半径2m以内に近寄ってもらえない系女子
◆◆
「――本っ当にごめんなさい!!!」
「……気にしないで。さっきも言った通り、原因は私の言い方にある」
結局、先程の騒動は野次馬が集まってきた以上は無かった事にするのは難しく、最終的に騒ぎを聞きつけた教師らしき人が一人やってくる事態にまでなってしまった。
御崎が自分に非があるという前提で全てを説明したところ、「倒れていたのだから念の為」と保健室に案内されて今に至る。
勘違いして剣まで向けてしまった事を謝りたいと女の子もついてきた。根はとてもいい子なんだろう、と御崎は思う。
(……だけど、彼女以外はどうなんだろう?)
御崎は感じ取っていた。
さっきの野次馬達も、騒ぎを聞きつけて駆けつけた教師も、そしてこの保健室の主である(はず)にも関わらず不自然に距離を取っている養護教諭も、誰もが自分を警戒するような目で見ている事を。
何かやらかしたかな、と考えるも、転生してすぐブッ倒れ、パンを恵んでもらっただけの身に覚えなどあるはずもない。それなりに不愉快ではあったがまずはパンを食べよう。それから聞こう。残り一口分くらいだし。いただきます。
「もぐもぐ………ところで、私は何故皆からチラチラ見られているの?」
「……わからないの?」
「もぐ」
「自覚無いの…? あなたのその外見のせいよ」
「外見……?」
そう言われても彼女に思い当たる節はない。服装は学生らしく制服で眼前の女の子と一緒だし、背が高いとか低すぎるとかそういう事もなさそうだし、おかしな点といえばそれこそガリガリに痩せてる事くらいしか。
そうか、ゾンビとでも勘違いされてるのだろうか。ファンタジー世界だし。やだなあ臭いのかなあ。……などと現実逃避半分、大真面目半分で御崎は考え込んでいたが、答えは目の前の子が普通に教えてくれた。
「……あのね、あなたのその漆黒の髪と闇のような瞳が怖いのよ、皆。まるで伝承にある魔人みたいで」
「……ひまじん?」
「違う、まじん」
「……?」
「いや、無表情で首傾げられても……」
「……あ、パンご馳走様」
「……お口にあったようで何より。っていうか本当に何も知らないのね……怖がってたあたしが馬鹿みたいじゃない」
怖がってたのに助けたあたり、やはりこの子はいい子のようだ。
しかし、前世から引き継いだジャパニズム溢れる外見が原因だったとは御崎にとっても予想外である。この世界には黒髪の人間はいないのか。それどころか魔人とかいうとんでもなさそうなものと間違えられかねないというのか。
(それは……困るな)
外見も前のままで、と望んだのは自分だが、自称女神も何か一言言ってくれてもいいのではないか。その外見で行くのはマジヤベェぞ、くらいは。
まぁ外見まで含めての『自分』だし――軽くウェーブしている黒髪を自分でも気に入っているし――、言われていても変えなかったとは思うけど。でも魔人に間違われて距離を置かれるのは人助けの弊害になりかねない。困る。
「……ただの人間なのに」
「ま、まぁ、あたしはもうそんな目で見ないから。っていうかあなたの出生とかがちゃんとしてれば疑われる事もないはずだし」
「出生……」
出生が一番ちゃんとしてないだなんて言えない。
「あ、出生どころか自己紹介もまだだったわね、あたし達。あたしはリオネーラ・ローレスト。ウェルチ村出身のハーフエルフで15歳よ、よろしく」
「……よろしく。えっと、私は……」
人間じゃなかったのかーとか、小さくても歳上でしたかーとか言いたい事は色々あったがまずは自分も自己紹介すべきだと御崎は考えた。っていうか言うまでもなくそれが人として当然である。
だが、そこで彼女は言葉に詰まった。何も言えない事に気づいたのだ。
自分の今の名前はどうなっているのか。前世を引き継いでいるのか別名なのか、それがまずわからなかった。年齢はほぼ確実に引き継いでいるだろうけどこれも断定は出来ず、そして出身地が異世界ですなんて迂闊な事は言える筈もない。ただでさえ魔人疑惑がかかっているのだから。困った。
……と、わりと聡明な御崎の頭はちゃんとフル回転してはいるのだがこの場を切り抜けられる明確な答えを出せず、彼女は再び沈黙していた。
そんな沈黙を今度は深刻な意味で取ったのか、心配そうに女の子――リオネーラは声をかける。
「……あなた、もしかして思い出せないとか?」
「えっと……」
転生者だと明かしても問題ないのなら早々に明かすが、どこにもそんな保証はない。ならいっそ思い出せないという事にした方がいいのかもしれない……と御崎は考えはしたが躊躇った。リオネーラがいい子だからなるべくなら騙すような真似をしたくなかったのだ。
そんな葛藤を抱え言葉に窮する御崎に対し、事情はわからずとも精一杯の解決策を提示してみせるリオネーラはやはりいい子だと言えよう。
「あっ、そうだ、思い出せないにしろ何にしろ、国民証を見ればわかる事じゃない!」
「国民証……ですか?」
「学院に入る時に見せたでしょ、ほら、こういうの」
そう言ってリオネーラが取り出したのは銀色の小さな横長のプレートだ。そこにはよくわからない番号だけが刻まれている。そのまま彼女が人差し指を光らせてプレートの上を這わせると、さっき自己紹介で聞いた名前以下、細かい情報が光る文字として浮かび上がってきた。
(……綺麗)
御崎はその光景に見惚れていた。初めて見る、おそらく『魔法』であろう光景に。本の中の世界で何度も目にした憧れの光景に。
「ほら、あなたのも見せて」
「あっ……あ、ありました。はい」
急かされて制服を探り、胸ポケットに適当に放り込まれていたとしか思えないそれを手渡す。
自称女神が放り込んだのだろう。このカレント国際学院に入学する手筈も整えてくれていたようだし、国民証も登録してくれているのだろう。……くれてるよね? くれてるといいなぁ。
そんな感じで不安は残るが、結局それに頼るしかないのだからどうしようもない。人事を尽くして天命を待つのみだ。まぁ何も尽くしてないのだが。
「……ところで、なんか急に敬語になってない?」
リオネーラがさっきと同じように人差し指を光らせ、プレートの上を這わせながら御崎に問う。
その疑問の答えは、仮に御崎が答えずともすぐに文字として浮かび上がってくるだろう。難しい事ではない、御崎の方が13歳で年下だからというだけだ。
「そんなの気にしないでよ。この学院に入学したって事は皆同級生なんだから」
「そう? じゃあ……戻す」
「この学院に入学したって事は」のくだりの意味はわからなかったが素直に従った。
どうせそのうちわかる事だろうし、今はそれ以上に自分のプロフィールがどうなっているのかの方が大事だからだ。
「それでよし。さーてと、名前と出身地は――」
……ところで、御崎は自分の名前についていくつかの可能性を考えていた。
1.自称女神が名前もそのままにしてくれた可能性。この場合、彼女は以前と同じように黒霧 御崎を名乗ればいいという事になる。でもたぶんこの洋風世界では浮く。
2.名前はそのままだけど、海外っぽく名前が先に来ている可能性。この場合ミサキ・クロギリ、とでも名乗ればいいのだろう。これがベターな気はする。
3.ファンタジー風に完全横文字に改名されている可能性。この場合はまるで予想がつかない為どうしようもない。お手上げだ。恥ずかしい名前でない事を祈るのみ。
さて、正解はどれだろうか。
「ふむふむ、ミサキ・ブラックミストさんか。なんかかっこいいわね!」
「えっ」
「えっ?」
「……いや……なんでもない……」
まさかの2と3のハイブリッドだったとは。あと別にかっこよくない。
「性別は女、種族はちゃんと人間ってなってるわね、よかったよかった。……ただ……」
「……何か?」
「その、出身地の『ドイナカ村』っていうのは……」
(うわ、なにその名前)
御崎――否、ミサキはその適当で乱雑でセンスのカケラもないアホなネーミングセンスに本気で呆れそうになったがどうにか耐えた。
13歳にして呆れを我慢する難しさを知るミサキであった。
「……あたし、聞いた事ない村なんだけど。どこにあるの?」
「ええと……」
(どこにあるのかなんて私が知りたい)
何度も言うが、ミサキはわりと聡明である。物事をちゃんと深く考え答えを導き出せる、頭の回転が早い子なのだ。
だがそれはあくまで答えが手の届く範囲にある場合のみ。先程や今のように答えが全く見えない場合には意味を成さない。そこを問い詰められても当然何も答えられず、ここは誤魔化すしかないのだが……『誤魔化す』には頭の良さよりコミュニケーション能力が求められる。
そして残念な事にミサキはコミュニケーション能力には欠けていた。喋り方に覇気がなかったり、言葉足らずで相手に勘違いさせたり、会話の途中で思考に耽って唐突に沈黙したりと、それはもう酷いレベルで欠けていた。
「……その……山奥の……ど田舎に……」
「………」
唯一の救いは、彼女が基本ローテンションで表情の変化に乏しいため相手からは誤魔化していると思われにくい点だろうか。
とはいえ、不審がられている事に変わりはないので焼け石に水だが。
「……まぁいいわ。誰だって言いたくない事のひとつやふたつあるわよね。でもそれなら都合の悪いところは隠せばよかったのに」
「……隠せるの?」
「隠せたわよ。国民登録の時にちゃんと書いた上で一言告げれば、ね」
「……そう」
「発行の時に説明されてるはずなんだけどなぁ……聞いてなかった? それともあなた、やっぱり記憶がないんじゃ……?」
「……記憶がないのとは違うけど、ほとんどの事がわからなくて。教えてくれてありがとう」
ミサキは微笑み、礼を告げた。先ほど表情に乏しいとは言ったが、笑顔を作れないわけではないのだ。
「あっ、う、うん、どういたしまして……」
だが、その笑顔はリオネーラを戸惑わせた。
確かに笑顔なのだ。礼を言われて照れくさくなりそうな笑顔ではあるのだ。なのに、何故か彼女は少し寂しくなった。
(何だろう、何て言うのかな……この感じ……)
会話を無理矢理打ち切られたから、というのもあるかもしれない。でもそれだけじゃない、よくわからないけど……その笑顔が……
「……さて、入学式に出ないと。講堂に行けばいいのかな……」
「ま、待って!」
「……?」
よくわからない感情に流されたリオネーラは立ち上がろうとしたミサキの手を咄嗟に取る。
彼女自身も何故そんな事をしたのかは理解していなかった。彼女はとにかく感情的で、口も手も考えるより先に動くタイプなのだ。そう、唐突に剣を抜くくらいには。
「わ、わからない事だらけなんでしょ? 一緒に行ってあげる。さっき地図があったのを見たから役に立つわよ、あたし」
「……そう? じゃあ、お願い」
拒まれなかった事でリオネーラは内心、胸を撫で下ろしていた。
このままだと眼前の女の子は一人で行ってしまう。それが何故かどうしようもなく不安だったのだ、と、同行を許されてようやく理解した。
(……変な子。外見もだし、ほとんどの事がわからないらしいし、ドイナカ村なんて突飛な事を書いておいて国民証を発行してもらえてるのも謎だし、感情に乏しいと思えばあんな笑顔するし……)
結局のところ、変な子だから放っておけないのだ。リオネーラは面倒見のいい子であった。
(それに、国民証に書かれてたあの子のレベル……普通に生きてればあんなのありえないはずなんだけど……)
……面倒見がいいだけでなく、結構いろんな所まで見ている気の利く子なのであった。唐突に剣を抜く子だけど。