その4:バハムートもこの世界のどこかにいます
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――他には、しばらくご無沙汰だったレベルについての話もある。
強くなりたいと願うミサキの事だ、レベルに興味がないはずがない。それに加え、近いうちに難易度の上がったクエストが始まるともなれば自分の強さを把握しておくのは必須と言えた。
「……すみません、レベルを測りたいのですが」
そう言い、職員室の扉を開けば中にいたのは教頭一人。今は昼休みなのだが他の教員は運良く(?)出払っていたようだ。
「ああ、ミサキさん達ですか。良いですよ、どうぞこちらへ」
ミサキの後ろにはいつも通りリオネーラとエミュリトスもいる。二人は測るつもりはなく単について来ただけ――要するに過保護な保護者状態――なのだが教頭ももう慣れたものでそのあたりを言及すらしなかった。
ちなみに以前測定したミサキのレベルは初心者ダンジョン突入前で15、そして(作中では言及しなかったが)ダンジョン攻略直後には17にまで上がっていた。それを踏まえて――
「あたしは18だと思うわ。あれから大きなイベントもなかったし」
「わたしもそのくらいだと思いますけど常に予想の上をいくのがセンパイです、なので20で! せっかくなので明日のお昼のおかず一品くらい賭けましょうか」
「まぁ、そのくらいなら賭けてもいいけど。面白いし」
(ミサキさんのレベル測定が面白さ重視のイベントになっている……)
それを踏まえてミサキのレベルを予想する小さな賭けが始まった。あくまで親友同士の軽いノリの範疇なので教頭も止めはしなかったが、もしこれが現金などを賭けていたら流石にそうはいかなかっただろう――
「じゃあワシはレベル19に303G賭けるぞ!」
「校長!止める立場の貴様が率先して現金を賭けてどうする! そしてその端数はなんだ!? あと大人のくせに賭け額が少ない!この貧乏骨が!!」
「何もそんな片っ端から全部否定せんでも……最後のに至ってはただの罵倒ではないか……」
誰もいなかったはずの職員室に校長が唐突に現れ、同時にもはや脊髄反射としか言えない素早さで(リオネーラとエミュリトスが警戒を露わにするよりも早く)教頭はツッコミ倒した。ちなみに一番効いたのは最後の金額に対するツッコミのようだ。どうでもいいが。
なおそんな中で若干放置されつつあるミサキは耳だけは傾けつつも特に言及はせずのんびりレベルを測定していた。なんともマイペースな事である。
「……出た」
「おや、出ましたか。ふむ……相変わらず防御面に偏ったパラメータをしていますね」
割と体当たり型(文字通りの意味で)で学習するミサキは相変わらず防御力が育ちやすい。ボッツに目をつけられているせいというのも多分にあるだろうが。
それはさておき、賭けをしている三人にとって大切なのはパラメータよりレベルである。いやまぁ賭け自体は先述の通りおかず一品を賭けたかわいいものなのだが――
「ええぃそれで教頭や、結局ミサキ君のレベルはいくつなんじゃ!? ワシの303Gが賭かっとるんじゃぞ!?」
――約1名だけ空気を読めていない奴がいたりする。
「……校長」
「な、なんじゃ! 最近真面目に働いとるじゃろ、たまの息抜きでちょっとした額の賭けくらい良いじゃろうが! それにこれも生徒に世の中というものを教える教育の一環であって――」
「――今なら冗談という事にしておきます。というかしておいてやる。『ギルドも認める良い教師』ならわかりますね?」
「………………はい」
見苦しい言い訳を並べ立てようとしていた校長だったが結局は遠回しに「ギルドにチクるぞ」と脅されて折れた。良い教師になろうとしている所を逆に利用された形である。小物臭半端ねぇ。
まぁ逆に言えば良い教師になろうとする気持ちは本物なのかもしれない。それでも小物臭は消えないが。
なお本題のミサキのレベルは……教頭が答えを言うより先に校長を黙らせに行った事から察せられる。つまり校長が正解だったのだ。
「あら、凄いじゃないミサキ。あたしの予想以上ね、おめでとう」
「くっ、わたしの最初の予想を越えるであろうという予想は合っていたのに! 惜しい! でもとりあえずセンパイおめでとうございます!」
「……ありがとう。でもエミュリトスさんの期待には応えられなかった、ごめん」
「ああっ!? ち、違いますよセンパイ、これが一番ベストな解決法なんです!わたしは19ならいいなーと思いつつもあえて20と言ったんです!」
「……どういうこと?」
「だってほら、わたし達のうち誰も『損をしてない』じゃないですか!」
「……ああ、確かに」
そう、リオネーラもエミュリトスも予想を外した事で賭けは不成立。誰の懐も痛まず、結果を待つドキドキ感だけを味わえ楽しめた、と彼女は言いたいわけだ。胴元が総取りしてしまうようなシステムもないので確かにこれがベストな形ではある。なるほど、とミサキは素直に納得した。
一方でリオネーラは、
(えー、本当に最初からそう考えてたの?)
ジト目の視線でエミュリトスに言葉なく問いかける。
(20で当たっても嬉しいし外してもこの理屈が使えるからってだけの話じゃないのー?)
(………………………)
エミュリトスは視線を外す事でその問いに答えた。
「一応ワシが19に賭けとったはずなんじゃがのう……」
「校長、貴方はレベル19と予想はしましたが何も賭けてはいない。そうでしょう?」
「あ、はい……」
「――で、校長。貴方は何をしに来たのですか? 『賭けに来た訳ではない』のですから何か用事があったのでは?」
「いちいちチクチク刺さんでもいいじゃろ……あー、用事か……そうじゃな、せっかく金の話が出たんじゃから確認しておこうかの」
「金の話など出てません。もし出した奴がいるならそいつはロクでもない大人です」
「あーわかったわかったはいはいその通りじゃ! ……で、ミサキ君、確認なのじゃが」
「はい」とだけ返事し、ミサキは視線を向ける。自分に関する質問である可能性を想定していた彼女が動じなかった一方、逆に想定通りにミサキに絡んできた事で親友二人は警戒の色を濃くした。相手(と教頭)に悟られない程度にではあるが。
「ミサキ君はハンター登録がしたく、その為に書類上の本籍地が必要であり、今はひとまずリオネーラ君の出身地でもあるウェルチ村に土地の下見に向かう為に金を貯めている――という事じゃな?」
「……そうですね」
「では、そのウェルチ村にはどうやって向かうつもりなんじゃ? それによって貯める金額も変わってくるじゃろ?」
要するに足は何にするのか、という話のようだ。
確かに校長達には告げてはいなかったが、ミサキとてそのあたりを考えていなかった訳ではなく親友達と話し合ってはいた。リオネーラにチラリと視線をやり、答える。
「……リオネーラが馬車で来たとの事なので、私もそうしようかと」
「あたしの場合は途中まででしたけどね」
リオネーラの場合は実家――パン屋の仕入れ業者の厚意で馬車に相乗りさせてもらえたらしい。その代わり業者の都合により途中までという条件だったが。
この世界で馬車に乗せてもらう場合、彼女のように誰かの厚意に甘えるか、正式にお金を払って移動用の馬車に乗るか、護衛のハンターとして馬車に同行するか、が主になる。今回ミサキが選ぼうとしているのは二番目だ。まだハンターではない彼女は当然三番目は選べないし、厚意に甘えるのも魔人には当然不可能だし。悲しい。
そしてその移動用の馬車だが、ありがたい事に現代で言う路線バスのように決まったルートを回る乗り合いのタイプと、頼まれた場所に向かってくれるタクシーのような貸切タイプとがあるとか。貸切タイプの方が都合はつけやすいがやはり費用も高くつくとの事なのでそちらを使う可能性があるなら余裕を持って稼いでおきたいところである。
「ふむ、なるほどのう。確かにここは商業都市じゃ、ウェルチ村のような――言っては悪いがあまり用事の無さそうな田舎にでも馬車を出してくれる人はおるじゃろうな」
「あたしから見てもホントに何も無い村なので気を遣わなくても大丈夫ですよ」
「あぁいや、そういえば村唯一のパン屋はごく一部のマニアの間で評価が高いと聞いた事があったぞ。人づてに聞いただけじゃからよくわからんが、常に新しいパンを作り続けるその姿勢が好評だとかなんとか。……確かリオネーラ君の家もパン屋じゃったよな?」
「ええ、まぁ、村唯一のパン屋ですね。つまりうちですね。父がとにかくパン作りが好きでして……好きすぎて……」
褒められてるはずなのに微妙に歯切れが悪いリオネーラ。何やら裏事情がありそうな雰囲気だが、校長はあまり気にせず「一度食べてみたいものじゃな」と締め括った。食べればわかると判断したようだ。
ミサキやエミュリトスとしても同じ考えである。食べれば――というか、見に行けばわかるだろう、と。どうせ行く予定なのだし。
「しかし馬車で行くとなると片道二日くらいはかかるかの。長期休暇の間に行くつもりか?」
「……そのつもりですが」
夏休み、という概念は残念ながらこの世界にはまだ存在しない――週末の休日さえ形骸化しているほどだ――が、カレント国際学院の場合は大人の都合で長期休暇が存在する。校長と教頭が長期間学校を留守にし、ギルドへ『報告』に行く時期があるためだ。
細かい報告なら几帳面な教頭が事あるごとに行なっているが、ギルド側との取り決めでは『一年を4つのシーズンに分け、区切りの時期にまとめてじっくりと報告してもらう』事となっている。現代にも通ずる効率的なやり方だが、ここでは効率だけが理由ではない。
異文化交流推進を掲げるこの学校の動向には様々な国々・種族が注目しており、この報告の場ではそういった興味津々な人達との質疑応答の時間も設けられているのだ。そもそも学校の創立の際もギルドが主導こそしたものの他国に協力も要請しており、今でも引き続きスポンサー募集中みたいな感じなのだとか。実際微妙に教員も足りていなかったりするし、クラスも1クラスしかないし。
ともあれそういう訳なので校長と教頭はしばらくギルドに缶詰。ギルドが長めに期間を取っているせいでその期間がそのまま生徒達の長期休暇となっているのだ。完全に大人の都合だが結果的に現代的なスタイルになっていた。三学期制か二学期制が主な日本から来たミサキとしては四学期制には多少戸惑いがあったりするが、考え様によっては良い面もある。
(前世と比べて夏休みが短い代わりに少し早く始まる。少しでも早くリオネーラの村に行きたい身としては嬉しい誤算だ)
「なるほどのう。……じゃがミサキ君、もし、もしもじゃが、一日で往復できる方法があるとしたらどうする?」
「……そんなものがあるのですか?」
「うむ。簡単じゃ、馬車より早い乗り物を使えばよい。代表的なのは飛竜便じゃな、そこそこの速さで空を飛ぶからギリギリ一日で済むじゃろ」
「……聞いた事はあります。ですがあれは確か積載量制限が厳しかったり何より料金が高いとか」
「ほほう、よく勉強しておるな」
別にそこまで目新しいものでもないのだが、世間知らずのドイナカ村出身のミサキという事で校長はそう褒めた。
その飛竜便についてだが、ルビ通りワイバーンという空飛ぶ動物を手懐けてその背に人や荷物を乗せて空輸するものである。速度はあるものの手懐ける時点で難しいため数が少なく料金は高くなり、ワイバーンがその身一つで運ぶ仕組み上積載量も限られる。その特徴から馬車に取って代わる事は不可能だがスキマ産業として成り立っているサービスだ。
「しかし料金が問題、とな? そのくらい……身元保証人に出して貰えばよかろうに」
「「………!」」
「子供の自立を支援するのが女神教の聖職者じゃろ? であれば自立への第一歩……どころか下手すれば終着点でもある本籍地探しの為の金くらい教会が負担しても良いとは思わんか?」
ミサキを褒めたかと思えば次は揺さぶるかのような質問をしてくる校長。よほど下手を打たなければ世間話で終わる範囲のものではあるが、意表を突くという意味ではそこそこ上手い。
その揺さぶるかのような質問と視線と口調にリオネーラとエミュリトスは身を固くするものの……しかし当のミサキは特に悩みもせず答える。
「……私はあの人に宣言したので」
「ほう、何をじゃ? お主の世話にはならん!とかか?」
「……私の生き様を見ておけ、と、そのような感じの事を。そう言い切った手前、お金をたかりに戻るというのは非常にカッコ悪いので嫌です」
「ほほっ、なるほどな。それは確かにカッコ悪いのぅ! うむ、納得じゃ」
ミサキの偽らざる本心はカッコ良さにこだわるこの世界の住人からも充分に理解のできるものだったため、校長はそれ以上追求してはこなかった。そもそも軽いジャブのつもりであって深く追求するつもりなどハナから無かった可能性もあるが、そうだとしてもミサキが躊躇せず即答してみせたのは大きい。
なので何事もなかったかのように――否、何事もなくそのまま話は続く。
「であれば、じゃ。もしワシがもっと安くつく移動方法を紹介できるとしたらどうじゃ?」
「……アテがあるのですか?」
「うむ、空路ではなく陸路になるがの。古い友人が最近新しい商売を始めたらしくてな、宣伝をして欲しいと頼まれてのぅ。イマイチ流行っとらんらしい」
「……詳しくお願いできますか」
「まず売り文句は『速い、安い、うまい!』らしい」
牛丼屋かな?
「実際、ワイバーン便とそう変わらぬ時間で目的地には着くそうじゃ。まぁ道中何があるかわからん陸路じゃから確約までは出来んがの。で、もちろん安い。馬車とそう変わらぬ料金らしいぞ、これは流行るまでの間だけかもしれんがな」
「……最後の『うまい!』は?」
「御者――というか運転手と言うべきか、とにかく彼の操縦の腕の事じゃな」
「……まぁ、そうですよね」
あるわけないとはわかっていても、道中で美味い料理が出てくるとかだったら良かったなーと少し思うミサキであった。
ちなみに御者は基本的に馬車に使われる言葉であり、(異世界ではそこまでキッチリ区別されてないとはいえ)校長の呼び方がちょっとブレたのもそのあたりが理由である。つまり、彼が紹介しようとしているモノは馬車と呼べなくもないようなそうでもないような乗り物、という事だ。
それをうっすらとした嫌な予感として察したリオネーラがミサキの前に歩み出、続きを促す。
「それで校長先生、その『移動方法』とは?」
「む、リオネーラ君も気になるか? なぁに、基本的な仕組みは馬車と変わらんよ。動物が客車部分を引っ張る、それだけじゃ」
「……それでは、その『動物』とは?」
「ベヒーモスじゃよ。「馬が牽引するのが馬車ならこちらはベヒーモス車、略してベヒー車だ!」……と奴は言っておったな」
最近どこかで似た名前を聞いた気がする。
……と呑気なのはミサキだけだったようだ。それどころではないとばかりにリオネーラは反応し、他の者達も驚きを隠せていない。
「ベヒーモス!? それってあの魔獣ベヒーモスですか!? あれが人の言う事を聞いていると!?」
魔獣。魔物には分類されないが魔物のごとく凶暴で恐ろしい獣の総称である。意味合い的には害獣の上位に位置する。つまり実質的に危険度は魔物と同等であり、リオネーラを含め誰もが驚くのも無理はなかった。
「友人に凄腕のテイマーがおってのぉ。捕獲はワシも手伝ったのじゃが、最近ようやく手懐ける事に成功したらしい」
「最近って……失礼ですけど本当に大丈夫なんですか?」
「奴の腕は確かじゃよ、その筋では有名人じゃ。今この場では信用してくれとしか言えんがの」
「うーん……」
そう言われても実際見てみない事には信用できないのだろう。校長を警戒し、ミサキを守る事を己の使命と捉えているリオネーラにとっては。
一方で校長と旧知の仲である教頭はそうではないようで、不満顔で校長の肩を持った。不満顔で。
「……リオネーラさん、残念ですが事実でしょう。この男の性格はどうしようもなく酷いものですが交友関係は認めざるを得ません。コイツは多くの優秀な人物と友誼を結んでいます」
「今の流れでワシの性格悪く言う必要あった?」
「ですが、だからといって信用して話に乗れとは言いませんよ。有名人の始めた事業であるにも関わらず未だ流行っていないのには相応の理由がある筈です。よく考えて判断してください」
「無視かい、まあ良いがの。で、どうするんじゃ?」
目的である宣伝活動を微妙に妨げる教頭の言葉にもさほど反応を示さない校長。ぶっちゃけ彼としても期待はしていないのだ。そのくらいベヒーモスは恐れられているので。
そう、『流行ってない相応の理由』は結局のところそこである。ベヒーモスは怖い存在。それに尽きる。なのでリオネーラは、
「すいません、お気持ちはありがたいですが、ベヒーモスで帰省なんてしたらウェルチ村のみんなも驚くと思うので……」
「じゃよねー」
「賢明ですね」
そんな感じに上手くやんわりと断り、その場を丸く収めた。
まぁ実際いきなりベヒーモスと共にミサキが姿を見せたら侵略か何かかと間違われかねないので。そういう意味では論ずるに値しない問題であった。
点数がまたひとつキリのいい数字を越えていました、ありがとうございます
更新頻度上げたい……




