鉄面皮で頭が固い(文字通り)
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で、三人は店の見えるあたりまで歩いてきたのだが……そこで彼女達は思わぬ光景を目にした。
「なーんかちょっと人の気配がすると思ったんですよねぇ」
「そうねぇ……でも、何この光景」
マルレラの営む鍛冶屋、その前にはエミュリトスの言う通りまばらながら人が集まっており……しかし彼らは何故か店内には足を踏み入れず、窓や入り口の隙間から中の様子をチラチラ窺っているようだった。リオネーラが「何この光景」と言ったのも頷ける。
ぶっちゃけちょっと挙動不審な集団だが、格好はそのあたりを歩いているハンターと思しき人達と大差ない。もっと胡散臭い服装をしていれば通報案件だったのだが。いや、通報する前にリオネーラがねじ伏せていた可能性も大いにあるが。
ともあれ、彼らの行動自体は怪しいけど怪しい人では無さそう、という事であり。とくれば彼らは恐らく『入りたいけど入れない客』なのではないか、とリオネーラは予想した。何故入りたくても入れないのかは……言うまでもなく店主がドラゴニュートだからだろう。看板を見て興味を持ったものの、実際に目の当たりにしたら尻込みしてしまった、といったところか。
親友達の作った看板の効果は確かにあったようだ。少し誇らしくなったリオネーラはそのまま彼らに近づき、声をかける。
「あの、入らないんですか?」
「うわっ!? あ、あー、えっと、まぁ、そうなんだけど……」
たまたま一番入り口に近かった青年が受け答え役になってしまった。自分達の行動が不審な自覚はあるらしく、美少女リオネーラを前にしても気まずさの方が先に立っているようだ。困ったように視線を逸らす。
が、そこはいい子のリオネーラ。彼らをいたずらに追い詰めるような真似はしない。それどころか『入りたくても入れない』彼らの不安を取り除いてあげようとする。
「……別に、店主は怖い人ではないですよ?」
「そ、そうなのかい? キミはここに来た事が?」
「はい、二度ほど。ここで買い物をした人も知っています。出来栄えにも満足していましたよ」
「そ、そうか……うーん……」
その「買い物をした人」というのは勿論ミサキなので彼女に出てきてもらって武器を見せてもらえば話は早いのだが、彼女の姿をなるべく人目に触れさせたくないと考えるリオネーラがそんな手段を採る筈もなく。
しかしそのせいか青年の背中を押すにはあと一歩が足りないようだ。彼はまだ悩み続けており……
「………」
しばらく遠目に眺めていたミサキだったが、ひとつの決断を下し、リオネーラを呼び寄せる。手招きで。
「……私達が先に入ろう」
「ん……そうね、このまま待ってても何も変わらないかもね……」
しばらく待っても結局青年達はその場に留まったまま。入店を促すには至らなかった。どうにかして不安を取り除いてあげたかったリオネーラとしては少々悔しい、残念な結果である。
そんなリオネーラの心情をミサキは読み取った……なんて事はない。読み取ろうとさえしていない。それは彼女のコミュ力が残念だから――ではなく、話がまだ終わっていないから。まだ続きがあるからだ。
「うん。だからもう直接見せた方が早いと思う、マルレラ店長がいい人だと」
「……!! ふふっ、そうね。さっすがミサキ! ありがとう!」
「……? そこまで言われる事じゃないと思うけど……」
「いいからいいから! さぁ入るわよ!」
諦めずに済んで嬉しいリオネーラと、リオネーラを手助けしたい一心でごく普通の提案をしたら何故か大袈裟に感謝されて戸惑うミサキ。小さなすれ違いが起きたがリオネーラが嬉しそうなのでこれはこのままでいいのだろう。
まぁそもそもミサキが最初から全部いっぺんに説明すればこのすれ違いも起きなかった筈なのだが。やはりどうにもコミュ力が足りていない。
しかし、結果としてリオネーラと気持ちを同じくした事は確かだ。なので入店した彼女は彼女なりの行動を起こす。
具体的に言えばリオネーラとエミュリトスがマルレラと和やかに話をして外の客にアピールを始めた頃、ミサキだけはその輪に加わらずしばらく店内をうろつき――
「……マルレラ店長、この防具、試着は出来る?」
「んあ? う、うむ、勿論ミサキなら何をしようと構わんが……」
そんな感じで別方向からのアプローチを試みていた。ここの店主は試着も普通にさせてくれるいい人だよー、と外の人達にアピールしようという作戦である。
その作戦自体は良いものであり問題はない。にもかかわらずマルレラがちょっと歯切れが悪い感じだったのはミサキが手にしている防具がフルフェイスタイプの兜――クローズドヘルムだったからである。無論、頭部を全部隠せるからという理由で選んだのであろう事はマルレラにも予想はついたのだが……
(……こやつ、学院の制服にクローズドヘルムを合わせる気か……!?)
そのチョイスはどう考えても不恰好というかちぐはぐというかアンバランスすぎるファッションになるんじゃね? と思ったからだ。
しかし善意で客引きの為の一計を案じてもらっている側としては口には出せず……もしかしたら人間族の間ではこういうのが流行っているのかもしれない、と自分に言い聞かせて無理矢理納得する事にした。無論、そんな流行はこの世のどこにも存在しないが。
「……あ、結構重い……首回りが痛い」
(じゃろうな)
「……まあ、いいか」
(いいのか? やっぱりどう見ても変な格好じゃぞ?)
言いたい事だらけだが、しかし当のミサキはマルレラのそんな視線に気付きはせず、ちぐはぐスタイルのまま窓際へ。
そして外でこっそり様子を窺う人達へ向かって――
「いえーい」
四日目のチーム戦の時にも披露した無感情両手ピースサインで楽しさをアピールした。
「「「……………」」」
それを見た外の人達はしばらく沈黙。身動きすら出来ないレベルで反応に困っていた。
まぁ当然だ、前回これが披露された時は相手がコミュ力に長ける友人リオネーラだったから即座に反応出来ただけであり、見知らぬ一般人にそれと同等の反応を求めるのは酷というもの。
そんな絶賛硬直中の見知らぬ一般人には当然、ミサキが何を思ってそんな行動に出たのか想像さえ出来ない。だが、それでもわかる事はある。ミサキの事は無理でも、店主の事なら想像出来る。
――もしかしたら、あんな訳のわからん奇行も許す程度には、ここの店主は『話せるやつ』なのではないか? ……と。
実際、リオネーラとエミュリトスと和やかに話している様子も見えたのだ、彼らの想像が確信へと変わるのにそう時間はかからなかった。
「……楽しそうだなあ、入ってみようか」
最初に行動を起こしたのは入り口に一番近い、リオネーラと会話していた彼。呟きとともに扉に手をかけ、開き、躊躇いなく足を踏み入れる。その姿を見た他の人達も遅れてたまるかと言わんばかりに続く。なんだかんだで興味はかなりあったらしい。まぁそうでなければ店の前でたむろしたりしないだろうが。
ともかくそんな感じで、今日のマルレラの店には多数の客が訪れる事となったのだった……。




