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「走るゾンビなんて認めない」と言う人は結構いるが「服を着てるゾンビなんて認めない」と言う人はあまりいない気がする




 通された部屋は一人で使うにはあまりにも広かった。元々異文化交流の為に作られた学校なのだ、寮の部屋でさえも一人で使う事は想定されていないのだろう。 


(……さて)


 何事もなければこの部屋でこれから何年間か過ごす事になるわけだ。早々に荷解きしよう……と思ったミサキであったが、


(……そういえば私、手ぶらだった)


 着の身着のまま異世界に放り出されたミサキである、荷解きするような荷物は一切無かった。他の皆の部屋にはダンボールが積んであったりするのだろうか?

 気にはなるが、そんなどうでもいい事で誰かの部屋を訪ねるわけにもいかない。っていうかそれよりも先に考えるべき事がある。


(ええと、寮長さんの話では……食事は朝と夜は食堂で食べられて、トイレとお風呂は部屋に備え付け、洗濯物は希望者の分は受け付ける……と言っていたはず)


 異世界でトイレや風呂が備え付けられている程に上下水道が整っている事にミサキは驚いたが、この学校はかなり金をかけているようだし、現世の歴史でもそれらの概念だけなら昔からあったのだからそこまでおかしな話でもない。

 異世界は文化レベルが低いという思い込みは捨てるべきであるし、それ以前にそもそも便利なのは良い事である。ケチをつける理由はないな、と思い直す。

 食事も朝と夜の2回も食べられるのなら食費も胃袋も大助かりである。ここまでは至れり尽くせりだ。

 問題は……洗濯。なんせミサキは今着ている物の他に服が無いのだ。希望者の分の洗濯物を受け付けてくれるとは言うが、それも代わりの服があっての話である。

 いくらここが異世界で、いくらミサキがゾンビのようにガリガリだとはいえ、ゾンビのように全裸で出歩くわけにはいかない。


(……困った)


 最低でも下着に肌着、ブラウスに靴下くらいはもう一日分揃えたいものだが、先立つ物が無い。

 やはり世の中金である。異世界でも変わらない世の中の法則を思い知ったミサキは、寮を出て職員室へと向かった。





「ボッツ先生、お金を稼ぐ方法を教えて欲しいのですが」


 とりあえずド直球でいってみた。


「は? なんだお前、ビンボー人なのか? ……あー、親がいねぇとは校長から聞いた気がするな……」

「……まぁ、そんなところです」

「んー、金の稼ぎ方っつったら寮長の許可を得てアルバイトするか、数日後から始まる学院公認のクエストを受けてもらうか、学院側としてはこの2つ……だったよな、教頭?」


「ええ。既にハンター登録をされている方でしたらギルドからのクエストを受けるという手もありますが、学院としては学院公認クエストの方を優先してもらいたいですね」


 始業式の時にキレて校長を追い掛け回していた眼鏡の男性がクールに答える。やっぱりこの人が教頭だったようだ。


「しかしよ教頭、こいつは見ての通り魔人だからよ」

「魔人じゃないです」

「アルバイトしようにもなかなか雇ってもらえねぇだろうよ。学院公認クエストも数日後だし、それまで待てってのは酷じゃねえか?」


 ミサキのツッコミに対し、視線も向けず眉すら動かさない完璧なガン無視っぷりを発揮してボッツは話を進める。


「貴方のその扱い方も酷いですが……確かに酷ではありますね。ふむ……」


「――そう思うんならお主らがポケットマネーで助けてやれば良いではないか。何ならワシが出すぞ?」

「どっから沸いてきたのか知りませんがハゲ校長は黙ってて貰えませんか」

「ワシ最初から居たよね???」


 職員室内の他の教員に校長は縋るが、全員が静かに目を背けた。ここの力関係が見えた気がした。


「確かに校長の言う通り、個人的に金銭を渡して助ければ解決はします」

「じゃろ? 生徒を助けるのは教師として当然じゃ」

「確かに、生徒を助けるのは教師の義務です。ですが生徒を甘やかす必要はありません。我々は生徒を堕落させる為に居るのではない。自立させる為に居るのです」


「堕落たァまた大袈裟な……」

「………」


 ボッツはそう否定的に言うが、ミサキは教頭の言葉に感銘を受けていた。

 辛辣なようで正論。教頭の言葉には筋が通っており、それは教頭の中に自分の信じる誇り高き教育理念がある事を意味しているからだ。

 それに何よりミサキ自身も甘やかされたくてここに来た訳ではない。先生達でも解決策が見出せない以上、自分の力でなんとかするべきだ。


(自分の力で……か。今の私に出来る事はそう多くはない。お金を稼ぐのが無理なら……自力で毎日洗濯して外かどこかで乾燥させるのが現実的かな)


 丁度覚えたての火の魔法がある。乾燥させるのにはもってこいのはず。出来れば風も組み合わせたいところだが贅沢は言うまい。洗濯自体はお風呂の水を使って普通にする方向で。

 もちろんその間は裸になってしまうが止むを得ないだろう。寮を裸で徘徊するよりはマシだと思うし。


「……教頭先生の言う通りです、甘えるわけにはいきません。ボッツ先生、夜中に魔法を使っても大丈夫な場所を教えてくれませんか」

「それは構わんが……何をするんだ?」

「……魔法で服を乾かそうかと。替えの制服を持っていないので」

「ふむ、俺も旅の最中にはよくやったな、それ。よし、グラウンドを使え。だが万一の時の為に誰かについててもらうからな?」

「……できれば女性の人がいいのですが。乾かしてる最中、私は裸なので」

「え゛」


「――タオルでも下着でも寝巻きでも何でもいいのでこの金で買いなさい。生活必需品も買い揃えなさい。足りなければ私に言いなさい、幾らでも出しますので。いいですね?」


 ボッツが呆けてる間に素早く教頭が自分の財布から高価そうな紙幣を取り出してミサキに持たせた。


「……? いえ、教頭先生、私はお金の事で甘えるつもりは……」

「生徒が全裸で出歩くのを認める教師がどこにいますか!!」


 ごもっともである。


「まさか替えの制服どころか他に着る物すら持っていなかったとは……そういう事は先に言ってください」

「……すみません」

「品揃えがいいとは言えませんが、我が校の購買部でもある程度は揃うはずです。後々返してもらいますから、今はその金で買いなさい」

「……ありがとうございます。必ず返します」

「当然です。学院公認クエストが始まったら毎日取り立てに行きますから覚悟しておいてくださいよ」

「はい。ありがとうございました」


 半ば早々にミサキを追い出すような体で送り出してから、教頭は深く溜息を吐いた。それを見て校長は大笑いし、教頭とボッツは頭を抱える。


「かっかっか、面白い子じゃのう!」


「何で私の話を聞いて辿り着いた結論が全裸外出なんですか……何なんですかあの子は……」

「間違っちゃいねぇんだがどこかが絶対間違ってるんだよな、アイツ……」

「……ボッツ先生、彼女には常識とか恥とかの概念からちゃんと教えてあげてください」

「俺の仕事かよ……」

「貴方が担任でしょう……」

「「……はぁ……」」


 二人仲良く溜息を吐く。

 酷い言われようなのでフォローしておくが、ミサキに常識や恥の概念がない訳ではない。人並みにちゃんと持っている。ただ状況次第ではそれらを切り捨てる事に迷いも躊躇もないだけだ。

 しかしそんなの責任ある大人には出来るはずがない事なので感覚的に理解しにくい上に、そもそもまだ出会って一日目である。よって彼等がミサキという少女を多少勘違いしてしまうのは仕方ない。

 こうしてミサキはめでたく教員達から問題児として目を付けられる事になったのであった。



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