射線上に入るなって、私言わなかったっけ
◆
「――ふッ!」
ミサキが剣を振るい、敵の群れの最後の一体を斬り伏せる。今回の戦闘も誰一人の怪我人も出ずに終わった。
先に進むにつれ敵の種類も数も増えてきたが、結局ここまで彼女達は一度の苦戦もしていない。知能の無い敵ばかりだからか結局は攻撃がミサキに集中するので非常にやりやすいのだ。単純に忙しくなるだけ。
これが後衛ばかりを狙う敵だったり挟み撃ちをしてきたり連携してきたりされたら別の手に切り替えるところだったが、どうやらその必要も無いらしい。
「いろいろなスライムに、スケルトンにゾンビ、レッサーウルフになんか変なコウモリ……たくさん倒してきたね。もしかしてぼく達、結構強い……?」
「かもねー! いえーい!」
レンとリンデはすっかり調子に乗ってしまっている。こういう時こそ危ないというのはよくある話だが、ミサキとルビアが未だに緊張感を保ち続けているのでやっぱり初心者ダンジョンの敵程度では不覚を取る事はないだろう。
まぁ、ルビアが調子に乗れないのは戦闘にほとんど参加できていない後ろめたさからなのだが。
「わたしももう少し活躍したいなぁ……みんなばかり危ない目に遭わせて自分は安全な後ろにただ居るだけっていうのは……ねぇミサキさん、なんとかならない?」
「……居るだけ? 周囲の警戒も頼んでおいた筈だけど」
「ひっ!? そ、それもしてるよぉ~! でもやっぱりそれだけっていうのは……」
相変わらずちょっと配慮にかけているせいで責めているようにも聞こえる(勿論本人にそんなつもりはない)ミサキの言葉に怯えつつ、しかしルビアは食い下がる。
一方でちゃんと確認を(責めているようにも聞こえる言葉で)取ったミサキにも言い分があり、
「……周囲の警戒と回復をしてくれるルビアさんが後ろに居るから、私達は心置きなく戦える。ルビアさんがいないと私達は身動きが取れないとも言える」
「そ、そう言ってもらえるとちょっとは嬉しいけど……でも今のところ回復の出番はないし、警戒だけならわたしじゃなくても出来るし~……」
「……慌てなくても、そのうち私が傷の一つくらいは負うと思う。その時に助けて欲しい」
傷を負う事をとっくに覚悟している、それは前衛として立派な心構え。そして傷を負う事を前提としているからこそルビアはその時が来るまで控えておいて欲しい、というのがミサキの言い分だ。
油断も慢心も無く常に悪い事態を想定する、実戦に対して誠実で慎重なその姿勢には説得力があり守られる側であるルビアは納得するしかない。……のだが、
「わ、わかった、じゃあその時を待ってるね~……――って、これだとまるでわたしがミサキさんに怪我して欲しがってるみたいじゃない!?」
「…………確かに」
ちょっと返事に困るやつでもあった。ミサキもミサキで同意しちゃってるし。
それでもまぁ、そんな感じになんとかミサキはルビアの不満を解消――まではいかずとも納得させ引っ込ませる事には成功した。
――した、のだが。
『……いや、ちょっと待て魔人。せっかくだ、ソイツも戦わせてやれ』
天井からの声――ボッツがそんな事を言い出しやがった。
◇
ルビアが内心の後ろめたさを不満という形で吐露していた頃、マスタールームで観測を続けるボッツもまた不満を吐き出していた。もっともそれはルビアの扱いにではなくここまでの結果全てに対してなのだが。
「チッ……魔人をビビらせるという当初の目的が達成出来ないどころか、あの二人を調子付かせちまうとは。良くない流れだな……」
「……それで教官、次はどうしますか?」
「魔人をビビらせる」の一文だけを聞くとなんか私怨が籠ってそうに聞こえるが、ダンジョンマスターのおじさんはそのあたりも事前に聞かされていたので動じなかった。
一方で――
「ハッ、どうせそんな事だろうと思ってましたよ、センパイに対して何か企んでそうな目をしてましたからね。でも無駄ですよ、センパイは常に我々凡人の想定の上を行きますから!」
この場で一番危ない狂信者ことエミュリトスもまた動じず、それどころか煽りだす始末。やっぱりミサキが絡むと強気……というか向こう見ずである。
しかし周囲の人から見ればここでボッツに逆上されてもめんどくさい事になりそうであり。故におじさんは先手を打って丸め込む事にした。
「……その子の肩を持つ訳ではありませんが、あの黒い少女の戦闘力はレベル相応に高いと思われます。初心者ダンジョンで出せる敵では彼女に痛手を与えるのは難しいかと」
「むぅ……」
「学院で戦闘術を教えているのは教官だと聞いています。あれほどに仕上がっているのは全て教官の教え方が良かったからでしょう」
露骨なおべっかだが嘘を言っている訳ではなく、事実である可能性が高いおべっか。否定の難しいおべっか。それを受けたボッツは……意外にもさっぱりとした、諦めたような表情で深々と溜息を吐いた。
「……教頭の言う通りだったか。そうだな、魔人の戦闘力に関しては問題ないだろう。大人しく次の段階へ進むとするか」
「他の生徒達はよろしいのですか?」
「いや、そっちは良くはないな。チョーシこいてる二人は危なっかしいし、一切戦っていないルビアにも実戦を経験させておきたい。どうするか……」
考えながら、もう片方のパーティーを映している水晶に目をやる。あちらのパーティーは最低難易度のルートでありながらパーティー内の連携がなかなか上手くいかず進行ペースが遅れているようだった。
ミサキ達のパーティーの方に視線を戻せば、そちらでは丁度ルビアがミサキに後ろめたさを白状しているタイミング。それらを見て……
「……よし、この手でいくか。魔人以外の三人の最終確認だ」
頭の中で雑にプランを固め、ボッツは水晶に手を伸ばす――
◆
『ルビアはひとまず戦ってみろ、いつも通り魔人が盾になった後に追撃すればいい。一度だけ、一撃入れるだけでいい、やってみろ』
「は、はいっ!」
『その後にもう一体敵を出す。そいつはレンとリンデだけで倒せ。万が一魔人と連携が出来なかった時を想定して、だ』
「わ、わかりました!」
話がどんどん進められていき、とっくにミサキ以外全員やる気になってしまっているが……ミサキとしては「はいわかりました」とは言えない状況である。
「……待ってください先生。それだといくつか不安が残ります」
『わかってる。弱ぇ敵にしておくし失敗してもすぐフォローしてやる。それにクラス長もいるんだ、滅多な事にはならんさ』
「………」
四人で戦う練習をしてきたのに急に二人でやれとか、前に出すつもりのないルビアを戦わせろとかなかなかひどい無茶振りだ。が……そこはボッツなので仕方ないとミサキも諦められる。一応ボッツの目論見も理解できないものではないので尚更。
ただ、どうしようもない問題がもうひとつ残っている筈なのだが……
(……あ、もしかして『この事』をボッツ先生は知らない? ということは本人も伝えてない……知られたくない事なのかもしれない。だったら私の口から言うのはお門違いか)
そう思い至り、その『どうしようもない問題』がどうにか発動しない事を願ってミサキは口を噤んだのだった。
――ま、そんな願いが届く訳がないのだが。
天狗になっていたところにミサキ抜きで敵と戦えと言われ、緊張してしまったレンはすっかり忘れていた。
リンデは一応覚えてはいた。ただレンと同様に緊張していたためそっちに気を割く余裕が無く、何も言えなかった。
ミサキは本人の尊厳のために口を噤み、全てを天に委ねた。
そして――
「……っと」
幾度目かの遭遇となるレッドスライム、その代わり映えしない攻撃を今まで通りミサキは受け止め、押し返す。
そこにすかさずルビアが後方から魔法で追撃を入れればそれで終わり。彼女の攻撃魔法はリンデほどの威力は出ないが、ボッツが見たいのは威力ではないので問題はない。
「あ、《アイスニードル》っ!」
ニードルと言いながらもずいぶんと丸っこい、氷球のようなものが形成される。大した威力のなさそうなそれは真っ直ぐ飛んでいき……
「ごふっ」
ミサキの後頭部に直撃した。
……ミサキの後頭部に直撃した。
ここにきてルビアのドジっ子属性が発揮されたのだ、ある意味期待通りに。
ちなみに今日のミサキはダンジョン用の道具を詰めた小さめのリュックを背負っているのだが……そこを避けて的確に後頭部に直撃させるあたり精密射撃と言っていいドジである。
「わあああ!? ごめんねミサキさぁぁん! 今治すから!《ヒール》!」
ルビアは回復魔法を唱えた!
レッドスライムが元気になった!
「なんでええええ!?!?!?」
『な、なんだ? 何が起こってやがるんだ?』
「ミサキっ……!」
あまりにもアホらしいドジの数々にボッツが虚を突かれ反応できずにいる一方で、リオネーラはいつでも助けに入れるように剣を抜く。
そして無駄に元気になったレッドスライムはあたふたと慌てていて目立つルビアを標的として定めたらしく、そちらに向けてぷにょぷにょとにじり寄り始めた。
「ぴゃー! 助けて~!」
「っ――ルビアさんっ!」
「み、ミサキさ――わひゃっ!?」
頭の痛みに耐えながらミサキは右手を伸ばし、ギリギリのところでルビアを無理矢理引き寄せる。そのまま右腕で抱き止めながら、体勢を整えるより先に左手で持った剣を無理矢理振るい、スライムに一撃。
体勢が悪かったせいで力の入らない攻撃となってしまい、スライムは戦闘不能になる事なくぽよぽよと転がっていったが……ミサキは追撃としてアイスニードルを唱え、その場で無事倒し切った。
「……ふぅ」
『きゃー! さっすがセンパイかっこいいー!』
ルビアを抱えているせいであまり動けなかったのが理由なのだが、結果的に魔法剣士っぽい遠近両用・臨機応変なムーブになりその姿はエミュリトスのツボだったらしい。黄色い声が天井から響いた。
『――あとルビアさんは帰ったら寮の裏に来るように』
黄色い声が一瞬で絶対零度の声色に変わった。
「ひいっ」
「……エミュリトスさん、落ち着いて。動ける程度のダメージだったから。……っていうか呼び出しは寮の裏なんだ……」
『……あー、なんだ、その、今回の件は無理矢理やらせた俺にも責任がありそうだからな……エミュリトス、今回は俺の顔に免じて許してやってくれ。ルビアも気にするな』
本来争いを嫌う妖精族を無理矢理戦わせてトラウマを作った、という事になれば責任問題になりそうなのでボッツも擁護に回った。勿論それ以前にエミュリトスに目を付けられたルビアが可哀想だったというのもあるが。
『あと戦闘中の誤射も……あってはいけない事なんだがどうしても起こり得る。反省はするべきだが絶対に引きずるなよ』
「はい……」
『……つってもまぁ気にするわなァ、よりによって魔人の頭に直撃してるからなァ』
「あっ、そ、そうだった! ミサキさん、大丈夫!?」
「……痛かった。回復して」
「っ、も、もちろん! 《ヒール》!」
ミサキの腕に抱かれたままルビアは回復魔法を唱える。
しかし実際のところ、ミサキ的には痛いは痛いが回復を乞う程でもなかったりする。ルビアの魔法攻撃力の低さとミサキの魔法防御力の高さによって。そのあたりは計算済みだったからこそ運を天に任せたのであり、事実その通りたんこぶすら出来ていなかった。
それでも回復は頼む。自分のドジの始末を自分でつけられればそれだけで少しは気が済むだろうと、彼女はそう考えるから。
「……ありがとう。治った」
「良かった……ホントにごめんね、ドジで……」
「……こうして治してくれたから文句はない。それに……今度は失敗しなかった。違う?」
「そっ、それは、そうだけど……でもっ、この距離で、他に回復する人もいないのにドジるわけないしっ!」
もう一度言うが腕に抱かれたままの状態である。この状況で外せという方が難しい。
あとルビアの喋り方に若干しどろもどろ感があるのはミサキが喋る時に基本的に相手から視線を外さないからだ。ドジったところを身を挺して助けられ、間近で見つめられ励まされているルビアはわりと恥ずかしくてたまらないからだ。
「だっ、だからぁ~、あの~その~……」
「……つまり、距離が近くて対象が一人なら失敗はしないと」
「ま、まぁ、さすがにね~……」
恥ずかしいルビアは話をさっさと切り上げたいので深く考えずに同意する。その後にどんな言葉を投げかけられるか考えずに……
「……じゃあ、魔法を使いたい時は教えて。私が近くまで運ぶ」
「ふえっ? は、運ぶって……どうやって?」
「……今みたいに?」
三度目になるが今は腕の中である。
(今後魔法を使いたいと言う度にわたしはミサキさんに抱き抱えられちゃうのっ!?)
もちろん現在進行形で恥ずかしがっているルビアにそんな人目を引く未来を受け入れる度量などある筈もなく――
「い、いいよっ!大丈夫! ドジらないように特訓するから! レベルも上げて頑張るからっ! 大丈夫っ!」
「……そう?」
「そう!!!」
大声でそう言い切って、強引にバッサリと拒否するしかないのだった。
……もっとも、後になってちょっと勿体無かったかなぁとか考えたりもするのだが。
『……まァ、やる気を出してくれたのはいい事だな。……なんだ、どうしたエミュリトス。あん? 「羨ましい」?「勿体無い」? 知るかバカ』
同じような事を考えてる奴がやっぱりいた。
――なお、この少し後に行われるレンとリンデの戦闘については……
「ちょっと調子に乗ってたかな、ぼく達……」
「そうだねー……アタシ達だとさっきのミサキさんみたいな反応、出来るか怪しいし……」
「……もっと頑張らないとね」
「うん」
フレンドリーファイアを喰らってもなお頑張ったミサキを見て彼らも上手い具合に気を引き締めた為、危なげなくアッサリ勝利となった。ミサキの後頭部の痛みも無駄ではなかったらしい。
敵に不覚を取る事はないだろう(味方に不覚を取らないとは言っていない)




