その2:鉄、金属、錬鉄、鋼鉄
◇
――また他のある日、ボッツの授業中のこと。
もっと詳細に言えば、ボッツの『近接格闘の授業中』に……
「――アイアンメタルナックル!!」
「ぶふぁっ」
……やたら鉄っぽさを強調したボッツの鉄拳がミサキの顔面に決まり、彼女が派手に吹っ飛んだ時のこと。
「ぎゃーセンパーイ! 大丈夫ですかー!?!?」
「そう騒ぐな、ちゃんと加減はしてある。……つーか、俺の想定以上に通じてねぇよ」
派手に吹っ飛んだミサキを心配してエミュリトスは駆け寄ったが、ボッツの言った通りミサキに大したダメージはなかった。回復魔法を使う必要すらない程度だ。
ミサキが吹っ飛んだのはあくまで衝撃を減らす為。エミュリトスは丁度見ていなかったタイミングなので知らなかったが、初心者ダンジョンのゴーレム戦でも彼女は同じ事をやっていたりする。
「ま、悪い選択ではないな。だが状況は選べよ、追撃を受ける可能性はあるからな」
「……はい」
タイマンなら悪くない手。しかし複数相手だったり機動力に優れる相手だと吹っ飛んでいるその時間さえ隙になりかねないから気をつけろ、という事。ミサキはそう正しく理解し、頷いた。
……で、そもそもなんでこんなことになっているのかだが、これは単にこの日のボッツの授業のテーマが近接格闘であり、ミサキがそれに興味津々だったところをボッツに目をつけられてスパーリングの相手として採用されたからである。
ミサキが興味津々だったのは空手や柔道を知る元現代人だったから。近接格闘と聞いてそれらに近いかな、と少しだけ前のめりになっていたのだ。あともう一つ密かな打算があったりもするのだがそちらは後で語るとして、ともかくそんな彼女はボッツに呼ばれてスパーリングの相手になる事にさほど抵抗はなかった。誰よりも近くで、身を以て知る事ができるのだから。
「さァて、わかった奴もいると思うが、こういう風に近接格闘――というか拳で戦う利点は多々ある。顔面のような急所を素早く正確に狙え、威力の加減もしやすく、殴った瞬間の手応えでどれだけ効いたかが直感的に理解できる。武器を持っていてはこうはいかない。ま、リーチという致命的な欠点を抱えているがな」
つらつらと語るボッツ。人格的にはアレだが例を見せてから語り聞かせる授業は意外とわかりやすいと評判だ。人格的にはアレだが、意外と。
(……でも空手や柔道とは少し違ったな)
そんな意外とわかりやすい授業を聞き、ミサキはそういった感想を抱いていた。これは言わば現代武道と古武道の違い。心を鍛える面も持つ現代武道に対し、生きる為に戦いに特化したのが古武道であり、この世界の戦闘術は考え方としては当然古武道と同じものなのである。
もっとも、考え方は同じでも異世界には異世界らしい特徴もあり。
「……さっきのはボッツ先生の必殺技ですか?」
「あ? アイアンメタルナックルのことか?」
「……はい」
意味が被りそうで被らないような被ってると言ってもいいようなやっぱり正確には被ってないようなツッコミに困る名前のそれ。それはやはりこういう世界によくある『必殺技』だろう。技名を叫びながら攻撃するのはいかにも異世界らしい。
「大技ではないが、そうだな、俺流の俺オリジナルの必殺技だ。お前らもどんどんオリジナル必殺技を作るといい。必殺技があると気分が違うからな。まァ、言うまでもなく相応の威力は求められるが」
「……威力以外は求められてないのですか?」
「細けぇ奴だな……定義としては相手をブッ倒せる技ならなんでも構わねぇよ。だが地味なヤツは嫌われるな。効果が出るまでに時間が掛かるようなのとかは特にな」
「……嫌われる、ですか」
「ああ。戦闘というものは基本的に多数対多数。使った事がわかりにくい、効いてるかがわかりにくい、倒したかがわかりにくい……そんな地味な技は共に闘う味方からしても迷惑な訳だ。そして多数対多数の戦闘ではいかに早く数を減らすかが重要、時間が掛かるようなやつだとより一層嫌われるってこった」
少人数の戦いではなく多数対多数を意識しているのも古武道寄り――と言えなくもないがそれ以上に異世界らしさと言える。人同士の争いだけではなく魔物や野生動物との戦いが常に隣にある異世界らしさと。
そんな世界で派手さ・わかりやすさが大事というのはなかなか説得力がある。技名を叫ぶのもその一環なのだろう。逆に言えばミサキが今回興味を持った理由のひとつである空手や柔道みたいな現代武道文化は発展に時間がかかりそうでもあるのだが。
まぁそれはそれで仕方ない。そうだったところで授業の重要度が変わる訳でもないし、ミサキにはまだもうひとつの打算もある。
「あー、ともかくだ、拳だけで戦うならいかに相手の懐に潜り込むかが重要になる。必殺技をブチ込む為にもな。よって敵の攻撃をかいくぐりつつ前に出る回避・防御術も必要になってくる訳だ」
(……!)
ボッツの言葉に今まで以上に意識を向けるミサキ。そう、彼女はこのあたりの技術を学びたいと思っているのだ。
スキル『受け流し』を持つ彼女は極めた防御術がいかに強力無比かを知っている。あのスキルはリオネーラの攻撃も、マルレラのブレス(恐らく手加減無しのやつ)さえをも受け流してみせたのだから。
まぁスキルは女神の加護なので強力無比なのは当然とも言えるが、もし人の手で同じ事が出来ればそれはかなりの強みになる。防御力の高さが目立つ珍しいパラメータを持つミサキは、その特徴を活かす為にスキル『受け流し』の再現をひとまずの目標にしようと考えたのだった。無論、授業内容は全て完璧に学習し、学生の本分は果たした上で。
(スキルほど不自然な挙動をせず、しかし効果は同等……そんな技が手に入れば完璧)
スキルは見せびらかすべきではないという前提の中で、それでも防御術に価値を見出してしまったミサキの目指す所がそこになるのは必然と言える。ちなみに親友二人にも相談済みである。
そして、そのために必要となるのは防御の知識とテクニック。それらに最も長けていると思われるのは……今日の授業のテーマである『近接格闘』を得意とする者達だろう、という訳だ。そういう打算があった。
なので――
「……教えてください。よろしくお願いします」
「ほう? 随分とやる気だな」
なので、こんな感じに前のめりな姿勢にもなろうというもの。
「……いや待て、これは本当にやる気なのか? 相変わらず表情からはわからんが、言葉を聞く限りではやる気だよな、やる気でいいんだよな?」
……残念ながらイマイチ確証が持たれない程度にしか伝わっていなかったが。
「……やる気です」
「そうか、なら丁度いい、引き続きお前で実演だ。ボコボコにしてやるからしっかり学べ」
「……はい」
その宣言はどうなんだ、と思わなくもないが防御のレッスンなら教える側のする事はボコる事と言えなくもない。ミサキは大人しく頷いた。
そしてその後、なんやかんやで――
「――ロートアイアンスチールナックル!」
「ぶふぉっ」
「センパーーーイ!?」
ミスる度に顔面にパンチを喰らって吹っ飛びつつも、なんやかんやでしっかり防御術は身に付けた。
受け流しの再現まではまだ遠いが、それなりにレベルは上がったという。
気の滅入る毎日ですね
皆さんもどうかお気をつけて




