一回意味深なところで切ってみたかった回
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そんな問題児ミサキが近場の壁に貼られた地図で購買部の場所を確認していると、その背中に声がかかる。今日だけで何度も自分の名を呼んでくれたその声にミサキはゆっくりと振り返った。
「ミサキ、部屋に居ないと思ったらこっちにいたのね」
「……リオネーラ、どうしたの?」
「ええっと……とりあえずはミサキの様子を見に、ね。っていうかあなた、部屋に鍵かけてなかったでしょ」
「あぁ……そういえば鍵もらったっけ、忘れてた」
「危なっかしいわねぇ……」
頭の回る少女らしくないうっかりであるが、そもそも自室に鍵という概念が13歳の彼女の中には存在していなかった。
それに物が何ひとつない部屋である、仮に泥棒に入られたところで何の問題もない。
が、今後はそうはいかないだろう。防犯意識は日頃からしっかりしておかないと意味がない。ミサキは肝に銘じた。
「ところで地図見てたみたいだけど、どこか行くの?」
「……購買部。服とか買いに」
「あー、部屋に何もなかったもんね……。お金はあるの?」
「……教頭先生から借りた」
「ど、どういう流れで……? 知り合いだったとか?」
「違うけど……服が無いからグラウンドで裸で服を乾かしたいって話をしてたら貸してくれた」
「ほとんど脅しじゃない、それ」
「……そんなつもりは無かったんだけどな」
教頭の言った通り、教師がそんなの認められるわけもないので実質脅しである。ミサキはあくまで事前報告のつもりだったとしても、である。
まあ教師でなくともスルーは出来ない案件だが。同情したくなる光景的な意味で。
「っていうか、服にしろお金にしろあたしに言ってくれたら貸したのに」
「……あまり頼りすぎるのもよくないと思って。特にお金の貸し借りは友達相手だからこそなるべくしたくない」
「……そっか、そうね、うん」
どこか歯切れの悪いリオネーラだが、気分を害しているわけではない。むしろ逆だ。
(考えの読めない子だけど、あたしの事を友達とは思ってくれてるのかぁ……なんか嬉しいな……)
レベル50の彼女とはいえ、田舎から都会に独りぼっちで出てきた女の子である。新天地で友達が出来て嬉しくないはずはない。
パンをあげたり剣を向けたり請われて魔法を顔面に当てたりと無駄にいろいろあったし、ハッキリ言ってミサキは目の離せない変な子だが、友達になれたのは嬉しかったのだ。
(いや、剣を向けたのは完全に私の落ち度だけどね。結局ミサキはただのレベル1の人間だったわけだから、あのまま戦ってたら――)
「……リオネーラ?」
「……行きましょ、ミサキ。購買部でしょ?」
「……一緒に来てくれるの?」
「あたしも品揃え見ておきたいしね。あとミサキが変な物買わないように見ておかないと」
「……ありがとう。吹っかけられそうになったら教えて」
「さすがに購買部でそんな事は起きないと思うけどね……」
ミサキの「ありがとう」を今日だけで何度聞いただろうか。いつでも何度でも素直に礼が言えるその性格を、リオネーラは羨ましく思った。
(あの時のあたしを止めてくれてありがとう、くらいは……いつか言わないとね、あたしも)
一度タイミングを逃したお礼の言葉はなかなか言いにくいものだったりする。
◆◆
――その後は結局何事もなく二人で当たり障りのない買い物をして必需品を揃え、食堂で当たり障りのない洋食メニューの夕食を食べた。そして自室へと戻っている最中の事。
「……満足」
「随分味わって食べてたわね。そんなに珍しいもの出てたっけ? まぁ、とても美味しかったから気持ちはわかるけど」
「まともな食事は久しぶりだから」
「……そっか」
(……この子は今までどんな生活をしてたのかしら。世間知らずでレベル1で、痩せ細ってて、まともな食事は久しぶりって……気になる、けど……言いたくない事かもしれないし……)
感情的な行動の目立つリオネーラだが、ミサキの生い立ちや抱える事情等には踏み込めないでいた。そもそも感情が絡まなければ彼女は優等生であり善人である、距離感に悩むのは自然な事だ。
どちらかといえば頭は良くてもコミュ力に欠けるミサキの方が時折図々しい。
「リオネーラ、用事は何?」
「えっ?」
こんな感じに唐突に尋ねてしまうくらいには。もう少し言葉でワンクッション置けば聞き返されずに済むのに……。
「とりあえずは私の様子を見に来た、って言ってた」
「あー、そうね……「とりあえず」で済まされる時間はもう過ぎたわよね……」
「……言いたくない事ならいいけど」
「言わなきゃ始まらないから言うわよ。言い難い事ではあるけど」
「………」
ミサキは何も言わず、歩を緩める事もなくリオネーラの言葉を待つ。
「……えーっと……ミサキの部屋、今は一人じゃない?」
「そうだけど」
「……今夜、泊めてくれない?」