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ブラックのレーゾンデートル




 レンを教頭に預け、一同は職員室を出て帰路につく。

 そのまますぐに寮の前まで辿り着きそこで解散となり、『何か言いたい事のある人以外は』自室へと戻っていった。……具体的には三人以外ではサーナスとリンデが残っている状態だ。


(……二日目を思い出す。あの時はここでサーナスさんがリオネーラに決闘を申し込んでた)


 ミサキがそんな風に思い出したのは今回もまたサーナスが何か言いたげな動きをしていたからである。演技がかった自信満々の動きだった前回とは違い、今回はなんかもじもじしているという違いはあるが。エミュリトスやリンデが怪訝な目を向けて距離を取る程度にはもじもじしているのだ。


「……あ、あのぉ~、ミサキさん? もし、もしよろしければ明日からも特訓に付き合っていただけません? こうして効果が出た事ですし、その……楽しかったですし?」


 もじもじしながら発されたその申し出は、ミサキにとっては別に何の問題も無いものである。誰かの助けになりたいミサキとしてはむしろウェルカムなものとさえ言える。

 よって、それにノーを突きつける人が居るとすればそれは当然ミサキ以外の人……というか、ミサキと一緒に居たい人、という事だ。


「センパイをお誘いする場合は必然的にわたしもセットでついてきますけどー?」……と、当然のごとくエミュリトスが割って入ろうとしたのだが――


「――ダメよサーナス、ミサキは明日は……クエストだから。あたしとね」


 それよりも早くリオネーラが口を挟んだ。ミサキ関係でエミュリトスが先を越されるなどそうそうある事ではない。つまりはそれだけリオネーラは今回退屈してた――というか寂しかったのだ。自分で撒いた種を自分で回収していた結果とはいえ。

 割と冷静な顔をして言い放ってみせたのでその感情はまだ誰にも察されてはいないが、それはともかくとして割って入られたサーナスとしてはやっぱり抗議したくはなるもので。


「そ、それはもう予定が入っていたという事ですの? いえ、今の間から察するにリオネーラさんが勝手に入れた予定なのではないですか? あっ、もしかして今日のわたくしとミサキさんの仲の良さに嫉妬して!? そんな可愛らしいことするのはやめてくださいませんか!」

「んなっ!?」


 ……先程までは確かに察されていなかったのだが、サーナスが脳内で自分の都合の良いように推理を転がしていった結果偶然にも真実(に近い何か)が弾き出されてしまった。流石は賢きエルフである。


「ち、違うし! っていうかあんたに可愛いなんて言われても嬉しくないわー!」

「そ、そんなぁー!?」


 図星(に近い何か)をつかれたリオネーラの顔真っ赤な反撃はサーナスにとってクリティカルだった。美少女なら誰でも良さそうなノリのサーナスだが、一応一番気にしているのは自分より強く可愛いリオネーラなのだ。その事を直接言われて知っている唯一の人物であるミサキはこれ以上の泥沼化を避ける為、止めに入る。


「……サーナスさん。予定なんて無かったのは正解だけど、リオネーラの言ってる事が正しいのも事実」

「……どういうことですの?」

「……実は私には借金がある。クエストもほどよく受けていかないと返せない」

「しゃ、借金!? そうなのですか……大変ですわね……」


 恥を晒していく事で説得力が出る。効果は抜群のようだ。


「……そういう訳で、私が可能な限りクエストを受けるべき人間なのは確か。リオネーラが言いたかったのはそういう事……だと思う」


 クエストならば必然的に三人は行動を共にすることになる。よってミサキはリオネーラの「あたしと」発言にそこまで疑問を抱いてはいなかった。

 しかし同時に断言までは出来なかった。それ故の「だと思う」であり、そして――


「……だよね、リオネーラ」


 そしてまさかの本人に確認である。

 いや、確かに慎重に判断を下したがるミサキが本人に確認を取るのはそこまでおかしい事ではないのだが……都合よく勘違いされている事に安堵したような後ろめたいような微妙な心持ちだったところに急に話を振られた側としては予想外の展開だったのだ。

 よって、


「へあっ!?」


 ……とかなんとか、そんな感じの変な声で反応してしまったとしても誰も責められないだろう。

 勿論そのせいでミサキには不審がられてしまうが、そこは覚悟を決めてもらうしかない。正直に話すか否かの覚悟を。


「……違った?」

「っ、そ、それは……」


 ……そして、覚悟を決めようともこんな状況で嘘を上から重ねて覆い隠す事は出来ないのがリオネーラという少女だった。諦めの覚悟をもって溜息と共に彼女は素直に白状する。


「……はぁ。違うわ。あたしがミサキと一緒に何かしたかっただけ。ごめんね、ややこしい事言って」

「……? うん……?」


「ホラやっぱり嫉妬じゃないですの」

「うっさい黙れ。厳密に言えば仲の良さには嫉妬してないわよ、ミサキが誰かと仲良くするのはいい事だもの」

「だ、黙れって……うっさいって……」


(……ああ、なるほど)


 再度クリティカルを受けているサーナスはどうでもいいとしても、今のやり取り自体はミサキにとって意味のあるものだった。

「仲の良さに嫉妬した訳じゃない」という発言と、その前の「一緒に何かしたかった」という自白。それだけあれば流石のミサキでもリオネーラが寂しがっていたという事はわかるからだ。確信が持てるからだ。

 ……遅いとか言わない。鈍いとか言わない。


「……サーナスさん、ごめん。そういう訳だから明日は行けない」

「リオネーラさんに嫌われ――……あ、あぁ、すいませんミサキさん。そうですわね、寂しがる女の子を放っておくなんて出来ませんものね。残念ではありますが当然の判断ですわ」

「……うん。ありがとう」


 ショックを受けていても尚、美少女絡みでは頭の回転が早く話のわかるサーナスにミサキは感謝する。尊敬はするかしないか微妙なところだが。

 一方で目の前でそんな会話をされ、自身の望む方向に話が転がれば転がるほど逆に申し訳なく思ってしまう人もいた。


「ま、待って、別にいいわよそんな風に気を遣わなくても……ミサキがしたい事をすればいいわ。あとついでにサーナスもゴメン、言い過ぎた」


「ついでって」


「……私は最初から自分のしたい事しかしてない。だから気にしなくていい」

「で、でもクエストか特訓かだったらまだ特訓の方が楽しいんじゃない……?」

「……私のしたい事は人助け。だからクエストでも特訓でも大差ない。…………あ、そういえばこの話をするのは初めてだった」


 ついついとっくに説明済みのような言い方をしてしまったが、リオネーラも他の子達も初耳だと言わんばかりに目を点にしているので補足説明が必要だろう。そう判断し、ミサキは引き続き口を開く。

 ……少なくとも親友二人には転生したと説明した時に一緒に言っておくべきだったと若干悔やみつつ。


「……私が()()に居る理由は誰かの力になりたいから。今はまだ知識も力も足りていないから出来る事は少ないけど、それでも出来る範囲の事なら最優先で手伝いたいと思ってる」


 それが彼女の存在意義。あまりにも根っこにあるが故についついとっくに説明済みのような言い方をしてしまったくらい嘘偽りの無い、彼女の生きる理由だ。

 なお、そんなミサキの台詞の中にあった『ここ』については彼女の事情を知っているかどうかで受け取り方が二通りに分かれる。すなわち、転生者だと知っていれば『この世界』という意味になり、知らなければ『この学校』となるのだ。どちらが重く受け止めるかは言うまでもない。


「……だから、小さく人助け出来るクエストも少しだけサーナスさんの力になれる特訓も私にとっては同じ価値を持つ。その上で私は寂しがらせてしまったリオネーラを選びたいと思った。それだけ。リオネーラは気にしなくていい」

「さ、寂しいとかイチイチ言わないでよ……。でも、うん、わかった……。ミサキが信念に基づいて選んでくれたのならあたしからは何も言えないわ。素直に喜んでおく」


 重く受け止める側のリオネーラは言われるがままに頷いた。……別にミサキは重く受け止めて欲しくてこんな言い方をした訳ではないのだが、まぁ結果オーライである。

 そして重く受け止めない側は普通にミサキへのプラス評価に上乗せする形となるだけであり、どちらにせよ今回ミサキが信念を明かした事は良い方向に転がったと言えよう。


「じゃーサーナスの特訓にはアタシ達が付き合うよー」

「あら、宜しいのですかリンデさん。達という事は妖精族の皆さんを連れてきてくれると?」

「努力はするー。たまには良い事しないとねーって気分だしー」

「ふふ、そうですわね。その気持ちはわかりますわ……」


 何やら良い雰囲気で話を弾ませていたサーナスとリンデが、そこで不意にミサキの方へと向き直る。


「ミサキさん、貴女はもしかしたら明後日以降もわたくしがお願いすれば助けてくれるのかもしれませんが……誰かの為に生きたいと言う貴女を独占するのはきっと違いますわね。わたくしは貴女抜きで特訓する事にします。来週末、強くなったわたくしを見せて差し上げますわ」

「しっかり鍛えとくよー、心配しないでー。あとミサキさん、今日はありがとねー」


「……こちらこそ。わかった。応援してる」


 まぁ明日には教室で会う事になるし下手すりゃ模擬戦でカチ合ったりもするのかもしれないが、互いにそのあたりには目を瞑ってこの場はカッコよく解散した。



「……人助け、か……」

「……カッコイイこと言いますよね、流石はセンパイ」

「見習いたいわね、ちょっと危なっかしいけど。最初に話した時からなんか放っておけない子だと思ってたのよ、その根っこにあるものが今日ようやくわかったわ。……わかった上で、やっぱり放っておけないって思うけど」

「わたしは……単純にセンパイの行く先が見たくなりました。そういう意味ではますます一緒に居たくもなりました。……わたしも頑張らないとなぁ」


 ……ミサキの親友二人は彼女の告白にいろいろ考えさせられる事になったようだが。



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