主人公スペック
◆
(――さて、どうすればいいのかなぁ?)
アクセサリー屋を後にしてからずっとエミュリトスは考え込んでいた。
考える事はひとつだけ。ミサキの為にアクセサリーを作ったとして、それをどうやって受け取ってもらうか、だ。
(センパイは誰かを頼るべき場面では素直に頼るけど、そうでない場面で与えられた物を素直に受け取るかと言われればそんな事はない。お金の絡む事は特にきっちりしたがるし、普通に貢ぎ物として献上しても受け取ってもらえないよね……)
そう、何も考えず差し出しても受け取って貰えないであろう事は彼女も理解している。自分の作る物が高級品と同等の価値があるとわかったからこそ献上したいのに、価値があるからこそ受け取って貰えないという状況なのだ。故に何か策を講じる必要がある。
(うーん……そうだ、自信作を価値が無いと偽って渡してみるとか?)
良い作戦を思い付いた気分になったエミュリトスは嬉々として脳内シミュレートを開始した。
『うわー失敗しちゃったーこれはどこからどう見てもゴミですー、というわけでセンパイに差し上げますね!』
『……ありがとう、エミュリトスさん』
(……いや、センパイは素晴らしい人だけどさすがにゴミを渡されて「ありがとう」とはならないでしょ。そもそもゴミを渡すなんてわたしの忠誠心を疑われかねないし。いくら実際は自信作とはいえ。これは無い)
あえて命名するならゴミ作戦とでも呼ぶのだろうか。命名する意味も特にないが。ともかくそれはあっさり却下となった。
(なら……そうだ、同じのを量産する事で相対的に価値を落とし、なおかつわたしの失敗だと言い張って余り物――という名の渾身の一品――を受け取ってもらうというのは?)
同様に脳内でシミュレートしてみる。
『あちゃー同じのばかりついつい作りすぎちゃったーわたしドジだなー処分に困っちゃうなー、というわけでセンパイひとつくらい貰ってくれません? こんなにあるんだし』
『……駄目、それもお金には違いない。受け取ってもいいけど対価は払わせて』
(よし、脳内のセンパイの再現度が上がってきた! いいぞわたし! ……作戦は失敗してるけど)
現代日本を知る者が見れば『マンションの隣人が余り物のおかずをお裾分けに来た』みたいな光景を思い出すかもしれないようなそうでもないような作戦だったがとにかく却下となった。
一応受け取って貰えはしたため悪くない作戦なのかもしれないが、彼女はミサキから金を取るつもりなど微塵もないのでやっぱり失敗なのだ。
(難しいなぁ……じゃあもういっそのこと対価を受け取る気はないと最初に思いっきり強気に宣言してみるというのは!? 時には嘘も見得も織り交ぜて!)
シミュレート開始。
『センパイ、これあげます! べ、別にお礼とか要りませんから! センパイの為に作ったわけじゃないので! 勘違いしないでくださいねっ!!』
『えっ……う、うん、ありがとう……?』
(……これは……成功してるの? 仮に成功だとしても何かを失ってる気が……。あと何故かこの作戦はリオネーラさんやサーナスさんの方が似合いそうな気がする)
現代日本を知る者が見ればツンデレ作戦と呼んだであろう作戦だったがキャラに合わない気がするので実行は躊躇われた。
客観的に見てもエミュリトスのキャラが崩壊する程度なら今更だが、キャラが被った結果行動まで被り、本職の子達の持ちネタを潰してしまうのは許されないので賢明な判断だと言える。
(どうしよう……うーん、難しいなぁ……)
「……ねぇミサキ、エミュリトスはちゃんとついて来てる?」
「……一応」
「そう……。さっきから何も喋らないから気になるのよね……」
「……私も気になってる」
一通りの用事は済んだので学院に戻ろう、と結論を出して以降、エミュリトスは本当に一言も喋っていない。これは彼女を知る者からすれば異常すぎる事態である。ミサキが一人なら迷わず本人に確認をブッ込んでいただろう。
しかし今はコミュ力に長けるリオネーラが一緒にいるのでミサキは全ての判断を彼女に委ねていた。リオネーラもそれを察し、エミュリトスに問いかけ――ようとした、その時だった。
背後から叫び声が響いたのは。
「ど、泥棒ーー!!」
(……泥棒?)
Zランクシステムで取り締まられるようになった筈なのにまだ居るのか、というのがミサキの最初の感想だ。次いでリオネーラとボッツの「外には悪人も居る」という忠告を思い出し、やはり完全に悪事を世の中から無くす事など不可能なのだろうなと前世と同じ結論に至り――そのタイミングで振り返り終えた。背後を振り返る一瞬でそこまで考えられる程度にはミサキの頭はちゃんと回っていた。
だが、そんな頭もその後の光景を見て一瞬固まる事になる。
ミサキ達が振り返った先で人混みが割れていく。後方から迫り来るトラブルを避けるかのように。
何故避けるのか。理由は一つだ。
「待てー! この泥棒猫ー!!」
そう叫ぶおばさんが追いかけているのが、犬くらいの大きさのある猫……黒猫だったからだ。
「……え、猫?」
「シーフキャットですね、危ないですよセンパイ」
エミュリトスの忠告が飛ぶ。先程まで無言で考え事に浸っていた筈なのに荒事の気配には即座に反応するあたり流石は現役ハンターと言えよう。
そしてその口から告げられた名前にはミサキも聞き覚えがあった。Zランクシステムで犯罪『者』が減り、その代わりに台頭してきたのが犯罪『動物』とでも呼ばれるのであろう一風変わった害獣達である。その一例として授業で挙げられた名前にシーフキャットもあったのだ。ちなみに他にはラットボーイとかもいた。
彼(彼女?)等にはそれぞれ狙う物の傾向があり、このシーフキャットは女性が好む物を盗む傾向が高いのだとか。それでいて邪魔をされるとヒステリーを起こしたかのように暴れ回るため地味に危険。そんな風に厄介な点まで周知されているので街の人達も及び腰になってしまっているという訳だ。
「どうする? ミサキ」
猫の姿に多少呆気にとられていたミサキだが、隣に並び立つリオネーラの声で我に返る。
リオネーラは「どうする?」と言った。それはつまり「エミュリトスの言う通り危険だけど、自分達ならどうにかできる範囲」という事だ。
「……誤解という可能性は?」
「まず無いわ、シーフキャットは見せつけるように盗んでいくタチの悪い動物だから」
「……じゃあ、捕まえる」
「おっけー」
人助けをしたいミサキはそういう事なら迷わない。猫の進路上に立ち塞がるように位置し……その左にはロッドを構えたエミュリトスが、右には武器を抜かないままのリオネーラが立つ。
親友二人のその姿は頼もしくはあるのだが、自分が言い出した事なのに二人を矢面に立たせるのも嫌なミサキは自分が真っ先に相手とぶつかるよう、そこから更に一歩を踏み出した。
同時に心の中で再確認する。今回はあくまで捕獲のつもりだが、それでも相手は危険とされる獣だ、いざという時には迷わず武器を使おう、と。言い出しっぺの身だからこそ怪我の一つすら許されない。腰に携えたナイフに触れ、感触を確認し、彼女は覚悟を決めた。
そして……そんなミサキ達に向かいシーフキャットはまっすぐ走り来る。
走り、近づき、三人に道を塞がれている状況を把握したシーフキャットは、流石に三人による壁を突破するのは無理と見たのか……
――高く、跳んだ。
「っ!?」
先頭に立つミサキの頭上を、ではない。ミサキから見て右へと素早く、力強くかなりの距離を跳び……そのまま道沿いの建物にぶつかるかと思いきやその石造りの壁に爪を引っ掛け、強引かつ器用に壁を伝って走り、時にはよじ登ったりもしながら西洋風の建築物ならではの背の高さを存分に活かして高度と距離を稼ぎながら逃げていく。
動きだけを見ると微妙に壁を走るゴキブリっぽいが驚異の身体能力である。
「逃げられる……!」
魔法で仕留めるかとも考えたが、街中では流石に使えないと冷静に判断し追いかけようとするミサキのその横で……リオネーラはしかし、笑っていた。
「追いかけていいのね?」
「えっ――」
言うが早いが、リオネーラも『跳んだ』。
そして壁を蹴り、僅かな突起や窓枠に指をかけて跳ね上がり、時にはそのまま壁を走り……シーフキャットの通ったルートをその倍以上の速さで駆け抜け、彼女はあっという間にその背に追いつく。そして――
「生かして捕らえろって魔王様の命令よ、大人しくしなさいっ!」
地上の人達に声が届かない高さなのをいい事に、先週の勇者と魔王ごっこに参加出来なかった鬱憤を晴らすかの如きテンションで彼女はシーフキャットに手加減した一撃を加え、あっさり捕まえてみせた。
テンションを上げていてもなお丁寧な手加減が出来るあたりはリオネーラの凄さと言える……が、一人でテンション上げてる光景は少しばかり悲しくなってくるので次の魔王ごっこでは彼女にも良い役を与えてあげてほしいものである。次があれば。
もう全部あの子一人でいいんじゃないかな




