コミックとらのうま
前回のあらすじ:女を泣かせるわけにはいかねぇぜ……
「それでどのような物を作りましょうか!? 指輪とかならサイズは先程手を見せてもらった時に完璧に寸分の狂いもなく覚えましたから作れますよ! 何ならセンパイの手も作れますよ!」
「なにそれ怖い」
「何にしますか!? どんな注文でも聞きますよ!」
「……じゃあ、なるべく安い物で」
「あ、それは却下で」
「……何でも聞くって言ったのに……」
驚きの超高速手のひら返しに流石のミサキもボヤかざるを得ない。
ついでに先程の「見せてもらった」という発言も実際は彼女が勝手にニギニギしてただけである。まぁミサキが嫌がっていた訳ではないので別にいいのだがそれでも正確ではない。
そのあたりを気にしない程度にはセンパイの許しを得たエミュリトスはハイテンションであり、故にちょっと危なっかしく、リオネーラが進行役を買って出るのも必然と言えた。
「えーっと、ミサキはどんなアクセサリーがいいの?」
「……なるべく安い物……」
「気持ちはわかるけど諦めなさい。たぶん近いうちに授業で『ダンジョン』に潜る事にもなるでしょうし、ある程度は装備を整えておいて損はないわ」
「……ダンジョンって、あの?」
「そうよ、あのダンジョンよ。名前だけなら授業でも出たあのダンジョンよ」
あのダンジョンである。想像通りのやつである。迷宮である。
「……いよいよ実戦という事? 緊張する……」
「いや、この街の近くにあるのは『初心者ダンジョン』だからそこまで身構える必要はないけど。あぁ、でも実戦ではあるわね……うん、やっぱほどほどに緊張しときなさい」
「……言われなくても。ところで初心者ダンジョンって?」
「んー、詳しくは今度説明するけど、要するにこの世で一番安全なダンジョンよ。それが近くにあるおかげでこの街は発展してきたし、だからこそここに学院を造ったんだと思うわ」
「なるほど……」
初心者用ダンジョンが一番近い街であるが故に初心者が集い、初心者を導くベテランも集い、彼らを対象とした商店が並び、そこから更に彼ら戦う者だけでなく商人までもを対象とした宿屋や食事処が増え……と、正当な理由の下に一度人が集まり始めればその流れは止まる事はない。
初心者を大事にする業界はちゃんと発展するものなのである。まぁその発展の結果ミサキという魔人モドキが此処に降臨してしまったのだが。
「ともかく。ダンジョンでの実戦に備えてアクセサリーは持っておいて損はないわ。あたしのオススメはやっぱり状態異常対策アクセサリーね。初心者ダンジョンでも初心者向けだからこそ状態異常は使ってくると見ておくべきよ」
「……勉強の為に使ってくる、と。初心者がその恐ろしさを身をもって知る為に」
「えっ……う、うん、そうね、そういうコトだけど……」
ミサキと普通に話をしているだけの筈なのに、普通の話の流れの筈なのに、リオネーラは何か奇妙な感覚を覚えていた。
「……つまり、アクセサリーで対策してしまったら身をもって知る事は出来ない。勉強にならない」
奇妙な――いや、ハッキリ言ってそれは『嫌な予感』だ。
「……私としては、後学の為に状態異常も一度この身で経験してみたい――」
「あたしは協力しないからね!!!」
「…………り、リオネーラ?」
「どうせまたミサキのことだから自分に向けて魔法を使えとか言うんでしょ!? 状態異常を喰らわせろって! あたしはもう手伝わないからね!」
ファイヤーボールの一件は彼女の中で地味にトラウマになっていた。それ故の嫌な予感。リオネーラはそんな予感に従い、ミサキの言わんとする事を的確に先読みしてセリフを遮った。
その判断は正解だったが、しかしそんな的確な先読みを喰らったミサキにも言い分はある。彼女もあの日リオネーラを心配させてしまった事はちゃんと悔いているのだ。
「……今回はあんな事にはならないから。ちゃんと回復の準備をしてからやるから。それに、そもそもが初心者相手に日頃から行われている行為なら危険も少ないと言える筈」
ボッツにも怒られ女神にも怒られ、命に関わるようなやり方は絶対にしないと彼女は誓った。今回もダイレクトに命の危険がある訳ではない状態異常だからこそ試してみたいと言ったのであり、そこに更に安全をちゃんと確保するという約束をして畳み掛けたのだが……それでもリオネーラは首を縦に振らない。
「だ、だとしてもあたしはイヤよ!」
「……この前、私のスキルの検証の時は手伝ってくれたのに」
「スキルは喰らわないモノの検証でしょ。今回のは喰らう前提だから違うわ」
「……模擬戦の時も攻撃してくれるのに」
「戦いなら私情は挟めないでしょ、お互いの成長の為に。それに、検証の時もだったけど物理攻撃ならいいのよ、自分の意思で最初から最後まで加減出来るから。反対に大抵の魔法は一度あたしの手を離れたら干渉出来ないから不安で……ミサキが何かおバカな事をやらかしても間に合わないじゃない?」
スキルの検証の時も彼女は魔法攻撃を試す事には難色を示していた……というか二人を上手く言い包めていた。どうやらそこにも同じような理由があったらしい。
その理由がミサキが馬鹿をやらかす前提というのがミサキ当人にとっては納得いかないものではあるが。あるが、しかし初日から酷い心配をかけた自覚はあるので反論は出来ない。というかむしろここまでトラウマになっていた事を申し訳なく思う。これ以上の無理強いなんて到底出来やしなかった。
「……わかった、他の人に頼む。……と言っても、リオネーラくらい魔法の上手い人となると限られるだろうけど……」
前回もリオネーラのように加減の上手い人だからうまくいったに過ぎない、とボッツに言われているので魔法の上手い人に頼むのは最低条件なのだ。
「エミュリトスさん、誰かアテはない?」
「うーん、やっぱり魔法といえばエルフなのでサーナスさんとか? あとは……そうですね、フェアリーの人も状態異常魔法など一部の魔法には長けているとの噂です。彼女達の棲む森に足を踏み入れたらそういう魔法がたっくさん飛んでくるらしいですよ」
妖精達が森で人を迷わせる、というのはよく聞く逸話である。あれは彼女達が『戦わない為に使う魔法』の一つの到達点。戦いを避ける為の魔法に限れば妖精族はかなりの腕を持っており、状態異常魔法もその中に含まれているのだ。
二人のそんな会話をぼんやりと聞きながら、リオネーラは無意識のうちに表情を歪めていた。
(……サーナスか妖精族の子に任せる、かぁ。……なんか、それはそれでモヤモヤするわね……特にサーナスに任せるのはなんかイヤでイヤでしょうがない……)
「……? リオネーラ?」
(……なんだろう、不安? あー、うん、まぁ不安なのかもね、ミサキの頼みとあらばサーナスは変にテンション上げてくるだろうし、何をやらかすかわからないものね。そう考えると……結局あたしがやった方が精神衛生上いいって事?)
「……エミュリトスさん、やっぱり止めようと思う。リオネーラが怖い顔して悩んでる」
「そ、そうですね。わたしは初日のお二人の間に何があったのか具体的には知らないのでわかりませんが、こんなに悩むほどに――」
「――しょーがない。ミサキ、あたしがやってあげる」
モヤモヤがトラウマをアッサリ凌駕した瞬間だった。
「えっ……いいの?」
「いいも何も、他の子に任せるほうが……なんか不安なのよ。でもその代わり準備は絶対に万全にするのよ! もうあの時みたいなのはこりごりだからね!」
「……それは勿論。何か試したい事が出来たら今度はちゃんと先に言う。……ありがとう」
「いや、そもそも変な事をしないで欲しいんだけど……まぁでも相談してくれるだけでだいぶマシかもね……」
ミサキの好奇心を止める事が難しいのは彼女ももう充分思い知っている。一番世話を焼いているからこそ知っている。
それでもなんだかんだでそんな毎日が楽しいと、そうも思ってしまっているのだ。
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