不審な黒い女が幼い女の子に声をかける事案が発生
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(――うん、わりと歩けるようになってる。凄いな、今度マッサージの仕方も教えてもらおう)
寮を出てフラフラ歩きながらぼんやりと考え事をする。
(……そういえば筋肉を鍛える人達は筋肉痛になったらじっくり休んで『超回復』させるって本で見た事があるような気がする)
自分のこの筋肉痛も超回復の為に必要なのだとしたら、今日一日はあまり運動しない方がいいのかもしれない。特にリオネーラの言う通り急激な運動は。
(……あれ? よく考えたらそもそもマッサージじゃなくて回復魔法ではいけなかったんだろうか。回復魔法は筋肉痛には効かなかったりとか?)
まあ、現世でも筋肉痛のギミックは明確になっていないと聞いた記憶があるから万能っぽく見える回復魔法も効かなかったりしてもおかしくはないのかもしれない。今度誰かに尋ねてみよう。
……とかなんとか考えながらミサキは何気なく校門の方へ目をやった。リオネーラにパンを貰った、ある意味では思い出の場所。
思い出の場所だから何気なく目をやった。本当にそれだけだったのだが、そこに俯いてしゃがみ込んでいる女の子の姿を見つけてしまった。
「はぁ……」
しかもその子は溜息を吐いており、何やら落ち込んでいるようだった。
見つけたのは完全に偶然だったが、困っているのだとしたら放ってはおけない。人助けがしたいミサキは昨日のリオネーラのようになりたいと思い女の子の方へと歩み寄り、声をかける。
「……どうしたの? 何か困ってる?」
「は、はいっ!? あ、あのですね、わたし――ヒッ!?」
頭上から降ってきた救いの声に縋ろうと顔を上げた女の子が見たものは……言うまでもなくこの世界では忌み嫌われている、漆黒に染まりし髪と闇の如く澱んだ瞳。
困り果てて落ち込んでいる女の子からすればそれは地獄への道を善意で舗装した悪魔が目の前にいるようにしか見えなかった。
「みぎゃああああああああああああ!!!!!」
「う、うるさっ……」
「助けてくださあぁぁぁぁぁぁい!!!」
想定外にして桁外れの大声に思わず両耳を塞いでしまったその隙に、女の子はミサキの脇をすり抜けて学院の敷地内へ逃げていく。一瞬しか見えなかったが幼い子のようだったし、困っていた風に見えたからミサキとしては話を聞いてあげたいところなのだが――
「ちょっと待っ――痛ッ!」
女の子を追おうと咄嗟に伸ばした右腕に痛みが走る。勿論、朝から散々苦しめられている筋肉痛だ。ミサキは思わず右腕を庇う。すると。
「ひ、ひぃぃっ! 右腕に込められし暗黒の魔力を解放しようとしてますぅぅぅぅ!?」
なんか女の子は誤解し、更に速度を上げて逃げ去ってしまった。
「行っちゃった……。まあ学院の敷地内ならいいか、先生達が見つけたら助けるだろうし……」
「おう、女の悲鳴が聞こえたから助けに来たぞ。お前が犯人だな、不審者の魔人さんよ」
「うわ……」
背後から聞こえた汗臭い声に露骨にテンションだだ下がりのミサキである。
「うわ、じゃねぇよ問題児」
「問題児って……私は何もしてませんけど」
「二日続けて校門で騒ぎを起こす奴が問題児じゃないとでも?」
「……そう言われると確かに」
問題児で犯人で不審者で魔人、と異世界生活二日目にして属性が山盛りになった。正直お腹いっぱいだ。
「……でも、今回は私は普通に声をかけただけです」
「そうか、ならお前は職員室に連行しなくてはな」
「………」
「おっと勘違いするなよ? お前を疑ってるわけじゃない。今から職員総出であの子を探すが、見つける前にお前とまたカチ会ったら面倒だからお前を隔離するって意味だ。わかったか?」
「ああ、なるほど。不本意ですが、いい方法だと思います」
「……相変わらずつまらん反応だな」
ミサキの沈黙は単に考え事をしていたが故のものである。ボッツの不快にも取れる言葉の真意を探ろうとしていただけ。不快に取らせてそこをからかうのが目的だったボッツとしては肩透かしだ。
だが結果的にミサキ本人も言う通りボッツの行動自体は理に適っており、そして不本意なものだった。人助けがしたいのに人助けの邪魔だと隔離されるのが不本意でないはずがない。
要するにこの場は痛み分け。この二人、何かと相性が悪そうだ。
「……でもボッツ先生、あの子が職員室まで助けを求めに来る可能性もあるのでは?」
「来るまでに誰かに捕まるとは思うが……絶対とは言い切れんな。もうこの際お前、学生牢にでも入っとくか?」
「……学生牢? この学院、牢屋があるんですか?」
「あ、ああ、一応作ってあるが……なんで食いつくんだ、冗談に決まってるだろ」
「入ってみたいです」
前世では当然無縁な場所だったので純粋に興味があった。
「……自分から牢屋に入りたいとかマジかお前……流石にドン引きだわ……」
純粋にドン引きされた。