コミュ力ポンコツvs思い込みガール
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ミサキが教室に着いた時、何故かボッツの姿は無かった。だが事情説明は終わっていたらしく、席に着くや否や前の席の女の子が恐る恐る振り向き、話しかけてくる。
前の席、すなわち昨日は空席だった席。つまりそこに居るのは昨日は見かけなかった子――今朝、校門の所で初めて出会った(そしてめっちゃ逃げられた)女の子、だ。
「……あ、あの、お、同じ生徒さんだったんですね……」
「……うん」
「ご、ごめんなさい、わたし、勘違いしてしまって……」
「……大丈夫、気にしてないから」
「そ、そうですか……?」
相手に先に謝られ、気にするなと伝え……そんな会話の流れにデジャヴを感じる。
(リオネーラの時はこの流れで私が変な事を言って勘違いされた……なら、私は黙っておくべきだろう、きっと)
勉強好きなミサキはちゃんと過去の過ちから学習するのである。学習の結果に自信を持ち、堂々と沈黙を貫く。
「………」
「…………」
「……………」
「……あ、あの、ホントは怒ってませんか…?」
「………………」
「お、怒ってますよね? ごめんなさい、本当に……ヒイッ!」
(一瞬目が合っただけなのにすごく怯えられた……)
まぁ世の中、学習した事が常に正しいとも限らなかったりもする。思い込みに流されがちな独学だと特に危うい。最もこの場合、沈黙が正解と思い込んでしまった事よりも相手の言葉をここまでガン無視できるコミュ力の無さの方が問題なのだが。
ついでに言うと、せめて相手に怯えられているという前提だけでもミサキが計算に含めていれば状況は変わったはずである。それなら返事をしないなんて選択はしなかったはずだから。
(……もしかしたら返事するべきだったのかもしれない)
気づくのが遅い。
「……その」
「は、はいッ! ごめんなさいぃ!」
「……謝らないで、怒ってないから」
「怒ってる人はみんなそう言うんですぅ!」
「そんな事はないと思うけど……」
「あっ、そ、そうだ、これを差し上げますのでどうか、どうかお許しを!!」
聞く耳持たず一人で盛り上がった女の子が差し出したのは、何やら不思議な紋様の刻まれたペンダント。
「どうかこれで勘弁してください……」
「……これは何?」
受け取るつもりは全く無いが、その複雑な紋様の意味とペンダントとしての出来の良さに純粋に興味があるので尋ねてみる。
「わたしの村に伝わる毒避けの紋様が刻まれたペンダントです。純銀で出来ているからか他にも幾つかの状態異常を防げるとか……今のわたしの持ち物の中で一番価値があるので、どうかこれで……」
「純銀って……そんな高価そうな物、受け取れない」
「そ、そんなぁ! じゃあどうすれば許してもらえるんですか! 何を差し出せば!」
「……だから、そもそも怒ってない。よって私は何も受け取らないし、貴女も何も差し出さなくていい」
「あんな扱いをされて怒らない人なんていませんよぅ! 大体、怒っていない人はそんな顔しませんもん!」
(……どうしよう、急に面倒臭くなってきた)
自分の行いを悔いての行動ではあるので悪い子では無いのだろうが、なんというかとにかく思い込みが激しい上に頑固な子のようだ。
誤解なら解けばいいが、思い込みを正すのは難しい。その上、自分では自然にしているつもりの表情にまで文句をつけられてミサキのやる気は一気に谷底まで下落してストップ安だった。
(とはいえ、返事をしなかった私が悪いんだし何とかしないと……怒っていないとわかってもらう為に、どうにか会話を続けないと……)
コミュ力の低い彼女が会話を続ける為に思いつく方法などそう多くない。先ほどの話を無理矢理引っ張り話を膨らませるか、切り替えて世間話でもするか、くらいだ。
彼女としては後者を選びたかった。その方が怒ってないとわかってもらえそうだったから。しかし残念ながら世間話が出来るほどこの世界に詳しくなかったので、脳内会議の結果前者を採用した。
「……ねぇ。これ、価値があると言っていたけどどのくらい?」
「は、はイっ!?」
声が裏返るほどのひどい怯えっぷりである。が、ミサキはそこには触れずもう一度問う。
「……このペンダント、幾らで買ったの?」
「あ、えっと、その、実は買ったものではないんです……素材の純銀自体は買いましたけど、ドワーフの村の中での価格なので人間の普通の市場でどれくらいになるかは……」
「……? というと、ドワーフの村で素材を買って……そこから先の加工は?」
「わ、わたしが自分でしました……わたしもドワーフなので……このくらいは出来るんです……」
「………」
「す、すみません! 自分で作った物を価値があるだなんて言って! で、でも銀の質はいいのでわたしの持ち物の中で一番価値があるのは本当なんですっ!」
「……すごい……」
一瞬言葉を失うくらい、ミサキは驚いていた。目の前の一見幼い女の子がドワーフという種族であった事にも驚いたが、それ以上にこのペンダントを作り上げた事に本当に驚いていた。
その驚きっぷりは流石に大なり小なり顔に出ていたらしく、ドワーフの女の子もポカンとしている。
「こんな複雑で細かい紋様を小さなペンダントにこんなに綺麗に刻めるものなんだ……本当に凄い」
「そ、そうですかね……」
「うん。良ければ今度、やり方を教えて欲しい。出来る気は全くしないけど知識として知っておきたい」
「え、ええっ!? お、教え、ですか?」
「良ければ、だから。門外不出の技術とかなら無理強いなんて出来ないし」
「そ、そういうわけじゃないですけど、でもわたしに教えられるかどうか……」
「出来る範囲で大丈夫。無理を言ってるのはこっちだから」
「そ、そうですか……じ、じゃあ今度、加工できる材料が見つかった時にでも……」
「うん。その時はよろしくお願いします」
「は、は、はい……」
「………」
「………」
「――は、はーい、みなさーん、授業始めますよー」
会話が途切れ、微妙な沈黙が流れたそのタイミングでちょうど教師が入室してくる。ボッツではない、気弱そうな女性教師だ。
そろそろ沈黙に焦り始める所だった二人は内心胸を撫で下ろす。
(……なんとか会話は続けられたように思えるけど……これで良かったのかどうか。もっと考えて喋るべきだったかな……)
会話とは言うがどう見ても終盤は知識欲に流されていた。ミサキが悔やむのも当然である。だが実の所は――
(……こ、この人、思ったよりも見た目よりも雰囲気よりもいい人なのかも…?)
実の所は運良く結果オーライでなかなか好感触だったりもする。