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その3:サブミッション(サブクエストではない)


◆◆



「――やり返そうと思うんですよ、先生に」


 その日の夜。三人の自室にて、エミュリトスはただ静かに呟いた。一見すると落ち着いているようだが目は座っており、まぁ要するに結構キレている。


「えーっと、一応確認しておくけど、何に対するやり返し?」

「そんなのセンパイのお顔を殴り散らかしまくった今日一日の罪に対してですよ」


 念の為にリオネーラが問い返すも、帰ってきた答えは彼女達の予想を裏切ってはくれなかった。


「あのねぇ、そんなの戦いなら仕方ない事でしょうが。そりゃ何もない平常時だったらあたしも怒るけど、顔面という急所を素早く正確に狙えるのも拳での近距離格闘の強みなんだから」


 リオネーラが正論を述べる。強さに誠実に向き合う彼女は戦いに対しても誠実だ。そして勿論ボコられた側のミサキも同じ意見である。彼女も前世のテレビでボクシングの試合くらいは見た事があるので顔面への攻撃はむしろ基本と思っているし、ボッツの授業を疑う気もないし、強さに対する貪欲さはリオネーラに勝るとも劣らないのだから。

 ……だが、この件に関しては二人は思い違いをしていた。考えてみれば当然の事である。戦いに関してミサキ(異世界人)が理解している程度の事を現地人が、現役ハンターが理解していない筈がないのだ。


「そのくらいはわかってますよ。戦いでは何でもアリです。急所を狙うのも当然、顔を狙うのも当然のことです」

「あら、わかってたのね」

「それはそれとしてセンパイのお顔を殴った分はやり返してやりたいなと」

「全然それはそれとしてなくない!?」

「わかった上でやり返そうってことですよ」

「まるで暴君のごとき理不尽さ!!」


 ちなみにもちろん大マジである。エミュリトスはミサキ絡みの事柄ならいつだって真面目にマジだ。

 だが物騒な提案が通った事はいまだ無い。そのあたりは意外にもミサキがうまく手綱を握っているので。


「……エミュリトスさん、私はそのあたりは恨んでない。……けど、『それはそれとして』いつか必ずボッツ先生は倒す。そう決めてる。それでは駄目?」


 強さに貪欲なミサキにとって、ボッツは戦いの師でありつつも目標であり通過点。正々堂々戦って彼を超える事が『師』に対する礼儀だろう、と、そう考えている。あとメタ的に言えば多分卒業試験あたりで戦う事になるんじゃないかなぁとも。

 何にせよいつかは戦い、この手で必ず打ち倒す。ずっと前から考えてはいた事をミサキはこの場で宣言し、同時にエミュリトスに思い留まってもらおうとした。自分の手でケリはつけるから心配しないで、と。

 もちろん言われたエミュリトスはミサキには従順なのでちゃんと空気を読み、思い留まる。


「くっ……申し訳ありませんセンパイ、わたしが浅はかでした!「私の獲物を横獲りするんじゃねぇ」という事ですね!?」

「え……まぁ……極限まで好戦的に言えばそうなる……?」


 空気は読めるが、ミサキの心の内を正確に読み取っているかはまた別である。ハズレと言えるほど間違っている訳ではないのがまたなんとも。


「確かに言われてみればその通りです、復讐は己の手で成し遂げてこそ。つまりわたし()に出来る事は先生の四肢を固めて動きを封じるところまでという事ですよリオネーラさん!」

「だからなんで流れるようにあたしに振ってくるのよ。っていうかミサキの事だからそういう手出しも必要無いって言いそうだけど」

「正直わたしもそう思いますけど! でも何かしら力になりたいじゃないですか!」

「まぁ……その気持ちもわかるけどさ」


 そこで「気持ちはわかる」とか言っちゃうリオネーラだからエミュリトスは事あるごとに話題を振っちゃうわけなのだが。これも信頼の一つの形といえよう。雑な振りも信頼しているからと言えなくもない……はず。

 もっとも、二人の間に信頼関係があろうと無かろうと肝心のミサキの返答は変わらないのだが。譲れないところは譲らず、筋を通したがり、自分の中で完結させ、NOならハッキリNOと言うのが彼女である。


「……気持ちは嬉しいけど、最初から最後まで一人で戦わないと真の意味でボッツ先生を倒したとは言えないと思う」


「ほらね」

「うぅ、やっぱりですか……」


 だが――


「……だから、出来れば対ボッツ先生を想定したシミュレーションを手伝ってくれると嬉しい。その日まで」

「――っ! はい、喜んでお手伝いします!わたしに出来ることならなんでも!」


 だが、落ち込むエミュリトスは見てて可哀想なので――そもそも気持ち自体は嬉しいので――ミサキはこうして『落とし所』を提案する。そこにエミュリトスをコントロールしようという意図はなく、純粋に思いやりの心で。それが結果的にエミュリトスの手綱を上手く握っている事になっており、同時に絡まれて困っていたリオネーラを助けたとも言え、


(なんだかんだであたし達の中心ってやっぱりミサキよねぇ)


 リオネーラはひっそりとそんな事を思うのだ。

 ちなみに彼女も戦闘のシミュレーションと聞いて内心ちょっとテンションが上がっちゃっていたりする。


「それで? どうやって先生に勝つか、ミサキは何か考えてたりするの?」

「……正々堂々、地力で上回って勝てるならそれが良いけど。でもそんな都合のいい状況で戦えるとも限らないし、何か搦め手も考えておきたい」

「そうね、それがいいと思うわ。それで?」


 一も二もなく頷き、せっかちに先を促すリオネーラ。やっぱりテンション上がっちゃってる。

 そんな姿にミサキは違和感を覚え……たりは特にせず、むしろ乗り気になってくれた事に喜びを感じつつ、逆に問い返す。


「……リオネーラから見てボッツ先生はどう? 弱点とかありそう?」

「そうねぇ、レベル高いだけあって満遍なく強いわよね。鬼教官ヒートマンは教官として引き上げられる前は最前線で戦い抜いてきた猛者と聞いてるわ、あたし達みたいな子供に突かれるような弱点はないんじゃないかしら」

「……戦場を生き抜いてきた人に弱点なんてない、と」

「まぁ正確にはないと言うか、あったとしても何かしらの手段で完璧にカバーしてるはずよ。そうでないと生き残って教職になんて就けないだろうから」


 近接職にありがちな弱点といえばやはり射程距離だろう。遠距離からチマチマ削られる、というやつだ。最前線で戦ってきたなら何度もそんな攻撃に晒された筈である。

 だがヒートマンはそれを跳ね除け、くぐり抜け、ねじ伏せて生き残り。その強さを評価されて教官となり、そして今はボッツ先生としてここに居るのだ。……一応建前上は別人だが、流石に今回ばかりはそこはスルーで。

 ともかく。要はボッツに対して『戦場で使われてきたであろう()()()搦め手』は効かないだろう、という話だ。


「遠距離攻撃も魔法も何かしらの対策はしてるんでしょうねぇ、きっと。どうやってるのかは予想もつきませんけど」

「……状態異常魔法に関してはアクセサリーかな」

「授業で言ってましたもんねぇ。あ、同じように装備で弱点を補ってる可能性はありますよね、何かしらの『特性』を持ったレアな装備で。なんといっても過去に英雄と呼ばれた人ですしそのくらい持っててもおかしくないです」


 エミュリトスの腕輪のように、本来あるはずのない効果――特性――のある装備品を持っていれば戦術に幅が出る。それらは一見しただけでは見抜けず、もし持っているならば実に厄介と言えよう。一応、大抵の場合はメリットに対しデメリットも同時に存在するのだけは救いだが。


「……何にせよ、弱点を突こうなんて考えない方が賢明か」

「そういうコトになるわね」

「……なら、意表を突く?」

「あー……」


 それはある意味ではミサキの得意分野だな、とリオネーラは思う。奇行の目立つミサキの。


「そうね、悪くないかもしれないけど、何か考えてるの?」

「例えば……関節技とか?」


 そんなミサキの発したその答えは咄嗟の思いつきではなく、一応彼女なりに考えて出したれっきとしたアイデアである。

 まず、意表を突くという意味ではボッツが自信を持っているであろう近距離で仕掛けられる技の方がよく、そして『技』というものが授業で習った通り派手で目立つものが一般的であるこの世界では関節技は良い意味で『目立たず』、何より関節技はまりさえすれば体格差や体力差をひっくり返せる技だからである。

 だがこれには問題が2つある。よく似た2つの問題が。


「関節技……ってどんなやつなの?」

「……実は私も詳しくない」

「ええ……」


 そう、そもそもミサキがそこまで詳しくないという問題と、この世界で知られているのかという問題が。

 ミサキは多少物知りではあるがそれでも所詮は女子中学生。知識はあれど完璧に再現できるほど関節技を学んではいなかった。そしてこの世界は剣と魔法のファンタジー世界。一撃必殺のド派手な必殺技が求められる世界であり、敵も人型とは限らず、もし仮に人型でも種族が違えば身体のつくりからして違う可能性がある。そんな世界で関節技が市民権を得ているだろうか?と考えると微妙なラインであり……リオネーラの反応から察するにどうやら得ていないようだった。

 人間族同士なら効く筈なのでボッツの意表を突くという意味では関節技が知られていないのは良い事なのだが、それはミサキが関節技をちゃんと使えるという前提での話である。使えない今、それはそのままリオネーラ達に相談できないというデメリットになるのだ。ミサキのうろ覚えの知識を元に手探りでやってみるしかないというデメリットに。


「……ええと、確か……リオネーラ、ちょっと腕を伸ばして」

「え、ちょっと怖いんだけど……でも興味がないと言えば嘘になるわね。大丈夫なの?」

「……慎重にやる。極まったらちょっと痛いと思うけど、言ってくれればすぐに止めるから」

「ま、技だものね、痛くないと意味がないし。わかった、こう?」

「うん。それで……どうだったかな……こんな感じ……?」


 リオネーラが伸ばした腕に絡みつくように……というか抱きつくように関節を極めようとするミサキ。立ち姿勢から狙える腕挫腕固(うでひしぎうでがため)……のような何か、である。

 間違った知識で関節を極めてしまうと非常に危険な事はミサキにも想像がつくので慎重に、ゆっくりジワジワと技のかけ方を探っていく。つまり本人は至って大真面目なのだが、その動きは外から見ればぶっちゃけじゃれ合っているようにも見え、


「なんか距離が近いですね……いいなぁ」


 完全なるとばっちりでリオネーラは羨ましがられていた。

 なお、そんな風に言われると意識してしまうのが世の常であり、リオネーラという少女であり。


「そういうこと言わないでよ……一応あたし達は真面目に――って痛ぁ!?」


 恥じらいつつモゴモゴと反論しようとした、ちょうどそんなタイミングで関節技が極まり、顔色をコロコロ変える羽目になってしまった。ちょっと可哀想。


「……ごめん、リオネーラ。大丈夫?」

「あ、うん、大丈夫……言うほど痛くなかったから。びっくりしただけ」


 ミサキが慎重にやっていたからなのか、高レベルなリオネーラだからか、おそらく両方だろうがとりあえず大して痛くなかったらしい。ミサキは胸をなでおろした。

 必要以上に力を込めて曲げたり捻ったりしなければ傷も後遺症も残らないのも関節技の良いところである。解放されたリオネーラは不思議そうに関節をさすり、腕を動かし、違和感がない事を確認しつつ口を開く。


「へぇ……相手の腕の動きを封じつつ、関節の動く方向とは逆に力を入れる感じなのかしら? 思いっきりやればかなり痛そうな上に抜け出しにくそう。というかこれ、他にもやり方が沢山あるんじゃない?」

「……流石の観察眼。でも生憎他の技はほとんど知らなくて……4の字固めくらいしか」


 正確には「足」4の字固めだがミサキはそこまで詳しくなかった。


「4の字? 気になる名前ね、面白そう。どんなの?」

「……脚を使って脚を固める関節技。じゃあリオネーラ、脚を伸ばして横になって」

「え゛……脚で脚を? 絡め合う?」

「? 絡めるじゃなくて固めるだけど……」


 だが絵面としては似たようなものだろう。またエミュリトスから羨ましがられるような絵面になるのだろう。想像したリオネーラは及び腰になってしまった。恥ずかしくて。

 なおエミュリトスのせいで変に意識してしまい恥ずかしさが先に来てしまったが、戦士として完全無防備な状態で脚を相手に預ける事に心理的な抵抗がかなりあるのも確かだ。だからこそ足4の字固めは強力なのであり、関節技の本領を本能でちゃんと察知しているリオネーラは優秀な戦士と言えた。


「う、う~ん……ちょ、ちょっと考えさせて欲しいなー、なんて……」


 まぁその優秀な戦士さんはどうにかして断ろうと苦心している最中なのだが。自分から興味があると言い出した以上強くは出れず困っている最中なのだが。ミサキが最初から足4の字固めと正式名称で言っていればこんな事にはならなかった筈なのに。可哀想。


「はいはい! じゃあわたしで試してくださいセンパイ!」


 そんなリオネーラを可哀想に思った訳では決してないエミュリトスからの援護のつもりなど微塵もない援護が飛ぶ。しかしこれで結果的にリオネーラはミサキの足4の字固めを喰らう必要はなくなった。……と思いきや、


「……エミュリトスさんは小さいからちょっと……技もかけにくそうだし何より罪悪感が」

「がーん」


 ドワーフという種族は小柄である。男性なら基本的に筋肉ムキムキマッチョになるので小柄ではあっても幼くは見えないのだが女性は別。見た目は普通に小学生とかそのくらいにしか見えず(それでもかなりの腕力はあるのがこの世界の不思議だが)、中学生のミサキとはそれなりのサイズ差がある。流石のミサキもこのくらいサイズ差のある女の子に対してノリノリで技をかけて実験できる性格ではなかった。


「……それに、私達とは身体のつくりからして違う可能性がある。技の効き目も違うかもしれない。そう考えると怖くて試そうという気には到底ならない」

「むー……気を遣ってくれるのは嬉しいですけど、センパイの知識の糧になれるならわたしは構わないのに……。っていうかそんなに変わるものですかね?」

「……私は万が一を考えてるだけ。可能性がどの程度かはわからない。……リオネーラ、どう思う?」


「あー、えーっとね……」


 関節技から逃げたいリオネーラとしてはここはミサキの弁を否定し、エミュリトスの味方をするのが『正解』だ、言うまでもなく。

 だが、それでも聞かれた事には正直に答えるのがリオネーラという『正しい』少女であった。たとえその後で自分に火の粉が降りかかるかもしれなくても。


「そうね、前も言ったけどドワーフの筋肉は密度が高いから関節の辺りの仕組みもあたし達と違うかもしれないとはあたしも思うわ。どのくらいの可能性でどのくらい違うのかとかは聞かれても困るけど、ミサキの判断は間違ってないと思う。他には獣人とかオークとかゴブリンとかもその可能性があるかもね」


 この世界の人体の構造の研究は少なくとも現代ほどは進んでいない。種族によってまるで変わってくる上、そこまで研究せずとも基本的な部分の把握だけで回復魔法は誰にでも等しく充分に効果を発揮してくれるからだ。ズルい話である。

 一応、薬草やポーションが存在し、万能薬の精製を目標とする人が居るなど医学が発展していない訳ではないのだが……人の身体を知り尽くさないと治せないような外傷はほとんど魔法が治してくれるのだ、この分野に関しては研究がなかなか進まないのもやむなしと言えた。


「むー、そういうことなら仕方ないですかねぇ……」

「……うん、仕方ない」

「じゃあやっぱりリオネーラさんに受けてもらうしかないですね!」


(やっぱりそうなるかー!)


 先程までは()()()()エミュリトスがリオネーラを庇った形になっていたが、エミュリトス本人にそのつもりは毛頭なかったのでそりゃやっぱりこうなる。彼女はリオネーラの事も大事に思ってはいるが最優先はミサキなのだから。


「待ってミサキ、冷静に考えて欲しいの!」


 しかしその流れはリオネーラにも予想出来ていた。なので彼女は最後の足掻きを試みる。


「……何を?」

「あなたが要求した格好よ。「脚を伸ばして横になって」って要するに隙だらけのダウン状態ってコトでしょ? そんな格好……」

「………」


「そんな格好……に先生を持ち込んだ時点でもう勝ってると思うわ。ダウン取れた時点で実力は上だと思うし。逆に実力が足りない状態でダウン取って技をかけようと言うのならどうやってダウン取るかって所からまず考えないといけなくなるし」

「…………確かに」


 最後の足掻き――正論ラッシュによる畳み掛けを。

 これがまた誠実なミサキにはそこそこ刺さるやり方であり、結果としてリオネーラは脚4の字固めを上手く回避する事に成功。その後は立ち状態からの関節技を少し練習し、他の搦め手の思案に時間を使わせたのだった。


 ……まぁ、正直に恥ずかしいと言えなかった事で後に多少自己嫌悪に陥ったりもするのだが。良い子なので。



痔になりました。つらい

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