魔法剣士、オマケ付き
「さて! 先生の許可も出た事ですし、わたくしは剣を極めますわ! 勿論エルフらしく弓も極めますが……自分で言うのも何ですが弓は今の時点でだいぶ極まってますし? ひとまず剣士であるミサキさんやリオネーラさんを越えるくらい剣を極めてみせますわ!!」
「おう頑張れ頑張れ、じゃあ今日はこれで終わるぞー」
なんやかんやでサーナスの中でも前向きな結論が出たらしく、その決意を雑に聞き届けたボッツが雑に解散を告げ、この場はお開きとなった。
既に興味を無くしていたユーギルが真っ先にその場を去り、トリーズがそれを追いかけていき。「仕事が残っている」と言いゲイルも飛び去っていき、その後をディアンも追う。そうして気付けば残るのはミサキグループとボッツのみとなっていた。
「なんだ、お前らもさっさと帰れよ。俺が帰れんだろうが」
実にめんどくさそうにボッツが言うものの、言われたミサキグループの視線はミサキに集中している。要するにミサキが動かないから動けないという事らしい。
その視線を感じ取りミサキは口を開く。今週の授業を経た今、ボッツに相談したい事があるのだ。……が、その前にもうひとつ、今のうちに言っておかなくてはならない事も出来ていた。
「……サーナスさん、ひとつだけ今のうちに言っておきたい事がある」
「な、なんですの? 改まって」
「……私は剣士になるかはわからない。別の武器の使用も考えてる」
「「「「えっ!?」」」」
サーナス、リンデ、レン、そしてリオネーラが一斉に顔を向けた。かなりの驚きの顔を。
動じなかったのはボッツと、以前に武器について少し話をした事のあるエミュリトスくらいである。
「あー、そういえばセンパイ、他にしっくり来る武器があればそっちも使いたいって言ってましたもんね」
「……うん。剣を手放すという意味ではないけど、剣以外にも使える武器を持っておきたい。だから純粋な剣士は名乗れないと思う」
「あ、剣を捨てるんじゃないのね。よかったぁ……」
真っ先にホッとした表情を見せたのはリオネーラだった。理由など考えるまでもない、ミサキの剣の師匠は彼女だからだ。ミサキの初めての武器の師匠であるという自負と思い入れが彼女にはあったのだ。
そしてミサキが剣を手放したくない理由も、また同じ。
「……リオネーラに習った思い入れのある武器を手放す訳がない。あの時リオネーラが受けてくれたおかげで私は今日もこうやって生きていられる。……ありがとう、リオネーラ」
「ぅぇっ、ぁぅ……~~~っ! もうっ! どういたしましてっ!!!」
ここまで考えが一致していて、想いも一致していて、その上お礼まで言われればリオネーラにはもう何も言い返す事は出来なかった。真っ赤な顔を見せないように背中を向けるしか出来なかった。
(そ、そういえば最近ミサキから武器について聞かれる事が多かったっけ……ボッツ先生の授業の後とかは特に。その時点で気付くべきだったわ、悔しい……)
コミュ力に長け、相手の思いを汲めるのがリオネーラの長所なのだが……ミサキの行動は読める時と読めない時の差が激しく、彼女は振り回され気味である。学校生活が二週目に突入してもそれは変わっていないようだ。
「んー、メインで使う武器が剣なら剣士でいいんじゃないのー?」
「他に何を使うかにもよりますわ。槍や槌などの目立つ武器を持ってたらどうしてもそっちがメインだと思われてしまいますし」
「じゃあ結局はミサキさん次第ってことかー」
「そうですわね、できれば剣のままでいてほしいところですが……」
「だねー……」
こちらはリオネーラほど深い理由はなくともミサキに剣士のままでいてほしい二人である。『なんとなく似合っててかっこいいから』の二人である。
なんとなく、とは言うが彼女達は第一印象が根深いのかもしれない。ミサキと戦い、剣を向けられたサーナス。ミサキと共闘し、剣を片手に魔法を放つ魔法剣士としての姿を至近距離で見たリンデ。彼女達がミサキの武器と言われてイメージするものはどうしても剣になってしまっているのだ。
今週はミサキも彼女達も剣だけではなく様々な武器を使って模擬戦をしたのだが、それにも関わらず、だ。なかなかに根が深い。
「フッ、まだまだ甘いですね。ランスを持ったセンパイ、ハンマーを持ったセンパイ、ロッドを持ったセンパイ、結構じゃないですか。何を持ったところでセンパイの素晴らしさが霞む事はありません。というか今週見てきましたが実際霞みませんでした。どれも全て素敵!」
こちらはただの狂信者である。説明不要。
この状況であえて説明する点があるとすれば、レンもどちらかといえば彼女寄りの思考をしているらしく軽く頷いていた点くらいか。もっとも彼は決して狂信している訳ではなく単にミサキの選択を尊重するというだけなのだが。
そして、サーナス達も別にミサキの選択を尊重しないとは言っていない。そんな事をする筈もない。
「まあ、お二方の仰りたい事はわかります。これは単にわたくし達の中のイメージの話ですわ。第一印象が強すぎるのですわ。こんな風に言ってはいますが、別にミサキさんの決定に異を唱えるつもりはありませんことよ」
「そう、結局はセンパイ次第。わたし達にはセンパイの意思を尊重する道しか残されていません。……なら何故、第一印象なんかに引っ張られているんですか? イメージの問題だと言うのならもっと想像力を働かせてみてください。こうは考えませんか? 『もしかしたら今週見てきた武器以上に似合うものがあるかもしれない』と」
「なッ!?」
なんか始まった。
「し、しかし、先生の指導の下、主流な武器は一通り試した筈ッ!」
「であれば学院に無いマイナーな武器を想像してみるまでですよ。あるいは……武器として認められていないモノ、でもいいです」
「ッ、そ、その言い方からすると……エミュリトスさん、貴女の頭の中には既に出来上がっているんですのね、ミサキさんに一番似合うと思われる武器の図が!!」
「もちろんです。教えてあげましょう。それはズバリ、サイス――大鎌です!」
「そ、そんなぁーッ!? 元は農民の武器として使われる事もあったけれどやはり武器として使うなら剣や槍の方がマシだと言われ、廃れていった鎌をッ!?」
「ふふ、想像してください……闇を司り絶望を振りまくセンパイが、その手に大鎌を持つ姿を……」
「ッ――! ま、まさに容赦無き美少女死神ィィッ!!!」
「なんでところどころリアクションがわざとらしいのかしら、サーナスは」
「……なんでもいいから早くしてくれ、俺は帰りてぇんだ」
この一週間でいい加減エミュリトスの盲信っぷりにも慣れてきたボッツはウンザリしつつ呟いた。ツッコミ担当のリオネーラとしても今回ばかりは彼に同情せざるを得ない。
なおエミュリトス寄りの意見だったレンは今や「ひえぇ死神怖いよぉぉ」とうずくまって震えておりリンデに頭を撫でられて慰められている。そして渦中の人物である筈のミサキは放置されぼっち状態。勿論そんなの(本家ミサキ)には目もくれずエミュリトスとサーナスは語り続け、二人の妄想の中のミサキは死神として立派に成長していく。なかなかにカオスになってきた。
そんな混沌の中で本題を切り出すタイミングを図っていたミサキだったが……早々にめんどくさくなったので普通に行く事にした。この場が静かになるまで待つというのは流石に無謀が過ぎる。
「……ボッツ先生。そういう訳で私は第二の武器を考えてます」
「そうか、そりゃァいい事だ。さっさと結論を出して帰るぞ。何か希望はあるのか? 大鎌は認めんが授業でやった武器なら大丈夫だろうよ、お前なら」
勉強熱心なミサキは武器の扱い方の飲み込みも早かった。そこはボッツも素直に認めている。なかなかにスパルタな授業ではあったが、だからこそその授業についてきたミサキの事は認めている。
ちなみにそのスパルタっぷりのせいでミサキの防御力は更に育った。故に多少なら防御面が疎かになりがちな武器でもボッツは認めるつもりでいたのだが……
「……短剣を持ちたいと思っています」
ミサキが望んだのはむしろ取り回しの良さから防御にも向いている短剣だった。感心しつつもボッツはあえて尋ねる。
「ほう、何故だ?」
「……戦闘の面では先程ボッツ先生が仰った通りです。素早い相手との接近戦を想定した場合、剣より有利なのではないかと。私はあまり素早くないので小回りの利く武器は必要です」
ミサキの素早さはマナ効果によって身体が育ってもなお人並み程度である。前世でガリ勉タイプの運動音痴ガールだった事が尾を引いているのかもしれない。
「そうだな、自らに足りない部分を装備で補う考えは間違っちゃいない。だが逆に中遠距離に特化した武器を装備する事で敵を近づかせないという選択肢もあるぞ。何故そっちを選ばない?」
「……そちらは魔法で補おうかと。中距離は長柄武器を持つべきなのかもしれませんが、どうにもしっくり来なかったので」
「しっくり、ねぇ……」
授業を監督していたボッツは当然知っている、ミサキが長柄武器の扱いも最低限修めている事を。故にこれは本当に気分の問題なのだろうと判断した。そして実際それは事実である。
元現代人であるミサキは武器としてそれらを使うのはまだしも、普段そんな武器を持ち歩く光景を想像するとなんとなく「動きにくそうだな」と感じてしまうのだった。
「……それに、長柄武器を持とうと魔法を使おうときっと私の予想を上回って接近してくる想定外の相手は出てくるはず。その時に備えての短剣です」
「ふむ、想定外を想定して、か。まァいいだろう、戦い方次第ではあるが確かに魔法で補えなくはないからな。んで、「戦闘の面では」という事は他にも理由があるんだな?」
「……短剣はそもそも便利そうだから、というのが大きいですね。持ち歩きやすく、出先で色々と細やかな用途に使える筈です」
「そうだな、外に出る時はナイフを一本持つ、これは基本中の基本だ。いや、「だった」だな。魔法が普及してからは持たない奴も増えつつある」
「……私としては魔法が使えない時の為にも持つべきだと思います」
「ハッ、そうだな、その通りなんだがな。魔法の便利さに酔いしれ、ナイフの万能さを忘れる奴が増えてるんだよ。あァ嘆かわしいぜ」
ミサキの前世で言えばアウトドア・アクティビティでナイフを一本持っていれば何かと便利だというのはよく聞く話である。しかしこの世界では無から有を生み出す魔法の方が便利なのもまた否めず、出掛けた先で何かを採取して帰る事の多いこの世界の者達にとって荷物は少しでも少ない方がいい。魔法があるなら、とナイフを手放す人が居ても仕方ないとも言えた。
「まァその辺の事情はいいだろう。何にせよ、ナイフの便利さを理解した上で持ちたいと言うなら止める理由はねぇ。授業でも基本的な使い方は教えたが、もっと専門的な戦闘術が学びたければ来週の放課後にでも来い、教えてやる」
「ありがとうございます」
「あー、サバイバル面でのナイフの活用法はディアンの方が詳しいだろうな。今度聞いてみろ」
「わかりました」
ノリノリ(当社比)で返事をしたミサキだが、彼女を恐れるディアンがスムーズに教えてくれるとは限らない。誰もそんな保証はしていないのだが、さてどうなることやら。
「あ、センパイ、ナイフ選ぶ時は言ってくださいね。そこまで詳しい訳ではないですが素材の良し悪しくらいはわかるのでお手伝いします!」
「あ、ミサキさん、ナイフを持つという事でしたら一応剣士に分類されそうな気がしますわよ。あくまで剣のサブウェポンに見えるでしょうし。という訳で剣士として戦える時を楽しみにしていますわ!」
「…………うん」
さっきまで別世界で妄想に浸っていた二人が急にマトモな事を言い出した。彼女達の頭の中にいた筈の死神ミサキはどこへ行ったのだろうか、跡形もなく消滅してしまったのだろうか。気にはなるが不思議と聞く気にはならないミサキだった。




