Welcome to Underground
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石で枠組みを造っただけの簡単な門をくぐればそこからしばらく下りの階段が続き、歩を進めるだけで生徒達は地下へと呑み込まれてゆく。
まるで地下鉄の入り口みたいだ、とミサキはのんびり歩きながらぼんやり思ったが当然口には出さない。誰にも理解してもらえないので。あと実際は地下鉄に乗った事はないので。
まぁそんなどうでもいい事はさておき。そうして階段を下りきった彼女達の前に広がるのは……床も天井も大理石のような綺麗な石造りになっており、壁には松明の火が灯された開けた空間。階段から見て正面の遠い壁に巨大な三つの扉がある以外は何も無い空間だった。
本来ならここには多くのパーティーがたむろして突入前の作戦会議をしているのだろう。今日は貸切の為だだっ広いばかりで寂しさを感じるが。
「さァて。大半のダンジョンは内部への入り口も一つだが、ここは初心者向けという事でそれなりの幅のニーズに応えられるようルートが三つ存在する。あの三つの扉の先はそれぞれ別の所へ通じているという訳だな」
(……ニーズ、か。扉の先の難易度が違うという事? ……ん、よく見ると扉の上に何か文字が書いてあるような……)
目を凝らしてみるが、部屋自体が広い上に明かりが松明しかない地下という事でやや薄暗くミサキの目ではよく見えない。が、語るボッツはミサキが目を凝らし始めた事に気付いたようだ。
「そうだ。気付いた奴もいるようだが、扉の上の文字がそのままルート名になる。どうだ魔人、見えたか?」
「……いえ、見えません。松竹梅だったらいいなぁとは思います」
「誰もお前の願望なんか聞いてねぇよ」
意味が通じなかったらしくあっさり一蹴された。洋風異世界なので通じなくても仕方ないが。
「ついでにお前、目を凝らしてると面白いくらい人相悪ぃな」
ついでに余計なお世話である。
「まァいい。どうやら魔人の視力は人間並みらしいからな、もっと目の良い奴に見てもらうとするか。ユーギル、何と書いてある?」
「……左からS、M、Lだな」
「良し、正解だ」
(まさかのサイズ……!?)
流石は身体能力に優れる獣人、視力も良いらしい……と評価すべきシーンだったのだがミサキにとってはそれどころではなかった。
確かによく考えれば多種多様な種族のいる世界だ、身体のサイズで分ける必要もあるのかもしれない……いや、それだとパーティーを組んだ時はどう分ける? というかサイズなら扉の大きさに差がないのはおかしいような? そもそも海外ではSMLでは通じずスモールミディアムラージとちゃんと言わなくてはいけなかったような? などと頭が高速回転していたからだ。
しかし結局答えは出ないまま、時間切れと同義のボッツの声が響く。
「つー訳で魔人、お前らのパーティーはSルート、左だ。後の四人は正面、Mルートになる」
「……わかりました。……ところでSは何のSなのでしょうか。スモールですか?」
答えがわからないのも癪なので聞いてみる。と、ボッツは一瞬だけ頭の上にハテナを浮かべ、その後バカを見るような顔で口を開く。
「Sは初心者のSだ」
「…………そうでしたか」
その答えでバカを見るような顔をされるのはなんとも納得がいかない気がする。
そもそもが初心者ダンジョンなのに初心者ルートって名付ける意味はあるのだろうか、とも一瞬思ったが、他のルートの名前次第ではあるのかもしれない。
「……ではMルートは?」
「もっと初心者、のMだ。一番優しいルートだな」
「……………」
「何だよ、真っ正面にあるルートが一番優しい、一番ノーマル。わかりやすくていいだろう?」
そう言われればそうかもしれないがなんとも納得のいかないミサキである。
「あー、お前らがMルートじゃないのはお前が特に真面目に俺の授業を受けてるからだ。最近は他の三人も真面目だしな、あいつらよりはまだ戦えるパーティーだと判断した」
「それは……光栄です。では最後のLは……?」
「初心者卒業間近の奴等が大物を狙いに行くルート……つまりラージサイズのLだな」
「………………」
何故そこだけ普通なのか。なんとも納得のいかないミサキであった。
「――さァてと。では俺達は『マスタールーム』からお前らの様子を見させてもらうとするか。護衛の二人もあまり緊張しなくていい、気楽にやれ」
「「はいっ」」」
ミサキ達のパーティーの護衛――というより付き添い――は当初の予定通りリオネーラだ。もう片方のパーティーもなんかいろいろ(欲望と建前のぶつかり合いが)あってサーナスに決定しており、二人は元気よく頷いた。
そしてボッツの言った『マスタールーム』についてだが、言わばダンジョンの管理室の事である。そこからならダンジョン内部をどこでも見渡せ、声も聞け、ダンジョンの改築も可能らしい。勿論基本的にはダンジョン関係者以外立ち入り禁止だ。今回は例外のようだが。
「いやー、俺もマスタールームに入るのは実は初めてなんだよなァ、楽しみだ。おいオッサン、どこから行くんだ?」
「こちらです教官。皆さんもどうぞ」
そう言っておじさんが示した床にはよく見れば何やら円形の模様が大きく描かれている。それを見たボッツは「転送魔法陣か!」とか言いながらそちらに向けてウキウキと歩いていき、ダンジョンに潜る10人以外の生徒達ももちろんその後に続く。
転送魔法陣。それは現在はダンジョン内でのみその存在が確認されている、上に乗ったものを同じ模様の陣の上に空間を越えて即座に転送するすげぇやつである。しかもダンジョン内のみと言ったが全てのダンジョンにある訳でもなく結構レアらしい。ボッツのテンションが上がるのも無理はなく、他の生徒も珍しい経験が出来ると大なり小なり楽しみにしていた。
「センパイ……お気をつけて」
「……ありがとう。頑張る」
そんな中で、今回唯一の仲間外れとなってしまったエミュリトスはカスほどもテンションを上げず名残惜しそうにミサキの手を握っていた。だがいつまでもそうしている訳にもいかないのも彼女自身理解しており、まるで今生の別れかのように重苦しく背を向けて歩き出す。
どう考えても大袈裟の極みなのだが彼女の性格を思えば無理もない。ついでに変にツッコミを入れれば逆ギレされそうなのも目に見えているのでリオネーラ含む誰もが大人しく見守るという安全策を採った。
そうしてそのまま待つ事しばし。無駄に重苦しい空気の中でようやく円の中にエミュリトスが足を踏み入れ、これでダンジョンマスターのおじさんを中心に部外者全員がその大きな模様の中に入った事になる。そして……
「では行きましょうか。挑戦者の皆さんはご武運を」
おじさんのその言葉と共に彼らの足元の魔法陣は下向きにパカっと開き…………全員がそこに広がる穴に落っこちていった。
「えっ」
「「「――うわあああぁぁぁぁぁぁぁ……――」」」」
「――おいコラてめぇ転送魔法じゃないのかよぉぉぉぉぉ……――」
「――はっはっは、誰もそんな事は一言も言ってませんよぉぉぉぉぉ……――」
「ええ……」
穴の中からエコーする悲鳴と口論の声が聞こえなくなってからもしばらく、残された10人は呆然と立ち尽くしていたという……




