170話を越えてようやく文字について明らかになる作品があるらしい
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――ミサキは一応年齢的にはまだまだ子供なので、徹夜というものに地味な憧れを持っていたりする。身体に悪そうなのはわかっているが、それでも徹夜して何かを成し遂げるのがカッコよく見えるのだ。
とはいえ、学生の本分は学校での勉強だとわかってもいるので平日夜に無茶はしない。そもそも徹夜などルームメイトが許してくれないだろうし、仮に許してくれてもルームメイトの迷惑になりそうなのでやらないだろう。
つまり、なるべく急いでマニュアルを作らなくてはいけないとはいえ、それでも徹夜までは(したいけど)しない、という事だ。そんなペースなので流石に翌日に完成とはならなかった、が、そうなるであろう事は前もってマルレラにも告げてある。
「あぁ構わぬぞ、儂からは急かしはせん、無理のない範囲でお主なりに急いでくれればそれでよい。儂には全くわからぬ文化じゃからのぉ……手伝いしか出来ぬ身で偉そうな事は言えぬよ」
「……ありがとう。ところで早速だけど、店主として店員にやって欲しい事、やってはいけない事、気をつける事を教えて欲しい」
「本当に早速じゃな。ふむ、そうじゃのぅ――」
肝心のマニュアルの作り方については、こんな感じでマルレラから話を聞いてまず原型を作り、マニュアルを知るミサキが手を加えた後に店を訪れた事のある他三人それぞれの視点から補足や要望を募り、一番魔導書を読んでいて字も上手いリオネーラが推敲し、清書。最後に絵の上手いエミュリトスがイラストを添えて仕上げる、という寸法になった。
そして、完成したマニュアルを最初に読む事になったのはリンデだ。これはあくまで本人が「事情を知る人の中で一番外野に近いから」と名乗り出たからである。……決して『アホな妖精が読んで理解できるようなら大丈夫だろう』という打算がミサキ達にあった訳ではない。彼女達は仲良しなので。
あと、これまた今更すぎる話になるのだが、この世界の文字は元・現代日本人であるミサキが読み書きに不自由しないものとなっている。すなわち漢字、仮名、そしてアルファベットが主に使われているのだ。無論、それぞれの呼称は違っているが。
大昔は人間やエルフ、獣人などの種族毎に各々の文字・言語を使っていたとのこと。しかしやはりそれでは何かと不便だったらしく、長い歴史の中での交流を経てこうなったらしい。女神の介入があったのではないかとミサキは睨んでいるが、それでも読み書きに不便がないのは良い事である。追求するつもりは無かった。
ともあれ、そんなアレコレを経てマニュアルは三日後に完成した……否、完成する事になるのだが、その間ももちろんミサキ達はバイトしている。そして、
「――それでねー、アタシがボスの弱点をバーン!って攻撃して勝ったってわけー」
「あら、すごいじゃない。リンデちゃんは魔法が得意なのね」
「でもその後のドロップアイテムがねー……こんなやつで……」
「これは……ヘルムのパーツかしら? ま、初心者ダンジョンだもの、アイテムに期待しちゃ駄目よ、あそこは」
そしてそれについてきてエリーシャとのトークを楽しむリンデもそこにはいた。主にミサキの肩を定位置にして。お客さんからふざけてるように見られないだろうか、とミサキは最初不安がっていたのだが……
「――おい、あのいつも顔を隠してる店員、肩にフェアリー乗せてるぞ」
「ああ……あんなに懐かれるなんて、きっと中身は心清らかな女の子なんだろうな」
「いい店だな、ここは……」
「………」
と、なんか好意的に受け止められていたので気にしない事にした。っていうかむしろマルレラから「いいぞもっとやれ」と推奨され始めてしまった。
「フェアリーにも集客効果アリ、か。店員に欲しくなってくるのぅ……。まぁ、あんな体格の娘に武具を取り扱わせるわけにはいかんが」
「……何人かにはリオネーラが声を掛けてくれたけど、それを理由に断られたと聞いた」
「じゃろうな。接客がメインとはいえ武器防具に触れる可能性はゼロではないからの。……ん、そういえば、「触れる」で思い出したがフェアリーは武具に触れる事で『エンチャント』が出来ると聞いた事があるな」
エンチャント。かなり有名なその技術には実は二つの種類がある。比較的最近、ミサキがナイフを作る際にマルレラが確認の為に念を押していたのが一つ目、鍛冶屋で行うエンチャント。二つ目は以前サーナスをみんなでフルボッコにしてあげた時にレンがリンデに「やれ!」と強引に迫っていた、妖精族特有のエンチャント魔法だ。
この二つは同じ呼び名でこそあるものの何かといろいろな所が違っていたりする。『属性を付与する』という本質はさすがに同じだが、鍛冶屋で行うエンチャントは素材を使って行う言わば物理的なエンチャントであり効果も永続。対する妖精のエンチャントはあくまで魔法であり効果時間が限られている、といった風に。
それと他にも――
「んー? エンチャントの話ー? アタシまだ出来ないよー、習ってないもーん」
「ほう、あれは習うものなのか。誰にじゃ?」
「さあ? なんかねー、その時が来たらわかる、としか教えてもらってなくてー。みんなそう言われてるらしくて、謎だよねー」
「そ、そうか……それは謎じゃな……」
他にも、明確に技術として確立されている鍛冶師のエンチャントと比べると妖精族のエンチャント魔法は何かと謎に包まれている、というのがある。「習う」と言ってはいるが、出来る子に聞いてみると「ある日突然やり方は理解した、けど詳しい仕組みはわからない」としか言わないらしいのだ。
なお、その『やり方』について話を聞き出そうとしても「ぶわぁ~っと力を込めてふわぁ~っと出す」みたいなミスター的な感覚の説明ばかりで全くアテにならないとのこと。所詮は妖精である。
(というか「謎だよね」の一言だけで済ませるのか……気にならぬのか、いずれ自分にも訪れる事じゃろうに。呑気な種族じゃのぅ……)
「……「その時が来たらわかる」という言葉は、『いずれ教えてもらえる』という意味ではなくて『何らかの条件で勝手に身につく』とか『唐突に思い出す』という意味なんじゃないか――とする説が最近は有力、と私は学院で習った」
「ほう、なるほどな。頭の中には無くとも本能に刻み込まれておる、ということか」
「……植物が時が来たら自然と花を咲かせたり果実を作ったりするのと同じ、という考え方らしい」
他種族の文化にやはりまだまだ疎いマルレラに、学校での授業と読書で身につけた知識を披露するミサキ。まだまだリオネーラには及ばないが、ミサキも少しは成長しているという事がわかる一コマだ。
だが、座学だけで完璧な知識が手に入るとは言い切れないのが世の常。実際に目の当たりにしてみないとわからない事も多く、意外なところがすっぽ抜けていたりもする。
「ふむ。しかし一度見てみたいものじゃなぁ、フェアリーのエンチャント。鱗粉がキラキラと舞い漂って美しい光景じゃと聞くからの」
「……え、鱗粉?」
「ん? うむ、鱗粉」
それを聞いたミサキは、チラリ、と自分の肩に座る妖精を見て。
「………」
……そのまま更に首をひねり、自分の肩や背中に鱗粉が落ちてないか確認するのだった。
一応、鱗翅目の昆虫が常日頃から鱗粉をばら撒いている訳ではない事は彼女も知識として知ってはいるのだが、それでもついつい確認してしまうのはまぁ心理的に仕方ないのではなかろうか。
とはいえ当然、その行動はリンデにバレるが。
「あー! ミサキさん今鱗粉ついてないか確認したでしょー!」
「した。ごめん」
「うわー素直な即答ー!」
結局鱗粉はついてないっぽかったので失礼な疑惑、冤罪だったと言え、こういう時ミサキという少女は自分の非を全面的に認めて即座に謝ってしまう。潔すぎるその姿勢は怒る側としてはちょっと責めにくい。そもそも本気で気分を害した訳ではなく『ちょっと怒ったフリをしようとしていた』だけの身には尚更。
「ま、まー別にいいんだけどー。アタシ達の鱗粉は基本的には自分の意思で飛ばそうとしない限り飛ばないから気にしないでー。鱗粉には魔力がこもってるらしいから飛ばすのも勿体ないしねー」
「……なるほど、わかった」
その鱗粉の魔力をどうにかこうにかして使うのが妖精族のエンチャントなのだろう、というところまでミサキは把握したのだった。いつか見てみたいな、と思いつつ。
なお、そんなやり取りを眺めていたエリーシャは、
(あんな恐ろしい見た目のミサキさんがあんな小さなフェアリーに頭を下げるなんて、なんとも不思議な光景よね……)
「あのヘルムの店員、本当にフェアリーと仲が良いなぁ」
「微笑ましいもんだぜ……」
(……微笑ましいのは確かだけど、このお客さん達と私では見てる光景がちょっとだけ違うのよね……。ふふっ、ちょっとだけ優越感感じちゃう)
普段の大人びた笑みではなく、少し子供じみた嬉しさから来る心からの笑みを無意識に浮かべ、二人を見守っていた。
……大人らしさとして子供らしさが入り混じる微笑みはそれはそれで客をトキメかせていたりするのだが、流石にこの時ばかりは彼女も気づかなかったという。無意識だったので。
そして、彼女がそんな笑みを浮かべた事自体も地味にかなり久しぶりだったりもしたのだが……やっぱり気づかなかったという。無意識だったので。
ブクマがもうすぐゾロ目です
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