170話を越えてようやくお金の単位が明らかになる作品があるらしい
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――その後、マルレラはちょっとだけ早く店を閉めた後にミサキ達三人に今後も働いてくれないかとダメ元で切り出したが……対するミサキは「仕事を探していたのは事実なので声をかけてくれた事は嬉しい、ただ自分達にはこれこれこういった事情があるから」……とちゃんと説明し、首を振った。まぁ当然である。
「なるほどのぅ、学院の為にもお主自身の為にも、その学院クエストとやらが始まったらそちらを優先せねばならん、と」
「……うん。だから短期間だけ雇ってくれる所でしか働けない。声をかけてくれたのは本当に嬉しいけど、ごめん」
そう断ったのだ。だが……
「つまり始まるまでの短期間なら働けるのじゃな!?」
マルレラはむしろ嬉しそうにそう言った。
彼女からすればそもそもダメで元々、断られて当然の負け戦だったのだ、そこに短期間だけでも勝ちを拾える可能性が見えてきたのなら飛びつかざるを得ないというもの。
だがミサキ側には、自分達の事情以外にも断るべき理由がある。
「……そうだけど、このお店に必要なのは長期の店員だと思う。出来れば正規の、朝からずっと働ける人。違う?」
今日のような繁盛の仕方をした場合に備え、それをいつでもカバー出来る人を雇う事が最優先に思えるからだ。一時的に自分達が手伝ったところでその場しのぎにしかならない。大切なのは抜本塞源。一時的にしか(しかもほとんど放課後しか)手伝えない自分達では根本の問題を解決するには力不足なのだ、と。
「それはそうなのじゃがな……しかし、その長期の店員とて育つまでに時間がかかろう。仮に明日見つかったとしても明日すぐには使い物になるまいよ。育つまでは結局儂一人で回すようなものじゃ。それを考えると短期間でもいいから人手が欲しいと考えるのは自然じゃろ?」
「……育つまでのヘルプとして?」
「うむ。お主らとは別に長期の店員を探す事は約束しよう。……どう探せばいいのかはわからんが」
「…………不安」
「ま、まぁそっちはなんとかするわい。とにかくそういう訳じゃから都合の良い時だけでいい、助けてはくれんか? 給料は弾むぞ?」
その言葉はミサキに効くやつだ。給料の方ではなく、いや給料も大事だがそれ以上に「助けてくれ」という言葉は人助けをしたい彼女にとって大きな意味を持つ。
なのでミサキは親友二人に相談しようとした。出来れば受けたいと思ってる、と。しかし親友二人も同じようにわかっていた、ミサキならそう言うだろうと。よって何か言われる前に、ミサキが振り返った時点で二人は頷く。そこに言葉なんて要らない。
「……ありがとう。……マルレラ店長、二人の許可も出たから、しばらくの間ここで働かせてください。よろしくお願いします」
「いや、こちらが頼んどるんじゃ、そう畏まらんでくれ。しかし良かった、本当に助かるぞ。これからよろしく頼む。……あ、あとついでに、学院の生徒か、もしくはその知り合いに働いてくれそうな人がおったら宣伝しておいてくれんかの……」
溺れる者は藁をも掴む、という諺があるがまさにその図である。なお藁の側も藁である自覚があるので掴まれて困っていたりするのだが。
「…………あまり期待はしないで」
「はい、よろしくお願いします……」
「……えーっと、あたし達の方でも声だけはかけてみよっか。あまり期待は出来ないと思うけどね」
「はあ。頑張ってくださいね」
「あら珍しい、エミュリトスがミサキの手伝いに積極的じゃないなんて。「センパイの為に力を尽くします!」とか言わないの?」
「だってわたしの交友範囲はセンパイとほぼ同じですし、その範囲の人達はわたしよりセンパイが言った方が絶対言うこと聞きますし。もちろんセンパイが忙しそうな時はわたしが言いますけど、そうでないならセンパイの手柄を奪う気にはなれません」
「そ、そう……この一瞬でそこまで計算したのね、流石……」
冷静にミサキ至上主義を見せ付けていくエミュリトスだったが、「計算」という言葉を聞いて大事なことを思い出し、声を上げる。
「あっ!そうですマルレラ! 給料は弾むと言ってましたが具体的にいくらですか!? 学院クエストより稼げない額だったら承知しませんよ!?」
「む、そうじゃったな……ウソは言わぬ、学院のクエストよりは多く出そう。して、そちらは幾らくらいなのじゃ?」
「ご……に、2000Gくらいですね」
「お主今ちょっと吹っかけようとせんかったか?」
その通り、ミサキの為に吹っかけようとしたが、物作りに携わる者の端くれとしての良心と誇りが邪魔をした瞬間であった。
「くっ、申し訳ありませんセンパイ……! 商売する以上、お金に関しては誠実に生きろというのがおじいちゃんの教えでっ!」
「……そのまま吹っかけてたら止めてた。お爺さんは正しい」
「っていうか儂には謝らんのかい。まぁちゃんと自制したのじゃから別に良いが」
なお、しれっと出てきたがこの世界の金の単位はGである。今更だが。今更すぎるが。
一見よくある単位のようだがしかし読み方はよくあるゴールドではなく、かといってギルやガルドとかのようなオシャレなやつでもなく、ただの「ジー」である。そこはかとなく手抜き感が漂う。
が、まぁあの女神ならそういうものかもしれないな、とミサキは深く追求はしていない。実際別に深い意味がある訳でも無いのでそれは正解だった。
「ふむぅ、そうじゃな……では一日あたり4000Gでどうじゃ?」
「……倍? それは高すぎる」
「高いぶんには良いじゃろうに。儂がそれだけ雇いたいという事じゃ」
「……長期の人にも同じだけ出せる?」
「む……それは、まぁ……今後の売り上げ次第、かのぉ?」
念の為にとミサキが問い返してみればやはり不安が残る給料設定らしい。今日くらい人が入ればイケるが昔のように閑古鳥が鳴いていては無理、といった感じなのだろう。
そんな無茶はミサキとしてはやっぱり受け入れられない。そもそも給金が下がる可能性のある職場になんて長期の人は来てくれないだろうし、それではミサキも困るのだ。
「下げて」
「ぐ、ぐぬぅ……いやダメじゃ、雇うと言い出した側が雇われる側に言われて給金を下げるなど情けない事この上ない! 実は最初はエミュリトスと張り合うつもりで5000で行こうかとも考えたのじゃがそれではキツイと考えながらも精一杯意地を張った結果の4000なんじゃ、これ以上情けない姿は見せられん!」
なんか聞いてもない裏事情まで白状し始めたが、要するにプライドの問題である。いかにもカッコよさを気にするこの世界の住人らしい。カッコよさを気にするなら自白するべきではない気もするが……それでも結果的にそのおかげで雇い主としての覚悟だけは皆に伝わった。
なのでミサキはその覚悟を『一部だけ』受け入れる。
「……仕方ない。休日は奮発して4000Gで雇ってくれるだなんて、好条件すぎて抵抗あるけど今回は受け入れる事にする」
「うむ。……うむ? んむ? ん?」
「……器の大きい、良い雇い主に巡り会えたと思う。……二人もそれでいい?」
「そうね、それで充分に良い条件だと思うわ。流石はドラゴニュートよね!」
「全てはセンパイの御心のままに」
マルレラの理解が追いついていないうちに畳み掛ける戦法である。話の早い親友二人もちゃんと乗ってくれたのでその目論見は無事に成功した。
が、まぁ流石にマルレラもすぐに気付く。全員わざと勘違いしているのだと。だがそれはつまりここがミサキの譲歩できる最終ラインだという意思表示でもある訳で……
「……やれやれ、なぁにが「仕方ない」じゃ。相変わらず強引な奴らじゃわい」
そこまで理解したマルレラは、その折衷案を「仕方なく」受け入れたのだった。




