口は災いの元
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マント試用の結果は、無いよりはかなりマシだった、とでも言おうか。
『顔を隠そうとしている怪しい女』として警戒はされるが、その程度なら魔人として避けられつつ遠目に探られるよりはだいぶマシなものである。何よりこの世界では似たような格好で身分や外見を隠して歩く人も多くはないが珍しくもない。オンリーワンな魔人として注目を集めるより数段マシになるのは必然と言えた。
マントの効果を実感したミサキは脳内の欲しい物リストの上の方にマントを追加しつつ、リオネーラに手を引かれたまま目的地へと足を踏み入れる。その後ろからエミュリトスも続く。
「……ん?」
店内に入った瞬間、三人は軽い違和感を覚えた。周囲を見渡して確かめようとするも、それより早くカウンター内にいるマルレラと普通に目が合ってしまう。
「おお、いらっしゃい。……って誰じゃ?」
「あぁ、ごめん」
マントを取れば「なんじゃミサキか、三人ともよく来てくれたの」と笑顔を向けられる。前回のいざこざはしっかり解決しているのでミサキ以外の二人はそれなりに笑顔を返した。ミサキは相変わらず無表情で会釈した。
しかし三人の挨拶はどれも何か言いたげな感じが透けて見えるものであり。その理由はマルレラにもわかっているので彼女は胸を張る。
「ふふん、どうじゃ、なかなかの品揃えじゃろ? 一週間で結構頑張ったのじゃぞ?」
そう、違和感の原因は店内の品揃えにあった。充実しているのだ。先週の時点でも鍛冶屋か武具屋だろうと推察出来る程度には揃っていたが、今は更に増えておりなかなか壮観である。
「ほへー、ここまで数が多いとまるでマトモなお店みたいですねぇ」
「マトモなお店なんじゃが?」
店名のアレっぷりや店主の第一印象のアレっぷりはあるものの、別に裏の店とか闇の店という訳ではないのでマトモといえばマトモなのだ。
「確かにすごくマトモな品揃えよね。良い事だけど、急に揃えすぎじゃない? 臨時収入でもあったの?」
「いやなに、夜の深酒と朝酒を止めたら時間が余ってな……。真面目に酒を届けると約束したついでじゃ、真面目に働いてみるのも良いかと思ってな。奥の作業場を片付けながら作りまくったのじゃ」
「本業の方がついでっておかしくない?」
「………」
「………」
「だって客が来ないんじゃもん……」
「ご、ゴメン……」
「品物は増えたけど客が来ないから減らんのじゃ……増える一方なのじゃ……」
「ゴメンって……」
「謝るくらいなら客が来る方法を考えてくれー!」
「え、えぇ……」
珍しくリオネーラが地雷を踏み、そこから話が広がっていきつつある。責任を感じた彼女は二人の連れの方に申し訳なさそうな顔を向けるも、二人としても先程の失言が妥当な(むしろ当然の)ツッコミだった事は理解しているので静かに首を振った。仕方ないから話に乗ろう、という意味である。
しかし滅多にこういった失敗をしないリオネーラはそれを受けて更に責任を感じてしまったのかしょんぼりしてしまった為、代わりに話を進めようとミサキが歩み出た。
「……急に言われても具体的な方法は出てこない。だからまずは現状確認。どうしてお客さんが来ないのかを考える。そして直せるならそこから直していくのが堅実な方法だと思う」
「はいはーい! わたしわかりまーす!」
ミサキの意図を察したエミュリトスも乗り、学校の授業のように手を挙げる。乗ったというか、ノリノリである。
「エミュリトスさん、どうぞ」
「はい! 立地が悪い、店名が悪い、店主の種族が悪いの三重苦だからだと思います!」
「……もう少し言葉を選んで」
とはいえ事実なのであまり強くダメ出しは出来ないのだが。マルレラにも自覚がある点ばかりである。一つを除いて。
「えっ? 店名もいかんのか?」
「……うん。何屋かわからない」
「わかるじゃろ? エターナルなエンシェントドラゴン――つまり儂が、レジェンダリーな品物をインフィニットに売るショップじゃ」
「………」
ドラゴンにかかってる形容詞とショップにかかってるやつとの区別がつかないとか、ドラゴンじゃなくてドラゴニックじゃなかったかとか、インフィニットに売るって何じゃい、とか言いたい事は色々あるが、一番大事なのは……
「……で、ここは何屋?」
「? 鍛冶屋じゃが……あっ」
「……気づいた?」
「う、うむ……そうじゃな、何屋かわからんな……ショップではなくスミスにすべきじゃったか」
「……出来れば全体的に変えた方が」
「嫌じゃ、力作じゃもん。というかどちらにせよ今からじゃ店舗名の変更は難しいのじゃ……。店を持つ者は領主の所に行って登録せねばならんのじゃがな、その時に言われたわ、後になっての改名は受け付けませんと。何度も。しつこく。念を押すようにな」
その登録を受け付けた人はかなりの善人だったのだろう。未知なる種族であるドラゴニュートに親切心から何度も念を押したのだから。残念ながら問題点を具体的に指摘する勇気までは無かったようだがそこは無理もない、誰だって命は惜しいものだ。
「仕方ない、看板だけ作り直すかのぅ……『鍛冶屋』という一文を付け加えるくらいは許されるじゃろ、たぶん」
「絵にした方がいいと思いますよ、剣や鎧の」
「む、なるほど。言われてみれば中央通りの店はわかりやすくそういう絵を入口あたりにぶら下げとったな。しかも絵を増やすだけなら店名も変えずに済むときたか」
現地人のエミュリトスの的確なアドバイスが飛ぶ。実際絵の方が直感的にわかりやすく、遠くからでも目立ち、文字の読めない者にも有効だったりする。
ここは識字率の高い世界なので文字の読めない者を考慮する必要はそこまでないが、それでも他のメリットは大きい。マルレラは目が良く人の世の常識に疎いため気付けなかったが。
「やはり他人の意見は参考になるのぉ。他には何かないかの?」
「うーん……センパイ何かありません?」
「……私? ええと……エミュリトスさんの案でわかりやすさは補えているから……」
鍛冶屋だとわかる看板にする、という目的は達成されている。しかしその看板も見てもらえなければ意味がない。なので……
「……看板自体を目立たせる方向でデザインしてみる、とか……?」
ミサキはそう提案した。……どう言い返されるかも考えないまま。
「というとどんな風にじゃ? ほれ、紙をやるから描いてみてくれ」
「えっ」
前世では色とりどり、個性的な看板が沢山あったのでつい言ってしまったミサキだったが……サンプルを見せてくれと言われてパッと描けるほどデザインに詳しい訳ではない。むしろ疎い。描けと言われて恥じらいが先に来て、困り果てる程度には。
とはいえ言ってしまったものを撤回するのは彼女の流儀に反する。さらに言えば曲がりなりにもデザイナーの多い時代からの転生者である、即採用とまでは行かずとも何か参考になるようなものくらいなら描けるのではないか。そう考え、彼女は彼女なりに全力で描く事にした。
「じゃあ描いてみるけど……期待はしないで」
「期待しとるぞ!」
「………。どんな形でも大丈夫? 何かルールがあったりは?」
「ん? あー、どうじゃったかな、聞いた覚えは無いが……後で確認せねばならんな」
看板の大きさ、高さ、そもそもデザイン自体にも決まりがある可能性も無いとは言えない。四角形に限る、とか。決まりとしては無くとも店を持つ者達の中で暗黙の了解が存在する可能性も無いではない。マルレラもその可能性に思い至り、裏を取る必要がある事を強く認識した。ただでさえドラゴニュートという事で浮いているのだ、これ以上悪い意味で目立ちたくはない。
とはいえそれを尋ねるにも絵があった方が良さそうではある。ひとまずミサキが描いてみて形を決めないといけない事に変わりはなさそうだ。
「……描いてるところは恥ずかしいから見ないで」
「む、仕方ないのぅ」
恥ずかしいと言いながらもミサキは相変わらずの無表情なのでぶっちゃけ他者から見れば疑わしいのだが、ハッキリ嫌だと言われれば引く程度の常識は皆持ち合わせていた。
そして数分後……
「――ええと……例えば……こんな風に剣が刺さってる感じのデザインにして武器が売ってる事をアピールするとか……」
まずは一枚目。描かれているのは店名が横書きでつらつらと記されている真ん中あたりを剣が縦に貫いてる感じのデザインである。ぶっちゃけどこかで見た感が否めない平凡なものである。
「他には……店名にドラゴンと入ってる訳だし、店主もドラゴニュートな訳だし、そこをアピールしていくとか……あ、ドラゴンは目立つ色にするといいかもしれない」
こちらは数パターンあり、首から上だけのドラゴンがブレスの代わりに店名を吐き出しているデザインや、ドラゴンが看板を背負って飛んでいるところを横から見たデザインだったり、ドラゴンが看板を持って正面からこちらを睨みつけているようなデザインだったりした。やっぱりどこかで見た感じは否めないが、即席で考えたにしては結構頑張ったと言えるだろう。
(……にしても、こうやってお披露目するのは恥ずかしいな……私、絵は下手だし)
ミサキは勉強好きではあるが上手い絵の描き方までは勉強していなかった。その事をかなり後悔しつつ、絵を見る三人の反応を待つ。……いつの間にかリオネーラも復活してまじまじと見ていた。
「のう、ミサキ……」
「……どうかした?」
「お主……これは……」
「…………」
「コメントに困る程度に絶妙に絵が下手じゃな」
「…………自覚はある」
ミサキが自分で見ても剣はペーパークラフトだしドラゴンの顔も立体感に欠けるしツノや尻尾はフニャった結果ワカメにしか見えなくなってるし目の焦点は合っていない。でもドラゴンだとわかる程度には描けており、そりゃコメントに困るのも無理はない。
「あ、味があっていい絵じゃないですか!個性的というか! そう、個性ですよ個性!」
「大丈夫、あたしも同じようなもんよ! ほら!」
現代でもよく使われる慰め方をするエミュリトスと、素早く絵を描いて自らの恥を晒しながらフォローするリオネーラ。リオネーラの絵は言葉通りミサキと大差ないレベルであり今回はしっかりフォローとして機能していた。
「あぁいやすまぬ、儂も馬鹿にするつもりはないのじゃ。儂が人間族を描いたら恐らく同じような事になるじゃろうしの。ただドラゴンを描かれたら元ドラゴンとして何か言わねばならん気がしてな」
「……大丈夫、事実だから気にしてない」
元々自覚はあったのだ、下手なのは気にする事ではない。それよりも自分の絵が何かの参考になったかどうかの方が大事である。せっかく恥を晒したのだから。
「……それで、どんな看板にするかは決まりそう?」
「うむ、二人の案を参考に早速描いてみるとしようかの。剣や鎧も大事じゃが、ドラゴンの絵を入れるのもなかなか面白くて気に入った。礼を言うぞ」
「……役に立てたなら何より」
ミサキの絵がそのまま採用されないのは画力の問題で当然なのでそこは今更誰も問題にしなかった。が……
「……ん? おや? 絵って案外難しいもんじゃの……? 昔の儂、どんな翼しとったっけ……?」
その呟きはちょっと問題だった。
「…………マルレラ店長、見てもいい?」
「い、いや、そのじゃな……お、怒らない?」
「……怒りはしない。でも上手いか下手かは客観的に判断する必要がある、看板にするのなら」
「そ、そうじゃよなぁ、見せねば始まらぬよな…………はい」
そこにはドラゴンではなくアメーバみたいな何かが描かれており。
「こいつ、この画力でセンパイの絵を下手と言いやがったんですか!?」
「す、すまんかったのじゃー!!!」
先週に引き続き、レジェ(以下略)の店内にマルレラの絶叫が響き渡る事となった。
なお看板の絵はエミュリトスが普通に上手く描いてくれた。勿論、彼女に描いてもらう為にマルレラは延々と頭を下げ続ける羽目になったが。
現代知識チート無双ならず……




