表紙に「たまには読め」って書いてあった説明書の事が今でも頭に残ってる
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そんな感じで合間合間に会話を挟みながら仕事をこなしていったところ、どうやらエリーシャの接客レベルはエミュリトスと同程度っぽいという事がわかった。大人びた雰囲気で人当たり(と男ウケ)はかなり良いが、接客技術自体は未経験者のごく普通のレベル、という事である。
それでも今日に限ればさほど問題はない。リオネーラやミサキが手助けできるから。しかし彼女は都合のいい短期バイトのミサキ達とは違い言わば正社員志望。ミサキ達のいない時間も働かなくてはいけないし、ゆくゆくは仕事内容ももう少し増やすつもりだとマルレラも言っていた。
それを踏まえると今のままでは少しだけ不安が残る。というか、何よりエリーシャ本人が露骨に不安そうにしていた。
「はぁ……ミサキさん達がいなくなったら上手くやれるのかしら。不安だわ。出来れば残ってくれないかしら。チラッチラッ」
「声に出とるぞー」
露骨すぎて逆に演技の疑惑が出てきた。あと効果音を声に出す癖でもあるのだろうか。
「まぁそう気負うでない。わからなければいつでも何度でも儂に聞けばよかろう」
「そう言ってくれるのはありがたいけれど、それに甘えていては店員とは呼べないでしょう? 店長としても、自分がいなくとも一通りの仕事は出来てくれないと雇った意味がないんじゃない?」
「ん……それはそうなのじゃが。その意識は確かに立派じゃが、しかし初日からそう気負う必要もあるまいて。儂も物覚えは悪かったしのう」
「まぁ、ね、私だって大人よ? 失敗が人を育てる事くらいは知っているわ。でも他の人に迷惑をかけたくない気持ちもわかるでしょう? 大人なんだから」
「大人ってめんどくさいんですねぇ」
(ミサキが絡むとめんどくさくなると有名なエミュリトスが言うかー)
完全に他人事のようにボヤくエミュリトスにリオネーラは心の中で静かにツッコんだ。
「一回や二回の失敗なんて失敗に入らないのにねー。ルビアのドジ見てると同じ失敗も十回まではセーフだと思うよー」
「それは流石に店が潰れると思うわ」
リンデの判断基準には流石に声を出してツッコまざるを得なかった。
「っていうかフェアリー達は十回まで許してるの? 優しいわね。まぁ本人は良い子だから責めにくいってのはわかるけど」
「んー、というかー、ある程度どんなドジをするかは予想できる、って妖精王様は言っててー。アタシ達にもある程度の対応の仕方は教えてくれてるからー」
「妖精王様、有能ね……。でも確かにわかりやすいドジしかしてないわね、今のところ」
そう、ルビアは手垢の付きまくったテンプレレベルのドジをするドジっ娘である。テンプレという概念をこの世界の人達が知っている訳ではないが、それでも予想しやすいドジばかりな事にはすぐに気付く。ならば後は予想して備えておけば済む話だ。
初心者ダンジョンに潜った際のミサキだって自分の魔法防御力とルビアの魔法攻撃力を考慮した上で、フレンドリーファイアを喰らう事くらいは覚悟して動いていた。まぁ、ドタマに直撃したのは覚悟していた中でも最悪のパターンではあったが。
ともあれ、予想とそれに対する備えと覚悟が出来ていれば多少は気が楽になる、という話である。そしてそれは現在進行形で不安を覚えている人にも当て嵌まるのではないか。そうミサキは考え、現代人らしい意見をひとつ述べてみる。
「……リオネーラ」
「うん?」
念の為、まず事情を知る親友に小声で。
「……『ここ』にはマニュアルという物はないの?」
「……まにゅある? どんなの?」
「ええと……仕事の流れとか注意点、トラブルの対処法とかを見やすく紙か何かに記してまとめてあるもの……かな」
マニュアル、手引き書、あるいは取扱説明書。現代人としては慣れ親しんだ言葉だが、いざ知らない人に説明しろと言われると地味に難しいやつだった。
はたして説明が悪かったのかそもそも知らないのか、どちらかはわからないがリオネーラの反応は芳しくない。何か似たもので例えられないか、とミサキは考え……
「……ああ、そうだ。あれと似てる。教科書」
ディアンの授業で使った教科書(魔導書とも言っていた)を思い出し、言ってみる。
「あぁ、あの入門用の魔導書ね。なるほど、仕事の入門用のものってコトかしら。……でもごめん、少なくともあたしは聞いた事ないわ」
「そう……」
入門用の魔導書はあるのにマニュアルが存在しないというのは不自然に思えるが、これは単にこの世界の考え方が基本的に『身体で覚えろ』だからである。戦いが常に隣にある世界で、戦い方を身体に刻んで生き残ってきた人達の世界なのだから必然的にそうなってしまうのだ。
現代でも『技術は目で見て盗め』と言ってなかなか教えてくれない気難しい職人がいるがそれと似たようなものである。苦手意識を持っている人の為にと研究が進められて入門用の魔導書まで書かれている魔法が例外なだけだ。少なくとも今はまだ。
ちなみに、実はそんな風に魔法を研究している人こそが他ならぬ『魔導師』だったりするが。
「聞いたことはない――けど、魔導書に助けられた人は結構いるのよね。なら同じように仕事の入門書があったら確かに役に立つ筈だとはあたしも思う。いい案だと思うわ。ミサキ、作れたりする?」
「……一人では難しい、作った事は無いから。だから、作るとしたら皆に協力を頼みたい」
「いいんじゃない? 少なくともあたしは乗るし――」
「何の話かわかりませんけどわたしは何でもお手伝いしますよ!」
「――こんな感じで、協力してくれる人はあっさり手伝ってくれると思うし」
「……うん。ありがとう、二人とも」
何の話かわからないのに何でもすると言っちゃうエミュリトスの盲信っぷりはかなりヤバいが、ミサキとしてはかなり背中を押してもらえるのもまた事実。リオネーラにも保証してもらえたし、ここはほんの少しだけ前世知識を披露して役立てるべき時なのだろう。
「……マルレラ店長」
「む、何じゃ、内緒話は終わったか?」
「うん。リオネーラと相談して、仕事の手順とかを纏めた書類を作っておこうという話になった。それで、マルレラ店長にも暇な時だけでいいから手伝ってほしい。本職の人の視点も必要だから」
「ふむ、リオネーラも同意したのなら大丈夫か。わかった、暇な時には手伝おう。店のためになりそうじゃからな」
「……ありがとう」
マルレラにまで通じるリオネーラの安心感よ。
「よくわかんないけどアタシも手伝うー」
「……リンデさん、いいの?」
「みんなで何かを作るのってなんか楽しそうだしー」
「……ありがとう、助かる」
リンデまでよくわからないとか言いながらも乗ってきた。先述した通り妖精族は警戒心を持つように教育はされている筈なのだが、それでも根っこの部分は変わらず楽しい事にはすぐ飛び付く奴らがほとんどなので一度心を許してしまったらこんな感じなのだろう。
危なっかしくはあるのだが、それでも楽しい事限定であるだけエミュリトスよりはマシに見えなくもない。エミュリトスには比喩でも何でもなく本当に何でもやりそうなヤバさがある。
まぁ何はともあれ店主からも友達からも助力が得られたのはミサキにとって喜ばしい事であり、彼女は素直に頭を下げた。
「ふぅん……人間とハーフエルフとドワーフとフェアリーとドラゴニュートが共同で作る物、か。どんな物が出来るのか楽しみに待つ事にするわね」
それを眺めていたエリーシャはしれっとハードルを上げてくる。実際そう聞くとすげぇもんが出来そうにも思えるが現実はただのマニュアルである。いや大切な物ではあるのだが、あくまで気を楽にするための物なのであまり期待されてもミサキ的にはとても困ってしまう。とても。
「……そんな大層な物ではないから。あるとちょっとだけ便利かも、程度の物」
「そう? でも仮にそうだとしてもどんな物が出来上がるのかは本当に気になるのよ、普通の物が出来てもそれはそれで驚くくらいにね。……正直、これだけバラバラな種族をまとめ上げてるだけで興味深いから」
「……まとめ上げてなんていない。親切な皆が私に力を貸してくれているだけ」
「あら、そんなに謙遜しなくてもいいのに」
「……そうじゃないんだけど」
ミサキは本心からそう思っているので、謙遜しているという訳ではなく謙虚なのだが。
「まったく、センパイは素晴らしいお方なんですからもう少し威張ってもいいのに」
「ルビアを助けた時とかカッコよかったしー、将来ビッグになりそうだとは思うよねー」
(少なくともこう言わしめるだけのものは持ってるんだから、それだけで興味深いわ。それが何かはまだわからないけれど。……まさか声ってこともないでしょうし)
結局、謙虚でも謙遜でも後輩達のミサキに対する評価は変わらず、それどころかエリーシャからの興味も揺るがないらしい。良い事なのか悪い事なのか判断に困るところである。
「ところでー、こんな話が出来るくらいには今は暇なんだよねー? 店長さん、アタシの用事を聞いてもらっていーい?」
「む、そういう事であればもっと早く言ってくれて良かったのじゃが。ミサキの友人であれば悪いようにはせんからの。待たせてしまって済まぬな、何じゃ?」
「あのねあのねー、フェアリーでも使える武器防具ってあるー?」
「ぬ……そう来たか。武器は……ダガーかナイフ程度ならいけるかもしれんが、防具は……むぅ」
ようやくタイミングを見つけたリンデが切り込んだが、問われたマルレラは渋い顔をする。とはいえその反応自体はリンデにも予想通りのものだ。
「うーん、やっぱりかー。でも例えば子供向けの防具とかあるでしょー? ギリギリいけないー?」
「まぁ儂自身も小柄じゃからな、小さめの防具は作れるが……鍛冶で作る鉄製の防具となるとサイズはともかく、身体が重みに耐えられるかが問題なんじゃよ。儂らやドワーフ、あるいは一部の獣人のように小柄でもガッシリしてれば良いのじゃが……フェアリーは力に劣ると聞いておるからのぅ」
「むー、無理かなぁ……」
「……諦めきれぬなら試しに何か作ってやっても良いぞ? お主が扱いきれず諦める事になっても、店に飾っておけばもしかしたら欲しがる人はおるかもしれんし……それを見て何か注文してくれる人が出てくるかもしれんしの」
「えっ、いいのー!? やったー!」
「悪いようにはしない」の言葉通り親切なマルレラの申し出を受け、リンデは素直に喜ぶ。どうやら結構本気で武装したがっているらしい。彼女も彼女なりに成長しようとしているようだ。
もしかしたら魔法を鍛えようとしているルビアを意識して対称的に物理方面を延ばそうとしているのかもしれないが、そこは本人のみぞ知るところである。なお特に何も考えてない可能性も結構ある。妖精なので。
「良かったわね、リンデちゃん。ところで……もし良かったら完成するまで私とお話しに来てくれない? フェアリーとお話してみたいのよ」
「エリーシャと? 別にいいけどー。じゃあ明日からもミサキさん達と一緒に来るねー」
「やったぁ、ありがとう」
――そんな感じで、もう少しだけ鍛冶屋でのお話は続く。




