もちろん時と場合によります
微妙に続きます
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「――さて。エミュリトスが挙げてくれたこの店の欠点はあと何じゃったかの?」
「立地が悪いのと店主が悪いのですね」
「さっきはもう少しマイルドな表現ではなかったか……? もしかしてまだ怒っとる?」
「別にそんな事ないですよー。絵を描くのは我々人族の文化ですからね、元ドラゴン様が慣れてないのは当然といえば当然です」
「やっぱりまだ怒っとらんか……?」
ちなみに人族というのは人型二足歩行の種族の総称であり、人間族やエルフ、ハーフエルフ、ドワーフに獣人族などを一纏めにして呼ぶ場合に使われる。
よって現状では獣人の一種とされているドラゴニュートも一応人族であるはずなのだが……元ドラゴンという事情を知っているエミュリトスはこれ幸いと露骨に区別し始めた。
どう見てもまだ怒ってる感じがするものの、話には応じてくれるしそもそもマルレラは既に散々頭を下げており、これ以上彼女に出来る事はない。話を進める以外には何もない。
「ま、まぁともかくじゃな、その二つの欠点はどうしようもない。今更街の中心部の土地など手に入らんし、儂の種族も変えようがないからの」
土地に関してはマルレラがこの街を訪れた時点で中心部は既に発展していて人が集中しており、もちろん店舗も多数並んでいた……というかとっくに飽和状態であった。先に住んでいた人を追い出すようなやり方を彼女が選ぶ筈もなく、結果、このような外れに店を構える事になったのだ。
しかし種族に関しては三人共に思い当たる節がある。そう、エミュリトスが先週ミサキに教えたやつが。
「竜族には人化の魔法というものがあると聞きますけど?」
「ああ、あるのぉ。だがあれはドラゴンにしか使えんのじゃ、二つの意味でな」
「二つ? 竜族秘伝の魔法とは聞いてますからひとつはそういう意味……ですよね?」
「うむ、ドラゴンにしか発動できぬ。元ドラゴンでは駄目なのじゃ。そして効果もドラゴンにしか出ない。大抵自分に使うからここの区別に本当はあまり意味はないがの!」
「は、はぁ。とにかくドラゴニュートになった今では発動出来ないし、仮に誰かに使ってもらっても効果がないということですか」
「そういう事じゃ。まぁそもそもせっかくお主が素晴らしいドラゴニックな看板を描いてくれたのじゃ、店主たる儂が姿を変えてしまってはいかんじゃろ」
「……まぁ、そう言われると悪い気はしませんね」
ちょっとだけ不意を突かれ、ちょっとだけエミュリトスが照れる。そんな友達同士の微笑ましい光景にミサキも思わず口を挟んだ。
「……良かったね、エミュリトスさん」
「!? ふ、ふん! 悪い気はしませんけどセンパイに褒められた方が百万倍嬉しいのでセンパイ褒めてください!」
「え……? よくわからないけど……エミュリトスさんの絵が素晴らしいのは事実。あれは凄い。上手い。羨ましい」
「にへへへ~……」
「……確かに百万倍くらい喜んどるな。儂を利用してミサキに褒められようとはなかなか狡猾な奴じゃの」
「いや、あれは利用したというか……なんて言えばいいのかしら、気持ちはわかるんだけど説明が難しいわね……」
「よくわからんが人族ってめんどくさいんじゃな」
その中でも輪をかけてめんどくさいのがエミュリトスなのだが、気持ちはわかると言ってしまったリオネーラも同類といえば同類なのでコメントしづらいのであった。
「何はともあれ皆、相談に乗ってくれて助かったのじゃ。後日この絵を見せて看板を作り変えてよいか聞いてみるとする。……で、今更じゃが今日は何の用で来てくれたのかの?」
今更といえば今更すぎるその質問に答えるのはミサキだ。彼女の用事なのだから。
「……短剣を見に。買うかどうかは値段次第」
「ふむ、値段には自信があるぞ! 相場と比べて半額くらいで売っとるからな! あまりに客が来ないものでな!ハハッ!」
(……何を言っても「客が来ない」に繋がる気がしてきた)
この様子ではリオネーラが踏まずとも誰かが地雷を踏んでいた事だろう。彼女は運が悪かっただけなのだ。
まぁそれはさておき、相場の半額程度というのはかなりお得な買い物である。前世でセールやフェアという単語に慣れ親しんでいたミサキには特に効果が高く――
「……安さの理由は?」
「え? いや、じゃから客が来ないから……」
「……言い方を変える。どうして安く出来るの? 半額まで下げて赤字にはならないの?」
――高くなかった。むしろ疑問に思っている。
しかし当然と言えば当然だ、前世で多数のセールやフェアを見聞きしてきたミサキだからこそ、安さには何か理由があると考える。賞味期限切れ寸前の食品、型落ち間際の電化製品……それらのように何かしらの理由があるのが必然だと考えるのだ。
だが命を預ける武器防具に例に挙げたような後ろ向きな理由があるとも考え難い。そこはマルレラを――職人を信用している。であれば安く仕入れたり加工出来たりしているか、赤字覚悟の無理した値下げか、と考えるのが自然。両方かもしれないが。
「む、まぁ安く出来る理由はあるにはある。お主らの所の骨爺に酒を回してやって得た金も合わせればギリギリ赤字にはならん。いくつか売れればじゃがな」
「……つまり無理して安くしてると」
「多少はな。客が来ない事には始まらんからのう……安さもウリにしていかねば。人というのは同じ品質であればより安い商品を好むものじゃろ? ドワーフには勝てずとも人間には劣らぬ腕だと自負しとるぞ?」
ミサキにはまだそこまで良し悪しはわからないが、先週も今週も親友二人が商品の出来に言及しないという事は事実なのだろう。それは客としては嬉しい事ではあるのだが……
「……無理をする程の恒常的な値下げはオススメしない。マルレラ店長の利益にならないのも勿論だけど、市場全体の崩壊を招くかもしれない」
「ほ、崩壊?」
「……仮にこのお店が極端な安さのおかげで流行ったとして。他の鍛冶屋がお客さんを取り戻すには、やっぱり安さをウリにするのが一番手っ取り早い。それもこの店より更に極端に安く」
「まぁ安さが理由で移ったんじゃからな。……あれ?」
「……じゃあ次はマルレラ店長の番。安さが理由で離れたお客さんをどう取り戻す?」
「っ! そ、そうか、己の身を削って安さを競い合う、どちらかが潰れるまで終わらない争いになるというのじゃな……」
気の遠くなるような時間を山で過ごし、人の市場など考えた事すらなかった元ドラゴンにしては理解が早いと言える。知らなかったが故に考えず、故に気づけなかっただけであり、頭自体はそこまで悪くはないようだ。
「それは不健全な競争になってしまうのぅ……他所の鍛冶屋を潰すつもりなどないし、潰されるのも嫌じゃ」
「……勿論、絶対にそうなると断言する訳ではないけど。それに安く出来る範囲で安くするのは良いと思う。お客さんの為に安くする良い店と言える」
無駄をなくし効率を上げ完成度を高め、その結果安く提供出来るようになる分には健全な価格競争と言える筈である。もしくはそれこそあくまで一時的な安売りセールだとか。そのあたりが理由にあれば良いのだが、多少無理している永続的な値下げである事は既にマルレラ本人が認めた通り。
「他所より安く出来るのは本当じゃ。じゃが儂の儲けがない程度には無茶な値段なのも確か。考え直すべきかのぅ」
「……出来れば他の誰かにも相談してみるのがいいと思う」
「ふむ、そうか……」
ちなみに市場を壊す程の無茶な値下げをする事を不当廉売と言い、現代日本では独占禁止法(競争法)で禁止されていたりもするそうな。
ミサキは別にそこまで知っていて言った訳ではないのだが、値下げ競争に苦しむ人がいる事は知っていたし、この世界でもそうなってしまう可能性が無い訳ではないという想像は出来る子だ。あくまで可能性であり、前世とは違う理屈で別の展開を見せる可能性もあるのであまり強い言い方はしていないが。
ともあれ一応の結論は出た事だし、この件についてはこれでいいだろう、とミサキは判断した。
「……ところで、安く出来る理由について詳しく知りたい」
「なんじゃ、気になるのか?」
「気になる」
「ほぉ……? ええーどうしようかのー? 儂のとっておきじゃしなー? まぁお主になら教えてあげてもいいのじゃがー? あまり気は進まないがのー」
ミサキがシンプルな好奇心で行動している事に気付いたマルレラがここぞとばかりにわざとらしく渋りだす。無論本気で渋っている訳ではない。彼女としてはここが一番胸を張れる(ドヤれる)ポイントなので勿体ぶっているだけだ。溜めに溜めてから解放して「わーすごーい!」となるのを期待しているだけなのだ。
そしてそれを受けたミサキは勿論――
「……無理ならいい。教えてもらう側だから無理は言えない。困らせてごめん」
勿論気づかない。このコミュ力無しが気づく訳がない。
「……へ?」
「……短剣、見せてもらっていい?」
「……あ、ああ……別に……良い、が?」
「……本当に? 何か上の空だけど……大丈夫?」
察しは悪いのに一丁前に気は遣ってくるのがまたなんとも。
とはいえ、その気遣いもその前の遠慮も本心なのは誰にでも伝わる。決してイヤガラセではない。それがわかるからこそマルレラは逆に申し訳なくなり……リオネーラは痛々しいすれ違いに頭を抱え、エミュリトスはミサキの優しさに目を輝かせていたりする。
「……儂が悪かったのじゃ。自慢したいので説明させてください」
「え……どういう心変わり?」
「心は変わっとらん、最初から自慢したかったのじゃ。お願いです説明させてください」
「そ、そう……よくわからないけど……どうぞ」
今のところエミュリトス以外誰も得していない。すごい。




