初接敵
――先程のアホな会話を早く忘れようとそそくさと扉の先に歩を進める一行の前に、敵意を放たない不思議な犬がスッと立ちはだかった。
「――っ!?」
それも気づいたら進路の数歩横にいたとしか思えない不思議な現れ方で、だ。不思議すぎる存在に戸惑いつつも警戒するミサキ達に、ボッツが天井から声を掛ける。
『あー、そいつは『番犬』だな。扉を開けた連中にこの先に進む資格があるかどうかを見極める奴だ』
「……見極める……強さを見ていると?」
『そういうこったな。力不足だと判断したら追い返すのもソイツの役割だ』
その解説を聞き、要するにダンジョンのギミックの一環か……と彼女達は警戒を解いた。見極めてくるだけなら大人しく見極められておこう、と。
だが彼女達は気付かない、後ろを歩く同行者リオネーラが警戒を解いていない事に。彼女達は侮っていたのだ、ボッツの性格の悪さを。
『――で、資格があると判断した場合は……最終確認の為に襲いかかってくる』
ボッツはその事を――大事な情報をあえて直前まで伏せておく事で四人の油断を誘ったのだった。まるで安全なただの犬のように思わせる事で。
「「「……へ?」」」
その姑息なやり方に彼女達はまんまとハマり、番犬がこちらに駆けてきても三人はマヌケな声しか出せずにいた。
例外である一人……意外にもミサキだけは咄嗟に反応しナイフを抜いて構えたものの、それさえもミサキに負担をかけたいボッツからすれば望み通りの展開。勿論完璧にミサキの不意をつくのが彼にとってのベストではあったが、今の結果でも充分ミサキ達パーティーの出鼻を挫いていると言えるのだ。
上手くいった、とボッツは水晶の向こうでほくそ笑んだ、が……
「……待って! やり直したい!」
『……は?』
ミサキがまさかのタイムをかけた。まさかの向かってくる犬に対して。
「ガウッ!? ……わう」
しかも何故か犬も素直に止まった。
「……ありがとう。ちゃんと本気を見せるから、もう一回最初からやっていい?」
「わうん」
「……うん、ありがとう」
『…………は?』
理解出来ない展開に呆けるボッツ(の声)を置いてけぼりに、ミサキはパーティーメンバーに声をかける。
「……皆、大丈夫?」
「うん。ごめんミサキさん、情けないけど油断してた」
「せんせーに騙されたー、くやしー!」
「つ、次からは気をつけるっ……!」
『……いや、いやいや待て魔人! これは実戦だぞ!? 実戦でそんなんが通じるか! おい犬、お前もお前だ、なんで止まった!?』
「わう、わうん……」
『何言ってるかわからんわ! もう黙ってろ!』
聞いておいてその言い草は酷いとしか言いようがないが、そのくらいボッツは納得していないのだ。実戦の厳しさを教えることが最優先のボッツとしては。
しかしミサキも実戦である事を忘れて待ったをかけた訳ではない。ちゃんと実戦さながらの咄嗟の反応は出来ていたのだから。
もし言葉が通じなかったり聞く耳を持たなければそのままナイフで対処すればいい。一方で通じて止まってくれたなら御の字。そういう企てだ。そして、この番犬は案外聞き届けてくれるのではないかとも彼女は予測していた。
「……恐らくですが、私達の実力を見極めるのがこの子の仕事だからではないかと」
『あ?』
「不意討ちで倒してしまったら本来の実力がわかりませんから」
『……不意討ちにどう対処するかも実力の内だ』
「……確かにそれもあると思います。なので結局はこの子――番犬がどちらを重視しているか、です」
咄嗟の対応力と、正面きっての戦闘力。どちらも実力であり、ダンジョンの攻略にはどちらも欠かせない。
だがここは初心者ダンジョン、失敗から学ぶ事が許されている場。であればより求められているのは――否、番犬が最低限見ておかなければならないのはダンジョンを進んでいく為に必要な素の戦闘力の方の筈だ……とミサキは読んだのだ。
最初から仕切り直せば全員の戦闘力が見れる、だから案外聞き届けてくれるのではないか、と。まあ、ミサキが武器を構えて反応していた時点で咄嗟の対応力も一応は見せた事になるのだが。それこそ最低限は。
『あー……それでお前は本来の実力の方を見たがってる方に賭け、声を上げた訳か』
「……私ならそちらを見たいので」
賭けと言われたが、実際は前述の通り賭けに負けたところで普通の対処をするだけというほぼノーリスクでハイリターンな賭けだ。
実戦で待ったをかける、とだけ聞くとアホくさい上に甘ちゃんの行動だがこのように一応ちゃんと損益は考えられており、しかも地味に敵――番犬サイドにも得があるので成功率もそこそこある。遠くで見ていたボッツも、すぐ後ろで見ていたリオネーラもその事を理解し、ミサキの評価をまたちょっと上げた。
もっともボッツは当然素直に評価した訳ではなく、強いて言うなら嫌々ながら評価した、評価せざるを得なかった、といったところ。
(チッ。相手が番犬だからこそ――知恵があり、役目がある相手だからこそ通じてしまった、か。しかも番犬だと教えちまったのは他ならぬ俺だ。油断を誘いビビらせる為にやった事が結果的に裏目に出たという事か、クソッ)
結果だけを見ればそうなるのでそりゃ嫌々ながらにもなろうというものだ。ミサキに言わせれば『策士策に溺れる』だろうか。勿論ミサキはボッツの悪巧みには気付いていないので実際に言いはしないが。
そんな風にボッツが悔しさを滲ませている最中、ミサキ達と番犬との戦闘は再開された。しかし当然、あくまで見極める役にすぎない一匹の番犬がパーティーとして連携するミサキ達に勝てる道理はない。
番犬の攻撃にしっかり対処し、反撃し、パーティーとしての地力を存分に見せつけ……何度かやりあった後、トドメにミサキが剣を振るう。
「……ふッ!」
「キャイン!」
もっとも、トドメといってもその一撃は番犬をあくまで戦闘不能にさせるだけのもの、剣の腹で強く打ちつけるだけの一撃だったが。
まぁミサキの性格を考えれば当然である。こちらの要望を聞き入れてもらった上での仕切り直しの一戦で、一切の情け容赦なく相手のタマを取りに行くのは彼女的には筋が通らない。不義理に過ぎるのだ。
「……このくらいは戦えるけど、どう?」
そんな訳でダウンさせるに留めた番犬にミサキは問いかける。この先に進む資格の有無を。
でもぶっちゃけ本来なら答えなど聞くまでもない。普通に考えて番犬を打ち倒せるならば先に進めるに決まっているのだから。それでもつい聞いてしまったのは……『言葉が通じる相手だから』という面が大きいのだろう。言葉が通じるならまずは話してみて、出来る事なら分かり合いたい。彼女はそう考える。
一方で敵にトドメを刺さないスタイルは実戦教官であるボッツからすれば甘いものでしかないのだが……ミサキの言葉に番犬が反応した事で、彼も毒気を抜かれてしまった。
「わふん」
お腹を見せて服従のポーズを取るという反応を見せた事で。
「……よしよし」
「わふっ」
ついでにミサキがその腹を撫で回しまくっている事で。
『……なんだこの光景』
何故この魔人は敵である番犬とじゃれ合い、モフってるのだろうか。こんな筈ではなかったのだが。
……と、しばし頭を抱えてみたボッツだったが答えなど一つしかない。ミサキが待ったをかけたからとか、ミサキがトドメを刺さなかったからとかそういうのではない、もっと根本的な答え。
『……まァいい、さっさと先に進みやがれ。だが魔人、心しておけよ。次から出てくる敵には言葉は通じない。ここから先は自我のない『戦って倒される為だけの敵』しか出てこないからな』
そう、答えは『敵に知恵があったから』だ。だから言葉が通じ、「待った」が通じ、最終的には和解してしまった。
であれば。知恵のない敵が相手ならば、そういう事は絶対に起こらない。必然的に戦うしかなくなる。
「……わかりました。戦います」
つまり、ここからが本番という事だ。
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