キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!
「――あーあ、センパイとの感動の別れの直後にこのザマとは落差が酷い……落とし穴だけに」
愚痴りながらエミュリトスはデカく深い落とし穴を落ちていた。
もっともただ落ちるだけではなく、落ち始めてすぐに姿勢を整え、短く持った自慢のロッドと山暮らしだったが故に頑丈に作られていた愛用の靴を『落下の勢いに負けない程度に』壁に擦り付けて減速していたりする。僅かでも力加減を間違えると持っていかれるが、その程度の筋力の調整も出来ない鍛治師兼細工師の一族ドワーフではない。
まぁこれだけでは焼け石に水程度の減速にしかならないのだが、しかしそれでいいのだ。ここは初心者ダンジョンで、今は学校行事で、ダンジョンマスターのおじさんも一緒に落下している、とくればこの先に危険はないと考えるのが自然なのだから。あくまで万一に備えた様子見の為の減速程度でいいのだ。
「つまり今見ておくべきはあのおじさんの動き。それでこの後何が起こるかわかるはず。さて、どのあたりを落ちてるのか……」
視線を上下左右に向けてみれば何人かは同じようにあの手この手で軽く減速を試みていた。例えばユーギル含む獣人達は壁に片手足の爪を立て、火花を散らせながら減速している。とんでもない爪の硬度と身体能力と言えるが、同時にとんでもなくガリガリうるさい。
更にトリーズとボッツなんかは恐ろしい事に素手で同じ事をやってのけている。平然としているボッツは何かしらの上手いやり方を知っているのだろうが、トリーズは「うおおおおお筋肉に不可能はないィィィイ!!!」とか叫んでいるので多分無茶してるやつだ。
で、そのボッツの近くをおじさんも落ちていた。その他大半の生徒と同じように無抵抗に、しかしニコニコしながら落ちていた。
「――大丈夫ですよ教官。何もせずともこの先は安全です。マスターである私も一緒に落ちているのですから危なかったら困るでしょう?」
「あ? 本当だろうなァ?」
「本当ですよ、信じてください」
「たった今俺達を騙して落とし穴に落とした奴が何を――」
何を言うのか――とボッツがおじさんに苦言を呈しようとしたまさにその時。落ちていた全員の身体が急に青白い光に包まれ始め…………そして、次の瞬間には消えていた。
――消えて、その直後。
彼等は全員落下していた時の姿勢そのままに10メートル四方くらいの部屋に立っていた。……そのままの姿勢なので正確には横になっている者もいたり、それでなくても微妙にマヌケな絵面になっていたが、まぁそれはそれ。今大事なのはそんな事ではなく――
「――なんだ、結局転送魔法なんじゃねえか」
ボッツの言う通り、落とし穴の中から別の場所に『転送された』っぽい事の方だ。
転送の経験がある者はすぐにわかったが、無い者でも理解している。それしかないだろうと。落とし穴を落ちていたのに次の瞬間には部屋に立っている、そんな現象など転送以外では説明できないだろう、と。
「はっはっは、違うとも言ってませんからね。落とし穴の途中に魔法陣を仕掛けておきました。落とし穴でまっすぐ行ったらマスタールームの場所を教えているようなものでしょう? 教官なら落下時間から大体の距離も特定するでしょうし」
「確かに出来るが……特定を避けねばならんのもわかるが、それでも騙して穴に落とす必要はねぇだろ、この野郎」
「ここはダンジョンの中で一番……あぁいや、二番目に大切な部屋ですからね。ご了承ください。……では改めて。ようこそ、マスタールームへ」
「ここが……」
ボッツでさえ足を踏み入れた事のないマスタールーム。勿論他の生徒の中にも来た事のある者などおらず、全員が物珍しそうに周囲をキョロキョロ見回している。基本的にミサキ以外に興味を示さないエミュリトスもミサキのいない今は例外ではない。
見た感じ、室内で何よりも目を引くのは正面、壁を背にして設置された玉座か。周囲には台座に乗った水晶球が多数あり、座った者(勿論ダンジョンマスターだろう)がそれらを使って何かをするのであろう事は察するに難くない。しかし意外にも他に目を引く物はそんなになく、左右の壁際には椅子やベッド、机に本棚などもある。微妙に生活感の残る部屋だった。
「思ったよりつまらん部屋だな。最低限寝泊りできる程度の物しかねぇのか?」
ボッツが落胆を隠しもせず問いかけるが、おじさんは困ったように、人が良さそうな笑顔で答えるだけ。
「元々物の多い部屋ではないのですよ。勿論ダンジョン関係者以外に見せてはいけない物などは隠しましたが、それを抜きにしても、ね」
「チッ、面白くねえ。あー、あと、一番大切な部屋っつーのは……やはり『コアルーム』か?」
「ええ。流石にあちらには一瞬たりとも部外者を入れるわけにはいきませんので、見せろとは言わないでくださいよ」
『コアルーム』とはその名の通りコアを――ダンジョンの心臓である『ダンジョンコア』を保管してある部屋。どこにあるのかはダンジョンによって違い(マスタールームと兼用している所もある)、当然その情報は徹底して秘匿されている。中にあるコアを壊されたりしたら困るので。
一方でダンジョンコア自体の見た目や働き等は多少周知されている。曰く、コアは光り輝く謎の物質であるとか。コアはダンジョンに挑んだ者が消費した体力や大気中のマナやら色々を吸収し、エネルギーに変換してダンジョンを作り上げるとか。
そう、ダンジョンを運営していくにはエネルギーが必要なのだ。そして実は、エミュリトス達多数の生徒が無償でダンジョンに入れて、マスタールームまで見せてもらえたのもそこに関係している。
「……生徒達がダンジョンのエネルギー補充を手伝うのが今回の交換条件だったはずだが? コアの近くじゃなくていいのか?」
そういう事である。本来なら入場料として得た金で人手を雇ってエネルギーを補充する――挑戦者の体力からも多少徴収してはいるが――事でこのダンジョンは回っており、故にタダで入場なんてされたら採算が取れない。そこでボッツは入場料の代わりにエネルギーを、という事で話をつけたのだ。
「「「「えっ」」」」」
なお生徒達は聞かされてなかったが。
「問題ありませんよ教官。今回はその為に『とっておき』を用意したのですから」
「とっておき……っつーと……」
……さて、いきなりだが、この部屋の形状は玉座を上として見ると縦長の長方形になっている。で、家具などは左右の壁際の、上側に寄せて置いてあり……つまり縦長長方形の下半分ほどはがらんとした広い空間となっているのだ。
しかし、その広い空間に何も無い訳ではない。先程は言及しなかったが――というか誰もが『ソレ』から必死に目を逸らしていたのだが――、一応ひとつだけ置いてあるモノがある。物なのか者なのかわからないモノが。
『ソレ』は小さな球体と大きな球体を二つ縦に重ねたような――ミサキの前世で言う雪だるまのような――形をしている。恐らく上の小さな球体が顔で下の大きな球体が体なのだろう。
これだけでも非常に雑な印象を与えるが、さらに体からは関節も何も無い不恰好で太く短い丸太のような腕と脚が一対ずつ生えていて、ついでに顔は黒い穴が三つあるだけ。こんな感じ→(∵)
で、全身が小汚い茶色をしている。土のような砂のような泥のような。そして何より……そんなナリでクソデカい。最初からずっと微動だにしないがやたらデカい。マスタールームの天井に頭を擦り付けんばかりのデカさだ。……そのせいで動けなくなっている可能性もあるが、とにかく何なのかわからない雑な物体である、今のところは。
「……もしかしなくてもアレの事か?」
ボッツは話の流れでソレに目を向け、釣られるように皆も目を向けると……
『 ゴ 』
ソレは一言だけ喋った。
総合評価が増えてきています、そして今(投稿時)はちょっとキレイな数字になっています。ありがとうございます。




