですか。あはは」
「……そう。ごめんなさい、失礼な事を聞いた。流石にそこまで子供じみた事をする人なんていないか」
念の為言っておくが本心である。
先程耳にした「子供みたい」という見方が胸の中に強く残っていた為にこんな疑念を抱いてしまったのだろう……と反省し、彼女は本心から謝っているのである。
だがその言葉で、青い顔が赤くなった。
「あはははははそうですわよそんな子供じみた事なんてする人いないと思いますけどそれはそれとしてミサキさん、わたくしは貴女に決闘を申し込みます」
「……えっ?」
子供じみた、という言葉は地雷だったらしい。ついでに図星だったらしい。コミュ力のないミサキがようやくその事に気付いた時には既に足元に手袋が投げつけられており、サーナスも彼女の前から去っていた。
手袋が革製なのは弓を得意とするエルフだからだろうか。っていうかどこから出した。
「……なるほど、口は災いの元ってこういう事なんですね」
「……うん」
コミュ力無しが他人の失言を笑えるはずが無かったのだ。
そう思い知ったミサキは、前の席の子の納得した顔に頷く事しか出来なかった。
◆
ちなみに次の時間の教師は良い声をしたクールな鳥人族だった。鳥人族とは……読んで字の如くである。鳥のような外見をしているが骨格は人間であり、二足歩行する種族だ。
分類的には獣人のカテゴリに含まれるのだが、見た目の問題かイメージの問題か陸地の獣と空の鳥を区別したがる人は多く、獣人の亜種、あるいは最近では別カテゴリとする向きもある。
「――貴様ら、席につけ。授業を始めるぞ」
「あの先生は……!」
(次はどんな肩書きの人なんだろう)
「…………誰だろう?」
ひそかにワクワクしていたミサキはひそかにすごくガッカリしていた。




