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終わってみれば布石ばかりの章


 店員達のちょっとした疑問に対し、一人は目を逸らし、一人は曖昧に笑うだけ。その態度こそが答えであり、無理して掘り下げて人の悪評など聞いても別に楽しくはない。マルレラはともかくエリーシャの方はそう割り切れる程度には大人だった。


「……まぁいいわ。それよりリンデちゃん、鉄製の装備にこだわらなくても他の防具をつけるという手もあるわよ? 店長さんには悪いけれど」

「気にするでない、合わぬ防具を無理して付けられて怪我でもしたら却って気分が悪いわ」


「……ふぇ? ほんとー? じゃあ聞くけどー、他の防具ってー?」

「例えば革で作るレザーアーマーとか。いろんな素材から作れるスケイルメイルとかが有名かしら。防具屋さんに行けばいろいろ売ってるわよ?」


 鍛冶屋が武器防具問わず鉄製商品を扱うのに対し、防具屋・武器屋はあらゆる素材のそれを扱う。ただし工房は併設されていないので加工やオーダーメイドは不可能。しっかり住み分けはされている。無論、鍛冶屋が武器防具屋に商品を卸す事もなくはない……が、これはマルレラのような弱小店主には無縁な話だ。

 ともあれ、人間族の防具文化が思ったより幅広かった事にリンデは機嫌を直したようだった。


「ふーん、面白そー! 見に行きたーい! 今度案内してー!」

「ええ、いいわよ。もちろんここの仕事のない時になっちゃうけど。……大丈夫よね? 店長さん」


「流石に休み無しで働かせたりはせんわ。前もって言ってくれれば調整しよう」


「だそうよ。じゃあ次の週末でいいかしら?」

「うん! ありがとー!」


 勢いのままに案内まで取り付けたが、これは非常に良い判断である。ミサキ達三人が街にてんで詳しくなかったのと同様、リンデもこの街には詳しくない。一方のエリーシャは元ハンターなので色々な店を知っている。案内役としては適任すぎた。


「……私もお金が貯まったらお願いしたい。オススメのお店とか聞きたい」


 適任すぎたのでミサキも乗っかった。

 その気になればリオネーラ(保護者)でもこの街の店舗など調べ尽くせるだろうが、実際に利用した人からの声はやっぱり貴重なので。


「あら、勿論いいわよ。予定が決まったら教えてね、店長さんと相談してみるから」

「……ありがとう。お礼はするから」

「ふふ、このくらいの事にお礼なんていらないのに。でもそうね、それなら……当分は『これ』がお礼って事にしておけばいいんじゃないかしら?」


 ミサキの律儀さに微笑みつつ、手元の『それ』をヒラヒラさせる。言うまでもなくマニュアルだ。エリーシャ達の役に立てば、と作ったそれのお礼だと言われれば流石にミサキも反論できず、「……わかった」と頷くしかなかった。


「む、そういうことなら儂も礼をせねばな。金にするか物にするか……ミサキ、どちらが良い?」

「……マルレラ店長からは充分すぎるお給料を貰ってる。これ以上は貰えない」


(あら欲の無いこと。貰えるものは貰っておけばいいのに)


 ついつい遠慮してしまうミサキを見てエリーシャはそんな事を思う。彼女に限らずシビアな世界で生きてきた者達は同じ感想を抱くだろう。もっとも――


(律儀で無欲で誠実。人柄としてはすごく信頼できるわね。あんな見た目でありながらフェアリーが懐くのもわかるわ)


 もっとも、それでミサキを見損なったりとかそんな事は当然無いのだが。


「相変わらず欲が無いのう。しかしじゃ、エリーシャからの礼は受け取ろうというのに雇い主である儂からの礼は受け取ってくれないとなると儂は悲しいぞ?」

「そういう訳じゃない……けど、そうか、そう取られる事もあるのか」

「まぁ今のは冗談じゃが、何か受け取ってもらえると儂としては嬉しいのぅ」


 場合によっては拒みすぎるのも失礼にあたる。前世でもそう聞いた事はありつつもコミュ力の無さから身にはつかなかったミサキだが、そういう勉強もしていかないといけないな、と考え直した。

 となると次は何を貰うか、という事になるのだが……やはりお金は気が引ける。ただでさえ多めに貰っている身なのだから。ならば物だろう。可能なら武器がいい。日常使いできるナイフはあるがそれとは別にメインの武器が欲しい。思い入れがあり使いやすく、皆からのイメージとも一致する剣ならベストか。


(でも……)


 ミサキの脳裏に、壊してしまったらどうしよう、という考えがよぎる。初心者ダンジョンで剣を折ってしまったのは記憶に新しく、そのせいで真っ先にそんな事を考えてしまったのだ。

 貰い物を壊してしまうというのは流石に申し訳なさが過ぎる。だが、だからといって壊れないような剣をという訳にもいかない。そんな剣は高級品だろうから。結局、壊しても問題ないような安物がいい、と前もって伝えるのがお互いのためにもベストだろうと結論を出した。

 そして――



「……わかった。それなら……折ってもいい剣を貰えると嬉しい」


「…………折りたいのか?」



 ――そして言い方のせいで誤解された。


「何か嫌な事でもあったのか……? 確かにそんな時は何かにぶつけたくなるものじゃが、自分の作った武器がそんな使い方をされるとなると気がひけるのぅ……。いや、ミサキの頼みを拒むつもりはないのじゃが……」

「ごめん間違えた。折っても問題ない安い剣が欲しい」

「あまり変わっとらん気がするが」

「……あれ? じゃあ……私が折ってもマルレラ店長の心が痛まない剣が」

「じゃから同じじゃろ?」

「…………あれ??」


「やれやれ……あのね、ちょっといい? マルレラ、ミサキが言いたいのはね――」


 アホなやり取りを見兼ねたリオネーラが割って入って説明を開始する。初心者ダンジョンで同行者として一部始終を見届けていた上にコミュ力にも長ける彼女はミサキの言いたい事を正確に把握しており、結果、実にあっさりと誤解を解き話をまとめてしまった。

 だが、そんな優秀な彼女をもってしても――


(ど、どうやらちょっと抜けた所もあるみたいね?)


 ――そんなリオネーラでも、せっかくエリーシャの中で右肩上がりだったミサキの株がほんの少しだけ下落するのを防ぐ事は出来なかったようだが。まぁこれはミサキの自爆なので仕方ない。言葉足らずで自爆する方が悪いのだ。

 それにそもそも、株が下がったとはいうが別に失望された訳でもないし。


「ねぇ、ミサキさんは剣士なのかしら?」


 リオネーラの取り成しにより銅製カッパーの剣をマルレラから譲ってもらった直後のミサキにエリーシャは問いかける。


「……うん。今のところは一番使い慣れてる」

「良かった、それならいつか一緒に冒険しましょう? 後衛として役に立ってみせるわ」

「……嬉しいお誘いだけど、引退したんじゃ?」

「それでも私は魔導師だもの、魔法の研究、もしくは試し撃ちの為に外に出る事はあるわ。ついでに鍛冶に使う鉱石を取りに行ってもいいし。その時にお手伝いをミサキさん達に依頼するのも良いかもしれないわね」


 最初は声に惹かれただけだった。だが次に異様な外見を目にし、しかしそれとは正反対の実直な人柄も目にした。ついでにちょっと間抜けなところも目の当たりにして――そして今、こうやって誘いの声をかける程度にはミサキの存在は『対等な友達』としてエリーシャの中で定着していたのだ。


「……そういうことなら、喜んで」

「ええ、いつになるかはわからないけどよろしくね、楽しみにしてるわ」


 握手を交わす二人。その関係は出会ってから約一週間、身の上を明かしてから僅か数日に過ぎないが、それでもそこには確かに友情と信頼があった。いい光景である。


「ふふ、戦場に響くミサキさんの声もさぞ美しいのだろうと思うと……今から本当に楽しみだわ」


 声フェチ感もあった。台無しである。



「ふん!センパイと一緒に冒険するのはわたし達の方が先ですからね! 明日からの難しくなった学院クエスト――言わば上位学院クエストでわたし達は今以上に仲良くなってきますからね! ですよねリオネーラさん!?」

「勝手に張り合っておきながら急にあたしに振らないでよ……。でもまぁ、難しい学院クエスト――上位学院クエストは正直、楽しみね。いいとこ見せてあげようじゃない」


 一方で親友二人もそれぞれの理由でテンションを上げていた。

 ミサキの初心者ダンジョンでの活躍を見て、親友二人が共に冒険したいという思いを抱いてからかれこれ二週間近くが経っている。真剣に働いている間はその気持ちが多少紛れたとはいえ根っこの部分は未だ揺るがず、エミュリトスが張り合いに行ったのもリオネーラがやる気を出しているのも二人の性格を思えば何らおかしくはない。


「……難しくなるという事は責任も重くなるということ。私は少し緊張する」


 逆にミサキは(相変わらず顔には出ていないが)深刻に考えすぎている。無論、物事を真面目に受け止めるのは悪い事ではないのだが――


「だいじょーぶですよセンパイ、あまり一人で気負わないでもわたし達がついてますから! というかリオネーラさんがいますから!」

「さっきからあたしに雑に振りすぎじゃない?」


「……それもそうか。ありがとう、エミュリトスさん。リオネーラ、頼りにしてる」

「っ、ま、まぁ頼りにされるのは悪い気はしないけどね! どんなクエストでも任せときなさい!」


 そう、エミュリトスの言う通り、こうして頼れる仲間がいるのだから今の時点で考えすぎる必要は何処にもないのだ。その事を理解し、ミサキは勝手に一人で背負いこんでいた己を恥じた。直球で頼りにされたリオネーラもついでにちょっと恥じらっていた。


「なんかこの三人の力関係が見えてきた気がするのぅ」


「ところでリンデちゃんはクエストに行ったりするの? 私がハンターやってた頃は戦うフェアリーは見かけなかったのだけれど」

「んー、嫌ではないけど不安は残るからアタシは戦うクエストにはまだ行かないかなー。友達のフェアリーも魔法の特訓の最中だしー、もうちょっと強くなったりいい装備が手に入ったりしてからかなー」


 しみじみ呟くマルレラの横でエリーシャとリンデはそんな話をしている。リンデは別にハンター志望ではないので上位クエストにあまり積極的ではない。今のところは、だが。

 逆に言えば上位のクエストに積極的なのは(ミサキのような貧乏人を除けば)ハンター志望の生徒達という事になる。例えば――


「そういえばミサキ、気づいてるかもしれないけどユーギルが上位学院クエストに積極的な姿勢を見せてるわ。あたし達と奪い合いになるかもしれない」


 例えばユーギル。リオネーラをライバル視しており、強くなる為にハンターになろうとしている男。教頭から協調性を磨けばハンターになる許可を出すと言われた彼は当然クエストに積極的だ。


「……クエストが早い者勝ちなのはハンターズギルドでも一緒だろうし。予行練習と思おう」

「……そうね、そう考えとこうか」


「でもあの人、戦うクエスト以外受けなさそうですけどね」


「「………」」


 バッサリである。

 一応、教頭の言いたい事を正確に理解していればそれ以外のクエストも受ける筈ではあるのだが……彼のことだ、ハッキリ言われるまで自分を曲げない可能性もあり、そこは何とも言えない。

 何とも言えないので、二人は静かに視線を逸らした。





「――あー、それで、ミサキ達が手伝ってくれるのは今日までという事じゃな?」


 閉店の時間を迎え、片付けをしつつマルレラが問う。


「……うん。勝手な都合でごめん」

「よせ、お主の都合を知りつつ無理矢理頼み込んだのはこちら側じゃ。今まで助かった、感謝しとる。……まぁ、もし今後も暇で働きたい時があればいつでも来てくれて構わんぞ」

「……ありがとう。そうならないとも言い切れないからその時は頼らせて。それでなくともお客としては何度も来ると思うから、よろしく」

「ま、金を落としてくれる客も歓迎じゃしな。今後ともよろしくの」


「リンデちゃんもたまには遊びに来てね。魔法の特訓をしてるお友達と一緒でもいいわよ、私が何か手伝えるかもしれないし」

「うーん、一応アドバイスをしてくれる人はいるんだけど、エリーシャの方が人格的に頼りになりそうな気もする……ま、本人に聞いてみるよー」


 と、そんな風に別れの会話を繰り広げた(ついでに遠回しにサーナスもディスった)後、ミサキ達は店を出る。

 別に今生の別れという訳ではないのでそこに悲壮感はまるでない。だがそれでもこれは一つの区切りだ、真面目にやるべきだろう――そう考えた全ての元凶、貧乏王ミサキは静かに頭を下げた。


「……じゃあ、今までお世話になりました」

「うむ、またの」


 まぁ、マルレラの好意によってそこそこのお金は稼げたので貧乏王の称号はそろそろ返上してもいいような気もするが。

 ともあれ、こうして今後に繋がりそうな情報をやたらめったらバラまきまくった鍛冶屋での数日間は終わりを告げたのであった。



とりあえずここでこの章は一段落です(書き溜め尽きた)

小話を2話くらい挟んで次章になると思います、書き溜めてきますので少々お待ちください……

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! ミサキさんは本当に良い娘です、抜ける所が有るけどw リオネーラさんはもうしっかりの保護者です!
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