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敷居が高い――じゃなくてハードルが高い



「……改めて、校長先生。お誘いはありがたいのですがあまり迷惑はかけられません。まずは自力で色々やってみたいと思います」

「ふむ……ワシは別に迷惑とは思っておらんのじゃがな。とはいえそれはそこの二人も同じか。生徒の自立を教師が阻む訳にもいかんしのう。わかった、どうにもならぬと思った時にはいつでも頼っとくれ」

「はい、ありがとうございます」


 改めてミサキが断れば、意外にも校長はあっさりと引き下がった。

 あまりにもあっさりすぎて親友二人は逆に警戒を解けずにいたが、裏事情を知らない上に校長に振り回され慣れている教頭はこれ以上神経を使うのも時間の無駄だと判断したらしく軽い溜息と共に口を開く。


「何を考えていたのかはわかりませんが、ミサキさんが断ったのは正解でしょうね。この男と変に関わりを持つと後々後始末を押し付けられる事になるでしょうから」

「……後始末、ですか」


 日頃から散々校長先生の尻拭いをさせられている教頭先生が言うと説得力があるなぁ、とかミサキは考えていたのだが、


「ええ、この男は放浪癖というか、失踪癖がありますから……いずれフラッと姿を消してミサキさんに迷惑をかける事になっていたでしょう」


 どうやらミサキがこれまで見てきたものはまだまだかわいい方だったらしい。ちゃんと帰ってくるだけマシ、という意味で。


「失礼じゃな、当分はここで暮らすと言ったじゃろうが」

「当分という事は逆に言えばいつかまた失踪するという事でしょうが」

「ぐっ……校長としての責務はちゃんと果たすわい。ギルドの連中からどうしてもと頼まれたんじゃからの」

「そうして貰えると助かります。貴方を探し出すのにギルドが一体どれだけ金を掛けたか……。というかそもそも唐突に失踪するのではなく誰かに行き先を告げるとか正当な手続きを踏むとか――」

「あー聞こえん、聞こえんぞぉー」


 校長は耳を塞いだ(骨だけど)ものの、そんなの関係ないとばかりに教頭の説教はくどくどと続く。なのでミサキは思いついた疑問をいつも通り親友の方に尋ねる事にした。


「……ギルドは校長先生と何か関係が?」

「校長先生についてはよくわからないけど、『エルフの若き賢者』として有名な教頭先生はハンターズギルドとも縁があったらしくてね。ギルドが学院を作ろうとした時に真っ先に声を掛けたのが教頭先生って話よ。校長先生にもそこから話が行ったのかしらね、旧知の仲っぽいし」

「……学院を作ったのはギルドなの?」

「そ、ギルドが言い出した事。勿論各国に協力は要請してるから一応は完全に独立した一組織って事になってるけど……ギルドがなければ存在し得なかった施設、という認識でしょうね、世の中では。ちなみに校長先生や教頭先生の着てるスーツはギルド職員の制服とほとんど一緒なのよ? それを元にしてあたし達の制服も作られているから――」

「……実質的にはギルドの下部組織みたいなもの、と」

「ハッキリとは言わないけどお察し、ってやつね。ま、多種族組織であるギルドが異文化交流促進の為に学院を作るのは何もおかしな事じゃないわ」


 一応表面上は独立組織だが実質的にはほぼ下部組織。しかしその割にはハンターになる事を強制したりはせず、そもそもの目的も異文化交流。となるとこれは単に『学院のバックにギルドがついている』というだけの話なのだろう。その事をアピールする為に制服も似せたとすればそれは間接的に生徒をギルドが護っているという事。ありがたい事だ、とミサキは思った。


「……納得した。ありがとう、リオネーラ」

「どういたしまして。にしても、この調子だと結局普通に仕事を探す事になりそうねぇ、放課後のアルバイト先を」

「……私を雇ってくれる所があればいいけど」


 肩にかかる、自らの髪の毛先を弄りながらミサキが言う。ふんわり軽くウェーブした真っ黒い髪をミサキ自身は嫌っていないが、この世界の住人がどう思っているかは今更言うまでもないだろう。

 もっともこの世界の住人でも多少の例外は居る。教師陣はもうフツーに(一部除いて)慣れてきたし、エミュリトスのようなミサキ全肯定ガールからすればチャームポイントにしか見えないし、リオネーラからすれば物珍しく興味を惹くものとして映っているように。


「……綺麗な髪だと思うけどね、あたしは」


 そんな風にポロっと本音を零してしまう程度には興味を惹かれていたり。


「……そう? ありがとう」

「っ!? あ、あー、うん……ど、どういたしまして……」


 礼を言われて初めて自分が本音を零していた事に気付き、恥ずかしいやら己の迂闊さを後悔するやらでリオネーラはそっと顔を背けた。


(うあー、何口走っちゃってるのよあたし……っていうかここまで口を滑らせたならもういっそのこと触らせて欲しいとまで言っちゃえばいいのに! もう今更言えないけど!)


 ついでになんか変な方向の後悔も追加されていた。以前ちょっとだけ手触りに興味を惹かれて以来、リオネーラの今触ってみたいものランキング一位はここしばらくミサキの髪で変動無し(まぁ他に何かがランクインしてくる訳でもないので)なのだが、エミュリトスや妖精族リンデほどアレではない彼女は脈絡無く髪を触らせてくれなどとは言えずにいるのだ。寝ている隙にでも触ってしまえばよさそうなものだが、それをしないあたり律儀で良い子である。

 そんな訳なのでミサキの髪に関してはリオネーラはエミュリトスとリンデに遅れを取っている……のだが、しかしリンデはお子様なのでそんな自覚は無く、エミュリトスもリオネーラに対してはマウントを取ろうとしないので気付かない……どころか今も「わたしもステキな髪だと思ってますからねセンパイ!」と後追いでの点数稼ぎに余念がない有様。なのでこれは実質リオネーラの独り相撲となっていた。いつか解決できるといいね。



「……ふむ。もしかしてミサキさんがハンターになりたいのは単に収入を増やす為ですか?」


 と、そこでいつの間にか説教を終えていた教頭がタイミングよく尋ねる。隣では校長がちょっとだけ疲弊していた。


「……そうですね、初心者ダンジョンを経験してから欲しい物が増えました」

「なるほど。となると学院としてはこのタイミングでクエストの範囲を拡大出来たりすると良いのかもしれませんね、より報酬の良いものが受けられるようになったりという風に。……これは教育課程の見通しが甘かったか。いや、そもそもこの骨がしっかり仕事をしていれば学院クエストが雑用一色になる事もなかったのですが」


 ジロリと視線を向けられた校長は器用に口笛を吹きながらそっぽを向いた。どうやって音を出してるんだろうか。


「……まぁいいでしょう、ちょうど今日ギルドに出向く用事がありますのでその時に報告し、教育課程を練り直しますか。校長、留守番を頼みますよ」

「えっ、なんじゃと、そんなの聞いておらんぞ!」

「どうせ来ないだろうと思って言ってませんでしたからね。留守も他の人に頼む予定でしたし」

「そっちではなく! ギルドの連中と会う予定があるという話がそもそも何故校長のワシを差し置いてお主に話が行くんじゃ!?」

「ギルドの方達も私と同じように考えたからですよ。「どうせ今日は校長は捕まらないだろう」という風に。あとそもそも私の方が信用が置けるとも言っていました」

「………………」


 自身を校長という役職に指名した筈のギルドからもその程度の扱いを受けていると知り、校長は物言わぬ骨となった。


「………………」


「――さてミサキさん、貴重な意見をありがとうございます。学院としては学院公認クエストを受けて欲しいという方向性は変わらないのでなるべく早く教育課程を改正し、受注可能なクエストを増やし、幅を広げたいと思います。もちろん報酬も」

「え……あ、はい」

「しかしやはり今すぐとはいかないでしょう。申し訳ありませんがそれまでは別の方法で金策していただけると助かります。こちらの落ち度なので可能な限りの支援はしたいと思いますが……」

「……いえ、私が個人的にお金を稼ぎたいだけなので気にしないでください。……それより、校長先生はあのままでいいんですか?」


「………………」


 放っておけばこのまま白骨化――は既にしてるので、それを通り越して風化しそうな感じである。

 しかし、日頃苦労させられている教頭は当然無慈悲な決断を下す。


「放っておきなさい。大人と言えどたまには自分の行いを見つめ直す時間も必要です」

「……そうですね」


 ちょっとだけ可哀想な気もしないでもないが、自業自得といえばその通りだし何より被害者側の教頭がそう言っているのだ、これ以上口を挟む気にはなれなかった。




 ――その後、教頭は外出の準備を始めてしまったので本来の目的である『お金稼ぎの方法を聞く』については結局半分くらいしか達成出来なかった。が、今後の方針を決めるには聞けた部分だけで充分だったのもまた事実。


「もう少ししたら教頭先生が学院クエストの範囲を拡大――というか、ちょっと難易度と報酬の増したクエストを解放してくれるから、ミサキはそれまでの間をどう過ごすか考えればいい、って事よね」


 リオネーラが簡単にまとめる。どう過ごすか、というのは勿論どうやってお金を稼ぐかという意味だ。一応今まで通り学院クエストだけで少しずつ借金を返すというやり方もないではないが――


(欲しい物も増えたし、借金も出来るだけ早く返したいし、リオネーラの村に行く為の旅費も貯めておかないといけない。今まで通りでは到底足りない)


 ないではないが、それでも無しだ。なんとかして収入を増やさないとこのままでは身動きが取れない。


「……学院クエスト以外の方法を探す。普段なら学院の為にもクエストを優先したいけど、今だけは別」

「そうね、学院クエストを大事にしてる教頭先生が「今だけは別の方法で金策して欲しい」と言ったんだしね。素直にそうした方が心配掛けなくていいとあたしも思うわ。とりあえずアルバイトでも探してみる?」


 と、バイトを推すリオネーラは言うが……しかし実のところ条件はなかなか厳しい。学院クエストより稼げて、放課後と休日しか働けない学生可の職場で、その上学院クエストがアップデートされ次第辞めるかもしれない不吉な見た目の少女を雇ってくれるところ、という事になるからだ。ワガママすぎる。

 あと出来れば三人一緒に雇ってくれるところがいい。言った後にその事に気付いたリオネーラはちょっと考えてみるも当然アテなどなく……「ひとまず街に探しに行ってみる?」と妥当な提案をするしかなかった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、最近の更新はお疲れ様です! リオネーラさんは本当に良い娘ですね! そしてリオネーラさんとエミュリトスさんは相変わらずミツキさん大好きのようです!百合百合は素敵です〜 引き続きも楽…
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