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ダガーマシマシナイフ少なめ設定マシマシダマスカス

なんとなく4の多い日に投稿したくなかったので遅れました



「また話が逸れたの。短剣を見に来てくれたのじゃったか、こっちじゃ」


 マルレラが示した先には短剣コーナーがあり、多数のそれらが壁に掛けられていたり雑に棚の上に置かれていたりしていた。

 見た感じでは剣をそのまま小さくしたような両刃の物が壁にかけられており、棚に置かれているものは逆に片刃の物ばかりとなっている。区別して陳列されているようだ。


「……どちらも短剣?」

「うむ。ええと……両刃の方をダガーと呼び、片刃はナイフと呼ぶらしいぞ。じゃろ、エミュリトスや?」


 店員が商品の事を客に聞くのはどうかと思うが、ドワーフに尋ねるという判断自体は間違っていない。客に聞くのはどうかと思うが。


「んー、それはあくまで調べてみたらそういう傾向があった、というだけですよ。調査結果です」

「む、そうなのか?」

「そこの分類の仕方は主に種族毎に違っていたらしいんです。例えば主要な鍛冶種族である人間族とドワーフ族が今ほど交流していなかった時代は、人間族は『斬るものがナイフ、刺すものがダガー』という考え方で、ドワーフは『戦闘用がダガー、常用するものがナイフ』という考え方で短剣を作っていたらしくて」

「はぁ、ややこしい話じゃのぉ。確かに片刃か両刃かなんてあまり関係なさそうじゃな」

「他にも長さで分類してたりダガーナイフとして一括りに呼ぶ所もあったりして。で、人間族とドワーフ族が交流を深めるにつれさっき言った考え方の違いがややこしく、というか面倒臭くなってきたらしく、結果的に『斬れるなら刺す事も出来るだろ』『常用していれば戦闘にも使うだろ』という乱暴な理屈で短剣は全部ナイフと呼ばれるようになりました」

「乱暴すぎやせんか……」


 確かに乱暴な理屈ではあるが、結局そうした方が混乱が少なくて済むのだ。もっと言ってしまえばその乱暴な理屈でも困らない程度にはこの世界でナイフとダガーを区別する意味は無かったのだ、大切なのは形より用途なのだから。特にドワーフの男性は豪快な性格でも知られる為、ナイフ呼びで統一する事に一切異を唱えはしなかったという。


「まぁそんなわけで特に理由が無ければナイフ呼びで統一されて今に至るのですが、戦後、他種族との交流が増えたのを契機に改めて地道に調べた結果、かつてダガーと呼ばれていた物には両刃が多く、逆にナイフは片刃という傾向がある事が明らかになったらしいです。でも所詮は傾向、当て嵌まらない物も多くあるとか。なのでこの分類方法が正式に採用されるとすれば遥か未来だろうと言われています」

「全ての種族がそのあたりの事情、というか歴史を知った上でその分類方法に同意してくれてようやく始まる、という事か……。わかった、こうして歴史を知った以上、儂も――というか儂の店もその一助になれるよう努力するぞ!」

「はぁ、がんばってください。わたしはめんどくさいのでナイフ呼びで統一してますけど。というかみんなそんなもんですよ」

「えー……せっかく気合を入れたというのに……」


 酷い意識の差である。

 しかし皆がめんどくさがるのも当然といえば当然だ。元々バラバラだった認識を人族全体でどうにかこうにかナイフという一つの形にまとめる事でようやく面倒事が無くなったのだ、それをまた分けようと言われても乗り気になる方が稀なのは言わずもがな。

 実際、昨日の話を聞く限りだとエミュリトスだけでなくボッツやサーナスも特にナイフとダガーを区別して語っている様子は無かった。


「再び混乱を招くかもしれない以上、誰も進んでダガー呼びはしないわよねぇ」

「そーゆーことです。さすがリオネーラさん話が早い」


「むぅ、そういうものかのぉ……。まぁよい、これで今度から客に聞かれても説明できるからの。そうして地道に歴史と認識を広めていければ儂はそれで良いわ」


 一方でマルレラは鍛冶屋を営んでいる事からわかるように、ドラゴニュートの身でありながら人に寄り添い人と共に生きたがっている。今はまだあまり上手くいっていないが、だからこそ人族に対して何かしらの形で作用、貢献したいという気持ちも強い。故にこういう時には前向きな姿勢を見せたりもするのだった。

 ……先週までは上手くいかなすぎてヤケ酒をあおった挙句眠りこけていたりしたがそこは忘れてあげよう。せっかく今週から本気出したのだから。



 と、そんな感じに話が一応の区切りを見せたところでミサキは陳列された短剣の方へと再び向き直る。本来の目的の為に。

 先述した通りそこにある短剣の種類は多い。特に壁に掛けてある両刃の物――先の話で言う所のダガータイプ――は多く、様々な種類がある。


「……ええと……これはクリスで、これはククリ? 他は……」

「――こっちがバゼラード、そしてこっちがチンクエディア。それでこれがソードブレイカーとマンゴーシュ。で、スティレットにミセリコルデね」


 ミサキが言葉に詰まったのを見、自然なタイミングでリオネーラが隣に並び立って後を継いだ。


「お、多い……」

「まだまだあるわよ? ここは少ない方」

「……そう……」


 短剣初心者のミサキは目を回しかけたが、生来の学び上手っぷりでなんとか耐えている状態である。

 そこにそのまま追撃でリオネーラ先生による用途の説明までもが入ったがこれもミサキは凌いでみせた。よく頑張ったと言える。何の戦いかはわからないが。


 なお完全に余談だが、この世界ではスティレットとミセリコルデは同じ刺突専用短剣ながら『敵に使うか味方に使うか』で一応分類されていたりする。


「そういえば最近、人間族発案・ドワーフ製作でなんか怖いカタチの短剣が開発中って聞いたことありますよ」

「へー、どんなやつなのよ?」

「こう、刺突用短剣を捻ったみたいにねじれさせたカタチで。ブスッといく……というよりグリッといく感じだとか。名前はまだ決まってないらしいですけど」

「ひえっ、怖っ」


「人間族って時にとんでもないモノを発明するからのぅ、昔から。儂らもそこは評価しとるのだが同時に怖くもあるぞ」

「………」


 何故か自分を囲んで行われるちょっと怖い会話にはノーコメントを貫きつつ(刺突用短剣だけに)、ミサキは改めて自分の求める短剣について考えていた。

 彼女が短剣を持ちたい理由は戦闘で自身の欠点を補う為もあるが、その汎用性に惹かれたからというのも大きい。日常的に使える器用な万能さを求めているのだ。草を切ったり薪を割ったり布を裁ったり……はたまた料理をしたりといった風に。

 そして料理と言われて日本人が思い浮かべるのは包丁。包丁は刃だけではなく時には背の部分――峰――も使って調理するものである。よって彼女は陳列された短剣を眺めていた時点で「できれば片刃がいい」という願望を既に持っていた。

 それに加えて今、両刃の短剣がいかに戦闘に特化しているかをリオネーラから聞かされ、その思いは更に強まったのだった。


「……マルレラ店長。私は片刃の……ナイフが欲しい」

「む、そうか? ならこっちじゃな」


 棚に置かれている短剣の方に全員が一斉に向き直る。

 多彩な形状をしていた壁の短剣と比べてこちらは形状はどれもほぼ同じ。だがその反面、それぞれが別の素材から作られているようで結果的にそれなりの数になっていた。もちろん素材によって値段が違う。


(値段の安い順に真鍮ブラスカッパー青銅ブロンズアイアンスチール、ダマスカス、シルバーゴールド白金プラチナ……か)


 ある程度は硬さの順になっているようだが同時に希少度にも左右されていそうな並びである。果たしてどちらが主なのか。……否、ここは異世界、なにか特別な製法などのおかげで希少度が高いほど硬くなるシンプルな法則が成立している可能性も無いとは言えない。


「……これは値段が高くなるほど硬くなるの?」

「いや、そういう訳ではないぞ。銅は真鍮とそう変わらん――いやむしろ銅の方が柔いかもしれんし、金銀白金は値段相応の硬さはまるでない」


 無いらしい。残念。


「金は儀礼用じゃから最初から硬さは度外視で作られとる。戦いにはオススメ出来んやつじゃな。銀も柔らかいが金よりはかなりマシに出来とるし、魔法には異様に強いという変な性質があるから戦いに使えなくはない。魔物にはよく効くし普通の生き物の肉程度なら柔らかさも気にならんじゃろう」

「……それ以上の硬さ、例えば竜の鱗とかには気をつけろ、と」

「ふ、ドラゴニュートの鱗にもじゃがな。そして白金じゃが、これだけはダマスカスと同等の硬さに加え銀の特性も多少含んでおりそこまで含めればギリギリ値段相応、出回っとる実用性のある武器の中では最高級品となるのう」

「……わかった。ありがとう」


 武器の歴史等には多少詳しくなくとも彼女はやはり鍛冶師である、金属に関しては正確に答えてみせた。まだいくつか聞きたい事(それより上はないのか等)はあるが、ひとまず礼を述べてミサキは再度短剣の方に視線を戻す。

 そんな彼女を後押しするかのように、リオネーラはタイミングを見計らって語りかける。言うまでもなくそのタイミングは完璧だ。


「どう? どれが良さげ? あ、とりあえず値段は抜きでね。やっぱりプラチナ?」

「……ダマスカスが気になる。値段抜きで」


 勿論性能で見ればプラチナなのだろうが、ダマスカスはミサキの前世では未だ再現出来ていなかった。彼女が好奇心という意味でそちらに惹かれてしまうのは仕方ない、むしろ当然と言える。

 リオネーラはそんな事情までは知らないため、「模様が綺麗よね、そのうえ錆びないし頑丈だし。それもわかるわ」と常識的に解釈し頷いたが。ミサキにもそれらの理由が無いとは言わないものの、やはり好奇心が強い。前世では存在しなかった物にその手で触れてみたいのだ。


(それに、前世でのダマスカスという名は地名が由来と聞いた。金属としては名前がまた別にあって、ええと……何だったかは忘れたけど。こちらではその辺りがどうなってるのかも気になる)


 ちなみにウーツ鋼と言います。惜しくもミサキはそこまで思い出せなかったが。

 ともかくそんな感じで彼女はダマスカスに興味津々である。そして隣には物知りな上にミサキが転生者である事まで知っている親友。前世の事情に由来する質問をするなら今しかない。念のためちょっと小声で。


「……リオネーラ、質問していい?」

「? もちろん、あたしに答えられるコトなら」


「ダマスカスは何故ダマスカスなの?」


 哲学だろうか。あるいはロミオか。


 そんな相変わらず言葉の足りない不親切な問いにリオネーラもしばらく目を点にしていたが、慣れてきたのか生来のコミュ力のなせる技か少ししてその意図を察し、普通の声量で答えてくれた。


「あぁ、ダマスカスはダマスク山脈っていう場所でのみ採れる鉱石――もしくは作られている金属でね。ダマスクがちょっと変化してダマスカスになったというワケ」


 わかりやすくかつ有名な由来があってよかった。ゴールドやシルバーのように言葉が由来だった場合、いかなリオネーラといえどミサキの問いの意味するところにたどり着けなかったかもしれない。


「……ダマスク山脈でのみ?」

「そう言われているわ、正確なところはわからないけど。特産品であり主な収入源という事で製法を外に漏らさないように徹底してるらしくてね、ダマスカスに関しては何から何まで謎に包まれているのよ。一応ダマスク山脈に住んでいるのはドワーフだと言われているけど……」


 そこでリオネーラは言葉を切って視線を山に詳しそうな二人に向けるも、どちらも首を振る。


「儂は知らんのぅ。ドラゴニュートは他種族とは関わってこんかったからな」

「わたしも詳しくはないですね、ダマスク山脈は遠いので。ただ、これはあくまで根も葉もないウワサですが、ノームが力を貸しているんじゃないかと言われていました」

「ノームじゃと? あの四大精霊のか?」

「どーせ嫉妬から来た無責任なウワサですよ。確かに製法を秘匿するのも彼らの存在を表沙汰にしたくないからと考えれば納得は出来ますが、結局根拠がありませんから」

「ふむ、有り得ぬ話ではないが……バカげた噂の域は出ぬな」


(……四大精霊……か)


 それに関してはミサキも前世で耳にした事があり、更に今世でも少しだけ学んでいる。この世界に根付いた属性である地水火風、それぞれに対応する精霊――順にノーム、ウンディーネ、サラマンダー、シルフ――の事だ。

 とはいえその存在に関しては謎が多い。それほど彼等は表舞台に出てきていないのだ。元ドラゴン(マルレラ)でさえその姿を目にした事は無く、関与の噂をドワーフ(エミュリトス)と共に一笑に付す程度には。

 そんな有様なのでミサキから言える事も特に無い。ただ、もしかしたらここでも前世同様に歴史の中でダマスカスの製法が失われるかもしれないという事だけは理解した。


(そう考えるとやはり今のうちに触れて――というか手に入れておきたい。けど……)


「どうじゃミサキ、買ってはくれんか? 儂としても自分が作った武器をお主が持っていてくれると嬉しいのじゃが……」

「……私も出来ればマルレラ店長の武器を使いたいけど……財布がギリギリで……」

「なんと。これでもかなり安くしとるんじゃがなぁ」


 マルレラが先に言った通り、この店は相場と比べて半額程度で商品が並べてある。だがミサキはその値段で計算して物を言っている訳ではない。彼女が彼女らしく生きる為にそれだけは出来ないのだ。


「……その価格設定を止めるべきと言ったのは私。なのに言った私が安く買い叩くというのは筋が通らない」

「は? つまり相場で買う前提で話をしとるのか? なんじゃそのクソ律儀さは……。値段を決めるのは店員で、責任も店員にある。客のお主は気にせず買えばよい」


 相場で考えた上で価格がギリギリという事は今現在の値付けなら余裕で買えるという事。それを理解したマルレラはグイグイ売り込んでいく。自分の作った武器をミサキに使って欲しいというその言葉は本心なのだ。

 しかし予想通りというか、ミサキは自分の生き様に関しては結構頑固だったりするもので。


「言う前だったらそれでよかったけど。もう言ってしまったから」

「ぐ……で、ではお得意様割引じゃ! こんな客の来ない店に二度も足を運んでくれたんじゃ、もうお得意様で良いじゃろ!」


 ついに自虐を説得に使い始めた。お得意様のハードルが低すぎる。


「……これはお得意様なりにお店の心配をした結果。私だけが得してお店に利益が無いようでは良くない」


 ミサキもミサキでお得意様の立場を上手く利用して言いくるめようとする。まだ何も買ってないお得意様が何も買った事のない店の経営状態を心配するという不思議な光景である。お得意様って何だろう。


「ぐぬぬ……この意地っ張りめ。仕方ない、値段に関しては諦めよう。じゃが逆に店側もお得意様には得して欲しいと考えるのはわかるな?」

「……一応」

「わかるなら良い。利き手を出せ」

「……何故?」


 聞き返しつつも言われるがままに右手を差し出すのは信頼の表れだ。


「値段以上の仕事をしてやる。お主の手のサイズに合わせて作ってやろうぞ。完成は明日になるがな。それまではそこにあるナイフを使っとくれ」

「オーダーメイド? それは……値段以上の仕事をさせるのは気が引ける」

「気にするでない、どうせ燃料費もかからぬ身じゃ。元々相場より多少は安く出来ると言ったじゃろ」

「……本当にいいの?」

「儂がいいと言っておるんじゃから遠慮するな。おかしな奴じゃのぅ」


 嬉しい事なのだがついつい遠慮してしまう、このあたりも日本人らしさを引きずっていると言えるのだろう。

 そんな事情までは知らないマルレラだが別に悪い意味でおかしいと言った訳ではなく、苦笑しながらミサキの右手のサイズを測ってメモしたり自分の手と照らし合わせたりしていた。

 ちなみにしれっとエミュリトスがミサキの左手で同じような事をしていたが皆は黙ってスルーした。


「あ、すまんがエンチャントは別料金じゃぞ流石に」


 エンチャント。先週のレンとリンデの会話にも出てきた言葉であり、それからミサキも少し調べはしたのだが……詳しい説明は今は省く。してもらうつもりが無いので。

 エンチャントとはわかりやすく言えば属性付与であり、属性が付与されるとメリットとデメリットが生まれてしまう為、汎用性を求めるミサキの要望と合わなくなるのだ。あとそんな金もない。


「……大丈夫、無属性でいい」

「そうか。他に何か希望はあるかの?」

「……多用途に使いたいから、出来る限り頑丈にして欲しい」

「ふむ、いいじゃろ。ダマスカスの時点で頑丈じゃからな、注文通りの物が出来ると思うぞ。ほれ、明日までの代用品じゃ、持ってけ」


 そう言い、マルレラは並べてあったダマスカスのナイフを鞘に納めて差し出す。


「……エミュリトスさん、オーダーメイドの場合は代用品を渡すのが一般的なの?」

「ふぇぁ? あっ、はい、そうですね。代金は店によって後払いか先払いか違いはありますが」


 最初間の抜けた声を出したのは未だにミサキの左手をプニプニといじくり回していたからである。ミサキが彼女を質問相手に選んだのもいつまで続くのか不安になっての事である。なお返事と同時に止めはしたものの悪びれる様子は全く無かった。


「……じゃあ先払いで」

「なんで客のお主が決めるんじゃ。まぁ良い、他ならぬお主の武器じゃ、どちらだろうとしっかり作るつもりじゃからの。さて、他に用事は……無さそうじゃな?」


 親友二人は見るからに付き添いの為、ミサキが静かに首を振るだけでマルレラにも伝わる。

 そうして翌日放課後の再会を約束し、少女三人はマルレラの店を後にするのだった。


そういえばオーダーメイドって和製英語らしいですね奥様

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