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宝箱(宝が入っているとは言っていない)



『――あぁ、そうだ丁度いい。ミサキさん……でしたっけ?』


 ゴーレムを倒して一息ついていたミサキ達に、ダンジョンマスターのおじさんが声をかける。


「……はい」

『相談なのですが、その曲がった剣、特に思い入れも何もなければ譲っていただけませんか? 『ドロップアイテム』として再利用したいので』

「……ドロップ、ですか?」


 聞き返したが、別に初耳という訳ではない。

 ダンジョン内の敵というのはあくまでダンジョンがエネルギー(DP)を使って再現した存在であり、本物のように動くが本物ではない。その証拠に倒してしまえば体は光の粒子となって消え去ってしまう。ダンジョンのエネルギーとして還っていくのだ、使用された分の何割かが。

 ダンジョンから見ればそれは勿論良い事だが、しかし人から見ればそうではない。本来得られる物が得られないので。

 例えば動物を倒せば肉や皮、牙などが得られ、それを使って飢えを満たしたり装備を整えたり出来、生き延びる事や儲ける事に繋がる。本来なら。だがダンジョンではそうはいかず消耗する一方。そのぶん掛け替えのない経験が出来ているのだが気分的にはよろしくない。

 ……という訳で人が管理しているダンジョンでは『ドロップアイテム』のシステムが採用されている。敵を倒した直後に一定確率で宝箱が出現し、中から素材(保存の利く物に限る)や装備品(中古に限る)、新品未使用のアイテム(消耗品)等がランダムで出現するのだ。

 勿論宝箱を出す度にダンジョンのエネルギーを消費してしまうので出現率はダンジョンマスターの匙加減一つで変わってくるし、誰が何を落とすかも同様。通常の宝箱は実は『毎回ほぼ決まった場所にあり』『中身も無難に役立つ物で統一されている』のだが、ドロップはそうはいかない。非常に運に左右されるのだ。

 しかしこのシステムは意外にも人々に大ウケで、ドロップを研究する為に、あるいはレアなドロップ品を狙ってダンジョンに毎日潜る輩も出てくるほどだとか。


 まぁ、身も蓋も無く言えばギャンブルである。入場料以外にお金こそかからないがガチャである。

 確率を表記しておかないと消費者庁案件になる……なんて事は流石にこの世界では無いが、だがそれでも曲がった剣(ゴミ)がガチャから出てくればユーザーは怒るのではないだろうか。ハズレ枠を増やしてレアの確率を下げる行いだとしたらあまり加担したくはない。そう考えるミサキは難色を示し、聞き返したのだ。


「……こんな剣をどう使うんですか? ハズレでは?」

『まぁ確かに普通に考えればハズレでしょうが、ここに限ってはそれでいいのです。ここは初心者ダンジョンなので。しかも商業都市の近くなので。真面目な装備はそちらで揃えて貰わないとお金が回りません』

「……なるほど、この剣を引いたら街で売れ、と。あくまで『ドロップアイテム』を経験させるだけ、という事ですか」

『話が早くて助かります。使い込まれた剣は大抵折れてしまうので、目の前に曲がっただけで済んだ剣があるとつい活用したくなってしまうのですよ。どうでしょう? 教官も好きにしろと仰っていますし、あとは貴女次第です』

「………」


 少し考えてみる。まず思い入れがあると言い切るのは難しい。元々学校の備品だし、ボッツの授業の度に毎回別の剣を手にしているだけなのだから。でも今日一日苦楽を共にした戦友と言えなくも無いので思い入れが無いとも言い切れない微妙なところ。

 次に利点についてだが、それはやはりここに置いていく事で後に続く初心者の役に立ち、おじさんの役にも立てるという点に尽きる。一石二鳥、一粒で二度美味しいというやつだ。うまい話である。

 だがそれでも学校の備品を勝手に手放すのはどうにもちょっと礼を欠いている気がするのだ。もちろん現場監督のボッツが好きにしろとは言ったしその証人も周囲に沢山居るので彼のせいには出来るのだが、それでもミサキとしては自分自身がちゃんと責任者の許可を得る事で己の行動に筋を通したいのだ。


「……拒む理由はありません。ですがこの剣は学院の所有物なので、責任者の許しを得てからでいいでしょうか。ボッツ先生、こういう場合は誰に話を通せば?」

『あ? 責任者は俺だよ』

「ぇ――……そうでしたか」

『今「えっ」って言おうとしなかったかお前。俺の授業で使う武器なんだから俺に決まってるだろうが』


 ぶっちゃけ教頭だろうと思っていたので仕方ない。ボッツに責任なんて言葉はこの世で一番似合わないから仕方ない。


『まァ武器の数とか維持費とかは一応俺を通して教頭が管理してはいるが……どう使うかの権利は全て俺が握っているから責任者は俺だ。俺でいいんだよ。という訳で剣だけそのへんに置いていけ、もう敵も出ねぇしな。あァ鞘は持っておいて構わん、中身だけだ』

「……わかりました」


 言われるがまま剣を床に置き……なんとなくミサキは手を合わせ、剣に向けて「今日一日ありがとう」と語りかける。直後、剣は光に包まれ……どこかへと消えていった。


『……ヘンな奴め』

「……ところでボッツ先生、幾らほど払えばいいのでしょうか、この剣の代金は」

『あん? ……あー、なんだ、曲げちまった事を気にしてんのか? 気にするな、普通に防御してただけのお前に非は無ぇ。弁償しろなんて言わねぇよ』

「……本当ですか?」

『壊そうとして壊したんじゃないだろう? つーか本来ならあの程度の相手に曲げられる剣でもねぇんだ、相当ガタが来てたんだろうよ。どうしようもねぇさ』

「……ありがとうございます」


 随分と話のわかるボッツだが、当然その態度には理由がある。狙い通りに事が運んだので機嫌が良いのだ。とはいえ今回の彼の企みは今までとは違いミサキに害は無く、


(いちいち正規ルートで処分するのはめんどくせぇんだよな、手間とコストがかかる。ここに置いていってダンジョンに恩を売った方が数倍マシだ。これで週末は少し早く帰れるだろ)


 こんな個人的な事情から来るものだ。学校の備品となるとそのあたりにも色々あるらしい。

 後にこの件がキッカケで学校の不用品を初心者ダンジョンに卸すルートが開通する事になったりもするのだが、運の悪い事にそこから芋づる式に全ての発端がボッツが水晶球を割った事だというのがバレ、後日教頭が頭を下げに来たとかなんとか。気苦労の絶えない事である。


 まぁそのあたりは今はさておいて。


『えー、それではボスも倒した事ですし貴方達にもアイテムのドロップを体験してもらいましょうか。大した物は入っていませんが。さぁどうぞ!』


 おじさんが盛り上げるように言えば、四人それぞれの目の前に宝箱がひとつずつ出てくる。体験という事で全員分あるらしい。我慢の苦手なリンデが真っ先にそれに飛びつき、開けて――


「わーい、なっにかなー? ……ん? なにこの曲がった……鉄板?」

『それはヘルムのバイザー部分ですね』

「えっ、そこだけ貰ってどうするの……?」

『さあ? お好きにどうぞ』

「……売るしかないよね。売れるといいけど……」


 ワクワクから疑問、そして落胆へとキレイに一段ずつテンションを落としていった。しかも妖精族の身体の小ささから見るとバイザー部分だけでも持ち運ぶにはちょっと面倒なサイズと重さがあるので落胆の度合いは結構酷い。ボスを倒したMVPなのにこんな扱いとは。

 それを見て顔をちょっと引き攣らせつつ、レンとルビアもそっと宝箱を開く。


「ぼくのは……えっ、次回ご利用割引券? え、これは喜ぶべきなの……?」

『またのお越しをお待ちしております』

「あ、あの、もう一度来なければこれはただの紙切れですよね……?」

『はい、ゴミですね』

「そんなハッキリと……」


「わたしの方は……あ、ポーションかな~?」

『お、普通にアタリですね、おめでとうございます』

「わ~い! ……普通すぎて特にこれ以上言う事もないけど……」

『街に行けば普通に売ってますしね、安くで』


 こちらの二人も喜びたくてもイマイチ喜べない微妙な引き。

 という訳で皆の注目は必然的に残る一人に集まるのだが……


「……何故私の宝箱だけ大きいのでしょうか」

『……大きいのは良い事ですよ』


 元日本人のミサキの脳裏に『大きなつづら』というワードが脳裏を過ぎる。なにせ……


「……人が入れそうなサイズなのですが。というか中から人の気配がするのですが」

『……気のせいですよ』

「いえ呼吸音が微かに……というか宝箱の中に人が入って大丈夫なんですか?」

『あまり大丈夫ではないでしょうね』

「………」


 さらっと言いやがる。人が入っている事こそ認めなかったがいろんな意味で早く開けるべきらしい。

 正直スルーしたいところだがこうなっては仕方ない。ミサキは意を決して宝箱の蓋を持ち上げ――


「あちゅい……いきぐるしい……あっ、こんにちはセンパイ」

「………」


 中に入っていたドワーフ少女と目が合ったのでそっと閉じた。


「……レン君、私の荷物の中からロープ取って」

「ちょっとぉ!? 何する気ですかセンパイ!?」

「幻覚を見せる危険な宝箱を封印する」

「幻覚じゃないですよわたしですよ!?あなたのエミュリトスですよ!? っていうかさっきセンパイ自分で人の気配がするって言ってませんでした!?」

「……確かに」


 現実逃避は止めにしよう。っていうかもう普通に蓋開けて出てきちゃってるし。


「……何してるの。ドロップアイテムに転職したの?」

「アイテムって職なんですかね。ええと、いろいろあって先生が何か一つだけなんでも言う事聞いてくれるって言ってたので、センパイの所に行きたいなーって話をしたらこうなりました。このタイミングでなら認めてやる、と」


 ボッツが水晶球を割った時の口止め料の件である。口止め料というくらいだからお金や物を要求しても良かったのだろうがこの少女はどこまでも自分の欲望に忠実だったらしい。欲望を貫いた結果ボッツの懐が全く痛んでいないという不思議な現象が発生しているが。


「……どうやってドロップアイテムに紛れ込んだの」

「いえ、わたしの宝箱だけは転移魔法陣で跳ばしてもらったんですよ。最初っからわたしが宝箱に入った状態で」

「……なるほど。でももうダンジョンでやる事は残ってない筈だけど、エミュリトスさんはそれで良かったの?」

「いいんです! なんだかんだでわたしだけ仲間外れの構図になってるのが嫌だっただけですから! 一瞬だけでも一緒に旅したという事実が残ればいいんです」

「……そう」


 しっかり空気に徹しているとはいえリオネーラもずっと一緒に居た訳で、エミュリトスが仲間外れと感じてしまうのは仕方のない事だろう。理由がそこにあるのなら受け入れるほかない。

 というか寂しがっている友達に対して冷たい事など言えるはずもなく。冷たい行動など取れるはずもなく。


「……じゃあ、一緒に行こうか」

「はいっ!」


 パーティーメンバーだった三人が見守る中、ミサキがそっと手を差し出し、エミュリトスがそれを取る。あと空気に徹していたリオネーラもススッとしれっと距離を詰め、ここにいつもの三人の構図が戻ってきた。

 長かったが、これでようやく初心者ダンジョンも終わりという事である。


『あー、ちょっと待て魔人。『本当の』宝箱も開けとけ。どうせロクなモンは入っちゃいねえがな』


 まだ終わってなかった。

 ボッツの言葉と同時に出現した宝箱は、今度は普通に皆と同じ大きさのもの。これが本来の、本物のドロップ品という事で間違いないだろう。ミサキはしゃがみ込み、まるで期待せずに蓋を開け――


「……………」


 しばらく硬直した。

 何故なら、そこに入っていたのは……


「……ボッツ先生」

『あ? どうした?』



「……剣が返ってきました」



 すごく見覚えのある曲がった剣だったので。


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