オタクじゃないよマニアだよ
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迷路も地味に意地が悪く、左手法を使うとかなり遠回りになる造りになっていたようだ。
ミサキ達は結構な時間彷徨う事になり、すなわちそれはエミュリトスも結構な時間気を遣った戦いを繰り広げていた事になるのだがやっぱりそちらは割愛する。
ともかくそういう訳で、精神的にも肉体的にも多少の疲労を感じてきたあたりでミサキ達はようやく迷路を抜けた。そして――
「……少し休みたかったんだけど」
「そうも行きそうにないねー……」
迷路を抜けた直後に眼前に広がった、広すぎる上に天井も高すぎる露骨な部屋を前にしてミサキとリンデが呟き合う。
『そう、ご想像の通りそこはボス部屋――ダンジョンの主のいる部屋だ。多少消耗した状態で敵と戦う事なんてこの先いくらでもあるからな、一息つけそうな場所はあえて作ってねぇんだ。ここで慣れておけ』
部屋とは言うが当然生活感を感じるような物はそこには一切無く、戦いに役立てる為なのか邪魔をする為なのか巨大な岩が床にめり込むように落ちていたり、天井までは届いていないがそれでも結構な高さのある巨大な石柱が建っていたりしている。
しかしそれらも部屋の中心部には一切無い。そこだけ綺麗に開けており、その中心部には……ボスと思われる存在が静かに、身じろぎひとつせずにしゃがみ込んでいた。
『まァ心配するな、そう強いボスじゃねぇ。そうだろ、オッサン?』
『ふふっ、そうですね、ちゃんと弱点を見つけられれば強くはありません。そういうタイプの敵と戦う練習と思ってください』
おじさんは妙に楽しそうに弱点のくだりを強調する。それもそのはず、このボスは彼のお気に入りなのだ。
『ふっふっふ……では、起動ッ!』
その言葉に応え、しゃがみ込んでいたボスが立ち上がる。その姿は……
「……大きい」
「ひええっ」
パーティーの中でもっとも身長の高い(他が低いだけだが)ミサキのその倍はある高さで、横幅もまた遥かに大きく。その形は石で出来た直方体――石材を雑に人型に積み上げた形。そう、ゴーレムだ。
マスタールームの丸っこいゴーレムとは方向性が違うが、またしてもゴーレムだ。実はこのおじさん、ゴーレムにロマンを感じるゴーレム好きだったりする。
『ふふ、丸っこい洗練されたデザインのゴーレムもいいですが、角ばった無骨なデザインにも古臭いが故の良さがありますね……ふふふふ……』
『洗練? どう見てもダサ――あァ、いや、わからんでもないが、もっと言う事があるだろうが。なんなんだあの色は』
ボッツが誤魔化し半分で指摘した通り、このゴーレムはゴーレムとしては珍しい色をしている。ゴーレムの色は茶色だったり白っぽかったり黒っぽかったり、とにかく元の素材が岩石もしくは土に準じる物である事が大半の為それに近い色をしているのだが、こいつはなんと紫色なのだ。
『いい色でしょう? この色こそこの子が最新型である所以。この子の名は――『ポイズンゴーレム』です!』
「「「毒っ!?」」」
ミサキ達のパーティーに動揺が走る。毒対策をしていない訳ではないが、もし見た目の通り『身体が毒を帯びている』のであればかなり厄介な相手だからだ。
攻撃を喰らった場合は当然として、下手すれば近接攻撃を仕掛けて身体に触れただけでも毒を受けかねない。皮膚に触れただけでも症状の現れる恐ろしい毒はどの世界でも存在する。それを警戒して立ち回らなければならないとなれば正しく面倒で厄介な相手と呼べるだろう。
「……弱点を見つけろ、ってそういう意味か……」
実質的な近接攻撃耐性を持つ相手に効果的な攻撃方法を探す練習なのだろう、とミサキは理解し、気を引き締めた。
それに続き、他の三人も遠距離戦の構えを見せる。
……が、
『――なんちゃって。ふふ、この子にまだ毒はありませんよ。普通に近接攻撃してもらって結構です。初心者ダンジョンでそこまで悪辣な敵を出す訳がないじゃないですか』
「……………そう」
違ったらしい。赤っ恥である。
まぁ確かに、もしこのゴーレムがミサキ達の思うような性能だった場合、近接オンリーのパーティーはここで詰む。初心者ダンジョンで詰みが起こるような敵を配置するとは考え難い。入場料も取っている事だし。
とはいえ誤解するのも無理はなかった。最新型と銘打たれ、紫色のボディにポイズンという名前。むしろ全力で誤解させに来ているとしか思えない。
「じゃ、じゃあなんでそんな名前に~?」
『ゆくゆくは本当にそんなゴーレムを作る予定ですので。作ってみせますので。万が一他の人に先を越された時に名前を取られないようにしているだけです』
(商標登録かな……)
権利の主張というやつらしい。誤解してしまった側としてははた迷惑な話だしちゃんと完成させてからやって欲しいものだが、そうやって自分を追い込んでいる可能性もあるしハッキリさせておかないと後々面倒なのも元現代人としてわかるのでミサキは黙った。
『苦労したんですよぉボデーのあの色を出すのに。まぁそのせいで別の場所にちょっとしたエラーも出ているのですが……これはこれでボスっぽいので残しています』
「エラーって?」と尋ねようとしたその瞬間、ゴーレムが動き出す。質問を切り上げ身構える四人に向けてゴーレムは岩で出来た指を突きつけ……
『 クソザコ 』
「「「えっ」」」
『 クソガキ ブサイク ゴミ キエロ 』
ものすごく『毒を吐いた』後、動き出す。
どうやらエラーというのはこの事らしいが……
(……既に立派に『ポイズン』ゴーレムしてる……)
名前の権利は主張しても許されそうだなぁ、とミサキは思った。この世界に毒を吐くという表現が無ければ誰にも通じないので口には出さなかったが、早く本物を完成させて欲しいものである。




