体験コース1名様ご案内
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そんな訳で三人は学院に戻った後、昼食を摂ってから寮の裏庭に移動した。ミサキお待ちかねの体験タイムだ。
勿論準備は万端。メジャーな状態異常魔法はリオネーラが一通り使え、それを治癒する魔法も回復が得意なエミュリトスが覚えており、念の為に治療薬も準備してある。何も問題はない。いや、一応治療薬が勿体無いという問題はあるが。
「……お金は払う」
「使った時はね。エミュリトスの《キュア》でまず治るから大丈夫だと思うけど」
キュア。状態異常を何でも回復する便利な魔法である。パーティーの回復役が覚えておいてくれているととても助かるやつである。
「ちなみに状態異常というものは相手の耐性に左右されるから一回で確実にかかる可能性は低いわ。そもそもあたしも使えるってだけで得意ではないし、時間が掛かっても許してね」
「勿論。文句なんて言う筈がない」
「じゃあ……そうね、比較的安全な麻痺からやってみましょうか。動けなくなるから実戦では危険だけど、動けなくなる以外には何も無いから安全なら問題ないわ」
「よろしく」
「いくわよ、《パラライズ》!」
リオネーラがそう唱えて数秒後……立っていたミサキはグラつき、片膝をついた姿勢で座り込んでしまった。
(これは……この感じは……)
「ミサキ、どう? 大丈夫?」
「……動けない」
「まぁそうね、そういう状態異常だものね。そうじゃなくて、それ以外に何か体に変なところはない?」
「……たぶん」
手足は動かないものの会話も呼吸も出来るし他には特に問題はなさそうだ。というか手足のこの感覚にもミサキは覚えがあり、この状態異常には微妙に親近感すら抱きつつある。
(……正座の後の脚の痺れを思い出す。あの感覚をもっと酷くした感じだ。動けないというか、僅かでも動かしたら酷い事になるから動けないだけというか……)
「麻痺はそのうち自然治癒するタイプの状態異常ですけど……治しますね、《キュア》」
「…………ん、治った。ありがとう、エミュリトスさん」
「いえいえ、このくらい」
「それでミサキ、どうだった? 初めての状態異常は」
「……懐かしかった」
「懐かしい!?」
「いや……こちらの話。気にしないで」
久しぶりに正座がしたくなったミサキであった。状態異常の思わぬ副作用である。
「えっと……じゃあ次は混乱かしら。これは敵と味方がわからなくなる状態異常だから実戦では言うまでもなく危険だけど、今は敵なんていないから大丈夫よ。あたしとエミュリトスの区別もつかなくなるから不安になるかもしれないけど……あたし達を信じて、何もせずジッとしてて」
「……信じるだけでいいなら余裕」
「よろしくね。いくわよ……《コンフューズ》!」
「…………っ」
麻痺の時より早く、ミサキの体に――ではなく今回は視界に変化が訪れた。
視界全てがぼんやりと滲み、遠近感が掴みづらくなる。目の前で動く人の形っぽいモノの存在は辛うじて認識できるものの、確かにリオネーラかエミュリトスかの区別はつきそうもない。
(磨りガラスを通して見ているみたいだ……)
「――ミサキ、もう少し我慢してね――」
リオネーラのものであるはずのその声もどちらから聴こえているのかわからない。わかるはずなのにわからない。寝ている最中に叩き起こされた時のように頭が回らないのだ。
(これは……なかなか怖い)
見えるものも聞こえるものも信用できない、そんな状態。怖くないはずがない。しかしいくら怖くとも二人を信じてさえいればいいのだから何も問題はなかった。
「センパイ」
声と共に手を握られ。
ただそれだけで、世界は全て元通りになる。
「混乱は触覚に何かしら強めの刺激を受けるだけで解けます。勿論キュアでも解けますが。大丈夫でしたか?」
「……ありがとう。怖かった」
「あ、やっぱり怖さは感じていたのね。あまり表情変わってないからもしかしたら平気なのかもと思ったけど。まぁ怖いわよねぇ、あの感覚は」
「恐怖で焦らせ、判断を狂わせるのもまた混乱という状態異常の特徴ですからね、タチは悪いです。そのぶん解除しやすくもあるのですが。今やったみたいに」
「……じゃあ、もし二人が混乱した時は私も今のように手を握ればいい?」
「近づけそうなら、ね。無理せず遠くから小突くのもアリよ、混乱の危険さは知られているから攻撃してもトラブルにはならないわ。……で、そこで混乱してるフリしてるドワーフさんはあたしとミサキのどちらに叩かれたいの?」
「優しく手を握るという選択肢はないんですか!?」
ミサキならその選択肢もあったのだが、リオネーラに先にツッコまれたのが運の尽きだった。
「さて、おバカは置いておいて。次は毒か睡眠だけど……ミサキ、どっちがいい?」
「……? 何かあるの?」
「ただ眠るだけで苦しくもなんともない睡眠を最後にするか、苦しい毒を最後にするか、ミサキはどっちがいいかと思って」
「ああ……それなら毒が先で」
ミサキは嫌いな食べ物を先に食べ、最後に好物で口直しをするタイプだった。別に率先して毒を喰らいたがるドMという訳ではない。
「わかったわ。毒の症状は体の節々の痛み、高熱、動悸、眩暈や吐き気と多岐に渡るの。それらが心身共に蝕んでいく、辛く危険な状態異常よ。無理そうならすぐに言ってね」
「……わかった」
ウイルス性の病気みたいな症状だな、と思いつつも、身体の弱い現代人故にそれらの恐ろしさも充分に知っているミサキは深刻そうに頷く。
「頑張ってね。《ポイズン》!」
……しかし。
「「…………あれ?」」
しばらく待ってみたが、その恐ろしい症状は一向に表れる様子がない。
「リオネーラさん、ポイズンだけ苦手だったりします?」
「むしろ一番マシなつもりだったんだけど……逆だったのかしら? これだけやってかからないんだから原因はあたしかミサキのどちらかよね」
「センパイに完全耐性があるか、リオネーラさんがへたっぴかのどちらかということですね」
「へたっぴなんて久々に言われたわ……」
「……その完全耐性というのは珍しいの? 良い事なの?」
完全耐性とやらの効果は話を聞いてれば無効化なのだろうと推察出来る。なので聞くべきはそれ以外の事だ。
「生まれつき毒を使える種族は毒に完全耐性があったりと種族単位で大体の傾向があるわね。人間族は特別何かの状態異常に強い傾向はないから完全耐性は珍しいわ。毒を受けないといけない状況なんてまず無いから良い事なんじゃない?」
「……奇異の目で見られたりは?」
「羨ましがられはするだろうけどそれだけじゃない?」
「……そう、良かった」
どうせ見た目のせいで奇異の目で見られるのはデフォなのだが。耐性より先にそちらで避けられるのだが。それでもこれ以上避けられる要素を増やしたくはないミサキなのだった。
「うーん、悪いけど試しにエミュリトスにもかけてみていい? これでかかればミサキに耐性があるってことになるし」
「いいですよ、毒は慣れてますし、何よりセンパイの為になるのなら」
身につけていたらしき例の純銀のペンダントを取り外しながら言う。慣れていると言った彼女だが耐性自体は普通なので、これで原因がどちらにあるのかは明確になるという訳だ。
果たしてその結果は――
「ごめんね。いくわよ……《ポイズン》!」
「おえっぷ」
「あ、効いた」
結果はマッハで出た。
やっぱりというか何というか、リオネーラの魔法の腕は普通に確かだったようだ。
「これはミサキに耐性があるってことで決まりかしらね……」
「……エミュリトスさん、大丈夫?」
「(こくり)」
慣れていると言うだけあって彼女は騒ぎもせず静かに頷いたが、顔色の悪さは隠しきれていない。
「治していいよ」とすぐに伝えなかった事に気付いたリオネーラは即座に謝りつつそれを伝えた……のだが、結論から言えば少なくともその謝意に関しては無駄だったというか、必要無かった。
タイミングがミサキの行動とちょうど被っていたからである。
「……ごめん、私の代わりに……」
片手でエミュリトスの手を握り、もう片手で背中をさするミサキと被り……その上彼女は続けてそんな優しい言葉までもをエミュリトスの耳元で囁いたのだ、そうなると後はお察しの通り。エミュリトスの脳はミサキ関連を処理するのでいっぱいいっぱいになってしまい、リオネーラの言葉など耳から耳へと抜けていく……どころか耳に入りすらしない。
「いえ……良いんです、その分今は幸せなので……」
(この世界の毒は多幸感も伴うの? 恐ろしいな……)
ついでにミサキ側にも微妙な勘違いが発生していた。
「あの……エミュリトス、もう治していいのよ?」
「そう言わずにもう少しだけ……あ、リオネーラさんも一緒にキメますか? いいものですよ、これ(センパイの介抱)は……」
もちろんキメてるのはただの毒なのだがミサキからはもはやクスリにしか見えなくなってきた。アブないクスリ、もしくはふしぎなクスリに。
毒は分量次第で薬にもなるし逆も然り、とは言うがこれはちょっと違う。
「リオネーラ、早く治療しないと……」
「…………そんなにいいの?」
「……ちょっと、リオネーラ?」
「はっ!? そ、そうね、早く治しなさいエミュリトス。治さないなら毒消し無理矢理飲ませるわよ!」
正気に戻った(?)リオネーラの督促により、エミュリトスは「ちぇー」とか言いながらもキュアを唱え無事回復した。
ミサキの勘違いは残ったままになったが、まぁ毒が危険な事には変わりはないので大した問題ではない……と思われる。たぶん。
魔法名に《カッコ》つけてみましたがちょっとしっくりこなくて悩みますね




