タカビーでパツキンなチャンネー(ただし縦ロールではないし取り巻きもいない)
◆
「あの先生は……まさか、『赤の癒し手』ディアン・クルド先生?」
ボッツの時と同様、ミサキの右隣の席の妖精族の子が呟く。今度はご丁寧にフルネームまで。
(……この子は情報通なのだろうか、それともまた普通に有名な人なのか)
隣の子に視線を向けると避けられるので前を向き、教壇に立つ女性教師の反応を待つ事にしたミサキ……だったが。
(……あれ? あの先生、どこかで見たような……? あ、そうだ、昨日保健室にいた……)
ミサキとリオネーラを遠巻きに見ていた養護教諭その人であった。リオネーラも気づいたらしく、ミサキに少し視線を向けた後、挙手して尋ねる。
「先生、昨日は保健室にいらっしゃいませんでしたか?」
「あ、はい、人手が足りない時はいろいろ駆り出される事も多く……でも一応こちらが本職なんです、よろしくお願いしますね、えと、リオネーラさん」
「はい、ありがとうございます」
「っと、自己紹介がまだでしたね。えっと、ディアン・クルドと申します。しがない魔法使いとしてブラブラと旅をしてましたがここに拾われて……座学を半分くらい担当する事になりました」
「あの『赤の癒し手』から学べるなんて光栄ですね」
リオネーラの列にいる男子生徒が言う。ボッツの時も真っ先に口を開いた序列3位の彼だ。ボッツの時よりカッコつけた口ぶりなのは気のせいだろう。
「あれっ、その二つ名、知られてました? うわぁ、失敗したなぁ、他の先生みたいに偽名にしとけばよかったかなぁ……」
本名ですとたった今自白したようなものなのだが、それをツッコむ生徒はここにはいなかった。優しい。
「えーっと、まぁ、その、とりあえず今は下っ端の教師なので気にしないでください……普通に接してください。お願いします」
「「「「あ、はい」」」」
「あ、ありがとうございます。ではまずは教科書を配りますね、座学なので。今日はこれを使います、『魔法入門書』……見ての通り初歩中の初歩、入門用の魔導書ですね。えーと――」
――非常に言い難いのだが、その日の彼女の授業内容はリオネーラが昨日言っていた事とほぼ一緒だったので割愛する。
ちなみにこの先生は授業中、ミサキの事だけは昨日同様遠巻きに見ているだけであり警戒しているのが丸わかりであった。
◆
(――リオネーラの周囲には人が多いなあ)
長い授業の後の15分の休み時間。ミサキは特にする事もなくリオネーラの方をボケっと眺めていた。
さっきの授業がリオネーラの魔法講座と大差なく退屈だったせいもあるのだろうが本当に彼女の周囲には人が多い。実は朝方ミサキが前の席の女の子と会話している間も同様だった。強く優しく面倒見がいいのだから当然かもしれないが。
……何人か「魔法ぶつけてください!」とかアホな事を言っているがリオネーラはうまくいなしているようだ。実に優秀である。
「……く、クラス長、すごい人気ですよね」
「……クラス長?」
あんな会話の後なのに前の席の女の子が話しかけてくれた事に驚きもしたが、それ以上に気になるワードがあったので尋ね返す。クラス長、前世で言う学級委員長だろうか。
「……リオネーラはクラス長とやらになったの?」
「えっと、わたしを捕まえた先生が指名してました。一番強いからって」
決め方がとても雑である。
しかし適任でもある、とミサキは心から思う。彼女が強く優しく面倒見もいい事をよく知っているから。
「……他には何か決めたの?」
「い、いえ、それだけです……」
「……そう」
自分の居ない間に勝手にいろいろ決められるのはちょっと悔しいものである。そういうのが他に無かった事に彼女はホッとしていた。
「……あっ」
「?」
前の席の女の子の声と視線に釣られてリオネーラの方を見ると、今まさに周囲の人を掻き分けて一人の女の人が彼女に近づいている所だった。
その女の人こそ昨日リオネーラが苦手だと言っていた同室の子、レベル順で言うと4番目の子、大人びた外見の美しいエルフの女性、サーナスである。
「リオネーラさん、勝負しましょう!」
「……何よ急に、今度は何の勝負よ」
さっきまでは笑顔で応対していたリオネーラだったが、彼女に絡まれた瞬間露骨に面倒そうな表情をする。苦手意識があるのは本当らしい。
「わたくしならもっと魔法の原理を上手く説明できます。どちらが皆に上手く説明できるか勝負です!」
「え、やだ、めんどくさい……っていうか皆に説明するって言うけど、それじゃ皆は説明聞くの3回目になっちゃうじゃないの。皆にも悪いわよ」
「わたくしと貴女がこの後それぞれ別々に説明するので4回になります。その位の計算はしっかりしてください」
「皆に余計悪いじゃない……」
「覚悟の上です。魔法に優れしエルフ族として、魔法で貴女に負ける訳にはいかないのです!」
「いや、覚悟するのは聞かされる皆でしょ」
「ぐっ……い、いいから勝負です!!」
なにやらめんどくさそうな言い争いが始まったのを察してか、リオネーラの周囲から人が減っていく。
見下したような物言いもあった為、妬みからリオネーラにイチャモンをつけて孤立させようとしている性悪な人なのか……とミサキも最初は思ったが、このやり方ではサーナスの評価の方がより大きく下がる。
そんな事にも気付かぬまま、周囲に目もくれず勝負だと喚き散らすばかりのサーナスを見て考え直した。この人はそこまで考えている訳ではないな、と。ぶっちゃけてしまえば単純で、浅慮。目的を果たすこと以外は何も考えていないのだろう。
(……単に高飛車すぎて周囲が見えていないだけ、か。物言いも行動もプライドの高さの表れなのかもしれない……でも根っからの性悪というほどでもない、と)
リオネーラがそこまで悪く言っていなかった時点でわかりきっていた事ではあるが、それでもこれは大事な事である。
勧善懲悪の物語を好むミサキは人の正邪をそれなりに気にしており、相手が悪人か否かを何よりもしっかりと真っ先に見極めたいと常々思っているのだ。
まあ、サーナスがいくら根っからの悪人ではないといってもあくまでそれだけであり、リオネーラにとっては頭痛の種となる厄介な――というか普通に迷惑な性格をしているのもまた事実なのだが。
「……クラス長、困ってますね」
実に気の毒そうに前の席の女の子は言う。
「……確かに」
「……なんて言うか、構って欲しい子供みたいにも見えますね、あのエルフの人。見た目はお姉さんなのに」
自尊心を拗らせた上に視野が狭いという、どちらかといえば歳を取って頭の硬くなってしまった人特有の症状に見えていたミサキにとってそれは面白い意見だった。
「……へえ、そういう見方もあるんだ」
「あっ、い、今のはナイショでお願いします……つい口が滑って……」
「……まあ、いいけど。告げ口する理由もないし」
「た、助かります……」
ミサキにとっては面白い意見だったが、オフレコでと言われた通り当人が耳にしたら不愉快になるであろう内容なのも確か。本当に素で口を滑らせたのだとしたら、この子は少し危なっかしい。
「……口は災いの元。気をつけた方がいいかも」
「……えっと、なんですかそれ?」
「……余計な事を口にしたせいで降り掛かる災いもある。言葉を発する時は気をつけるべき、って意味」
「は、はい……気をつけます」
(……もしかしてこの世界には諺は無いのかな)
些細な疑問を抱いてしまったミサキの視界に、目の前の女の子の落ち込みと喜びの混ざった複雑な表情は映っていなかった。
(せ、性格の悪い子って思われちゃったかな……でも心配して言ってくれたっぽいのは嬉しかったり……。性格が悪いのは自覚してるけど隠す努力はしよう……嫌われたくないし)
まぁ、映っていてもコミュ力の低い彼女にはこういう感情は理解出来なかった可能性が高いけど。