初接敵(2回目)
――さて、そんな感じでドヤ顔でミサキに脅しをかけたボッツだったが……
「つー訳だ、頼むぞオッサン、ここから先は言葉の通じる敵は出さないでおいてくれ」
そう、いくら彼がドヤ顔で脅そうとも実際はダンジョン内の敵の配置はダンジョンマスターの裁量に任されており、部外者のボッツでは手も足も出ない領域なのだ。
つまり結局は全て他人任せ。実に格好悪い話である。が、それでも生徒の為を想っての行動なのはわかる。なのでおじさんもダンジョンマスターとして従う事にした。
「はぁ、わかりましたよ。本来は小賢しい程度には頭の回る敵もいるのですが、全て下げておきますね」
「頼む。まァ、やっぱり後々出してもらうかもしれんが。少なくとも当分は出さないでくれ」
「注文の多い事ですね」
「仕方ねぇだろ、アイツがこんな風に戦いを回避するとは思ってなかったんだからよ」
「……確かに私も初めて見ましたけどね、初見で番犬に対等に話しかけ、最終的に手なずけたブッ飛んだ挑戦者は」
慣れてきた者ならばそれくらいはする事もある。が、完全初見のガチ初心者のやる事ではない。そのクソ度胸には初対面のおじさんも驚かされていた。
……まぁ、ボッツが余計な事を企まなければ流石のミサキも普通に戦っていたと思われるのだが。ボッツと教頭が本来望んでいた『緊張感のある初戦』が観れたはずなのだが。そういう意味ではボッツのやった事は結果だけ見れば裏目も裏目、酷い失策である。
もっとも、ミサキの行動を予見するのは難しいのでそこを責めるのは酷というもの。それにボッツとしてもミサキのそんな訳のわからない『危うさ』を危惧しての行いなのだから、このタイミングでおじさんに共感を持ってもらえた事だけはプラスと言えた。
「彼女は本当に戦闘未経験なのですか?」
「まァ人との模擬戦ならこなしてきたが、明確な『敵』との戦闘は間違いなく初めてだ。変わった奴だろう?」
「そうですね……ふてぶてしいというか度胸があるというか、堂々としすぎているというか――」
「それがセンパイの良い所っ!」
「……そう、なんつーか、考え方から違う気がするんだよアイツは。真面目な性格ではあるっぽいんだが」
「……ふむ。見た目にも驚かされましたが中身も不思議な子なのですね――」
「そこがセンパイの魅力っ!」
「「………」」
さっきから外野の合いの手がうるさい。
「……ええと、教官、この子はあの黒い生徒とどういった関係で?」
「ただのアイツの狂信者だ」
「そうですセンパイは神ですさぁ皆さんも崇めましょうさぁ!」
「こいつがアイツの話を始めたら決して目を合わせず全て聞き流せ。いいな?」
「まるで呪いをかけてくる敵の対処法ですね」
「精神をやられるという意味では似たようなモンだ」
最近ミサキよりエミュリトスの扱いの方が酷い様な気がしないでもない。もちろん言われてる本人は全く堪えていないが。己の信ずる道を邁進する彼女は外野の雑音に耳を貸したりはしないのだ。つよい。
「つー訳でオッサン、こいつは放っておいてあっちに敵を配置してくれ。言葉が通じず、奴らの覚悟が測れ、そして相応に弱い。そんな敵で頼む」
「……了解です。いますよ、ピッタリなヤツが」
そう語りながらまた別の水晶を操作するおじさんの表情は、珍しく無表情なものだった。
まるでその『ピッタリなヤツ』に何か思うところがあるかのような――あるいは逆に全く何も感じていないかのような、そんな表情。
◆
「――敵」
先頭を歩くミサキが反応し、しかしまだ武器は抜かずに身構える。その視線の先、前方にいたのは……ミサキの膝までの大きさすらなさそうな、小さめの赤いスライムだ。
「あ、珍しいね、レッドスライムなんて」
ミサキと同様に警戒はしながらもレンが気付いた事をそのまま述べる。不定形族の彼はスライム種についても詳しいのだ。……まぁ、スライム種はポピュラーすぎるので彼でなくとも詳しい人は多いのだが。ミサキでさえ最近授業で習ったほどに。
「……スライム種は色によって大まかな傾向がある、とゲイル先生が授業で言ってたけど」
「うん。赤いやつはとにかく好戦的だから、そういう意味ではダンジョンの敵にはピッタリなのかなあ。好戦的な割に強くはないからすぐ負けてしまって外では数はそんなに多くないんだけど」
曰く、青色は臆病だとか。紫は毒があるとか銀色は素早いとか。とにかく色によって特徴が明らかに違うのがスライム種の特徴らしい。言うまでもなく最も多いのが青色でその数は他と比べて頭一つ、いや二つ、いや四つくらいは抜けている。そしてレンも本体は青色をしている、言うまでもなく。
ちなみに数年に一体しか発見されない激レアな虹色スライムもいるらしいのだが、その特徴が『美味しい』だった事にミサキはカルチャーショックを覚えたりもした。どうでもいいが。
「……好戦的……ボッツ先生の言った通りの、言葉の通じない戦うしかない相手、か……」
「そういう事だね」
「………」
平和な時代に生きてきたミサキとしては本来なら出来る限り相手が明確に敵対の意思を示してから戦闘態勢に移りたかったのだが、そんな自分勝手な甘い考えで後ろの仲間を危険に晒す訳にもいかない事も理解している。レンの言葉を受けて彼女は剣を抜き、構えた。
もっとも、剣を抜く直前にほんの僅かだけ――ミサキ自身も気づかないくらい僅かに――逡巡していたのだが、この状況でそれに気づいた者はリオネーラ以外には居ない。
――ぷるん
レッドスライムが震え、最前に立つミサキに向けて飛びかかる。
武器を持ったミサキに対して無謀すぎる、知性の欠片も感じないただの体当たり。力量差も理解せず攻撃手段を工夫したりもしない愚かな一撃。それを見れば誰にでもわかる、こいつに知恵は無いと。
とっくに開き直っていた割り切りの良いミサキはあくまで冷静に防御、その攻撃を剣で受け止める。思ったよりもジャンプ力はあったがそれだけだ。威力は貧弱そのもの、追加効果も何も無し。全て想定内。
そうして受け止めたスライムをやや上向きにそっと押し返して空中に浮かせれば、その着地際を狙って追撃要員のレンとリンデがそれぞれ動いた。
(――うん、バランスのいいパーティーに仕上がってるわね)
彼女達の連携を後ろで見守るリオネーラはすっかり感心している。
先程の番犬との戦いの時もだが、彼女達のパーティーは役割分担がしっかり成されていて動き方がほとんど決まりきっているのだ。具体的には最前列に位置するミサキが敵の攻撃を引きつけ、対処。そうして敵に隙を作り、そこを物理的に突くならレンが、魔法ならリンデが仕掛ける、といった具合に。
ちなみに名前の挙がらなかった最後列のルビアはヒーラー兼周囲の警戒役である。エミュリトスが教えた回復魔法をリンデは一応は覚えたものの、その効能はエミュリトスどころかルビアと比べても劣るものだったのだ。なのでやむなくルビアは回復魔法専用係として温存する事になった。無論、彼女一人ではどうにもならない時の為にエミュリトスがミサキの持ち物の中に回復薬を入れているが。
ともかく、そんな感じでこの四人はかなり役割分担の出来た良いパーティーになっているのだ。ミサキの第一手に全てが懸かっているため彼女の負担が少し大きいようにも見えるが、この中で一番レベルが高いのも彼女だし、何より彼女自身が望んだ事である。盾になりたい、と。
(いやホント安定したパーティーよね。仮にあたし達三人でパーティーを組んだとして、ここまでしっかり役割を分ける事が出来るかしら……)
仮に、と同居人三人でのパーティーをリオネーラは想像してみるも……なかなか上手くハマらない。
とりあえずレンのやっているような遊撃アタッカーを自分が担当するであろう事だけは想像がつく。レンにそのスタイルを軽く伝授したのは自分なのだから。
(でもその理屈だとミサキに防御の仕方を教えたのもあたしだし盾役もあたしでいいって事に……いやミサキの役割を奪うつもりはないんだけど。あ、じゃあミサキに魔法を担当してもらって――って、魔法も教えたのあたしだわ……)
この決め方はちょっとよろしくない。なんでも出来ちゃう上に面倒見もいいリオネーラの性格が完全に裏目に出ている。考え方を変えるべきだ。
(逆の順番で考えてみるとか。二人の役割を先に考えて足りない場所をあたしが補えばいい。ええと、ミサキに出来る事は……まず防御力を生かした盾役。攻撃面は物理も魔法も実はそこそこ出来る、覚えがいいからね。あと多分だけど性格的にも前衛をしたがると思う。あ、でも機動力にはちょっと難アリ、かしら)
あと性格とコミュ力にも。
(エミュリトスはブレスレット前提だけど回復魔法がズバ抜けて得意なヒーラーよね。攻撃魔法は苦手と言っていた気がするけどブレスレットを外せば腕力があるから殴りには行ける、足腰も強いし。……ヒーラーが殴りに行く必要は本来無い筈なんだけど、あの子の性格からしてミサキに歯向かう敵は自分の手で叩きのめさないと気が済まないだろうから……うん……)
となるとエミュリトスはヒーラーとしてカウントしない方がいいような気もしないでもない。彼女自身も積極的に殴りに行くと言っていたしロッドもその為の特注品だ。ヒーラーも出来る肉体言語系のナニカ、と考えておいた方が良さそうである。
(あれ、つまり全員前衛ってコトに……? バランス悪っ)
リオネーラ自身も言うまでもなく前衛型なので、三人で互いを押しのけながら(善意で)前に出たがる光景しか想像出来ない。まぁ実際にそうなったら多分足の遅いミサキが置いていかれるけど。
何にせよなかなか致命的な問題なので、いずれ三人で戦いに出る時までにどうにかしないといけない宿題だと言えた。
……自然とそんな未来図を想像しているあたり、彼女にとって二人のいない日常は考えられないものにまでなっているという事なのだが……この時は運良くそこまで気が回らなかったようだ。
――と、そんな感じでリオネーラが頭をひねっていた間にミサキ達は危なげなくレッドスライムを制し、いざトドメ、という段階まで来た。
「……私が行く」
トドメを刺すのは『基本的に』ミサキの役割である。倒す寸前こそ最も相手の動きを警戒しなくてはならない時なので一番硬いミサキが最適なのだが、それにこだわりすぎて機を逸するようでは本末転倒なのであくまで『基本的に』だ。いくら役割分担が明確なパーティーでもそれが戦闘のセオリーなのでここは仕方ない。
で、今回はしっかりミサキがその役割を担えそうなのだが……実はこれはミサキがそれとなく前に出て立ち回った結果だったりする。こだわらないといいつつも今回は強気に狙いに行っていたのだ。何故かと言われれば……善意といえば善意である。
「………」
ミサキは一瞬だけレンに視線を向けた後……剣を振り下ろし、レッドスライムを倒した。
「? ミサキさん、どうかしたの?」
「ん……いや……」
善意といえば善意なので言いふらすつもりのないミサキは言葉を詰まらせるが、最後列から皆を見守っていたルビアはその視線の意味に気付いていたらしく口を開いてしまう。
「ミサキさんはレン君に気を遣ったんじゃないかな~。ほら、敵はスライム種だったし……」
「え? あぁ、ぼくが気分を悪くすると思って?」
そう、言ってしまえば同族同士。ダンジョンマスターによって『設置』された敵とはいえ、レンにトドメを刺させるのはなんというかあまり良くないような気がしていたのだ。
少なくともミサキはそう思った。ミサキの思惑を見抜いたルビアもそう思っていた。が……
「そんなの気にしなくていいのに。あれはただの『敵』だよ、何も思うところはないよ」
本人は同族同士とはまったく思っていないらしく。
「よく誤解されるんだけど、知恵を得て人と仲良くしたいと考え始めた不定形族にとって、人に仇なすああいう『敵』の考える事はもう全然全く理解出来ないんだよね。いやまぁどうせ何も考えてないんだけどね、考える頭があれば無謀さと無意味さに気付くはずだし。とにかくそういうわけでアレはぼく達とは完全に別の生き物。絶滅しても全然構わないくらい」
「……意外とシビア」
「そう? んー、あれだよ、人族で言うところのZランク落ちする悪人みたいなものだよ、敵スライムは」
「そう言われると納得するしかないけど……」
勧善懲悪を良しとするミサキだ、その割り切り方自体は理解できる。それでも歯切れの悪い言い方になったのはその割り切り方が心優しく臆病なレンらしくないものだったからに他ならない。
(……いや、「らしくない」だなんてそれこそ思い込み、勝手な決めつけか。過去に何か色々あったのかもしれない)
この世界の歴史も不定形族の歴史もロクに知らないのだ、異世界の人間族の基準で決めつけるのは失礼というものだろう。ミサキは反省し、頭を下げた。
「……ごめん、余計なお世話だった」
「う、ううん!気持ちは嬉しいよ! だから、うん、本当なら先にありがとうって言うべきだったね……ぼくの方こそごめん。でもホント、敵スライムの事は心配しなくて良いからね! ホントに滅ぼしたいくらいに思ってるから!」
(いい笑顔で「滅ぼす」とか言い切られるとどうにも闇を感じてしまう……)
まぁ、それすらもあくまで人間族の感覚であって彼等からすれば普通なのかもしれないが。あるいは闇をデフォで抱えてる一族なのかもしれないし。
何にせよ、要するにとにかく異文化交流は難しい、ということだ。




